8.6大魔王会議 後編
ラミアを馬鹿にされた。
俺の命を救ってくれたラミアを、こんな俺を信じてくれているラミアをだ。
俺はただその事だけに怒りを爆発させた。
「貴様……流石に冗談が過ぎるのう……」
「へぇ、勇ましい男ってのは嫌いじゃないけど自分の身の丈も分からないような馬鹿な男って私大嫌いなのよねぇ……」
そう言って立ち上がった死神ネリガルと天使スレイスの纏う空気は常軌を逸したものだった。
俺には相手の魔力やステータスを見る便利な力はない。
いくら魔王になったとはいえ、根本はついこの間まで普通に暮らしていたどこにでもいる高校生のままだ。
だが分かる。
感じるのだ、目の前の怪物達から自分に向けられているただならぬ殺気というものを──
「おい、ラミア……今すぐ逃げろ」
「で、でもノノ様が──」
「俺は大丈夫だ。どれだけ戦えるか分からないけどお前が逃げられる時間くらいは稼いでやる……一族を守るのも当主の役目って奴だろ?」
「し、しかし──」
「いいから早く逃げろ!!!」
我ながら感情的になって馬鹿なことをしてしまった。
俺はここで死んでも構わない、しかしラミアだけはなんとかここから逃さないと……これは俺の責任だ……
「安心しろ吸血鬼共……この城からは鼠一匹逃がすつもりはないからのう……」
ネリガルの言葉に全身に悪寒が走る。
来る……
何かとてつもない力が……
俺にラミアを守れるのか? いや、無理でもやるしかねぇ……
「来いよ化物共……相手になって──」
「やーーーーーーめーーーーーーてーーーーーー!!!!!!!」
突然部屋に鳴り響いた声に俺は思わず耳を塞いでしまった。
その声の衝撃は部屋の花瓶や木造の本棚、そして椅子や中央の机までも木っ端微塵に消し飛ばしてしまう。
一体何が起きた……
キンキンと音が反響する耳から手を話し、俺はその声の主の方に視線をやった。
そこには涙目で息を切らす獣人族の魔王、ミミカがいた。
「喧嘩はだめ!!! ミミカは皆が仲良くしてないと嫌なの!!!」
そのあまりに今の空気から逸脱した発言につい拍子抜けしてしまう。
それはネリガルもスレイスも同じようだった。
「ご、ごめんよミミカちゃま~、儂らは喧嘩してたわけじゃなくてだのう……えーと……そうじゃ! 2代目と喧嘩ごっこをしてたのじゃ!」
なにが喧嘩ごっこだ糞ジジイ……
「そ、そうよぉ、これは遊んでただけなのよぉ、だからミミカちゃま安心して、私達6大魔王は皆仲良しなんだからぁ!」
こいつどの口が仲良しなんて言うんだ……
「……ほんと?」
「ほんとじゃほんと! じゃからこれで会議は終わりじゃ! あっちで儂らと一緒に遊びましょうね~」
そう言ってネリガルとスレイスはミミカを連れて部屋を出て行ってしまった。
どうやら最悪の事体はあのミミカという幼女によって回避されたらしい。
「いやー……なんか分からんが一先ず助かったみたいだな──っておいどうしたんだよラミア!?」
ラミアは俺の腕にしがみついて泣いていた。
「うっ……うう……申し訳ございません……」
「あー、まぁ大変だったよな……ごめんな怖い思いさせちゃって」
とりあえずそう言ってラミアの頭を撫でる。
「いえ……私は怖くなどありませんでした……ただ嬉しくて……」
「嬉しい?」
「はい……本当は私、ノノ様はこの世界に来てすごく後悔しているのではないかとずっと思っておりました……でも……でもノノ様はこんな私を庇って魔王様達と対立し……ご自分を吸血鬼の当主だと申されました……それが嬉しくて嬉しくて……」
後悔か……
確かに最初こそこの世界に来た事を後悔していた。
来て早々に人間に捕まって拷問された挙句に処刑されそうになればそう考えるのが普通である。
しかし今の俺には不思議と後悔はなかった。
理由は自分でも分からない。
異世界という非現実を転生勇者のように楽しみ始めているのか、それともこの世界に俺自身が慣れ始めているのか、もしくはこのラミアという吸血鬼の女の子がいるからなのか。
「よし、ラミア、俺は決めたぞ」
今までずっと心の中に合った「元の世界に帰りたい」という想いを振り払うように俺はラミアに告げた。
「勇者共を撲滅しよう」
「はい……」
「そんで魔王達に思い知らせてやるんだ、吸血鬼がいかに強いかってのを」
「はい……」
「それから──」
俺は決意をした。
その決意の中にはもう人間らしさの欠片も残っていない。
しかしそれでいいと俺は思う。
だって俺はもう吸血鬼の王ヴァンパイアロードなんだから。
「一族を復興させよう」
「はい!」
力強いラミアの返事を聞いて俺は満足気に笑った。
◇
後日、城に戻った俺達の元にネリガルから一通の手紙が届いた。
内容は以下の通りである。
「先日の6大魔王会議での貴様の愚行はミミカちゃまに免じて特別に目を瞑ってやろう。
だが肝に命じておけ、次同じような事があれば儂は貴様を確実に殺す。助けを乞おうが、泣き喚こうが、命乞いをしようが許す気はない。
儂に楯突いた事を地獄の底まで後悔させてやろう」
性格の悪い糞ジジイだ。
わざわざこんな脅迫じみた手紙を寄越すとは……
そんな事を思ったが、手紙の最後に書かれた文面を見て俺は思わず納得してしまった。
そこにはこう書かれていた。
「言うだけならば小童にも出来る。
しかし貴様は仮にも魔王、でかい口を叩くならば行動で示せ。
死を司る魔王 ネリガル=ゲート=スカル」
でかい口を叩くならば行動で示せ、か。
確かにその通りだ。
どれだけ偉そうな事を言ったってそこに行動が伴わないならそれはただの戯れ言だ。
やってやるさ。
魔王らしく、吸血鬼らしく、人間共を滅ぼしてやる──