20.力と癒やしと人狼
城の大掃除を終えてから数日後のある日の書庫でのこと。
書庫の整理のためにネルとメルと一緒に本棚の整理をしていた時、俺はある興味深い本を見つけた。
その本に書かれていたのは先代ヴァンパイアロードと呼ばれる、俺の前のヴァンパイアロードの力についてだった。
『6大魔王の一人ヴァンパイアロード。この魔族の恐ろしさはその強さだけではない。吸血鬼は各々が特殊な力を持っているが、ヴァンパイアロードの持つ力はその中でも特に異質な物であった。それは自身の血液を人間に送る事で、その者を吸血鬼に変えてしまうという力。吸血鬼に変えられた人間はヴァンパイアロードの忠実な下僕と化し、人間に戻る事は一生ない。』
なるほど……これはあれか、確か眷属ってやつか?
俺がいた世界の吸血鬼の伝説にもそんな話があった気がする。
噛み付いた相手を同じ吸血鬼に変え、自分の支配下に置くことが出来るとかそんな感じだったと思う。
「ヴァンパイアロードとしての力か……」
吸血鬼としての基本的な力。
吸血による身体能力の増加や傷の回復、自身の体の部位の変化、例えば爪などを鋭く尖らせることや、翼を生やすこと。
分かっているだけでこんなところだが、吸血鬼には各々持つ転生勇者で言うところの特殊スキルというのもある。
例えば希沙良が自身の血を自在に扱うことが出来るのもその特殊スキルのおかげだ。
そんな中で俺は自身の体をやっと思うように動かせるようになっただけで、まだ自分の能力とやらが分からない。
「相手を眷属にか……やってみる価値はありそうだな」
俺の目的の1つでもある一族の復興、これを為すために吸血鬼という種族を増やせるこの力は必ず役に立つ。
「ヴァンパイアロード様はどうしていつもお本読んでるの?」
もしも機会があるなら試してみるか、そんな事を思っていると横から獣人族の双子の姉であるメルがひょいっと本を覗いてきた。
「なんか難しそー」
俺の読む本を見て首をかしげるメル。
そんなメルにネルが歩いてきて叫んだ。
「こらメル! ヴァンパイアロード様に失礼な態度を取るな!」
「別に取ってないもん!」
「取ってる! ヴァンパイアロード様にはちゃんと敬語使わないといけないんだぞ!」
「使ってるもん!」
「使ってなかったじゃないか!」
そんな感じで喧嘩を始める2人の光景もここ数日で見慣れたものになっていた。
最初こそ2人共緊張していたようだったが、今ではその緊張も解けたようで何よりだ。
「わたしがおねぇちゃんなんだからネルはわたしの言うことは聞かないとダメなの!」
「うるさい! おねぇちゃんならぼくにもっと優しくしろ!」
ついに取っ組み合いの喧嘩を始めたネルとメル。
ただその喧嘩も微笑ましいもので、フカフカの尻尾でお互い叩きあっているだけだ。
ペシッ、ペシッとお互い効いているのか分からないがそれでも2人は真剣に戦っているつもりなのだろう。
「あー……癒されるなぁ……」
ほっこりとした気持ちでその光景を眺めていた時、書庫の扉が開いてラミアが姿を現した。
「こら! なに遊んでいるのですか!」
ラミアは俺には決して使わない口調でネルとメルに怒鳴った。
「も、申し訳ありませんメイド長様!」
「わー、メイド長が怒ったー!」
ラミアの登場にお互い全く違う反応を見せる双子の姉弟。
ネルはやけに礼儀正しく、メルはまだどこか幼さを感じる。
双子なのに性格はやっぱ変わるもんなんだな。
「ほら、早く作業に戻りなさい。それとノノ様の邪魔はしないこと!」
ラミアの言葉に返事をして、2人は作業に戻っていった。
「なんか随分様になってきてるな。えーと、メイド長様だっけか?」
「か、からかわないで下さいノノ様。私はあの子達がノノ様に恩返しをしたいと言うので、仕方なくノノ様に仕えるための心構えというものをですね──」
「分かってるって。2人の面倒をいつも見てくれてありがとうな」
この城に住むことになったネルとメルは使用人見習いとしてこうしてラミアの元で色々と教わっているらしいのだが、いつの間にかラミアは2人からメイド長なんて呼ばれていた。
ラミアも口では仕方なくと言ってはいるが、案外2人と話している時のラミアはどこか活き活きとして楽しそうだ。
「ところでどうしたんだ。何か用があるんだろ?」
「あ、はい。実は以前にノノ様から頼まれていた人狼族とサキュバスの件で進展がありまして……」
「ほんとか!? さっそく教えてくれ!」
ラミアに頼んでいた事とは、かつて先代ヴァンパイアロードが率いていた闇の軍勢、その闇の軍勢の吸血鬼と共に中枢を担っていた人狼族とサキュバスに関してだった。
ルサレクスの一件から三つ目ネズミ1000匹という勢力は得たが、それでもまだまだ他の魔王の勢力には及ばない上に、勇者共を撲滅するには数が足りない。
なので俺はかつて吸血鬼の元で戦ったという人狼族とサキュバスの現在をラミアに頼んで調べてもらっていたのだ。
「サキュバスは現在は悪魔族の魔王セパパ=パープ様の元にいるそうです。まぁ彼女達は元々悪魔族から派生した種族ですから、先代無き後はそのまま悪魔族に戻ったようですね」
「そうか……なら人狼族はどうなんだ? 人狼族ってのは誇り高き魔族の戦士と聞いているが」
「そう……ですね……誇り高き戦士だったようですが……」
なにやら口ごもるラミア。
「ようですが……?」
「……どうも今は人間の旅人や商人相手に盗賊まがいの事をやっているようです」
盗賊か……戦士と聞いていたからどっかの魔王の下について戦っているものだとばかり思っていたが……
「私にもこれ以上の事は分かりませんが……どういたしますか? 住処はすでに掴んでおりますのでコウモリさんに頼んで手紙を送る事もできますが」
「いや、俺が直接行ってくるよ。ちゃんとこの目でどんな種族なのか見ておきたいしな」
「そう……ですか……」
どうにもラミアは不服そうだ。
多分、盗賊というのにあまり良い印象がないのだろう。
まぁ俺から言わせれば人間相手に好き勝手やってくれているのならありがたい話だ。
「それじゃあラミア、その人狼族の住処ってのを地図に書いといてくれ。今日はもう朝になっちまうから夜にでもさっそく出掛けてみるよ」
「は、はい! ではさっそく作業に取り掛からせて頂きます!」
そう言い残して書庫から飛び出して行ったラミア。
人狼族か、すんなり仲間になってくれるといいんだが。




