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33.魔王第二形態

 あの爆発の寸前、俺は懐から血の入った小瓶を取り出した。

 その小瓶には『使用の際は一口だけ』という注意書きが書いてあったが、余裕のなかった俺はそれを無視して全て飲み干した。

 味はなかったが、まるで力そのものを体内に取り込んでいるような感覚がし、頭の中が真っ白になった気がした。


「うわさに聞く魔王第二形態……間近で見たのは初めてだ……」


 第二形態?

 目の前のディルハンブレットという人間の言葉に俺は自身の体を見てみる。

 確かに普段の容姿とは変わっているようだった。


 手足の血管が浮き出し、尾てい骨の辺りになにやら違和感を感じる。

 そこには黒く長い牛の尻尾のようなものが生えていた。

 頭部の方にも違和感があるが、角でも生えているのだろうか。


 まぁ自分の容姿の変化など今はどうでもいい。

 それよりも体の内側から先程までとは比べ物にならないほど力が湧き上がってくる。


 それがすごく快感だ。


「さァ、続きをしよう勇者」

 

 俺は翼を大きく広げ、ディルハンブレットへと飛び立つ。

 体は異様に軽く、一瞬でディルハンブレットの目の前まで距離を詰めると、右腕でその頭を狙った。

 ディルハンブレットは両手の剣で俺の攻撃を防いだが、そのまま力押しで無理やり後ろへと後退させる。


「──! なんて力だ」


 その焦った様子を見て思わず口元が緩んでしまう。

 もっともっとそういう表情を見てみたい。


 俺はそのままディルハンブレットの右腕を掴み、体ごと地面へと叩きつけた。


「がっ──!」


 呻き声を上げるディルハンブレットを俺は容赦なく何度も叩きつけた。

 何度も何度も体を叩きつけているうちに鎧にヒビが入り始め、口からは呻き声と共に血が吐き出される。

 その血を浴びて、俺の中で何かが満たされていった。


 あぁ、楽しい

 人間を壊すというのはなんて気分の良いものなのだろう。


 その内にブチブチッという何か千切れるような音が耳に届き、突然腕が軽くなった。

 気づけばそこにディルハンブレットの体はない。

 あったのは肩の辺りから引き千切れたディルハンブレットの右腕だけ。

 振り返ると、少し離れた場所にディルハンブレットの体があった。


「なんだ、あそこか」


 右腕を放り捨て、フラフラとよろめきながら立ち上がるディルハンブレットの元へと近付く。


「この魔族風情がッ!!!」


 残った左腕で俺に斬りかかるディルハンブレットの攻撃を避け、尻尾をその首に巻きつけると、今度は森の中へと投げつけた。

 木々をなぎ倒して森の中に土煙を上げて突っ込んだディルハンブレットを見て、俺は上空へと飛び立つ。


「黒魔法、終夜の虚矢ルーンフェイク


 そう唱えると俺は右の手のひらに黒い靄のようなものが集まってくる。

 それは次第に形を作り、やがて真っ黒な槍を作り出した。


 ふと、こんな魔法を自分は使えたのかという疑問が過ぎったが、考えてみれば今までもそうだった。

 人間と戦う時も、血を吸血する時も、空を飛ぶ時も、最初からどうすればいいのか分かっていた。


 だから別に不思議がる事じゃない。


 ディルハンブレットがいるであろう場所へ狙いを定め、俺は手に持つ槍を思い切り森の中へと投げた。

 槍は真っ直ぐ狙った場所へと飛んでいき、土煙に隠れたかと思うとその場で膨張するように巨大な黒い球体を作り出した。

 半径500m程の黒い球体は周囲の木々を飲み込み、森の一部を大きく抉る。

 

 球体が消えた森にはぽっかりと穴が空いたようにクレーターが出来上がり、呑み込まれた木々は跡形もなく消滅していた。


「こんなものか……」


 地上に降り、消滅した森の一部を見ながらそう呟く。

 同族を殺された怒りも、勇者を壊した快感もない。

 残ったのはどうしようもない虚無感だけ。


 もっと戦いたい。

 もっと壊したい。


 そんな欲求だけが心を支配する。


「まだ……終わっていない」


 その声と共に俺の足元から氷の氷柱が飛び出し、俺の頬を掠めた。

 声の方へ目を向けると、そこにはボロボロの鎧を着込んだディルハンブレットの姿があった。

 右腕を失い、足を引きずりながら歩くその姿は俺の気持ちを高ぶらせる。


 そうか、もっと楽しませてくれるんだな──


「その力……やはり魔王を名乗るだけのことはある……正直少し油断していた」

「そんな言い訳どうでもいい。さァ、それよりもっと俺を楽しませてくれ」


 次はどこを壊そうか。

 残った左腕をもいでから両足を引き千切ろうか。

 それとも鼻と耳を削いで、目玉をくり抜き、顔の皮でも剥いでやろうか。


「……随分と楽しそうな顔だな」

「あぁ……今俺は最高の気分なんだ。こんなに人間を壊すのが楽しいと思ったのは初めてだからな」

「なるほど……確かに俺も魔族を殺すのは嫌いじゃない。魔族を一匹殺す度にこの世界を救っている気分になるからな」

「そうか、ならお互い楽しむことにしよう。早く来いよ勇者……それとも急に命が惜しくなったのか?」


 よし決めた……まずはあのよく回る舌を引き抜いてやろう。


「……一つ良いことを教えよう」

「──?」

「確かにこの状況じゃ俺の勝ち目は薄い……だがなヴァンパイアロード……本物の勇者ってのはどんな状況であれ倒すべき魔族を目の前に勝利を諦めないものなんだよ」


 ディルハンブレットの目は死んでいない。


 面白い──


 なら望みどおり殺してやるだけだ。


 俺はディルハンブレットにトドメを刺そうと飛び出した。

 それに合わせてディルハンブレットも地面に剣を刺し、何か呪文を唱えようと口を開く。


 死ね、人間──


 と、その瞬間、突然周囲が眩い光りに包まれた。

 光は雲の切れ間から俺達に注ぎ込み、思わず顔を背けてしまう。


「──!?」

 

 なんだこの光……あいつの魔法か……


 そう一瞬思ったが、その光から感じられる力は俺の知ったものだった。


 これは確かあの魔王会議で──


「はぁい、まだ元気かしらぁ2代目ヴァンパイアロードちゃん」


 光に包まれながら空より現れた魔族。

 美しい白銀の髪に、真っ白な肌と頭上に浮かび輝く光の輪っか。

 つま先から頭のてっぺんまで白く染まったその姿はまさに天使。


 6人の魔族の王の一人、光を司る魔王スレイス。

 彼女はその美しい口元を不気味に歪めてニヤリと笑った。

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