37.眷属化実験
人狼族の森から帰り、体力が回復してすぐのこと。
俺はラミアと共に書庫がある塔とは別の塔の中を歩いていた。
塔の名は牢獄塔。
この塔の内側は壁沿いに螺旋状の階段が上へ上へと伸びており、その壁に一定間隔で鉄の牢獄が設置されていることからそう呼んでいる。
「こいつか」
俺とラミアは階段を上り始めて最初にある牢獄の前で足を止め、中に入れられた人間の男に目を向けた。
男は俺を見るとひどく怯えた様子で隅の方へで縮こまってしまう。
この人間は俺が人狼族の住む森へ行っている間にラミアが捕らえた一般の勇者だ。
城からの抜け道を作るのに森の周囲を散策していたラミアが見つけたらしく、この男以外にもあと2人、この男のパーティメンバーだという人間の女を捕えてあるとのこと。
牢獄の扉を開けてラミアと共に中に入り、俺はその男に近づいた。
間近でみるその男はかなりやつれており、相当疲弊しているようだった。
「おい、名前はなんだ?」
「ド、ドイン……です……どうか命だけはお助けを」
ドインという男は震えながら俺を拝むように両手を合わせる。
「そいつはお前次第だな。それでお前がラミアに話した情報ってのに嘘はないんだな」
「ラミア……あ、はい、そこの吸血鬼様に話した事にう、嘘はありません!」
「そうか……まぁお前は勇者ってやつに誇りを持っているタイプではなさそうだしな」
「へ?」
「いやなに、こっちの話だ」
ドインがラミアに話した情報には大して有力なものはなかった。
どうもこの男は俺ことヴァンパイアロードの噂を聞きつけ、パーティを引き連れて無謀にもこの森まで来たという。
しかし意気揚々と森の中に入ったはいいが、ラミアの幻影魔法に惑わされ森を彷徨い、やっと森を抜けたところをラミアに捕まったらしい。
しかし勇者のパーティってのは男一人に対して女が複数じゃなきゃいけない決まりでもあるのか?
「あ、あのう……どうしたら助けてくれますか……俺、ヴァンパイアロード様のためでしたらなんでもします……だからどうか──」
「ならまずお前のステータスを見せてもらおうか」
「ス、ステータス? わ、分かりました」
少し怪訝な顔をしつつ、ドインはステータスオープンと口に出した。
するとドインの前に液晶のようなものが浮かびだす。
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ドイン・クレガ
Lv:47
種族:人間
職業:勇者
【ステータス】
体力:95
魔力:9
物理攻撃:23
物理防御:19
魔法攻撃:12
魔法防御:11
素早さ:15
特殊スキル:なし
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「ふむふむ。なぁラミア、このステータスは最初に見たギルフォードって奴のステータスと比べてどう思う」
「ゴミですね」
容赦なく言い切るラミアにドインが「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
俺が最初にステータスを見たのはもう随分と前なので数値に関してはしっかり覚えてはいないが、それでもこれほどレベルが高かったという記憶はないし、数値も全て三桁を越えていたと思う。
これが一般の勇者と転生勇者の差というものなのだろう。
「まぁいいか。とりあえずメモしておいてくれラミア」
「はいノノ様」
俺の指示に従い紙にペンを走らせるラミア。
ドインはその光景を分けの分からないといった表情で見つめていた。
「なぁドイン、一つ聞きたいんだが、ステータスってのは勇者以外の人間も出すことができるのか?」
「そ、それはできません。ステータスオープンの魔法は勇者登録を完了して貰える勇者の証を持っていなければ発動できないものですので」
「なるほど。ステータスってのは勇者にしか備わっていない概念てことか」
「あ、いえ、ステータス事体は全ての生物に備わっています。勇者にならないと見れないだけで、老人にも子供にも動物にも魔族にも皆が持っているものなんです」
「ほう、中々興味深い話だな。もっと話してみろ」
俺達魔族にもステータスがあるというのは聞いていたが、全ての生物にあるというのは初耳だ。
「は、はい。ステータスを上げるにはレベルを上げることが必須というのはもうご存知だと思います。なので勇者はレベルを上げるために魔族を倒してから勇者の証でその魔族の体を魔力に変換して吸収します。でも実は証を持たずとも、魔族さえ倒せばレベルは上がるものなんです。ただもちろん貰える魔力、つまり経験値は少なくなりますが……」
という事は勇者ではない者、例えば兵士なんかも魔族を倒せば強くなっていくということか。
「ほ、他にも体を鍛えればレベルアップ時とは別にステータスに反映されますし、武器や防具を身につけるだけでもステータスの数値は随分と変わってきます」
「なるほどな。もう一つ聞きたいんだが、お前のパーティメンバーの2人はステータスを出せるのか?」
「あ、はい。勇者とパーティを組むことで勇者の証の恩恵をパーティメンバー全員が受けることができますので」
「それはお前が死んでからもか?」
「は、はい。パーティリーダーが死んでも総合案内所でその生死をしっかり確認されるまでは……ってえ? 俺が死んだら?」
何かに気づいた様子のドインの首筋に俺は勢い良く噛み付いた。
そしてそのまま2本の牙から自身の血をドインの体へと注入する。
ある程度血を注入し、首から牙を抜くとドインは声を上げることもなくその場に倒れ込んだ。
「んー、いまいちどれくらいの量を送ればいいのか分からんな」
ラミアから受け取ったハンカチで口から垂れる血を拭き取りながら倒れるドインの体に目をやる。
ドインは白目を向きながら体を小刻みに痙攣させている。
「上手くいきますかね……」
「どうだろうな。元々先代が持っていた力ってのと、俺が自分の牙から血を出せるってことしか根拠はないからな」
ドインは暫く体を痙攣させていたが、すぐに動かなくなった。
脈をとってみるとどうも死んでいるようだ。
「失敗か。まぁ最初から上手くはいかないか」
一応ドインの死体に何か変化がないかラミアと調べてみるが、特にこれといった変化は見られない。
血を送ることによって人間を殺すことができる事は分かったが、それだけだ。
人間を吸血鬼に変え、従順な下僕にする眷属化。
本当にできるのかどうか不安になってきたな。
「まぁ、物は試しっていうしな。おし、次行くぞ次」
「はい!」
たった一人ダメだったからといって諦める理由はない。
俺達は残りの2人の人間の元へと向かった。




