2.地図から消えた町
鎧の男達に捕らえられてからは地獄だった。
町の地下牢に閉じ込められ、一定の間隔で尋問、又は拷問をされる日々。
『なぜ吸血鬼がいる! 貴様達は滅びたはずだ!』
『仲間はどこにいる? 一体どこに拠点を築いているんだ!』
『何をしにここにきた!』
『別の世界? 人間だった? 魔族の戯言など誰が信じるか!』
こんな感じで身に見覚えのない尋問を受け、答えられなければ鞭で叩かれる。
叩かれるたびに背中の肉が削げ落ちたのかと思うほどの痛みが全身を襲い、あまりの痛みに何度も気を失いかけた。
俺だって質問に答えられるなら正直に答えたいのだが、本当に何も知らないのだから答えようがない。
結局俺が何も喋らないと判断したのか、ここしばらくはこの地下牢に鎖で繋がれたまま放置されている。
「あれから……どれくらい経ったかな……」
外の景色が一切見えないため、今が朝なのか夜なのか、どれくらいの時間が経ったのかさっぱりわからない。
体感では1週間は経ったと思うが、不思議と腹は減らず、代わりに異常に喉が乾いていた。
水が飲みたいわけではない。
自分でも気持ちが悪いと思うが、血を飲みたいのだ。
「なんだって俺がこんな目に……」
ここに閉じ込められてから確信できたことは3つある。
1つはここが俺のいた世界でなく、あのおばあさんが言っていたように異世界であること。
2つめは俺が人間ではなく、吸血鬼になってしまったこと。
そして3つめは吸血鬼は魔族という種族の中の1つで、人間から相当恨まれているということだった。
最初こそどうして自分がこんな理不尽な目に合わなければならないのかという怒りが湧き上がっていたが、最近ではそんな事を考えるのにも疲れ、早く家に帰りたいという思いしかなかった。
しかしその夢ももう叶いそうにない。
なぜなら俺は今日処刑されるからだ。
「出ろ化物め」
首から十字架をぶら下げた看守が俺のいる牢の鍵を開け、外に出るよう促してきた。
十字架は恐らく吸血鬼対策なのだろうがあいにくそれを見たところで俺はどうとも思わない。
一人で立って歩くのが辛すぎてフラフラとよろめいてしまうが、そんな俺の背中を看守が鞭で叩く。
「さっさと歩かんか!」
思えば拷問の時も看守たちは俺に決して触れようとしなかった。
様子を見ていた限り俺に怯えていたんだろう。
まぁそれは取り越し苦労というやつである。
俺は確かに吸血鬼なのかもしれないが、喧嘩もしたことなければ人に暴力を振るったことさえ無いのだ。
長い階段を上がり、地上に出て俺が見たのは眩しいほどの日の光だった。
そのまま人だかりができる広場に設置された処刑台へと連れられ、断頭台に体を固定された。
「死ね化物!!!」
「この魔族め!!! 地獄へ落ちろ!!!」
「ざまぁみやがれ吸血鬼野郎が!!!」
下から俺に向けて次々と浴びせられる罵声。
俺にはもうそんな罵声に言い返す気力も体力もない。
さて、ここまでの経緯を長々と話し終えたところでやっと冒頭に戻ることにしよう。
断頭台に固定された俺の首を、両脇に立つ柱のてっぺんに設置されたギラリと光る刃が狙っている。
とは言っても俺の視界には広場を埋め尽くす人間しか映っていないのだが。
「最後に言い残すことはあるか化物」
側に立つ男がそう聞いてきた。
言い残すこと? そんなの一つに決まっている。
「どうか命だけは助けてください」
我ながらなんて情けないのかと思うが、もうこれしか出てこない。
ただの18歳の高校生には目の前に迫る死に対して恐怖しかないのだ。
「寝言を言うな化物め」
ですよねー。
いや分かってはいたけどさ。
「じゃあな化物。地獄へ落ちろ」
冷たく言い放たれたその言葉に俺の中の何かが音を立てて切れる音がした。
「い……いやだ……いやだあああああ!!! 死にたくない! 死にたくねぇよおおおおおお!!! ふざけんじゃねぇぞくそったれえええええ!!! お前ら全員殺してやる!!!」
どうあがいてもどうしようもない状態に俺はどこかで自分の命を諦めていた。
しかし数秒後に迫る死を目前に、俺は冷静さを保てなくなったのだ。
そんな俺に男はチッっと舌打ちをし、魔族風情がと吐き捨ててギロチンの刃を支える紐を切った。
同時に俺の首に向かって真っ直ぐ落ちてくる鋭利な刃。
終わった──
じいちゃん、ばぁちゃん、何も恩返し出来なくてごめんな。
希沙良、お兄ちゃんがいなくてもしっかり生きてくんだぞ。
直後、それは起きた。
死を確信して俺が目を瞑った瞬間、後ろで凄まじい音が鳴り、俺の体はいつの間にか宙に浮いていた。
空中に投げ出された俺の視界には広場に集まった人間の頭が見える。
「──は?」
思わずそのまま処刑台に目を移してみるが、そこにあったはずの処刑台は粉々に砕け散り、木片が俺と同様に宙を舞っている。
え、なに。
もしかして絶体絶命のピンチに吸血鬼の力が覚醒したとかそういう感じ!?
突然の事にそんな事を考えてしまうが、俺はすぐに現実に戻された。
待て待て、俺このまま落下したら結局死ぬんじゃね?
俺のいる場所は地上から20メートルほどある。
どう考えても死ぬ。
というか奇跡的に助かっても殺される。
「ああああああああああああああああ」
そんな叫び声を上げながら落下する俺の体は勢い良く地面に叩きつけられ、周囲に肉片を飛び散らせて動かなくなった。
──となるはずだったのが、どういうわけか俺はまだ空中にいた。
というより誰かに抱えられている。
「お怪我はありませんかご主人様?」
心配するような声色で俺の頭上から声が聞こえた。
思わずその人物に視線を移す。
そこにいたのは大きな黒い翼を生やした女の子だった。
「き、吸血鬼?」
日の光を反射してキラキラと美しい光を放つ銀髪。
俺を心配そうに見つめる目は透き通るような青色をしており、碧眼とでも言うのだろうか。
そして何より俺が注目してしまったのは口元から生える2本の牙。
その牙は俺ほどの長さはなく、白い肌と薄い唇に妙にマッチしており、まさにマンガやアニメで見るような美しい吸血鬼と言った風貌であった。
なんて綺麗な吸血鬼なんだろう。
服装も薄汚い囚人服の俺とは違い、赤と黒を基調としたゴスロリを思わせる服を着ていて、なんというか様になっている。
まぁそんな事を思うのは俺が吸血鬼になっているからかもしれないが。
「よかった、ご無事で何よりです」
「えーと、あなたは?」
「私はラミアと申します」
つい見とれてしまっていた俺に安心したような笑顔を向けるラミアと名乗る女の子。
「詳しい説明は城まで逃げてからいたします。少々揺れますので暫しの間ご辛抱を……」
そう言ってラミアは俺を抱える腕にグッと力を込め、一度空中で翼を大きく広げてから、凄まじ速度でその場から飛んだ。
あまりの速さに思わずラミアの体に抱きついてしまう。
下からは俺達に向け様々な罵声が飛んでくるが、もはやそれをいちいち気にしている余裕など無い。
ラミアは俺を抱えたままあっという間に広場を出て、町を囲んでいる壁を越えて外まで飛んだ。
それから町が豆粒ほどに見える距離まで離れたところでラミアは止まり、少し赤らめた表情で俺の方を見た。
「あ、あのご主人様……そろそろお手を……」
もじもじとそう言うラミアを見て、俺は気づかぬうちにラミアの胸を思い切りわしづかみにしていた事に気づいてすぐに手を離した。
「わっ! す、すまん!」
「い、いぇ……ご主人様がしたいのなら私は別に……」
なんだこれ。
なんなんだこの展開は。
まるでどっかで見たことあるような二番煎じのラブコメじゃないか。
「さてと、それではこのままご主人様のお城へ行きましょうか」
「城?」
「はい! きっと驚かれると思いますよ!」
なんだかすごく嬉しそうに微笑む彼女は本当に可愛かった。
多分これは俺が人間だったら決して思わない感情なのだろう。
うん、アリだな。
ここに来て散々な目にあったが、やっと俺にも幸せな時間がやってきそうだ。
じいちゃん、ばぁちゃん、ひ孫の姿見せられなくてごめんな。
希沙良、お兄ちゃんこの世界で頑張るからお前もそっちでせいぜい達者で暮らせよ。
俺は元の世界に残してきた家族に心の中で2回目の別れを言った。
もう開き直ってやる! 俺は思う存分この子とこの世界で自由に楽しむぞ!
しかしそんな俺の決意はラミアの次の言葉であっさりと打ち消された。
「ではその前にあの町には消えてもらいましょうか」
「……へ?」
「我が一族の当主様へした仕打ちの数々、死を持って償ってもらいます」
この時の俺は気づいていなかった。
人間が魔族をあれだけ恨んでいるのと同様に、魔族も又人間を恨んでいるということに。
次の瞬間、町のある空が一瞬眩い光を放ったかと思うと、凄まじい爆音と共に煙を上げ、その煙はキノコ雲を作り出した。
そして少し時間をおいて俺達のいる場所にもその衝撃は届き、周囲の雲を吹き飛ばしていく。
「さぁ行きましょうご主人様」
消え去った町を満足そうに見届け、何食わぬ顔で再び俺を抱えて飛び去るラミアの口元は少しだけ笑っているように見えた。
前言撤回。
早くお家に帰りたい。