5.チート勇者の血をください
あまりに唐突な敵の襲来に慌てて書庫から飛び出し、城門までラミアと共に走る。
城門に着くとそこには眩い光を放つ鎧の男と、杖を持った2人の女がいた。
「おっと、ヴァンパイアロードが復活したって噂は本当だったようだね」
男は俺とラミアを見るなりそう言った。
「なぁ、ラミアの話じゃこの城は迷いの森っていう巨大な森の中にあるから普通は辿り着けないって話だったよな?」
「は、はい、そのはずなのですが……」
それにラミアの話では森には強力な魔族が多く生息していて、並の勇者では森に入るのは自殺行為だということだった。
15年前の事からこの場所が人間にバレているのは分かってはいたが、まさかこうも簡単に人間が来れるとは──
「一体何のようだ? お前は誰だ?」
「僕? 僕は勇者さ。この子達は僕のパーティーメンバーだよ」
そう言って勇者を名乗る男は両隣の女の肩を両手で引き寄せる。
女はそれに嫌な顔一つせず、むしろ喜んでいるようにも見えた。
「君こそ一体何なんだ? 魔族にしてはどこか人間らしさを感じるが?」
「俺は乃々上 怜司、ついこの間この世界に来たばっかりの元人間だよ」
「元人間……あぁそうか! なるほどな!」
俺の言葉を聞いて男は何か分かったような顔をしてなるほどと頷く。
「なら僕と同じというわけだ」
「なに?」
「僕はつい1ヶ月前に変なばぁさんにこの世界に連れてこられたんだ。元の世界での名前は鈴木なんてダッサイ名前だったけど今は勇者ギルバートと名乗っているよ」
「なっ──!」
こいつ全国の鈴木さんをさり気なくディスりやがった……
いや、そんな事より目の前のこいつは俺と同じようにこの世界に来た勇者だってことか……
「それにしてもまさかこの世界で勇者ではなく魔族になってしまう人間がいるなんて笑いものだな」
「どういう意味だ? ここに来た人間は皆勇者になってるって言うのか?」
「その通りさ。それもチート級の力を持った勇者にね。そうだな……不幸な君に特別に教えてあげるよ……ステータスオープン!」
ステータスオープン、そういうとギルバートの前にテレビの液晶だけを抜き取ったような画面が現れた。
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ギルバート・レイヴァルト
Lv:18
種族:人間
職業:勇者
【ステータス】
体力:1059
魔力:331
物理攻撃:327
物理防御:204
魔法攻撃:298
魔法防御:163
素早さ:226
特殊スキル:聖なる加護
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「どうだい?」
そう自慢気な顔をするギルバート。
しかしそんな事を言われてもステータスの平均値やらなんやらを知らない俺にはその凄さがさっぱり分からない。
「どうやら君には分からないようだね。いいかい? 通常勇者のステータスはLv100を越えてやっと50を超える程度と言われている。それが僕はLv18にしてこのステータスなんだ! 例えばこの物理攻撃の327という数字! これは剣なんかの物理攻撃が相手に与えられるダメージを表していて、300を超えていればある程度の魔族なら一撃! それにこの──」
こいつ熱く語ってるけど何のことか俺にはさっぱりだぞ。
そもそもこいつはなんで俺にペラペラ色々喋ってんだ?
「さらにこの特殊スキル! この聖なる加護は僕の装備する武器や防具の力を最大限まで引き出すことができるんだ!」
「お、おう……」
だめだ。
いまいちピンとこない……
「はぁ、これだけ言ってもまだ理解できないとはやはり元人間とは言え魔族ということか……ならこう言えば分かるかな。僕の強さはRPGのラスボスを一撃で倒せるほどだと言っているんだ」
「一撃で……だと……」
なんともかっこ悪い説明だが、確かにそれは強力な力と言っても過言ではないかもしれない。
何時間もかけて育成したキャラがやっと倒せるボスをたったの一撃で葬れる。
それを現実に置き換えてみればもはやそれは強いを通り越してチートだ。
「ちなみに僕以外の勇者のステータスも一緒さ、つまり魔族になった君は僕達の経験値になるしかないんだよ」
「ギルバート様かっこいい!」
「早くあんな奴倒して家に帰りましょう!」
ギルバートのパーティメンバーの女達は輝く鎧に腕を巻きつけ、そんな事を言う。
なんだろう、なんかすっごい腹が立つ……
「そうだね。さっさとこいつには僕のレベル上げのために死んでもらう」
「ま、待て! もう一つ聞かせてくれ! お前はどうして魔族を狩るんだ! それよりも元の世界に帰ろうとかは考えないのか?」
「帰る? 何を馬鹿な……せっかく異世界に来たんだ。この世界で自由に生きてハーレム作って楽しもうと考えるのが普通だろう?」
クズめ。
何がハーレムだ……こいつは何の苦労もせず手に入れた力ではしゃいでいるだけの子供だ。
「もう分かった。好きにしろ……」
「そうさせてもらうよ。その前に君のステータスも確認しておこう、ヴァンパイアロードなんて大層な名前なんだ、さぞかし経験値もおいしいことだろうよ」
そう言ってギルバートは俺に向かって手の平を向け目を瞑った。
恐らく勇者は自分のステータスだけでなく、相手のステータスも確認できるのだろう。
「なになに、ノノガミ レイジ、種族は吸血鬼で職業はヴァンパイアロード……ステータスは……ちょっと待て……なんだこれは……」
俺のステータスを確認していたであろうギルバートの顔が明らかに変わる。
それはまるで何かに怯えているような表情だった。
「ギ、ギルバード様! どうされたんですか!」
「そ、そんな馬鹿な……なんなんだこのステータスは……」
周りの女の声も無視して、ギルバードは後ろにたじろぐ様子を見せる。
「これは間違いだ……僕はこの世界で絶対の力を手に入れたんだ! 僕が主人公だ! 僕が負けるわけ無い!!!」
何かを決したように剣を構えて俺の元へと駆け出してくるギルバード。
しかしそれに対して俺は不思議と恐怖はなかった。
喧嘩なんてしたことはないが、何となくこういう時どうすればいいのか分かる。
「ラミア、あの女2人任せた」
「はい!」
迫り来るギルバードに俺も正面から突っ込んだ。
そして振り下ろされた剣を軽く躱すと、聖なる加護とやらに守られる鎧の上から牙を突き立て、そのまま鎧を貫通させてギルバードの肩の肉に牙を突き刺す。
「ぎゃっ!?」
そしてそのまま吸血を始めた。
血を吸われたギルバードの体はみるみる生気を失っていき、やがて真っ青な顔をして地面に横たわった。
「ごちそうさん」
それを見ていた女2人は叫び声を上げようと口を大きく開いたが、その開いた口の中に鋭く尖らしたラミアの爪が入り込み、そのまま後頭部を貫通した。
ラミアはズボッという音を立てて腕を口から引き抜くと、腕に付着した血を美味しそうに舐める。
一瞬にして静かになった城門前。
「なぁラミア」
「はい、どうされました?」
「人間の血ってやっぱおいしいな」
こうして俺は勇者との初の戦闘を終えた。
初めての戦いと初めての殺し。
しかし俺はそれに対して何も感じていなかった。
まるで普段から当たり前のようにやっているかのような自然な感覚。
どうやらいよいよもって俺は魔族の仲間入りということらしい。
次の日、俺の城に6大魔王会議案内状という手紙が鳥型の魔族によって届けられた。
ここまで拝読して頂きありがとうございます。
日付が変わり次第数話投稿予定です。