21.人狼族の住む森へ
次の日。
俺はラミアと希沙良を1階の広間へ呼び出した。
「あー、2人を呼び出したのはちょっと頼みごとがあってだな──」
「わかっておりますノノ様! これを!」
そう言ってラミアは俺に一枚の地図を渡してきた。
その地図はこの大陸全体が書かれているもので、そこには大陸中の町、そして魔族の住処などか事細かに書き記されていた。
「どうでしょうか? 言われた通り地図を書いてみたのですが」
「すごいなこれ……まさかこれ昨日あの後全部一人でやったのか?」
「はい! ノノ様の指示でしたので私頑張らせて頂きました!」
俺が頼んだのは人狼族の住処の場所だけだったのだが……
でもまぁ、この世界の地理についてそこまで詳しくないし助かるな。
「それとすでに人狼族の住処へ行く準備は整っております! これがノノ様のお召し物と血液、そしてこれが私の服と血液でございます!」
そう言ってラミアはルサレクスに行った時に俺が着ていた服と自分の服、それと血液の入った小瓶を俺に見せた。
「やはり元闇の軍勢の一族とて今は野蛮な盗賊、念のためノノ様の分の血液は多めに──」
「な、なぁラミア……」
「はい、どうされましたか?」
すごく張り切った様子で喋るラミアの話しに俺は恐る恐る割り込んだ。
「あ、あのな、色々準備してくれたみたいで悪いんだけど……」
「?」
「人狼族のところには希沙良と一緒に行こうと思ってるんだ……」
その場の空気が凍りついたような気がした。
この時のラミアの表情を表すならこの言葉がぴったりだろう。
ラミアはこの世の終わりのような顔をしていた。
「え、え……ど、どうしてでしょうか……」
「い、いや、俺とラミアがここから出て行くとネルとメルの面倒見れる奴いないだろ? それに希沙良とは話したいこともあるしさ、だからラミアには──」
「ノノ様は……ノノ様は私をお嫌いになってしまったのでしょうか……?」
やばい。
なんかラミアの目が死んでる。
「そうじゃなくてだな、ラミアには別の仕事を頼みたいんだ」
「別の……仕事ですか……?」
「そうだ。今この城って周りがかなり巨大な森に囲まれてるだろ? だからこの城に出入りするのに俺達吸血鬼以外はかなり面倒で大変なんだよ。だからラミアには三つ目ネズミ達と一緒にこの城から森の外に通じる地下通路を作って欲しいんだ」
これは別にラミアを連れて行かないための口実というわけではない。
この城は外敵を寄せ付けない点では優秀なのだが、逆に外に出るのにもかなり不便なのだ。
俺達吸血鬼は空が飛べるからいいが、他は違う。
それに秘密の地下通路を作っておけば、いざという時にそこから逃げることも出来る。
「だから頼むよラミア。これはこの城の周辺の地理に一番詳しいお前にしかできない仕事なんだ」
「私にしかできない仕事……」
「そうだ。だから頼んだぞラミア」
「わかり……ました……ノノ様がそう言うのなら仕方ありませんね……」
「ただし」と言ってラミアは希沙良の方に目を向ける。
「ノノ様の身に万が一の事があれば分かっていますねキサラ様?」
「は、はい……分かってます……」
いつも気丈に振る舞う希沙良もラミアの迫力に負けたようで、らしくない返事をする。
「じゃ、じゃあそういうことで俺が留守の間はこの城を頼むな」
◇
というわけで俺は今、希沙良と共に人狼族の住む森へと空を飛びながら向かっている。
「ねぇ、本当にラミアさんの事置いてきてよかったの? あんたが城から出て行く時すごい顔してたけど……」
「それを言うな……思い出すとなんか幻聴が聞こえる気がする……」
俺とキサラが城から出る時のラミアは、まるで捨てられた子犬のような目をして俺を見ていた。
それをなんとか振り切ってきたのだが、思い出すとなんかラミアの幻聴が聞こえる……
私を置いてどこへいくのですか?
ノノ様は私を嫌ってしまったのですか?
どうか……どうか私を捨てないで下さい……
「はぁ……早く帰らないと後が怖そうだ……」
早いとこ人狼族と話して城に帰ろう。
「ところでわたしに話したいことあるって言ってたけど、あれなに?」
「あぁ、その事なんだが、お前は俺達2人揃ってこの世界に吸血鬼として来たってことに何か疑問とか感じないか?」
「そんなの感じるに決まってるじゃない。兄妹が揃って吸血鬼になっちゃうなんてどうかしてるわよ。まぁこの世界に来たこと事態どうかしてるんだけど……」
やっぱりそうだよな。
俺だけがこの世界で吸血鬼になったのならまだ偶然で済まされるかもしれない。
しかし妹であるキサラまでもが吸血鬼になったことを考えればこれが偶然でないことくらい俺でも分かる。
そして俺はある仮説を立ててみた。
「お前俺達の親の事なんか覚えてるか?」
「ぜーんぜん。これっぽっちも」
「だよな。俺も全くといっていいほど覚えてない」
両親は俺達が幼い頃に事故で死んだ。
俺達はじいちゃんばあちゃんにそう聞かされてきた。
だがそれが嘘だとしたらどうだろう。
ラミアの母親はいずれ俺がこの世界に来ることを知っていた。
しかも2代目ヴァンパイアロードとして。
ということはその事をラミアの母親の主人であった先代ヴァンパイアロードも知っていた可能性が高い。
15年前から俺が吸血鬼としてこの世界来ることを知っていた吸血鬼達。
そして妹の吸血鬼化。
ここまでくれば考え付くことは一つ。
「やっぱさ、俺達の両親てこの世界の吸血鬼だったんじゃね?」
というかそれくらいしか思いつかない。
俺達の吸血鬼化が遺伝によるものだとすれば色々と納得がいく。
むしろ、俺が2代目ヴァンパイアロードとしてこの世界に来るとラミアの母親が言っていたからには俺の親が先代ヴァンパイアロードだった可能性まであるのだ。
「わたしたちの両親がね……確かにそれはありえるかも」
「だろ?」
「でも仮にそれが正しいとしても、どうしてわたしたちはこの世界にいなかったんだろう……それに元は人間だったし……」
「それは……さっぱり分からん……」
それからも希沙良と共に色々な可能性の話をしたが、結局結論にはたどり着かなかった。
まぁ例え結論に達してもそれが正しいのかを確かめるすべはないのだが。
「結局はこの世界にどうして来たのか、どうして吸血鬼になったのかなんて考えるよりも、今出来ることをやっていくしかないのよね」
「そうだな……」
それ以上は何も言えなかった。
俺達の両親、ラミアの母親が言った言葉、先代ヴァンパイアロード、いくら考えても結局は答えは出ない。
もし答えが出たところで何もできないかもしれない。
「それより今は人狼族を仲間にする方法でも考えましょう。ラミアさんが言うには結構気性の荒い種族だって言うし、もしかしたら案外好意的じゃないかも」
「うーむ、でも以前に俺達の仲間だったんだならすんなり仲間になってくれると思うんだけどな……」
「どうかしらね。以前仲間だったからこそ色々思うことがあるかも知れない」
「どういう意味だ?」
希沙良の言葉に疑問を覚えてそんな質問をしてみたが、希沙良はそんな俺の質問に答えることはなく、ただ前に視線を向けたまま口を開けて唖然としていた。
「どうした希沙良?」
「あ、あそこって……確か地図に書いてあった人狼族が住む森の辺りよね?」
希沙良が指差す方へ俺も視線を動かしてみる。
「どうなってんだよありゃ……」
それを見た最初の印象は夕焼けだった。
美しいほどに赤く染まる空は、まるで空が燃えているかの印象を受ける。
ただ、それを美しいと思えるのはあくまでも本当に燃えているわけではないからだ。
今前方に広がる光景は明らかに大地が、森が燃え盛っているからこそ起きている現象。
つまり──
人狼族が住むとされる森は炎の海と化していた。




