23.勇者を拷問してみよう
2人の勇者に対する襲撃は何も問題なく上手くいった。
俺は背後から爪を首に押し当て、希沙良は手の平に血の刃を作って首に押し当てる。
そして少しでもおかしな素振りをみせれば殺すと脅し、勇者共の腰から剣を引き抜いて無造作に投げ捨てた。
「俺がいいと言うまで絶対動くなよ」
俺の言葉に勇者の男が首を縦に振る。
それを確認して希沙良に目を向け、俺達は勇者2人を1本の木に叩きつけるように投げた。
地面に腰をついて、震えながら俺達を見つめる黒髪と茶髪の勇者2人。
そんな2人に俺は無言で近づいていく。
「よし、ここからは俺の質問だけに答えろ」
2人は大げさに首を縦に振る。
「まずはお前に質問だ。お前たちは転生勇者か? それともただの勇者か?」
そんな質問を茶髪の勇者に尋ねると、茶髪の勇者は恐る恐る口を開いた。
「お、俺達はただの勇者だ……転生勇者なんかじゃねぇ……」
「そうか」
その言葉を聞いて俺はニヤリとほくそ笑む。
転生勇者ではない、つまり死んでも教会で復活することができないというわけだ。
それなら拷問をしても自決して逃げられるという心配は少なくなる。
「次の質問だ。お前たちはこの森で何をしている?」
その答えに茶髪の勇者は顔を下に向けた。
「どうした。早く答えろ」
「……嫌だ」
「どうしてだ?」
「お、俺はこれでも勇者だ。魔族には絶対に屈しない」
その答えに思わず溜息が出てしまう。
勇者とは俺が思っていたよりも誇りというものを大事にするらしい。
「ならそっちの黒髪はどうだ? お前も何も話さないつもりか?」
「当たり前だ……いくら低レベルとはいえ俺達は魔族を倒す人類の希望である勇者だ」
「そうか、それは残念だ」
今までの転生勇者を見る限り、命の危険に晒されればもっと簡単に話してくれると思ったがそうでもないらしい。
元の世界から勇者になった人間と、元々この世界で勇者をしていた人間とでは勇者という職に対する思いが違うのだろう。
「なぁ希沙良、少し頼みごとしていいか」
「別にいいけど?」
俺は勇者から情報を吐かせるために考えた事を希沙良に話した。
「なるほどね。でもわたし拷問なんてしたことないし自信もないけどそれでもいい?」
「大丈夫大丈夫、俺が見てる限りお前は女王様系だからな」
「女王様? なにそれ、全く意味分からないんだけど」
女王様、つまりドSという意味は中学3年生の妹には伝わらなかったらしい。
「まぁとりあえず任したよ」
俺はそう言ってその場から一歩引き、代わりに希沙良を2人の勇者の前に立たせた。
「楽になりたかったら早めにここで何をしていたのか喋ったほうがいいと思うわよ」
そんな前置きを入れて、希沙良は自分の右手を黒髪の勇者の手に重ねた。
黒髪の勇者は一瞬ビクリと動いたが、すでに力では勝てないと察しているのかそれ以上動こうとしない。
「な、何をする気だ……」
「さぁねぇ」
ニコリと希沙良が微笑むと、黒髪の勇者の顔に苦悶の表情が浮かんだ。
重なりあった手を見てみると、隙間から僅かに血が流れ出ている。
「どう、感じる?」
「い、一体何を……」
「大したことはしてないわよ。私の吸血鬼としての能力は自身の血を自在に操り変化させること。だから今その能力であなたの皮膚を切り裂いて私の血をあなたの中に入れたの」
「お、俺の中に……?」
「そう、ほらよーく見てて」
そう言って希沙良は黒髪の男の右手の指に視線を移した。
その5本の指はピアノでも引いているようにグネグネとしきりに動き回っている。
「あなたの体はもう私の血で支配した。だからこんなこともできるの」
希沙良の言葉とともにピタリと指の動きが止まり、そして人差し指だけが徐々に上に反るような動きを見せる。
「ちょ、ちょっと待ってく──」
「だーめ」
ボキッという音が鳴ったかと思うと、黒髪の勇者の声にならない叫びと共に人差し指が手の甲にピタリとつくように折れ曲がった。
付け根の皮膚が裂け、そこから血が流れ出る。
「──がっ……あぁ……」
「どう? 話す気になった?」
「ふ……ざけるな……誰が魔族なんかに……」
「そう、なら仕方ないわね。まだ指は4本も残ってることだし色々試してみましょう」
「え……」
黒髪の勇者の顔から血の気が引き、恐怖に引きつった表情を見せる。
そんな相手に対して希沙良は容赦無く残った指を次々と折っていった。
縦に横に、時には内側から皮膚を血で突き破るなど様々な方法で黒髪の勇者の手を弄ぶ。
そして右手の5本の指がそれぞれおかしな方向へと向いてしまうと、希沙良は自身の右手を離し、黒髪の勇者の左手に重ねた。
「次はこっちね」
その言葉に黒髪の勇者は息を切らしながら小さく呟いた。
「もう……やめてくれ……」
「やめてくれ? それは知っていることを全て話すという意味でいいのかしら?」
「話す……全部話すからもうやめてくれ……」
それを聞いて希沙良は満足そうに笑みを浮かべ、そっと右手を離した。
「なら話してもらいましょうか。あなた達がここで何をしていたのかを」
黒髪の勇者は少し息を整えてから、ゆっくりと口を開いた。
「俺達はディルハンブレットさんに言われてこの森に住む人狼族を狩りにきたんだ……」
ディルハンブレット、その名はもちろん聞いたことがある。
魔族の王である6大魔王、それと対をなす存在である強力な4人の勇者の一人だ。
俺が読んだ文献によれば4大英雄と呼ばれる彼らの存在によって俺達魔族は人間を相手に苦戦させられているという。
「今まで表面上はおとなしくしていた魔王共が最近になって一斉に動き出した。だからディルハンブレットさんはそれに対抗すべく強力な勇者を育てようとしているんだ。それで俺達もディルハンブレットさんの弟子にしてもらおうとここにいるってわけだ……」
「弟子にねぇ、その条件が人狼族の討伐ってこと?」
「そうだ。ディルハンブレットさんは弟子にしてもらおうと集まった勇者達に条件を出した。それはこの森に住む人狼族を倒し10ポイント以上稼ぐこと……」
ポイントか、確かさっきのこいつらの会話にその単語が出てきたな。
「人狼族の戦士なら基本的に1匹倒して首を見せれば5ポイント。だから2匹倒せば10ポイントでディルハンブレットさんの弟子にしてもらえるってわけだ……」
黒髪の勇者の言うことはまるでゲームだった。
俺達魔族の命をポイントというふざけた言葉に置き換えて狩るくだらないゲーム。
しかしこいつらの目的は分かった。
それから俺は希沙良に代わって黒髪の勇者に質問をした。
「あと4つほど質問させてもらおうか。ディルハンブレットはこの森にいるのか、お前達の他に勇者は後どれくらいいるのか、あの炎はなんなのか、そしてお前達は人狼族の居場所を知っているのかだ。全て答えれば楽にしてやる」
俺の質問に黒髪の勇者は少し躊躇ったが、希沙良の方をチラリと見てから話を始めた。
「ディルハンブレットさんは森にいると思うが正直なところ確信はない。ただ、あの炎はおそらくあの人が人狼族をこの森から逃がさないために使った魔法だ」
魔法か……だとすればディルハンブレットは噂通りかなりの力を持っているのだろう。
あれだけの炎を一人で操っているということは、その気になればこの森ごと全てを燃やし尽くすことも可能なはず。
「人狼族の居場所は知らない……たがこの森の中にいるのは確かだ。森から出ようとすればディルハンブレットさんの炎結界魔法が発動するはずだからもうこの森は炎に囲まれているはずだ」
「そうか。それでお前達の他の仲間については?」
「それは……言えない……同じ志で集まった勇者達の情報だけは死んでも言うもんか!」
もうここまで言ってしまったのだから同じ事だろうとは思うが、まぁ仲間の事を言いたくないという気持ちは分かる。
俺だって死んでも仲間の情報を売ろうとは思わない。
「うーん、でも正直ちょっと見直したぜ。勇者ってのはどいつもこいつも自分の事しか考えられないような奴ばっかだと思ってたしな」
「それは転生勇者共の話だ。あいつらは自分が強くなることしか考えていない奴が多いが、俺達は違う。俺達のようなただの勇者は古来から人間を守ってきた勇者という職に誇りを持っている」
「そうか。それじゃあ突然現れた転生勇者なんかに地位も名誉も奪われてさぞかし大変だろうな」
「あぁ……だからこそ俺はディルハンブレットさんの弟子になって──」
黒髪の勇者がそう言い切る前に俺はその体を爪で引き裂いた。
鎧ごと引き裂かれた黒髪の勇者の肉体からは大量の血が吹き出し、俺や希沙良、そして終始隣で怯えていた茶髪の勇者に降りかかる。
「ど、どうして!?」
茶髪の勇者はこの状況を飲み込めないようで、そんな情けない声を上げた。
「いや、どうしてと言われても、こいつはもう何も話す気なさそうだろ?」
「だ、だってお前! 今こいつと普通に会話をしてたじゃないか!?」
「んん? あぁそうか。もしかしてお前、俺がこいつの心意気に免じて逃がしてやろうとか言い出すと思ったのか? それは残念だったな。確かに俺は勇者ってのをこいつとの会話で少しだけ見直したがそれはそれだ。結局俺達の敵にはなんら変わりはないだろ」
むしろ今の黒髪の勇者のような人間は魔族の危険になる可能性が高い。
今ここで見逃す理由が1つもないのだ。
「さてと、それじゃあ次はお前に質問だ。お前は勇者という職に誇りを持っているか?」




