14.井戸の中の吸血鬼
俺の目に映ったのはやはり妹の希沙良だった。
肩まで伸びた黒髪と黒目の大きな瞳。
その目元にある2つの小さなホクロが特徴的な、中学3年生にしては少し大人びた印象の俺の妹。
「まさかお前までこの世界に来てるなんてな……それに俺と同じ吸血鬼の姿でさ……」
青白い肌に口元から伸びる真っ白な牙。
もうそれだけ見れば吸血鬼ですか? なんて確認する必要もない。
「でも良かった……お前が元気そう──ゴフッ!?」
希沙良の無事を安心したのもつかの間、妹の拳が俺の腹に思い切りめり込んだ。
あまりの威力に俺の体は井戸の壁に激突し、口から胃液のような謎の液体が飛び出す。
「ノ、ノノ様!!!」
俺を心配して駆け寄ってくるラミア。
「良かったじゃないわよ!!! あんた一体今までどこで何してたの!!!」
「ま、待て希沙良……落ち着いて話を……」
「ふざけんな! あんたがいなくなってどんだけこのわたしが心配したと思ってんのよ!?」
「1つ言わせてくれ……今のは俺を心配していた奴の行動じゃない……」
今の一撃は明らかに本気だった。
「あなた一体何なのですか! いきなりノノ様に襲いかかるなんて!!!」
「はぁ? あんたこそ誰よ」
「私はノノ様の使用人であり一生涯のパートナーです!!!」
おい、ラミア……その言い方はなんか色々誤解を招く……
「パートナー? へぇ、わたしが必死であんたの行方を探してる間にあんたはこの女といちゃいちゃしてたんだ?」
ほら見ろ……
「あなたがノノ様の何なのかは知りませんが、我が一族の当主様に仇なす者は全員敵です。覚悟してください」
「何が当主様よ。というかこれは身内の話なんだから部外者は口を挟まないでよね」
「部外者? それを言うならあなたこそ部外者です!」
「ちょ、ちょっと2人とも落ち着けって!!!」
その女の子同士の熾烈な争いに勇気を出して俺は割って入った。
「ラミア、こいつは俺の妹なんだ! だから少し落ち着いてくれ! それに希沙良もラミアは俺の命の恩人で色々世話してくれてるだけなんだって! だからその……」
どうして俺は浮気現場を見られた時のような言い訳をしているんだろう……
「とりあえず頭冷やして話し合いしましょう? なっ?」
俺の必死の説得に2人は不服そうにしながら互いに顔をそむけた。
どうしてこうなった……
とりあえずその場の空気が平和に戻ったところで俺は話を切り出す。
「えっと、そんで希沙良はどうしてここにいるんだ?」
「大した理由なんてないわよ。あんたを探してたら商店街で変なおばあさんがに話しかけられたの。そんで気づいたらここに来てたってわけ」
やっぱりあのおばあさんか……
「なるほど。でもどうしてこんな井戸の中に?」
「まぁ話すと長くなるんだけど……」
そう言って希沙良は話しだした。
この世界に来てから今までの事を。
希沙良がこの世界に来たのは10日程前だという。
このルサレクスで目を覚ました希沙良は俺と同様衣服は無く、素っ裸だったらしい。
「あの時は恥ずかしくて死ぬかと思ったわよ……」
その時の事を思い出したのか希沙良の顔が耳まで真っ赤に染まる。
「まぁそれで近くの建物の影に急いで隠れたんだけど、そこで井戸の中からわたしを呼ぶ声が聞こえたの」
「声?」
「そう、それがこの井戸で出会った魔族のチュータよ」
そう言うと希沙良の貧相な胸元から1匹の灰色の鼠がひょこっと顔を出した。
しかしただの鼠ではないようで、額にもう一つ目がある3つ目の鼠だった。
「この子に井戸の中に隠れるように言われなければ今頃どうなっていたか……それでわたしはこの子にこの世界の事を教えてもらいながらずっとここにいたってわけ」
「へぇ、この鼠がねぇ……」
「ネズミではない! わしは三つ目ネズミのチュータじゃ!」
「うおっ!? 喋った!?」
いきなり喋り出したチュータに思わず驚いてしまう。
「待てよ、そんじゃ希沙良はこの世界の事はもう大方把握してるってことでいいんだな?」
「もちろん、人間と魔族の事も、わたしが吸血鬼だってこともね」
そう言う希沙良の顔にはどこにも後悔の様子などはなかった。
希沙良のこの世界での10日間を俺は知らないが、きっと俺と同じように人間としての何か大切な物はすでに消え去ってしまったのだろう。
「それじゃあ今度はわたしがあんたに質問。あんたこの世界で一体何をしてたの?」
その質問に俺は全て包み隠さず答えた。
人間に殺されかけた事、それを救ってくれたラミアの事、今住んでいる古城の事、転生勇者の事、そして6大魔王の事。
この世界に来てから経験したこと、知ったことを全て話し、そんな俺の話を希沙良は最後までじっと聞いていた。
「あんたが魔王ねぇ……」
「まぁ自分でも信じられないような事ばかりだけど全部事実だ。だから希沙良、俺達の城に行こう。ここは危険過ぎる。いつ人間に見つかってもおかしくないぞ」
今のところ希沙良の存在は人間にはバレていない。
しかしもしもここがバレれば必ず人間は吸血鬼である希沙良を捕らえ、処刑するだろう。
そんなことは俺の命に変えても食い止めなければならない。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に希沙良はあっさりと言い放った。
「ごめん、それは無理」
「……は?」
「わたしにはここでやらないといけないことがあるの。それが終わるまでは絶対にこの町を出ないわ」
「やらないといけないこと?」
「うん。もう準備はしてある……あとは実行に移すだけ……」
この時点で俺はなんとなく察しがついていた。
あの獣人族の男の子は言っていた、こいつを自分達の希望だと。
「奴隷にされている魔族達の開放、それが今わたしがここでしないといけないこと」




