第3話 それでさ、お手伝いしましょうか?
屋敷の納屋から台車を引っ張り出し、薪拾い機と黒板を乗せてやると、アトリは自宅の敷地を出発する。台車を引きながら街道を歩き、時折すれ違う農夫たちに挨拶をする。荷台の「妙なモノ」に興味津々な彼らにそれの説明を行い不思議そうな顔を返されつつ、アトリは小麦の耕作地を抜けきり、地元では西の森と呼ばれる区域にようやく入る。
枯葉を踏みしめながら柔らかい地面に悪戦苦闘しつつ台車を引いて森の奥まで進み、アトリの額に汗が浮き始めた頃に、森の中の開けた土地に辿り着く。ここらはつい最近に材木用に伐採を行った区域であり、そこらに切り株や木材の成形時に切り落とされた枝が転がっている。アトリは薪拾い機を地面に置いて作動させる。薪拾い機とは前回作成した枯葉拾い機を改良した試作品になる。
万物はそれぞれに見合った魔力を有している。幼馴染のクレアからの手紙にあった魔術学院で学んだであろうご高説からふと思いついた話で、ここ何週間の間、森を探索して木々の魔力と薪に適した枯れ枝の魔力の差異の計測と調査を行った。両者の保有する魔力の違いを判定する仕様を元に、魔石を動力に四つの仕込み車輪を動かし、自走して薪にあった枝を自動的に備え付けの籠へ採集するという仕組みだ。そのはずだったのだが動かない。機械の傍に枯れ枝を放り投げるが全く自走する気配すらない。うーん、なぜだと独り言ちつつ、アトリは薪拾い機に近づき、腰を下ろす。
「なんで動かないのかね。君は」掌で意味もなく筐体を軽く叩きながら、隣に座り込むと、頭の中で原因に当たりをつけてみる。
「今度は何? それ」
考え込んでいたため気づかなかったが、いつの間にかアトリの傍に少女が立っていた。薄茶色の髪を水芭蕉の花の髪飾りで緩くまとめており、上等な黒いローブを羽織った彼女は何故か得意げな顔でアトリを見下ろしている。
「薪拾い機の試作機だよ」
アトリが存在に気付いて返事をしてやると、少女の顔が満足げに綻ぶ。
「ふーん」
少女はひとしきり薪拾い機の外観を不思議そうな顔で見つめた後、白い頬を殊更に寄らせる。
「面白い」
少女がにやりと好奇心の強そうな瞳でアトリに笑いかけた。
「うん」
「それで、これはいつになったら動くのかね」
「まあ、機嫌が悪いのかもしれないね」
アトリは鞄から工具を取り出すと、薪拾い機を手際良く分解する。動力部の魔石を取り出し黒板に置き、解除の呪文を唱えると板に複雑な魔術構築式が書き込まれていく。全く動かないのであれば、アトリが今朝に追記した部分が誤っている可能性が高い。ただどこで間違ったのかは考えても合点がいかないので、記述内容を地道に見直し、不整合を見つける必要がある。
「おかえり、クレア」
黒板に視線を落としたまま、魔術式の記述内容を追いつつ、アトリが言った。
「うん。ただいま」
「いつこっちに帰ってきたんだ?」
「ついさっきね」
「というか、おまえ家にまだ帰ってないだろう」
「ご名答」
クレア・ヘイルズがローブをひらひらさせつつ、くるりとその場でひと回りする。
「アトリが台車を引いて森に入っていくのが見えたから。面白そうだと思って、様子を見に後を付けてきた」
クレアが翻ったローブの裾の形をぱたぱたと整える。
「それでさ、お手伝いしましょうか?」
「うん、頼む」
「よしきた」
アトリは林檎を鞄からふたつ取り出すと、ひとつをクレアに投げてやる。
「ここに来る途中に果樹園の農夫さんから貰った。まあ、協力料ということで」
「ありがとう」クレアは上着のポケットから取り出したハンカチで林檎を何度か擦った後、そのままがぶりと齧りついた。
「ん、凄く甘い。味が濃い気がする」
「今年は出来が良いってさ。普段よりも機嫌が良かったよ」
クレアがアトリの傍に座り込み、二人並んで林檎を齧りながら黒板に白字で書きこまれた魔術式を覗き込む。いっぱしに香水でもつけているのか、クレアが身体を動かす度に林檎の香りとは違う甘い花の香りがふわりと漂う。
「わかるか?」
「工学系は分野外で得意でもないのだけれど、この魔術式は一般的な感じだね。ちょっと見てみるから待って」
術式の読解に専心し始めたクレアの横顔を眺め、アトリはなんとなくほっとする。
クレアは魔術師として天性の才覚があり、地元町での初等・中等教育を常人の三分の一の期間で事もなく修了後、若干十二歳の若さで王都の魔術学院に入学した所謂天才と呼ばれる類の人間だった。魔術学院の学期替わりの長期休暇毎に帰省する以外は王都で過ごすため、クレアとアトリが直接顔を合わせるのは年に数度になる。アトリはクレアの程よく尖った鼻先をちらりと見たのち、魔術式の読解にもう一度集中し直すことにする。
「あっ」
アトリが林檎を半分食べ終えぬうちに、クレアが声を上げる。
「もう何かひらめいた? さすが。天才と呼ばれるだけのことはある」
「いや、いや」
「別に、いまさら謙遜しなくても良いさ」
「ちがうアトリ。あそこに魔物がいる」