40.支配者
プロント村の中央広場には村人全員が集められており、その表情はどれも絶望に満ちたものだった。
「遅かったなレイジ」
「確かに村人全員か?」
「あぁ、この村の人間311人だ。念のため村にあった名簿で確かめたから間違いねぇはずだ」
「……そうか」
「なぁレイジ、なんかあったか?」
俺の様子に何か気が付いたのか、ロウガが怪訝な顔でそう聞いてきたが、俺は何もなかったとだけ答えて村人の前へと姿を現した。
俺を見る村人の表情は恐怖と怒りが混じり合ったなんとも言い難いものだった。
だがこの表情見るのはこれが初めてではない。
俺がこの世界に来たばかりの頃、処刑台の上から見たあの人間達の表情に似ている。
あの時の事を振り払うように俺は口を開いた。
「私の名はヴァンパイアロード、今後のこの村の支配者だ」
俺の名を耳にした村人たちの中にざわめきが広がった。
こんな田舎の村にも魔王ヴァンパイアロードと言う名は広まっているのだろう。
「各々思うところはあるだろうがまずこれだけは言っておこう。私に貴様らの命を無闇に奪うつもりはない。私がこれから言うことに協力してくれるのならばそれは保証しよう」
その言葉に誰一人信用の目を俺に向けてはいない。
まぁ当然か。
「ではまず最初にこの村の責任者、そしてあの製造工場の責任者は前に出ろ」
少しすると村人達の中から一人の老人が姿を現した。
「わ、儂がこの村の村長じゃ……」
「貴様家族はいるか?」
「い、いえ、家族はいませぬが」
その返事を聞いて俺はロウガの方を見る。
「確かにこいつには家族はいないな」
ロウガは名簿を確認しながらそう答える。
「そうか」
俺は村長の首を爪で刎ねた。
首は村人たちの前まで転がり、何人かの村人が悲鳴をあげた。
「それで製造工場の責任者はどこだ?」
その質問に誰一人答える様子はない。
これではいくら待っても当の本人は出てこないだろう。
「仕方ない、この場で全員殺してやろう」
それを聞いた瞬間、村人達は血相を変えて一人の人間を無理やり前へと押し出し始めた。
「早くでろよ!!! てめぇが出ないと俺達殺されんだよ!!!」
「お願い早く出てきてよ!!! わたしまだ死にたくないのぉ!!!」
「オラァ!!! 早く行けや!!!」
怒声、罵声が飛び交い、一人の男が群衆から押し出されるように姿を現した。
必死に抵抗したのか服はボロボロで顔にも殴られた痕が見える。
「貴様か」
「ひ、ひぃ!!!」
男はすぐに立ち上がって背を向けて走り出すが、すぐに他の村人に押し返され再び俺の前で尻餅をつく。
「な、なんで俺なんだよぉ!!!」
「そう怯えるな。少し聞きたい事があってな」
「き、聞きたいこと?」
「貴様は魔族を材料にして武器や防具を作る時何を感じる?」
「えっと……そ、そりゃあ心が痛みますよ! 特に子供の魔族なんかが泣いてるとこ見んのはもう死ぬほど辛い思いで──」
「分かった、もういい。馬鹿な質問だった」
俺は男の首元に爪を近づける。
「い、いや待ってくれよ!!! 俺はあくまであそこの責任者で実際に作業してたのは他の──」
男がそう言い終わる前に俺は首を刎ねた。
もはや悲鳴を上げる者はいなかった。
「……ロウガ」
「あぁ、こいつにも家族はいねぇようだ」
「そうか。ならもう他に殺す必要はなさそうだな」
見せしめはこれで充分だろう。
家族がいたのならその者らも殺さなければ後々面倒だと思ったがその必要はなさそうで安心した。
いくら人間だからといって俺だってできれば子供は殺したくはない。
「さて、ではこれから貴様らに協力してもらう事について話をさせてもらおう」
村人の精神を恐怖で完全に支配できたのを確認して俺は3つの決まり事を話して聞かせた。
1つめは不定期にこの村から人間を何人か俺の城へと連れて行くこと。
無論この村の人間は全員俺の眷属化実験に付き合ってもらうのだが、一度に309人を連れて行くのは無理がある上に城の牢獄も数が足りない。
なので回数を分けなければならないのだが、これはその時に素直に従ってもらうための決まり事だ。
2つめは外部の者との接触を一切禁ずること。
これは偶然この村に立ち寄った人間、以前から交流のある人間も含む。
つまりは今この場にいない人間と一切関わるなということ。
俺が一番困るのが今のこの状況が他に知れ、勇者が来てしまうことだ。
並の勇者ならともかくあのディルハンブレットクラスの勇者が来るのだけはなんとしても避けたい。
「この2つを守るならば今まで通り農作をするなり家畜を育てるなり自由に生活をしてくれて構わない。だが最後に1つ、この2つの決まりを破るなり村から逃げ出そうとした場合のことだ。そういった事体が起これば当人はもちろんの事、その家族、親しい者も殺す。それに適当に選んだ村人にも何人か死んでもらおう」
全てを話し終えた後は静かなものだった。
村人はただただ無言で俯き震えているだけ。
「特に反論はないようだな。ならば早速この中から今日城へ連れて行く人間を選ぼうか」
俺は人狼族の一人に20人の人間を適当に選び城へと連れて行くよう指示を出す。
指示を聞いた人狼族が仲間を集め、適当に目のついた人間を縛り上げて担いで連れていくが抵抗は全くない。
ふむ、これ以上俺がここで人間を脅す必要もなさそうか。
後は人狼族達に任せても大丈夫だろう。
「おいロウガ、教会に行くぞ」
「あいよ」
俺がロウガと数人の人狼族を連れて教会へと向かおうとした時、後ろから俺を呼び止める声があった。
「あ、あの……よろしいでしょうか」
そこには見るからにひ弱そうな人間の青年が立っていた。
怯えた目に震える声はどうみても今の状況に恐怖しているのが分かる。
「なんだ?」
「……ぼ、僕の妹はまだ8つで生まれた時からの持病を持っています」
「それで?」
「今は週に一度この村に訪れる薬屋から病気を抑える薬を買っていますが、もし薬がなければすぐに妹は死んでしまいます……なのでお願いですヴァンパイアロード様、その薬屋から薬を買うのだけは許して頂けないでしょうか」
なるほど。
外部の人間との接触を断てば自分の妹が死ぬか。
「そうか、それは大変だ。だが青年、そんな頼みを私が聞くとでも?」
「ど、どうかお願いですヴァンパイアロード様!!! 僕のことは好きにして下さい!!! でも妹だけはどうか!!!」
「ほう、大した勇気だ。貴様の名前は?」
「ル、ルイトです……」
「ルイトか、中々気に入った」
「で、では!?」
「こいつとその妹を今日俺の城に連れて行く人間に加えておけ」
「……え? それでは妹の薬はどうすれば」
ルイトの言葉を無視して俺は再び歩き出した。
後ろからは何かを叫ぶ声が聞こえるがそんなものはどうでもいい。
「おいレイジ、こっからはどうするつもりだ?」
「とりあえずこのまま教会を調べてから城で眷属化実験の続きをするつもりだ。この村の管理はお前と部下の人狼族に任せてもいいだろ?」
「それは構わねぇけどよ、流石にこんな村にずっといろってのは勘弁してくれよな」
「分かってる。実験さえ上手くいけばこんな村を管理する必要もないからな」
「なんだ、随分と自信のある口ぶりじゃねぇか」
正直なところ眷属化実験成功の自信が充分にあるわけではない。
だが自信があるにしろないにしろ眷属を、戦力を一刻も早く増やさなければならない。
時間が経てば経つほど俺達の仲間は死んでいく。
もうあんな思いはごめんだ──




