4.書庫にて
それから俺はラミアの後に付いていくように一度館から外に出て、館の両脇に立つ巨大な2つの塔の1つに入った。
どうやらこの城の書庫はこの塔の中にあるらしい。
「なんだこれ……すげぇな……」
中に入って俺はまずその大きさに驚いた。
100メートルほどある塔の中は天井まで吹き抜けになっており、塔の中心にある螺旋階段が上へ上へと伸びている。
見たところ大体30ほどの階層に別れていて、隙間なく壁に設置された本棚にはぎっしりと本が並べられていた。
「こんだけ色々あるなら何でも分かりそうだな」
ここはこの世界の事を知るための情報源として活用できそうだ。
「それでラミア、その先代って人の文献はどこにあるんだ?」
「──へ?」
俺の質問にラミアは呆けた声を出した。
「あ、その、えーとですね……その辺に……」
そう言って右上を指差すラミアの目は完全に泳いでいる。
「な、なぁ、まさかとは思うがどこにどんな本があるか分からないってオチはないよな?」
「うっ……」
図星だった。
「申し訳ございません……せっかくご主人様のお役に立てると思ったのに……」
肩を落とすラミアの肩に手を置いてとりあえず慰めてみるが、実際問題これはどうしようもない。
30階建てのマンションほどもある塔の壁にぎっしりと並んだ本。
その中からお目当ての本を見つけ出すにはどれだけの時間と労力を注ぎ込まなければならないのか……
想像するだけで心が折れそうだ……
「とりあえず先代の事はまた後日調べるとするか……そうだ、何か飲み物とかないか? 不思議と腹は減らないんだけど喉が乾いてさ」
「はっ! すっかり忘れておりました! これをどうぞ!」
ラミアはポケットから赤い液体の入った小瓶を取り出し俺に手渡した。
「先程の町で仕入れた新鮮な血でございます! お口に合えばよいのですが……」
俺はラミアに礼を言ってから小瓶の蓋を開け、一気にその中身を飲み干した。
まるでその液体が血管を通って俺の全身に広がっていくような感覚。
美味い……
美味しすぎる!
なんだこれ! 今まで口にしたものの中で一番美味いぞ!
何かに例えてこの味の美味さを表現しようにも、例えるほどのものが見つからないほど美味い。
「……どうでしょうか?」
俺の様子を上目遣いで恐る恐る確かめるような仕草をするラミア。
そんなラミアに俺が美味しかったと伝えると、ラミアの顔はパァっと笑顔になる。
「それにしても人間の血ってこんなに美味しかったんだな……いや、待てよ……人間の血?」
ここで俺はやっと先程から俺の中にあった違和感の正体に気がついた。
俺が捕らえられていた町は文字通り消え去り、きっと何百何千という人が死んだだろう。
それに今俺が飲んだのは人間の血だ。
さっきまで生きていた人間の血。
どうして俺は人が死んでもなんとも思わない。
どうして俺は人間の血を平然と飲んでいるんだ。
その疑問の答えに俺はすぐ結論を出した。
「なるほどな……これが魔族に……吸血鬼になるってことか……」
人間は魔族を殺す事に何も思わない。
魔族は人間を殺す事に何も思わない。
実に単純な事だが、これはどちらかの種族になるという事においてもっとも重要なことなのかも知れない。
むしろ俺は自分を拷問し、処刑しようとした人間を憎む気持ちが大きくなっていた。
「どうかなさいましたか? どこか体調が悪いのですか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと疲れただけだからさ」
俺は人間として大事な物が自分の中から徐々に消えていくのを実感しながら、ラミアの肩に手を置いて微笑んだ。
◇
ラミアに命を救われてこの城に来てからもう3日。
俺はだんだんとここでの生活にも慣れ始めていた。
ラミアが俺に用意してくれた服は黒のスーツのようなもので、燕尾服と言うのだろうか?
なぜか一緒にマントも渡されたが、それは流石に恥ずかしくて着ていない。
日常生活においても、幸いラミアが普段使っていた寝室と浴室、それに俺の部屋だという広めの部屋に関しては掃除が行き届いていたので、寝泊まりするだけならば問題はなかった。
ちなみに俺は今、書庫に引きこもってこの世界のことや吸血鬼について書かれた本をひたすら読み漁っている。
突然吸血鬼になったり、魔王になったり、城の主になったからといって別段他にすることがないのだ。
元の世界に帰れる方法とか見つからねぇかな……
「ご主人様! 頼まれていた本ここに置いておきますね!」
「おう! ありがとなラミア!」
ラミアは数十冊の積み重ねられた本を椅子に腰掛け本を読む俺の横に置くと、俺に頭を差し出した。
その頭を俺が撫でるとラミアは嬉しそうにする。
きっと幼い頃に両親を失ったラミアは愛情というものに飢えているんだろう。
その気持は何となく分かる気がする……
「まずは仲間を集めないとな」
「そうですね……いくらご主人様が6大魔王の一人とは言え、あの勇者共をお一人で相手なされるのは少々分が悪すぎます……」
「いや、まぁそれもそうだけど……」
ラミアには悪いが俺は今のところ勇者を滅ぼして一族の復興をしようなんて思っていない。
しばらくはこの世界から帰れそうにないので身を守る仲間が欲しいのだ。
それに──
「この城の片付けするのに俺達2人じゃ流石になぁ……」
ボロボロの城。
寝泊まりするだけならば問題はないとはいえ流石にこのまま散らかったままというわけにはいかないだろう。
「あのうご主人様、一つお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「ん? 別にいいぞ」
「よろしければなのですが、ご主人様のお名前を教えて頂きたいのです……」
「あぁ、そういえばまだ俺の名前言ってなかったな」
言われてみればこのままラミアにご主人様と呼ばせ続けるのにも抵抗が出てきたところだ。
悪い気はしないが、やはり俺はご主人様と呼ばれるような柄ではないのだ。
「俺は乃々上 怜司、ノノって呼んでくれよ」
「ノノウエ……分かりました! ではノノ様とお呼びいたしますね!」
「別に様は付けなくてもいいんだぞ」
「いえ、私はノノ様の使用人です。なので私にとってもノノ様とお呼びする方が気が楽なのです」
そういうものなのか……?
もちろん今まで俺は使用人の経験などないし、ラミアの気持ちは分からない。
まぁラミアがそう言うならそれでいいか。
「では私は館の掃除をしてきますので、何かお困りのことがあれば呼んで下さい」
「分かった。何から何まで色々ありがとうな」
「いえ、一族の当主様のためですから!」
ラミアはそう言い残して書庫を去っていった。
そして俺は再び読んでいた本に目を落とした。
今読んでいるのは勇者について書かれた本である。
勇者とは魔族を狩ることに特化した人間のことであり、記述によればステータスやレベルといったパラメーターのようなものがあるらしい。
勇者が持つ勇者の証というものが魔族の強さを自動で判定し、それらを倒せば勇者の証がその魔族の体を魔力に変換して勇者の力にする。
まぁ簡単に言えば倒した相手の強さに応じて勇者のレベルが上がり、それに合わせてステータスも上がるということである。
うむ、完全にゲームの世界だなこれ。
ラミアの話しによれば最近その勇者達の中に異常なほど強力な力を持った者達が現れ始めたらしく、その勇者達は全員口をそろえて別の世界から来たと言っているらしい。
正直ここまで聞けばさほど頭の良くない俺でも察しはつく。
元の世界では集団神隠し事件という大量の失踪事件が世間を賑わしていた。
年代性別職業関係なく、次々と謎の失踪を遂げる人達とこの世界の勇者達。
関係がないはずがない。
確たる証拠があるわけではないが、多分その強力な力を持った勇者とは俺と同様にこの世界に送られてきた人達なのだろう。
それからも俺は片っ端から役立ちそうな本を読み漁った。
人間、魔族、獣人、エルフ、勇者、魔法、吸血鬼、魔王、この世界について何も知らない俺にとって驚くようなことばかりであったが、不思議とそれらの知識を学ぶのは苦痛ではなかった。
むしろ読めば読むほど楽しくなってくる。
本を読むことに集中し、気づけば遠くの空が段々と暗くなってきた時だった。
館の清掃をしていたラミアが血相を抱えて書庫へと飛び込んできた。
「大変ですノノ様! 勇者が……勇者がこの城に現れました!」