6.6大魔王会議 前編
俺は今、ある巨大な城の一室にいる。
城の場所は俺達が住んでいる大陸の中でもっとも危険だとされる魔族が支配する土地【ゴルダルド】。
荒れ果てた大地に地平線の先まで続く真っ黒な雲は時々雷を発しており、この場所が決して人間が住めるような場所でないことが分かる。
そんな場所にある俺の城なんかよりも遥かに巨大な城、名前は【暗黒城】という少し……というかかなりチープな名前。
これからここで6大魔王会議というのが始まるらしい。
「なぁ、他の魔王ってどんな人なんだ?」
そんな質問を俺の傍らに立つラミアにしてみたが、ラミアは困った顔をして歯切れの悪い答えを返してきた。
「どうなんでしょう……変わった方ばかりではありますけど……」
変わった方ばかりねぇ……
俺も一応魔王に関して書かれた文献は読んでみたのだが、まだ詳しいことは知らない。
分かっているのは、アンデッド族の魔王、天使族の魔王、獣人族の魔王、竜人族の魔王、悪魔族の魔王、そして吸血鬼の魔王、この6種族の王を示す言葉が6大魔王ということである。
文献に書かれていたのは魔王の中でもっとも古株だというアンデッド族の魔王ネリガルの事ばかりで、他の魔王についてはまだ調べ中だ。
一体どんな奴等が来るのか、魔王と呼ばれるからには相当凶悪な連中だと思うが……
しかしそれにしても遅すぎる。
この部屋に城の使用人だという魔族が案内してくれたのはもう2時間も前のこと。
俺は真ん中に置かれた縦長の机の両側に設置された椅子の一番右端に座って他の魔王の登場を待っているのだが、一向に他の魔王達が来る様子はない。
「他の魔王様はここから随分離れた場所に住んでおられますからね、私達もここまで来るのに相当かかりましたし」
「まぁ待つしかないよなぁ……」
6大魔王会議案内状と言うものが送られてきた朝、俺はその日のうちにラミアに空の飛び方を教わってここまでやってきた。
空を飛ぶ感覚はとても心地よいものではあったのだが、やはり自分の背中に翼という新たな部位ができるというのは慣れそうにない。
「しかし俺に魔王らしく振る舞うなんてできるかな……」
「大丈夫です! ノノ様なら事前に私と打ち合わせした通りの言葉遣いや仕草をすれさえすればきっと魔王らしくなります!」
「お前のその根拠は一体どこから出てきてるんだか……」
どうもラミアの話によれば6大魔王の仲はそれほど良くないらしく、最初にナメられればその後もいいように使われかれないとの事だった。
俺は魔族の中でも新入りで、生まれたばかりの赤子同然である。
そう考えればヴァンパイアロードとしてその威厳を保てなければ今後の魔族での生活になんらかの支障が出るかもしれない。
仕方ないか……
ここは堂々と偉そうな態度でいこう。
「俺は闇を支配する吸血鬼王ヴァンパイアロードだ!」
「その通りです!」
「人間共を全て駆逐してやる!」
「朝飯前です!」
「ついでに魔族も俺が統一してやる!」
「はい!」
「俺が最強だ!」
「よっ!」
なんか気分が乗ってきたぞ。
「6大魔王なんて全員俺の前に跪きやがれ!!」
俺は片足をテーブルの上に乗せ、高らかにそう叫んだ。
しかし──
「……」
あ、あれ?
ラミアからのヨイショがないぞ……
不思議に思いラミアの方を見ると、下を向いてブルブルと肩を揺らしている。
やばい、なんかすっごい嫌な予感がする……
「なんじゃい、儂の城で随分と勇ましい事を言う若造がいると思えば噂の2代目か」
ドスの聞いたその声のする方を恐る恐る確認してみる。
そこには黒目の無い真っ白な目と、顔にある無数の切り傷が特徴的な、白髪の老人が立っていた。
よくよく見ればその老人の体には人間のドクロらしきものがいくつも括りつけられている。
「お、おいラミア。あの人誰だ……?」
「あ、あれはアンデット族の魔王、ネリガル様です……」
小声で俺にそう告げるラミア。
ネリガルは老人らしからぬ巨体で、ドクロを揺らしながら俺の直ぐ側までやってきた。
「他のバカ共はどうした?」
「え、あ、ま、まだみたいです……はい……」
ズイっと俺に顔を近づけてくるネリガルに思わず敬語で話してしまう。
ハッキリ言って迫力ありすぎて堂々となんてできん。
「カス共が、たまには魔族の王らしく時間くらいは守らんかい! そうは思わんか2代目」
「いやー、全くそうですねー、あははー」
やっべ。
しょんべんちびりそうなんだけど……
「若い子いじめるなんて趣味悪いわよぉ、土臭い墓場の老害さん」
俺がネリガルの迫力に押されていると、また入り口の方から声がした。
「なんじゃ、誰かと思えば眩しく光るだけしか能がない天使様ではないですか」
確かにそこにいたのは天使だった。
美しく輝く腰まで伸びる白銀の髪に、真っ白な肌。
頭上には天使の輪っからしきものが浮かんでおり、背中にも白い柔らかそうな羽が生えている。
さらに着ている服も白いワンピースのため、つま先から頭のてっぺんまで真っ白というなんとも絵に描いたような天使だ。
「おい、あの人は?」
「あの方は天使族の魔王、スレイス様です」
なるほど。
一応本で読んだが、この世界じゃ天使も魔族の一員てわけか……
「あなた2代目ヴァンパイアロードよねぇ」
「は、はい、そうですが」
俺に近づいてくるスレイスにさっきとは逆の意味で臆してしまう。
ネリガルに感じたのは恐怖であったが、このスレイスに感じたのは美人相手につい身を引いてしまうようななんとも言いがたい感覚だった。
「ふぅん、可愛い子。食べちゃいたいわぁ」
スレイスは俺の頬を細い指でなぞりながら、徐々に自らの唇を近づけてくる。
なんかやばい。
このままこの人に食べられて良いかもしれないなんて思えてくる……
「ス、スレイス様! お戯れはこの辺で!」
唇が触れるか触れないかのギリギリのところで俺とスレイスの間にラミアが割って入った。
「うふふ、冗談よ、冗談。そんなに必死にならなくてもあなたのご主人様を横取りなんてしないわよ」
そう言って踵を返してスレイスは俺と反対側の椅子に座った。
それを見てネリガルも俺と一つ席を開けて椅子に腰掛ける。
「さて、これでやっと半分か……このまま待つか、もう始めてしまうか……」
ネリガルは深い溜息を吐きながら呟いた。
「始めちゃっていいんじゃないかしらぁ? どうせ待っても来ないだろうし魔王が3人も集まれば充分よぉ」
「ならこのまま会議を始めるとするかのう」
どうやら3人で会議が始まるらしい。
獣人族と竜人族と悪魔族の魔王は来ないのか?
口振りからして来ないのが当たり前のような感じだが。
「まず今日の会議の議題だが──」
「ちょっと待ってぇ、前から思ってたんだけどどうしていっつもあなたが仕切ってるのぉ?」
「何を今更、魔王の中で儂が一番偉いからに決まっておろうが、それにここは儂の城じゃ! 儂が仕切って何が悪い!」
「はぁ? 私たち魔王の中に序列なんてないわよねぇ? もしかして一番長生きしてるから偉いと思ってるのかしらぁ? ほんとこれだから老害は迷惑なのよぉ」
「ほう、ならば貴様に魔族の運命を決めるこの会議を仕切れるとでも言うのか? 笑わせるな。貴様など儂から見ればゴミじゃゴミ。そもそも魔族の身で光を司る天使族が魔王にいること事体、昔から儂は気に食わんのじゃ」
「あらぁ? もしかして私に喧嘩売ってるのかしらぁ? あなたなんて墓場から出てきた腐った死体を支配してるだけの腐敗臭のきっついただのじじいじゃないの」
2人の言い合いは徐々にヒートアップしていき、部屋がビリビリと震え始める。
なんかめっちゃ空気悪くなってきたぞ……
これは俺が仲裁に入って止めるべきなのか?
俺は意見を求めてラミアの方を見てみるが、そんな俺の考えを読み取ったのかラミアは首を横に振った。
どうやら下手に間に入らないほうがいいらしい。
「いいわぁ、だったらどっちがこの会議を仕切るのに相応しいか決めましょうか」
「望むところじゃ、後になって後悔したところでどうなってもしらんぞ」
2人はそう言って席から立ち上がると、お互い睨み合い、バチバチと火花を散らせる。
どうにも面倒な事になってきた。
会議を仕切る仕切らないってだけの理由でこんな喧嘩になるとかこいつらどんだけ仲悪いんだよ……
今にも2人が戦いを始めようとした時だった。
ドゴンッという音が入り口から聞こえると、入り口の扉が俺達の目の前を物凄い速度で飛んでいき、ガラスの窓を突き破っていった。
「やっほー! ミミカだよー!」
そう言って現れたのは猫耳褐色の幼女だった。
茶髪の少しクセのある髪から柔らかそうなモフモフの耳をちょこん生やし、丸い頬には赤色でタトゥーのようなものが彫られている。
服装は民族衣装を思わせるもので、おしりからは尻尾が生えている。
「なになに! なんか面白いことやってんの!」
その場の空気をぶち壊すように部屋の中に入ってくる幼女。
「あれは獣人族の魔王、ミミカ様です……」
俺が聞くより先にラミアが答えた。
しかし今はその正体よりも益々変な空気になってしまったこの部屋の状況が心配で仕方ない。
まさかここで3人の魔王が争いを始めるのか……
しかしそんな俺の心配はすぐに消え去った。
「おぉ、ミミカちゃま来てくれたのか!」
「あらぁ、ミミカちゃまが来てくれるなんてお姉さん嬉しいわぁ」
おい待て、なんだそれ。
ちゃまってなんだよ、キャラ全然違うじゃねーか!
「えへへー! ドクロおじちゃんも天使お姉ちゃんも久しぶりー!」
2人に頭を撫でられて笑顔を見せる獣人族の魔王らしいミミカ。
まるで孫に久しぶりにあったおじいちゃんおばあちゃんのようにネリガルとスレイスはミミカにメロメロだ。
もうやだこの魔王達……
それから暫くの間2人はミミカと会話をし、満足したように席に戻っていった。
結局会議の進行は最初と同じでアンデット族の魔王ネリガルがすることとなった。
ここまでの流れで俺は一つ分かった事がある。
人間も魔族も幼女には甘くなるんだな──