35.吸血鬼と人狼が望むこと
俺の状態が完全に回復し、自由に歩けるようになったのはスレイスが去ってからちょうど丸1日が過ぎた頃。
回復した俺を見たラミアはスレイスから何か聞いたのか、「私のせいで……私がろくに説明もせずあんなものを渡してしまったから」とわんわんと泣き叫び、今にも身投げしてしまいかねない程だった。
ラミアの話を聞く限り、俺が飲んだあの血はラミアが今までこの城で保管していた勇者達100人分の血を魔法で小さな小瓶一つに凝縮したものらしく、本来俺と一緒に人狼族の森へ向かう最中にその事を説明しようとしていたらしい。
ただ、俺が同行相手をラミアではなく希沙良を選んでしまったショックで、伝える機会を失ってしまったとの事だった。
「主の身を危険に晒すなど私はノノ様の使用人として失格です……ノノ様、どうか今回の失態は私自身の命を持って──」
「ちょ、待て待てラミア!!!」
早まるラミアを俺は必死で止める。
「いいかラミア、俺は今回の事で別に怒ってないし、むしろ感謝してるくらいなんだ」
「……感謝……ですか……?」
ズズッと涙まみれの顔で鼻をすするラミア。
「俺はあの血がなけりゃ多分──いや、確実にあそこで死んでいた」
悔しいがあの時点で俺とディルハンブレットの実力差は明白だった。
あの時ラミアが作った血を飲んでいなければ俺もロウガも、そして希沙良達も殺されていたかもしれない。
それにスレイスも俺を助けるようなことはしなかっただろう。
「悪いのはラミアじゃなく俺だ……6大魔王の一人だとかうたっておきながら結局自分の力もまともに扱えてないんだ」
「ノノ様……」
「何が魔王、何が吸血鬼の当主だ……今の俺にそれを名乗る資格なんてないのかもな……」
「そ、そんなことはありません!!! ノノ様は──」
ラミアの言葉を遮るように、突然バンッと部屋の扉が開く。
そこに立っていたのは腹に包帯を巻いたロウガだった。
「全くその通りだな」
「ロウガ……お前傷は──」
「ハッ、この俺をそこらの魔族と一緒にすんじゃねぇ。あんなもんは一日寝りゃあ充分治んだよ」
そう言うロウガだが、その表情を見れば無理をしているのは明らかである。
「それよりなんだぁその腑抜けた面はよぉ? こりゃあまだ俺と会った時の方が幾分かマシな顔してたな。確かにその様子じゃてめぇなんかに魔王を名乗る資格なんてねぇ」
「なっ──! あなた……ノノ様を侮辱しているつもりですか」
「いいんだラミア」
俺は眉間にしわを寄せてロウガを睨みつけるラミアを制止する。
「安心しろよロウガ。俺だってわかってるさ、今のままじゃダメだってことくらいな」
その俺の表情を見てロウガは何かを悟ったのかチッと舌打ちをした。
「言っておくが俺は親父と仲間を殺りやがった勇者共を絶対に許さねぇ。だからてめぇが今後少しでも今みてぇな面して、俺に最初に言ったことを破るようならこの俺がぶっ殺してやる。いいか? この俺の上に立つんだ……半端は許さねぇぞ」
「あぁ、もう約束は破らない」
──俺は誰にも負けないし必ず勇者共を撲滅して人間を支配してみせる
出会った時にロウガに言った言葉を俺は深く胸に刻み込み、ロウガに答える。
「フン、その言葉忘れんじゃねぇぞ」
ロウガはそう言って踵を返すと、少し口籠った様子で口を開いた。
「あー、あとよ、仲間を助けられた礼は一応言っておくぜ……あ、ありがとよ」
そう言い終わると、またも壊れそうな勢いで扉を閉め、ロウガは去っていた。
と、それと同時に扉の向こうからバタンと何か大きな物が倒れるような音がし、廊下を走る足音が聞こえてくる。
「お、お頭ァ!!! こんなとこでなにやってんすか!!! 絶対安静ってキサラさんや三つ目ネズミ達に散々言われたでしょう!!!」
「うっせーな……いいから早くベッドまで運べ」
「まったく。おーい誰かお頭運ぶの手伝ってくれー!!!」
ドタドタと廊下から聞こえてくる騒がしい音はやがて消え、ラミアが口を開いた。
「あの……今のは何だったのでしょうかノノ様」
「今のはだなラミア。つまり俺達の仲間が増えたって事だ」
ロウガが俺達吸血鬼の事を許したのかはまだ分からない。
だが少なくとも俺の言葉を信じ、一緒に戦ってくれると言ってくれた。
ならこの俺がそれに報いなくてどうする。
「あいつもさ……多分俺と同じなんだよ」
「同じ……ですか?」
「今回の件で自分の力不足を実感し、このままじゃだめだと思った。自分が変わらないとまた大事な物を失う、そう感じたんだ」
そんな俺の言葉にラミアはハッと何かに気付いた様子を見せる。
「変わる……なるほど……分かりました! ノノ様が変わると言うのであれば私も変わります! 今まで以上にノノ様のために働き、夜のお目覚めから朝の就寝まで付きっきりでお世話をし、着替え! 歯磨き! お風呂! その他諸々を全てこの私が──」
「すまんラミア……お前はそのままでいてくれ……」
でないと俺は完全なダメ魔族に変わってしまう気がする……
ともかく俺の配下に200人以上の人狼族という心強い魔族が増えた。
他の魔王の勢力と比べると思いきった行動を起こすのはまだ難しいかもしれない。
しかし、それでも今俺達魔族が標的としている教会を潰すには充分な人数だろう。
「死んでいった人狼族達のためにも、早いとこ動き出さないとな……」
「はい……ですが今はゆっくりと体をお休め下さい。考えるのはそれからでも遅くありません」
「あぁ、そうだな」
これからやらなければいけないことはたくさんある。
それに気がかりな事も──
「勇者への召集……大規模な争い……人間と魔族の全面戦争か……」




