16.ルサレクスの大虐殺
勇者との戦い。
俺にとって3度目になるこの戦闘は今までと違い一対一ではない。
勇者3人にその仲間らしき人間が5人の合計8人だ。
「ヴァンパイアロード……あのギルバードの奴を殺ったていう魔王か……へっ、相手にとって不足はないぜ」
そう言って剣を構える男。
ふむ、中々強そうだ。
「おいおいミルコ、あいつは俺の獲物だぜ」
ミルコと呼ばれる勇者の肩を押して前に出る男は、武器は持っていないが分厚い本を持っているところをみると魔法でも使うのだろう。
明らかに好戦的な2人とは別に残った勇者の1人は仲間の女1人と一緒にただそれを眺めている。
「へぇ、ならお前一人で倒してみろよデルトル、危なくなったら助けてやるからよ」
「言ってろ、一瞬で終わらせてやるよ」
どうやらデルトルという男が俺の相手をするらしい。
まぁ一人一人相手にした方が時間も稼げるし、激しく戦えば町にいる他の勇者共もおびき出せるか……
「つーわけでよろしくヴァンパイアロードさん! この転生勇者デルトルがお前の相手をしてやろう」
「そうか、こちらこそよろしくな」
やっぱこいつら転生勇者か。
「いくぜ!!!」
デルトルはそう言うと持っていた本を開き、あるページの紙を破くとそれを宙に放った。
「ファイヤーボール!!!」
デルトルがそう唱えると破かれた紙が燃え、その炎は瞬く間に巨大な塊となり、俺に向かって迫ってくる。
「どうだ!!! 俺の特殊スキルは【属性強化】!!! 俺はあらゆる属性魔法の力を最大限まで引き出すことが出来るんだぜ!!!」
なるほどな、つまり初級魔法でもこれだけ強力な魔法にできるってわけか。
俺はなぜか自分のスキルをベラベラと喋るデリトルの放ったファイヤーボールを横に飛んで躱す。
まぁいくら強力な魔法でも避けちまえば──
「残念! それは囮だぜ!!!」
ファイヤーボールを避けた俺のすぐ目の前に突如現れたデリトル。
そうか……こいつら特殊スキルだけじゃなくてステータスも──
「ゼロ距離で俺の最強の魔法をくらいな、デルタボール!!!」
デリトルの本から放たれたその魔法は、火、水、風、雷の全ての属性を兼ね備えた魔力の塊だった。
その魔力の塊を俺は避けること無く、そのままくらう。
周囲の建造物を全て吹き飛ばしてしまうほどの衝撃をこの身に浴びせられ、俺はある事を思った。
なんだ、やっぱりまだこいつらじゃ魔王の相手というのは務まらないらしいなと。
俺は目の前にいるデルトルに向けて腕を伸ばし、その細い首を掴んだ。
「がっ──く、くそ離せ!!!」
「嫌だ」
俺は少し腕に力を込め、デリトルの首を粘土のようにぐにゃりと曲げてその命を絶った。
「お、おい、嘘だろ……デリトルは転生勇者だぞ……」
その光景を見て狼狽える勇者ミルコ。
どうもこいつらは転生勇者というのは最強だと思っているらしい。
「さてと、次はお前が相手をしてくれるのか?」
「くっ……」
ミルコは自分の後ろにいる仲間の男2人にチラリと視線を送り、目で何かを合図している
何か作戦があるのだろうか。
俺がそんな事を考えていると、ミルコの仲間の男2人が黒い大盾を持って俺の前に立った。
「ギル! ライアン! フォーメーション3だ!!!」
「「了解!!!」」
ミルコの言葉に大盾の男2人が俺に向けて突進してくる。
俺はその大盾を両手で受け止めるが、2人はどうやらかなりの怪力の持ち主のようで俺の体はそのまま後ろへ後退させられてしまう。
「今だミルコ!!!」
「おう!!!」
俺の両手が塞がっている状態で、ミルコは飛び上がり、剣を上空で構えた。
「ドラゴンの牙で作られた聖剣の力をくらえ吸血鬼!!!」
ドラゴンの牙で作られた……だと?
俺は自分に振り下ろされたその剣の刀身を歯で受け止める。
「は、歯で!?」
そのまま首を横に振ってミルコの体を剣ごと吹き飛ばすと、そのまま大盾を持つ男の首に食らいついた。
そして一滴残らず血を吸い上げたところでもう一人の男の首を自由になった右腕で吹き飛ばす。
「ギ、ギル!? ライアン!?」
「いやあ、やっぱ新鮮な血ってのは美味いもんだな……」
俺は新鮮な血の感覚を味わいながら地面で怯えるミルコの元へ歩いた。
「く、くるな! この外道が!!!」
「はっ! そっちの方がよっぽど外道だぜ。想像してみろよ、自分と同じ人間の体の一部が武器になってるのをよ」
俺はそう言ってミルコの胸を鎧の上から自身の爪で貫いた。
胸に風穴を開けたミルコはそのまま苦痛の表情を浮かべて倒れる。
「おし、あと残ってる勇者は1人だな……」
俺は壁にもたれ掛かって先程から動こうとしない最後の勇者に目を向けた。
「やれやれ、やはり俺が戦うことになったか……」
そう言ってその男は壁から離れると、背中の剣をスラリと抜いた。
「フォルス様……」
男の側にいる女が心配そうにその男の名前を呼ぶ。
「安心しなレイナ、こいつを倒したらまた俺達が出会ったあの魔族剥製館にでも行こうぜ」
「はい……必ず……必ず勝って下さい!」
魔物剥製館か……もう呆れて何も言い返す気にならないな。
人間ていうのはどこまでも腐った種族だ。
「さあ、やろうか魔王ヴァンパイアロード、いっておくが俺はそこの2人よりも10Lvも上なん──」
ドゴッという音とともに、フォルスという勇者の頭は壁にめり込んだ。
それは俺がフォルスが話を終える前に頭を掴んで、そのまま壁に思い切り叩きつけたからだ。
「え、あ……そ、そんな……」
あと残るのは勇者共の仲間か……
しかし数が足りないな、逃げたのか?
まぁもう魔族と戦う気力もないだろうし放っておいても──
「き、貴様、よくもデリトルを!!!」
俺は後ろから切りかかってくる女剣士に気づき、すぐにその剣を避け、すれ違いざまにその女剣士の首を掻き切った。
血を吹き出して倒れる女剣士。
「よくもってどうせ勇者は教会で復活すんだろうが……」
俺は残った最後の人間であるフォルスの仲間の女に目を向けた。
どうもかなり怯えているようで、俺の事を震えながら見ている。
「お前は戦わないのか? 杖持ってるし戦えるんだろ?」
「い、命だけは……命だけは……」
「なんだ、戦う気無しか……」
「助けてください助けてください……どうか……」
こちらの質問に答えず、ひたすら命乞いをするその女。
「なぁ女……分かってないようだから教えてやるよ」
「ひっ──」
俺はゆっくりとその女の首に顔を近づける。
「人間は魔族の命乞いを聞き入れたりしないだろ?」
ガブリと女の首に噛みつき、俺は血を吸った。
血の味の差というのはあまり分からないが、若い女の血というのは他の血よりも少しだけ美味しい気がする。
女の血を吸い終わったところで俺は自分の頬から流れる血に気づいた。
不思議に思い触ってみると、どうやら少しだけ切り傷のようなものが付いている。
「あの時か……」
フォルスの頭を掴んだ時僅かに俺には違和感があった。
何をされたのかは分からないが、フォルスはあの一瞬で自分が殺される前に俺に一太刀浴びせたのだろう。
正直今のところ転生勇者とはいえ魔王である俺は全く苦労せずに戦えている。
しかし、時間が経っていけばどうなるかは分からない。
そんな事をこの傷であらためて思い知った。
「いたぞ!!! ヴァンパイアロードだ!!!」
来たか次の敵が。
ラミアと希沙良のところにはなるべく勇者は行かせたくない。
今の転生勇者なら彼女達でも倒せるかもしれないが、それは絶対ではないし確信もない。
「来いよ勇者共、皆殺しにしてやる」
それから俺は戦い続けた。
次々と現れる転生勇者や普通の勇者。
中には俺の弱点である十字架を持つ人間もいたが、それは目を瞑り音だけで戦うことでなんとかなった。
怪我をすればその場で相手の血を吸って回復し、また戦うの繰り返し。
一体どこから湧いて出てくるのか思うほどに勇者共は現れた。
そして、
やっと俺に向かってくる人間共がいなくなった頃には広場は血の海と化していた。
「疲れた……死ぬほど疲れた……」
俺は大の字になってその血の海に横たわり、乱れた息を整える。
気づけば空は若干明るくなってきている。
それはもうすぐ夜が明けることを意味していた。
「ノノ様!?」
この声はラミアか……
「大丈夫ですか!!! お怪我はありませんか!!!」
バシャバシャと血だまりで足音を立てて俺に駆け寄ってくるラミアに俺は笑顔で大丈夫だと言った。
「それより希沙良はどうなった……それに奴隷達も……」
「ノノ様の妹さんは開放された魔族達を引き連れて近くの森へ逃げております……ただ彼等も全てが逃げれたわけではなく、一部の者は人間の手により……」
まぁそうだろう。
この作戦では全ての奴隷が逃げきれるとは限らなかった……というより何人かの奴隷を犠牲にして残った者が逃げきれる作戦だ。
だからこそ希沙良は奴隷にされた魔族にこの作戦の事を伝えておいたのかもしれない。
もちろん迅速に行動できるようにという理由もあるかと思うが、何よりも自分達が死ぬ覚悟を決められるようにと。
「もうすぐ夜が明けます……行きましょうノノ様」
「そうだな……今、日の光に当たったらそのまま消滅しちまいそうだ」
俺はラミアの肩を借りて立ち上がり、ルサレクスから飛び立った。
これは後で分かった事だが、今回の人間の死者は2000人を越え、ルサレクスにいた転生勇者10人以上が教会送りになったとの事だった。
この件はルサレクスの大虐殺として後日大陸全土に知れ渡り、俺こと魔王ヴァンパイアロードの完全復活に関しても人間のほとんどが知ることとなった。




