第1話 穏やかな午後の気楽な空気とハーブティ
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作業を一旦を中断し、ふう、とアトリ・シートンは息をつく。椅子から立ち上がると気分転換にとガラス窓を開け放ち、外の様子をなんとなく眺める。庭木の白樺には紅葉の気配はないが、ここ数日にかけて風が涼しくなってきているのは間違いない。夏季の暑さもあっという間に過ぎ去り、もう秋なのだなあと欠伸をする。
自室のドアがノックされたのはちょうどその時で、メイドのアリッサによれば、エリカ特製のお茶の準備ができたのだという。アトリは「後片付けが済んだら、すぐに行くよ」とドアの向こうのアリッサへ返事をしてやる。
「はぁい」と、朗らかなアリッサの声と軽やかな足音を聞き届けた後、工具やら削りかけの魔石の残骸やらをさっさと作業台の横へと押しやり、旅行鞄ほどの大きさの薪拾い機を脇に抱えて自室を出る。
絨毯張りの廊下を早足で抜け、父親のエリオが最近目をかけている若手画家の風景画を横目に階段を降りて居間に向かう。部屋に入るとすでにアトリの母親のカレン、妹のエリカ、先ほどアトリを呼びに来たメイドのアリッサが各々の席についていて、居間には既に穏やかな午後の気楽な空気とハーブティから漂うマスカットのような甘い香りで満たされていた。皆に軽く会釈をしてアトリもさっさと席に着く。
アトリは椅子の背もたれに寄りかかり、腕を伸ばしながら一度大きく欠伸をした。そのままテーブルの上のティーカップに手を伸ばし、エリカ特製のハーブティの珍妙な風味を楽しむ。元々ハーブティに苦手意識があったが、エリカが三年ほど前から凝りはじめて淹れるようになったものを飲み続けているうちに慣れてしまい、今では好きになってしまったと言っても良かった。
エリカの方にちらりと視線をくれてやると、待っていましたと言わんばかりに本日の一杯の蘊蓄を語りだす。今飲んでいるハーブティーはエリカによれば、質が良く、体にも良い成分のハーブを選定してブレンドした中々に複雑でご利益のある一杯だということだった。
「それで……アトリ兄さん、今度は何ですか、それは」
本日のハーブティーに関するご高説を賜りつつ、二杯目のお茶に口を付け始めたころ、エリカが小首を傾げ訝しげに訊いてくる。
「薪拾い機」
「また妙なモノを作って……」
「そんなに妙かな」
「私は変だと思いますよ」
切り揃えられた前髪から覗く形の良い眉をひそめ、呆れたようにふうと息をつく。堅物な父の性格に似てしまったのか、最近やたらとエリカは説教染みた小言が多くなっている。眉間に皺が寄るところまでそっくりなのはそれなりに和みはするのだが、この場に長居をするのは面倒なのは明らかで、嫁入り前のエリカの美容にもよろしくない。エリカの申し立てに何度か頷いてやった後、ハーブティの残りを一気に喉に流し込む。
「ご馳走様。では西の森に行って、この妙なモノの試運転をしてくるからさ」
こちらはおそらく、アリッサ謹製のチョコチップクッキーを二枚口の中に勢いよく放り込んで席を立つ。クッキーはざっくりとした触感で、存外に甘過ぎず、小麦の芳香とチョコレートのほろ苦さが絶妙で、アリッサに向けてぐっと拳を掲げて称賛してやる。アリッサはアトリの拳を見つめて、大きく二度瞬きをした後、にっこり微笑んだ。
「行儀が悪い!」というエリカの苦言と「いってらっしゃいませー」というアリッサの気楽な声へひらひらと手を振り、アトリは薪拾い機を抱えてそそくさと居間を後にする。