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【壹 壹】

.零


ドッペルゲンガーをご存知だろうか。


ドッペルゲンガー。

自分と瓜二つの分身。


自分のドッペルゲンガーに出会ったものは、死んでしまうと言われている。


まあ、出会わない限りはそこまで恐ろしいモンスターでもないらしいけど。


ただ、僕は思う。


この世に僕と全く姿形が同じで、考え方も全く同じ人間がいたとしたら。


相当気持ちが悪い。



.壹


と、そこで僕は目が覚めた。


場所はホテルの自室、ではなく素朴な雰囲気の漂うログハウスの一室。


「ああ……」


来てしまったか、と思う。

あまり来たくはなかったのだが。


ここは、マシューラという森の中にある町のとある民家の一室だ。


間違っても絶海の孤島なんかではない。


何故僕がこんなところにいるのかというと、まあ言ってしまえばこれが僕の能力なのである。


世界移動、ドリームトラベル、夢渡り、と友人は口々にそう言うけれど、僕は普通に夢旅行と呼んでいる。


いやどう呼んだって変わらないけれどさ。


この能力を端的に説明すると『気を失うと別世界に行ける』というもので、例えば眠るとか、気絶するとか、そういった条件下で発動する。


自分の意志で使えない能力を持つ人間は珍しいと確か九重ここのえは言っていたけど、正直この能力は使えない。


例えば殺人鬼が僕を襲ってきたとき、使えない。

例えば崖から落ちてしまったとき、使えない。

例えばあまりタイプではない人から告白されたとき、使えない。


つまりこの能力は、いざという時には使えないのだ。

大抵の人は自分の身を守ることができる能力を持っているものだけれど、何故か僕のはそうではなかった。


何故だろう。

昔からよく小説とか読んでいたからかな?


いやそれより、何より酷いのはこの身体だ。

九重ここのえや静樹後輩は能力の副作用だと言っていたけれど、僕としてはあまりそういう言い方は止めて欲しいのだけれど、この身体。


僕は右腕を動かして、自分の《膨らんだ胸》を優しく触った。

少しくすぐったい感覚が身を襲ってきたが、無視して触り続ける。


うん。


「やっぱり完全に女の子ですな」


そう、今の僕の身体は完全に女の子のそれだった。


夢の世界に来ると、何故か女の子になってしまう。


多分年齢は僕より少し歳上の女の子だとは思うんだけれど、まあ確かなことは言えない。


九重ここのえは僕のこの身体を、異世界で存在するための依り代と言っていた。


僕が能力を手に入れたと同時に作られた存在なのだと、言っていた。

もしそうならこの女の子、というか今の僕の身体には、両親はいないということになる。


それはなんというか、少し可哀想な話だ。


僕の身体ではあるけれど、その、同情してしまう。


と、そこで。


トントントンと、この部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「お姉さん起きてますかー?もうそろそろ学校の時間ですよー」


続けて、女の子の声。


この声は、この家に住むご夫妻の一人娘であるルナちゃんだ。


現在この家に居候としてお世話になっている僕を、本当の《お姉さん》のように思ってくれているらしく、何かと甘えてきたり今みたいにお世話を焼いてくれる、とても良い子である。


「はーい、今行くよー!」


取り敢えず返事をして、僕はベッドから起き上がった。


現実のホテルにある僕の部屋のベッドと比べると、この家のベッドはとてもお粗末な物だった。


でも僕はこっちのベッドの方がよく眠れるから好きだ。


ふかふかし過ぎているベッドというのは逆に寝づらいというか、落ち着かない。


それに何よりこっちのベッドで起きれば可愛い女の子が目を覚ましてくれるのだ。僕でなくとも誰だってこちらを選ぶだろう。


ふと窓の外を眺めた。


木しか見えなかった。


……まだこの世界に来るのは三日目だから、色々と慣れないな。


女の子の身体にも未だ慣れていないというのにこの世界独自の文化にまで馴れろとは、全く神様も中々の無茶を言う。


心の中で悪態を付きながら、僕はベッドの脇に置かれているクローゼットを開き、中から女の子用の制服を取り出した。


第一の関門。


スカート。


何故かこの部屋のクローゼットにはスパッツやジャージの短パンがないので、当然だがスカートを穿くと風だとかで下着が見えてしまう恐れがある。


僕は男ではあるけれど、男でも自分の下着を見られるというのは嫌なものだ。


だから常に、下半身には気を使わなければならない。


こういうことをほぼ毎日当たり前のようにやっている女の子って大変だよなあ。

尊敬しちゃうよ。


さて、部屋にある小さなドレッサーの前で身支度を整えた僕は、部屋の扉を開けてご夫妻とルナちゃんのいる居間へと向かった。


居間は一階、僕とルナちゃんの部屋は二階なので、当然階段を使って下に降りることになる。


それは全然良いのだけれど問題なのはこの、一段登ったり降りたりするだけでミシミシと軋んだ音を立てる木の階段だ。


高所恐怖症な僕は、いつ落ちてしまうのかと不安で堪らない。


居候の分際で文句を言うのは筋違いなのかもしれないけれど、この階段だけはどうにかして欲しい。


「すみません、少し準備に手間取って遅れてしまいました」


階段を降りきり、居間に繋がるドアを開けると、既に家族全員が揃って食卓を囲んでいた。


そんな僕を見たご夫妻は優しく、大丈夫だよおはようと言ってくれた。


優しくて暖かい家族だ……。


この世界に来て拾ってくれたのがこの家庭で良かった……。


「お姉さんおはようございます。今日の朝ごはんのメインはペラヌティエの唐揚げですよー」


「え、あ、ああ。た、楽しみだなー!」


ルナちゃんの言葉にそう返した僕だけれど。


ペラヌティエが何なのか全く分からない。


「はい、お姉さんはこの席ですよー」


僕が疑問を抱いている間に、ルナちゃんは自分の隣の椅子を引いて、僕に手招きしてくれていた。


可愛い子である。


妹がいない僕には最高の環境だ。


例えペラヌティエが現実の世界で言うところのカエルの肉だったとしても、ルナちゃんの笑顔を見れば、嬉々として食せる自信があるね。


まあ笑顔を見なくても食べれるけど。


僕はカエルの肉とかマムシの肉とか、イナゴの佃煮とか何かの虫の幼虫などといった、所謂いわゆるゲテモノ料理を全く苦もなく食べれるという謎の特技がある。


本当に全く役に立たない特技だけど。


さて、僕は席につき、いただきますと掛け声を言う。

すると他の人も全員、いただきますと言って食事始めた。


元々この世界にはいただきますを言う習慣がなかったらしく、二日前に初めて食事をした際に、僕のいただきますという挨拶を聞いたご夫妻とルナちゃんは驚いていた。


その後何故挨拶をするのか少し話した結果、これからはみんなでいただきますを言うのが決まりになったのだった。


「お母さん、唐揚げ美味しい!」


喜ぶ娘と微笑む母親。


よし、では僕も食べてみよう。


フォークで唐揚げを刺して一口。


「……っ!」


な、なんだこれは!


一口噛んだだけで溢れ出てくる肉汁!

何よりこの味!ほんのりとした酸味と肉本来の甘み、そして塩のしょっぱさが舌の上で談笑しているかのようだ!


決して喧嘩をしている訳ではない。

どの味も己を主張しすぎることなく仲良くしている。


「この唐揚げすごく美味しいです!」


思わず大声でそう言ってしまった。


それくらい美味しかったのだ。


そんな僕を嬉しそうに見る三人の家族。


次の日から朝食に必ずペラヌティエの唐揚げが並ぶようになることを、この時の僕はまだ知らなかった。

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