32.4大英雄の実力
ディルハンブレットは俺達に向け右手に持つ炎を発する剣を振るった。
すると剣に纏う炎は勢いを増し、巨大な炎の塊となって俺とロウガに襲いかかる。
その大きさはルサレクスで見たファイヤーボールとは比べ物にならない。
「任せろ」
そう言ってロウガが俺の前へと飛び出すと、その巨大な炎の塊に対して右手で拳を握り殴りかかる。
ロウガの拳が炎に触れた瞬間、その炎は一瞬にして消滅した。
それを見てディルハンブレットは少し顔をしかめ、次に冷気を発する左手の剣を振るう。
するとディルハンブレットの足元の地面から冷気が漏れ出し、それは地面を凍らせながら瞬く間に広がり、俺達に迫る。
そのまま俺達のすぐ目の前の地面が凍りつくが、ロウガはそれを物ともせず、そのまま凍った地面を踏み砕いた。
途端に地面を凍らしていた氷が全て砕けちる。
「大した対魔力だ……」
ロウガの対魔力に気付いた様子で、ディルハンブレットは魔法剣による攻撃を中断する。
そこに俺とロウガは同時に襲いかかった。
しかしディルハンブレットは俺達の猛攻を、強固な鎧と異常なまでの反射速度で軽々と防ぐ。
「人狼族が対魔力に優れているとは聞いていたがここまでとはな……仕掛けておいた結界魔法を壊したのもこいつか」
余裕を持った表情で俺達の攻撃を防ぎながら平然と喋るディルハンブレットに対し、俺の中で焦りが生まれていた。
二人がかりで……このざまかよッ──
そんな中、ディルハンブレットの蹴りがロウガの腹にめり込み、その体をくの字に曲げて吹き飛ばした。
「ロウ──!?」
そのすぐ後に腹部に何かが凄まじい力でぶつかり、俺の体は宙を舞った。
ディルハンブレットから遠く離れた地面に背中を打ち付け、一瞬息が止まるが、すぐに立ち直してディルハンブレットに目を向ける。
そこには炎の剣を頭上に掲げるディルハンブレットの姿があった。
「だが他の奴らはどうかな」
ゴウッ! というガスバーナーから火が噴出されるような音が耳に届くと、地平線まで続く森の半分を燃やし続けていた炎が生き物のように動き出し、巨大な炎の渦を作り出した。
炎の渦は周囲の炎全てを取り込み、雲に届くほどの大きさになると、その先を俺に向ける。
「さぁ魔王、こいつをどうする?」
「くそったれ……」
ディルハンブレットは軽い動きで炎の剣を振り下ろした。
それと同時に巨大な炎の渦は真っ直ぐ俺に向かってくる。
「なにボーッとしてやがる!!! 避けろレイジ!!!」
ロウガがそう俺に叫ぶが、俺はその場から動けなかった。
炎の渦は言わずとも相当な威力を持っているのは分かるが、避けきれない速度じゃない。
だが俺にそこから逃げるという選択肢は無かった。
横目で後ろに目をやると、そこに見えるのは生き残った人狼族達を連れて走る希沙良達の姿。
距離はここから大分離れているが、俺が避ければ確実にこの炎の渦は希沙良達に向かう。
ここで俺が止めるしかない──
炎の渦は近付くにつれてその大きさを俺に実感させた。
目の前に迫るそれは、まるで高層ビルが丸々炎に変わったかのような巨大さ。
覚悟を決め、迫り来る炎に対し俺は全身に力を込めてそれを迎え撃つ体勢を取る。
その時、
「どけッ!!!」
俺の目の前にロウガが飛び出し、そのまま巨大な炎の渦を両手で受け止めた。
その後ろで、俺の肌が熱気で焼けていくのが分かる。
そんな高温の中、ロウガは炎の渦に両手の爪を立て、雄叫びにも似た声を上げながら目の前の炎を引き裂いた。
2つに割れた巨大な炎の渦はそのまま周囲に火の粉を降らせながら消えていく。
「へっ、この俺に魔法なんてのは──」
──違う
消滅した炎の中から、火の粉と共に人影が現れるのを見て俺は確信する。
あの炎は罠だ。
「早くそこから離れろロウガッ!!!」
「なっ──!?」
「悪いな、人狼族」
ロウガの目の前へと現れたディルハンブレットはその腹に2本の剣を突き刺した。
「ガッ──!?」
剣はロウガの腹部から背中を突き抜け、剣先から血が滴り落ちる。
「流石の対魔力だな。体を突き刺されても魔法の発動だけは無効化か」
ディルハンブレットが突き刺した剣を乱暴に引き抜くと、ロウガは口から血を吐き出して前のめりに倒れた。
そしてそのまま切っ先をロウガに向ける。
「じゃあな」
させるかよッ──
俺は全力でディルハンブレットの元に飛び、その首を狙って爪を振るった。
その攻撃はすぐに俺の動きに気付いたディルハンブレットの鎧で防がれるが、それでもその体を衝撃で吹き飛ばした。
「大丈夫かロウガッ!?」
「こんなもんじゃ……俺は……死なねぇよ……」
傷口を手で抑えながら、息も絶え絶えの様な声を出すロウガ。
その様子は俺でも危険な状態であることくらい分かる。
どうする、ロウガをつれてここから逃げるか?
──いや、無理だ。仮に逃げられたとしてもあいつは必ず希沙良達を殺しにいく……
「……今の一撃、悪くなかったな。鎧に少しだけ傷ができた」
平然と起き上がるディルハンブレットを見て俺は確信する。
俺がここでこいつを殺らなければ、確実に全員死ぬと。
「仲間を守ろうとする時には力が増すタイプか? いや、というよりは怒りに身を任せたのか。まぁどちらにせよもっと自分の体に目を向けた方がいいんじゃないかヴァンパイアロード」
「何を言って──」
──ズキンッと脇腹から全身に痛みが走った。
そこには先程までディルハンブレットが握っていた剣の一本が突き刺さっていた。
「いつの……まに……」
剣を引き抜くと凄まじい痛みが全身を駆け巡る。
その痛みで地面に膝を落としかけるが、俺はなんとかその場に踏みとどまった。
ディルハンブレットはそんな俺から視線を逸し、重症を負っているフォルスとエルフの女に目をやった。
「いい機会だ、お前たち2人に吸血鬼との戦闘におけるコツというものを教えてやろう。まぁ基本としては太陽の力や神の恩恵を受けた十字架を使うのが一番楽なんだが、太陽の力を持つ武器など早々無いし、十字架だって物によってその効果はピンキリだ。それに今の俺はそのどちらも持ち合わせてはいない」
ディルハンブレットが悠長に喋る中、俺の脇腹の傷口からは血が溢れ出し、服を赤く染め上げていく。
「だから今回は違う方法を取る。吸血鬼ってのは人間の血を己の力の糧にして自身を強化する種族だ。戦闘向けでない個体でも、摂取した血の量やその血の質によっては強力な魔族になり得る。だがな、裏を返せば血がなければただの無力な魔族だという事だ」
傷口から血が流れていくのと一緒に、俺の中の力も消えていくような感覚。
「つまり単純な方法さ。ただ吸血鬼に血を流させればいい」
言い終わると同時にディルハンブレットは俺との距離を詰めながら剣を構える。
まずい──
なんとかその攻撃を避けるが、痛みのせいで反応が遅れ、俺の左肩を剣の切っ先が切り裂く。
傷口から血が吹き出すが、今はそれを気にしている暇はない。
ディルハンブレットは落ちていた剣を素早く拾い上げ、二本の剣で俺の首と心臓を確実に狙ってきた。
辛うじて攻撃を避け続けるが、俺の体には徐々に傷が増えていく。
「流石魔王、いい反応だ……だがいつまで持つかな?」
このままじゃ反撃もできねぇ……
俺は思い切り地面を蹴って後ろに後退し、翼で空中へと飛び上がった。
俺の攻撃方法は爪や牙による近接系のものしかないが、牙さえ通れば吸血で勝負を決められる。
しかしあの双剣の猛攻の中で隙を突くのは厳しい。
さっきまでの魔法を使用しないところを見るとロウガが剣の魔法は壊してくれたみたいだが、その剣速はそこらの勇者の比ではない。
正面から戦うんじゃ分が悪い……だが普段警戒しない頭上からなら──
「水魔法、流水障壁」
ディルハンブレットの声が響き、突然地上から水が吹き出した。
間欠泉のように勢いよく吹き出す水は、空中にいる俺の四方を完全に塞ぐ。
チッ、水の壁か……
すぐにその水の壁を爪で切り裂くが、切った箇所は瞬時に周りの水が補強してしまう。
だったら上から出るまでだ──!
唯一の出口である真上へと飛ぼうとした時、ふと俺の肌は下から微かな熱気を感じとった。
目を向けると、その場所の地面が崩れ、何か赤いものが見える。
「まさかあいつ──」
ディルハンブレットのしようとしている事に気付き、俺はすぐに懐に手を入れた。
それと同時にまたもディルハンブレットの声が地上から耳に届く。
「炎魔法、炎熱灰塵」
瞬間、地面から炎が勢い良く噴出し、俺を囲う水の壁に触れて巨大な水蒸気爆発を引き起こした。
凄まじい轟音が鳴り響き、周囲は煙に包まれた。
◇
「死んだか……?」
地上に落ちた俺の元へ人影が近づいてくる。
煙はその人影を中心に晴れていき、やがてその人間は姿を現した。
「ほう、しぶといな。あの爆発の中、五体満足で息を……」
そこまで言って人間は目を見開いて驚きの色を示す。
「それが……本来の魔王の姿というわけか……」
俺には目の前の人間が何を言っているのか分からなかった。
頭は冴えていて、気分も悪くない。
しかしどうも何か物足りない。
その人間はよくよく見れば知った顔だった。
ついさっきまで俺と戦っていたディルハンブレットという人間。
あぁ、そうだ、俺はこいつを殺そうとしていたんだ──
目の前の人間の名前と自分の目的を思い出し、少し頭の中がスッキリした。
だがまだ何かが足りない。
しかし、いくら考えてもそれが何なのかは分かりそうになかった。
まぁいいか──
そんな事よりも俺には今やりたいことがある。
それを済ました後にゆっくりと考えることにしよう。
目の前の人間を壊してしまおう。




