26.過去の亀裂
「どういう意味だ……?」
死ね、突然そんな事を言われ焦るが、表面上は冷静を取り繕う。
そんな俺にロウガは話を続けた。
「てめぇの話はここ最近よく聞くぜ。一番最近聞いたのはルサレクスを壊滅させて魔族の奴隷達を開放したってやつか。それについてはよくやってくれたと思ってるぜ。だがな、俺達人狼族がてめぇら吸血鬼に受けた仕打ちを考えりゃあそれで許したとは言えねぇよ」
「……? 一体何の話だ」
「噂によりゃあ、てめぇは元人間だったんだってなぁ?」
「そうだ。それが何か悪いのか?」
「いやいや、別に悪かねぇよ。俺はてめぇが元人間だからってあーだこーだ言うつもりはねぇ」
話が掴めない。
ロウガは一体何を言いたいんだ。
「俺がムカついてんのはてめぇがこの世界の歴史を分かった気でいることさ。そうだなぁ、少しだけ昔話しをしよう」
そう言ってロウガは15年前の話を始めた。
「今から15年前、俺達人狼族はてめぇら吸血鬼、つまり先代ヴァンパイアロードの闇の軍勢に所属していた。俺はまだガキだったが最前線でいつも戦ってたぜ。あん時まではよ」
「あの時?」
「先代ヴァンパイアロードが殺された時の話だよ」
先代が殺された時……
確かラミアの話によれば先代は勇者達に殺されて、それから闇の軍勢は散り散りになったってことだったな。
「先代の奴が死んでからはあっという間だったぜ。指揮官を失った闇の軍勢の多くが勇者共に殺された」
「待てよ。だったらお前達人狼族も俺達と同じように勇者共を恨んでいるはずだ。目的が同じならまた以前のように一緒に戦えば──」
「てめぇの頭ン中はお花畑か? あァ?」
牙を剥き出しにして俺を睨みつけるロウガ。
「確かにてめぇの言う通りだ。俺達はこの森に潜みながら勇者共を皆殺しにする機会を伺ってる。だがな、もう俺達は誰の下につく気もねぇ! てめぇ分かってんのか? 俺達人狼族がてめぇら吸血鬼の下についた結果どうなったのかをよ!?」
「俺達の下についた結果……」
「俺の親父は先代ヴァンパイアロードの力を信じてた。だが結果はどうだ? 先代は死に、俺達人狼族を含めた闇の軍勢はほぼ壊滅。俺のこの傷も仲間達の死もてめぇら吸血鬼のせいじゃねぇって言えんのか?」
「それは……」
思えばロウガの言う通りであった。
俺は元々吸血鬼の仲間だった魔族ならば快くもう一度俺達の仲間になってくれると勝手に思い込んでいた。
今思えばそんなわけあるはずがないのだ。
彼等はかつてヴァンパイアロードを信じて勇者と戦った。
だが結果はご覧の有様である。
そんな彼等にまた自分達の仲間になれなどと言って、素直に「はい、もちろんです」なんて言うわけがない。
「わかったろ。てめぇは過去の勇者共と俺達の戦いを何一つわかっちゃいねぇ。自分達の種族の立場も考えずに俺達に仲間になれだなんて寝言ほざいてんのがいい証拠さ」
過去の戦い。
話はラミアから聞いていたし、結果も知っている。
だが俺は当時、その場で戦っていた者達の事を何一つ知らない。
「確かに……な……」
俺がそう口に出すとロウガは短いため息をついて踵を返した。
「帰りな。ここはてめぇら吸血鬼の来るところじゃねぇ。外の勇者共は俺達だけでなんとかしてやる。なぁ野郎共!!!」
ロウガの叫びに他の人狼族達も声を上げる。
そんな中、俺の隣にいた希沙良がつまらなそうに呟いた。
「ばかみたい」
その声にロウガはこちらを振り返り、鋭い目を希沙良に向ける。
「おい女。てめぇ今なんつった?」
「だからばかみたいって言ったのよ」
希沙良の答えにロウガの表情はみるみる険しくなっていく。
「あなた達の今までの戦いなんて当事者じゃないんだから何も知らないわ。でもね、先代ヴァンパイアロードを信じてついていったのはあなた達なんでしょ? ならその結果がこの現状じゃない」
「……」
「確かにあなたの傷も他の仲間の死にも同情はするわ。でもね、先代を信じたのも勇者と戦ったのもあなた達の意思。結局は全部自分の責任じゃない。あなたはただ今の悲惨な状況を誰かのせいにして逃げてるだけよ」
「ざけんな!!! あの時……あの時にあいつが勇者にさえ負けてなけりゃ俺達は──」
「だからどうして全部そう他人のせいにするのかしら。あなた達は先代の配下だったんでしょ? だったら自分達の王くらい守って見せなさいよ。わたしたち吸血鬼からすればあなた達が15年前にしっかり先代を守っていてくれればって話よ」
その言葉にロウガはギリ、と歯を軋ませながら俺を睨みつけた。
「てめぇも……てめぇもこの女と同じ考えだってのか2代目?」
「いや、流石にこいつみたいに全部お前達の自己責任とまでは思っちゃいないさ。先代が死んだせいで闇の軍勢は崩壊した、それは事実だ」
「だけどな」と付け加えて俺は話を続けた。
「ハッキリ言えば先代は先代で、俺は俺だ。お前がいくら先代を恨んでいようが俺には関係のない話だろ」
「なん……だと……」
ロウガの表情は怒りを通り越し、唖然としているようだった。
「確かにお前達の気持ちも考えずに仲間になれと言った事は謝る。すまなかった。だけどな、俺は何度でも言うぞ。俺達の仲間に、いや──俺の配下になれロウガ。俺は先代ヴァンパイアロードとは違う。俺は誰にも負けないし必ず勇者共を撲滅して人間を支配してみせる。だから俺についてこい」
「おいおい……もう一度俺達にヴァンパイアロードを信じろってのか……?」
「そうだ」
「は……はは……そうかい……信じろか……いいぜ……信じてやるよ……この場でてめぇが素直に死んでくれりゃあなァ!!!」
「──!?」
瞬間、ロウガの足元の地面が激しい音を立てて陥没した。
周囲に破片が散らばり、ロウガは血走った目で俺を睨みつけて両腕を広げ、爪を立てる。
殺気。
この世界に来て幾度も自分に向けられた負の感情に俺は気づいた。
俺は希沙良とチュータを自分の後ろにやり、今にも襲いかかってくるであろうロウガの攻撃に備える。
その時だった。
「ロウガよ、その辺にしておけ」
弱々しい老人のような声が怒り狂うロウガの後ろから発せられた。
「お、親父……?」
ロウガの後ろに立つ声の主は巨大な四足歩行の狼であった。
真っ白な毛は地面につくほど伸びており、その体は体長3メートルほどのロウガよりも遥かに大きい。
その巨大な狼は弱々しい足取りでゆっくりと俺達の元へと歩いてきた。
「お、おい! そんな無理したら──」
「儂の事は気にするな。それよりもお前達は奥へ行っていろ」
「なっ! お、親父をこんな奴らと一緒にできるかよ!!!」
「聞こえんかったかロウガよ。儂は奥へ行っていろと言ったんじゃ」
ゾクリと俺の背筋を得体のしれないものが走った感覚がした。
「チッ、てめぇらいくぞ」
ロウガはその巨大な狼の言葉に従い、その場にいた人狼族達を連れて奥へと消えていった。
「な、何者だあんた……」
「儂の名はヴォルグス、かつて先代ヴァンパイアロードに忠誠を誓った人狼族の長にして、ロウガの父親じゃ」




