第四章 後始末
南門から突然の訪問者、光財学園の制服を着た少年や少女がぞろぞろと敷地内に入ってくる、その数約200人。
更に東門から、『四臣家分裂!!』、と叫ぶ少年を先頭に列を作る約150人。
『四臣家覚悟!!』と耳に届き視線を西門に向ける、少年を先頭に約150人が南側の庭に集まる。
東西南の門から総勢約500人、光財学園新入生の半分が慈桜家仮屋敷に集まる。
100人の少女は玄関前の畳10畳スペースを囲うように大きく半円になり、薙刀の切っ先を500人に向ける。約5倍の人数に引き下がる者は1人もいない、逆に500人を圧倒するように殺気や威圧を出す。
「呼んでもいないのに人の家にぞろぞろと……、お前のせいだぞ?」
渓谷蒼、左腕刺傷、全身筋肉痛、笑み顔に呆れを浮かべる。
「なんで私やねん? 私の罪は四臣家の罪やろ」
松庭美礼、右手負傷、全身打撲、反省の色無し。
「あいつ等は朱の血筋の秩序•教育•法律を知らないのか?」
里見真一、無傷、メガネクイッ。
「朱の血筋の秩序•教育•法律?」
慈桜勇也、顔面が真っ赤なトマトのように腫れ上がる。
美礼と蒼は顔面を腫らす勇也に吹き出す、爆笑したいが笑ってはいけない、この腫れは自分達が二年半前に出した答えの償いなのだから。
真一は床机椅子の向きを180度変える、座ったまま畳スペースにいるトマト勇也をメガネをクイッと上げながら見る、無表情顔は不動、微塵も笑いを堪えている気配すら無い。
「朱の血筋が人里さら離れて暮らしているのは民の為、
解りやすく言えば、島は朱の血筋の縄張りであり、街は朱の血筋に任された四臣家の縄張り、
その街の中にある慈桜家仮屋敷は、朱の血筋の大使館を意味し朱の血筋の秩序•教育•法律になる、
因みに学園の無秩序や無法律も学慈街の名の通り『慈桜家を学ぶ街』となり、学園に限り朱の血筋や四臣家の秩序•教育•法律は無い、
無法地帯、混沌、朱の血筋を解らせる為に今の現状になるようにしている、と言う事だ」
メガネをクイッと上げると更に続ける。
「自己紹介が遅れた、北桜臣家長男、里見真一、慈桜家の代行として勤めさせてもらう」
「お、おぉ、おぉ、蒼から聞いた、政治をしない朱の血筋の代わりに政治をするって」
「正確には『極度の親バカ孫バカ』になる西桜臣家と自由人の朱の血筋の身勝手極まりない政治に線引きをするのが北桜臣家だ、
朱の血筋? 先程の東桜臣家と西桜臣分家のような無茶は最終的には朱の血筋と北桜臣家が話し合って決める事だ、吟味した上で答えを出してくれ」
「勇也でいいぞ」
続くように蒼と美礼から家の名前で呼ぶのは勘弁してくれと言うように「蒼でいい」「美礼でええで」と言う、勇也は更に続ける。
「それと可能性があるなら準備『だけ』はしといて欲しい」
「『だけ』か、まぁいい、渓谷茜? 準備『だけ』をしといてくれ」
「解りました!」
「勇也? 南桜臣分家を紹介したい、構わないか?」
「朱の血筋を護る南桜臣分家だな」
「それは少し言葉が足りないな」
チラッと蒼を見る。
「俺は民から見た客観的な四臣家しか言っていない、各家の細かい役割は各家でちゃんと教えた方がいいだろ」
「まぁそうだな、竪郎、朱の血筋が呼んでいる」
真一が視線を向ける先は屋根、暗闇にスッと人影が映る、影はそのまま屋根から飛び降り、松明の灯りが影を人に変える。
中性的な顔立ちの堀井竪郎は着地と同時に膝を付け、勇也に向けてその場で一礼、頭を上げずにその体制のまま口を開く。
「南桜臣分家長男、堀井竪郎です、君主に仕える幸運ある我が人生、君主に一命を捧げ、君主を護り、君主の家族を守らせて頂きます」
「く、君主」
ヌシと呼ばれても動揺はしないが君主だと動揺してしまう、そんな勇也に真一から説明する。
「南桜臣分家は朱の血筋を護衛するのが役割で間違いは無いが『忍』でもある、
朱の血筋に不穏ある者がいれば朱の血筋の命令の元に暗殺、それは四臣家であろうと親であろうと関係無い、だが、『暗殺を命令する時は竪郎の実力と相手の実力を測ってからにするんだ』、
普段は北桜臣家と諜報活動をしている、命令があれば常に……」
「いや、ヌシが護られてたんじゃ示しが付かない、諜報活動の合間にミルクや礼実に着いててくれ」
「かしこまりました」
「よしっ! それじゃ……」
「待て」
「待つんや」
大勢が集まり興奮するミルクを竪郎に預けようとした時、蒼と美礼が勇也を制止する、2人は声が合った事にイラッとしお互いに顔を合わせ睨み合う。
「勇也はそこにいろ」
「なんでだ?」
「あいつ等は四臣家に用があるみたいやからな」
「『慈桜家出てこい』って言ってるぞ?」
「出てこいと民に言われて1人1人の意見を聞いてたんじゃ政治が乱れる、そもそも民が朱の血筋に拝謁するには順序がある、本来なら四院家が四臣家の門も潜らせない」
「四院家?」
「それは後々話す、色々とめんどうなんだ」
「アレや、このドチビのせいで四臣家が乱れたやろ? それが原因でアホ共が四臣家分裂とかアホを抜かしておる、ここでアホ天パが手を出したら四臣家の立場無いやろ?」
「勇也? このゴリラが入学式でドラミングをするから民は勘違いしただけなんだ、
それに四院家が四臣家の屋敷を素通りさせ慈桜家の敷地内に民を入れたという事は『四臣家が作った乱れを四臣家が解決すれ』って事なんだ、
勇也が手を出したら後々かなりめんどうになる」
「敷地内は朱の血筋の秩序•教育•法律だろ?」
「そこを曲げて四臣家のメンツを守らせてくれ」
「!……メンツかぁ、メンツは大事だな、うん、メンツは大事だ、ミルク? メンツを大事にしてるのは俺だけじゃ無いだろ? みんなメンツを大事にしている」
「うむ! ヌシを倒してから家の周りは熊だらけじゃ! ヌシはパパを護ってたんじゃ! パパのメンツ丸潰れじゃ! 毎日熊鍋じゃ!!」
「違う、ヌシが熊鍋を独り占めしてたんだ、ヌシの特権だ」
巨漢熊がいなくなり縄張りから遠ざかっていた他の熊が戻って来ただけである。
半年前、勇也が巨漢熊の縄張りを継いだのだがそこは人間と獣、生きる世界が違う、獣には獣の世界があり、勇也は獣の世界では本当の意味のヌシにはなれない。
結果、ログハウス近辺含め巨漢熊の縄張りだった土地では、熊同士が縄張り争いをしている最中である。
その縄張り争いの群雄割拠の中、獣の世界や人間の世界の枠が無い朱の血筋勇也が自称ヌシを名乗る。
そして、自分の縄張りに熊達が侵入してくる現状は『自分がナメられているからだ』と勘違い、更に、『ヌシがいなくなってから熊が増えた、パパはやっぱりヌシに護られてたんじゃ!!』と言うミルクに対してのメンツを保つ為、熊の乱獲が始まる。
現在、縄張り争いをする熊達の中では勇也は混沌を生む人間として大迷惑をしている。
話を戻し、メガネをクイッと上げる真一は勇也に視線を向けたまま同意を求める。
「勇也? 四臣家に任せてもらえるという事で構わないか?」
「メンツは大事だからな、いいぞ」
「うむ、それでは……」
床机椅子の向きを180度変える、南側の庭を見渡す視界には、500人と向き合う100人の少女、アクビをする蒼、分解された黒刃•村雨を拾う美礼、メガネをクイッと上げながら蒼と美礼に視線を向ける。
「蒼は東側、美礼は南側、100人の女等は西側、竪郎は勇也の妻子」
床机椅子にどっしりと座る姿は司令官の如く、更に続ける。
「民を慈桜家から出すんだ、これは命令では無い、四臣家の役割であり、西桜臣家に『たまたま』でも協力した女等1人1人の責任だ」
スッと自分の役割のように動き出したのは竪郎と蒼のみ、命令では無い、と言ってはいるが真一の今の姿は司令官、命令にしか聞こえなく、こんな命令に従う松庭美礼では無い。
「なんっ! やとこの腐れデカメガネ!? 北はそんなに偉いんか!? 私等に働かせてお前は何しとんねん!?」
「俺はここで見ている」
「俺はここで見ている、」
真一のものまねをすると更に続ける。
「ちゃうやろ! どんだけやねん!? 見とるだけでなんかなるんか!?」
「戦闘狂の西桜臣分家、戦闘凶の南桜臣本家が四臣家の主な武力だ、
この場に南桜臣本家が入れば南側は南桜臣本家に任せていた」
「そんなん聞いてへんわ!! お前が見とるだけなのはなんでや!! って聞いとるんや!?」
「北桜臣家は政治だ、政治をする者が秩序や法律や意思とは関係無く民に武力を見せてみろ、それこそ恐怖政治だ」
「それこそ恐怖政治だ、メガネクイッ、ちゃうやろ!」
美礼と真一が言い争っている中——正確には美礼が納得していなく真一にツッコミを入れているだけ——畳スペースにいる1人が動き出す。
茜は両手で持つ茶碗に入る抹茶を飲み干し、ふぅと息を吐く、畳の上にコトッと茶碗を置きゆっくりと顔を上げる、視線の先は礼実。
「礼実さん! けっこうなおてまえです!!」
「ありがとうございます」
お互いに会釈をする。
茜はバッ! と頭を上げるとミルクを片手で持つ勇也を直視する。
「勇也さん!! 東桜臣家長女渓谷茜です! 兄が遭難した時大変お世話になりました!」
「いや、世話になったのは俺の方だ」
「そう言ってくれると助かります!」
横に置いてあるアンゴラウサギのリュックサックを取る、おもむろに中に手を入れると黒光りする部品を次々と出す、手慣れたように部品を組み立て完成したのは近代的な小型小銃、形状は握力計のように五指で握るグリップと引き金、タバコのカートン箱より少し大きいぐらいのシンプルな作り、更にリュックサックから弾丸が収納してある丸型の弾倉を出しガチャと本体に繋げる、グリップを左手で握る。
目を輝かせるミルクにニコッと笑顔を向けるとそのまま立ち上がる、スカートをめくるように手を入れ、太ももに巻くホルスターから近代的な小型拳銃を取る、形状は指で引き金を引くタイプの普通の小型拳銃、しかし、カチンとグリップ横のレバーを下ろすと銃身がカチンカチンと伸びる。
茜は畳スペースの端に行き靴を履く、そのまま歩を進め美礼と真一の横を素通りすると額に汗を溜める蒼の横を素通り、更に半円になる少女等の間をすり抜ける、東側にいる約150人を視認すると間髪入れず、「実験!!!!」と言い放つ。
左手に握る近代的な小型小銃の銃口からはパララララララララ……と銃声を立て連射、秒速5発の弾丸が放たれ東側にいる新入生に次々と直撃、茜はその場から動いていなく腕の向きも変えていない、グリップと引き金を握りこんでいるだけだ、銃身が160度に動きターゲットを自動で感知して発砲、その精度は百発百中かもしれないと言ってもいい、ミルクが大興奮している。
実験実験と連呼し狂喜する茜、150人の実験材料を前に本性を出した兄殺しの狂科学者。
東側にいる新入生は次々と倒れ地面の上で悶える、弾丸が直撃した箇所の激痛に堪え逃げようと背中を向けた時、留めを刺すようにパンッ! パンッ! と乾いた銃声が鳴り響く、背中に直撃したのを感じた時にはそのまま『気絶』、右手に握る近代的な小型拳銃からの弾丸が悶える者や逃げる者に留めを刺す。長い銃身が自動でターゲットを感知して修正し百発百中予定の小型拳銃、しかし弾丸が直撃した箇所には穴が空いていていない、制服に焦げた痕だけ残す。
東側は茜の登場に不意を突かれた、それは茜の背後で控える少女等や蒼を抜かした一同も同じ、大興奮して騒いでいるのはミルクのみ。
止まない銃撃と実験実験と連呼する茜の狂喜、悲鳴を上げる東側の新入生は戦意を空回りさせながら逃げ回る事しか出来なくなる。
カチン! と弾切れを知らせる金属音が鳴った時には150人はいた東側の新入生は全滅、立っていられたのは数人しかいなく既に戦意は削がれ棒立ちになる。
ふぅと息を吐き「実験終了」と満足気に言う、180度振り向き額に汗を溜める少女等に「実験成功です!」と嬉しそうに言うと歩を進めて蒼の前に行く。
「私の分は終わったから後はお兄ちゃんね」
そう言い捨てると畳スペースに戻った。
大興奮するミルク、勇也が掴んでいなかったら茜の持つ銃に飛びかかる勢いだ。
「ソレなんじゃ!? 今のなんじゃ!?」
絶好調に目を輝かせる。
「私の作品の茜撃射銃と茜拳銃、『学園用に改良した』から殺傷力が限りなく0か確認する実験」
「まほうか!?」
「ちゃんと魔法を使っても大丈夫かの実験、ミルクちゃんには魔法はまだ早いから将来使ってね」
「うむ!」
さすがの礼実の微笑み顔もピクピクと引き攣る、魔法少女やアクション映画に興奮する子供なら可愛いもんだがノンフィクションの殺戮アクションに興奮されては母親として心配してしまう、一方父親勇也は「(おねしょ確定だな)」と興奮から生まれる翌朝のおねしょの心配をする。
「お兄ちゃん? 何してんの? お腹空いたから早く終わらせてよ」
「妹よ、やり過ぎだ」
呟く蒼の視界の先では東側の門に向きながら50人以上が気絶し100人近くが悶える光景、倒すんじゃなく敷地内から出すのが目的だろ、逃げる相手に留めを刺すのはやり過ぎだ、と言いたかった。
「東桜臣家はいつから殺戮派になったんや?」
「殺戮じゃない、殺戮をしなくても抑止出来る武器の開発、その実験だ」
「そう言うのは科学者の言い訳やで、実験を実践で実行するのは狂気の科学者って言うんやで」
「兄殺しの狂科学者と噂されてるみたいだ」
「お前ますます出番無いなぁ」
「そんなもんはどうでもいい、後は南と西側だ、とりあえず……」
「お前は邪魔や、そこで寝とれ」
「何言ってんだお前?」
美礼は黒刃•村雨の長柄でトンットンッと肩を叩く、蒼の事は完全無視、視線をロングヘアの少女に向けると「みんなは西側や」と一言、100人の少女は一斉に歩を進める。
少女達の歩き姿は1人1人が華麗で見ている者の心を掴む、西側の新入生と向かい合った時にはロングヘアの少女を先頭に魚鱗の陣の三角形、見方によっては100人一体の桜の木を思わせる。
「これは『たまたま』やないから容赦はいらんで、古白街らしく『秩序の元に』舞い踊ったらええわ」
……と美礼が言った瞬間、肌を掠る程度の夜風に乗るように『甘い香』の香りが鼻腔に届く、そして何処からともなく……りぃ〜〜ん……と高い鈴の音が耳に届く、空では雲が流れ月が姿を覗かせる、月明かりが100人の少女を照らしたその刹那。
100人一体の桜の木は花弁を散らし、夜風に流れるように西側の新入生に向かう、風に任せて不規則に散っているように見えるが、不規則の中に規則性がある。
薙刀を握る少女等は舞い踊りながら男子を容赦無く斬り刻み、刃が無くなった長柄のみを握る少女等は舞い踊りながら女子を気絶させる。
甘い香の香りと優雅で大胆な舞い、血飛沫が舞う斬撃が行われているにも関わらず、100人の少女が魅せる光景は花鳥風月。
時間にして1分、りぃ〜〜んと何処からともなく高い鈴の音が耳に届いた時には西側で立っている新入生はいない、散り散りになる少女等は美礼の背後に整列する。
「風情やろ?」
軽く言ってはいるが目の前の光景は軽くは無い、蒼の視界では女子は気絶し男子は斬られた痛みで悶えている、東側よりも明らかに被害が大きい。
「風情じゃないだろ……敷地内から出すのが目的だ、倒せばいいという問題じゃ無い、やり過ぎにやり過ぎを重ねるな」
「何言うとんねん? モテ期やヌかして女を雑に扱う男がおったら、こうなるって教えてやったんや」
「……。」
蒼は額に汗を溜める、ゆっくりと美礼の背後にいる少女等を見る、上品にニコッと微笑む姿に悪寒が走り、古白街の女は恐妻にしかならない、と確信する。
「あとは南側やな、よっしゃ」
「おい? 1人で行くのか?」
「?、なんやねん? 生き別れた双子はおらんで?」
「アホか! その右手じゃ村雨をまともに握れないだろ?」
自分で与えたダメージぐらいは解る、全身に与えたガントンファーからの打撲は軽傷だが右手は握れないレベルの重症、長柄を握るだけじゃ無く拳も作れないと蒼は確信している。
「はぁ〜〜〜〜〜〜……」
深いため息を吐き「ほんまアホやな」と呆れるように付け加える、左手に握る黒刃•村雨をクルクルと回しながら更に続ける。
「この黒刃はな、古白街最強の証やねん、まぁアレや、簡単に言うたら100人が一本の桜やったら、私は『山』やねん」
「何言ってんだ? 新しいボケか?」
「ボケちゃうわ、そこで見とれ」
掌の中で長柄を滑らせ左手でグッと柄頭を握り締める、右足を少し前に出し左足を広げる、同時に黒刃•村雨を地面と平行にしながら背後に下げ、上半身を捻る。
殺す気の槍投げなら長柄の中間を握る、だが、美礼が握っているのは柄頭、投げると言うよりは叩きつけると言った方が正しい、だが、叩きつけるとしたら上段に構える、黒刃•村雨は美礼の腰の高さで地面と平行する中段、見ている者に意味がある構えなのか? と思わせる。
蒼が声をかけようとした瞬間、美礼の怒号が唸る。
「なんっっっ!! でやっ!! ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!!!!」
美礼の怒号に南側にいる新入生は硬直、ブフォン!! と振り抜いた黒刃•村雨は向かい風ごと空気を巻き込み、一文字の突風を生む。
その一文字の突風は松明の火を消し、前列にいる新入生にドンッ! と衝撃を与え女子のスカートをめくりながら吹き飛ばす、新入生を通り抜けた一文字の突風は南門に直撃し飛散。
美礼から近い松明から順にボッボッボッと火を上げ始める、足元が灯されるとそこに現れたのは抉られた地面、黒刃•村雨が通った風圧で出来上がった三日月が描かれていた。
「最終奥義『なんでやねん』、片手で100人分や」
「(マジか、こんなのガントンファーでも受け切れないぞ)」
200人に対して『結果的に無傷で追い出す前提』の蒼では片手を使えないハンデは厳しい、だが、『結果的にたまたま殺してしまう前提』の美礼には丁度いいハンデだと客観的に判断する、結果、『烏合の衆』でしかない200人程度ならなんとかなる、と蒼は判断した。
しかし……
「まぁアレや、腕がイカれるから最終奥義なんやけどな」
左腕をダラリと下げカランカランと黒刃•村雨を落とす。
蒼は額に汗を溜める、その汗は次第に増えダラダラと流れ始める、地面に転がる黒刃•村雨を見る、ダラリと下がる左腕を見る、ポリポリと頭を掻く右手がビクッとなり「いだっ!」と言っている、やっぱり右手は使い物にならないようだ、ゆっくりと後ろに振り向き、顔を引き攣らせ口元をパクパクと動かしながら美礼に指を差し100人の少女を見るが全員が視線を逸らす、グッと奥歯を噛み締め額に血管を浮かす。
「な! なな! 何してんだお前!? バカか!? バカなのか!? 1人も倒さないで風を起こしただけで重症って! 結果が解ってたらやるなよ究極バカ!? 何の為にやったんだ!?」
「誰が自然現象巻き起こす才色兼備やねん、目標は竜巻や」
「目標なんて聞いてねぇよ怪力究極バカゴリラ!?」
「なんやとドチビ!! 踏み潰すぞボケカス!?」
「もうアレだ! お前はもぅ勘弁ならねぇ!? そのままやられてこい!!」
『スゴいんだよ!!』
「そうや!! スゴいんやで!?」
「スゴくねぇよ!! ゴリラの怪力に身体が追い付いてから言いやがれ!?」
『パパみたいなんだよ』
「そうや!! ゴリラちゃうでパパやで!?」
「「んっ?」」……蒼と美礼が頭に?を浮かべる。
2人の会話(?)に割り込む少女の声、一同が頭に?を浮かべたその時、パッ! と蒼と美礼の前に現れた寝癖を無理矢理押さえ込んだヘアバンド、二人はビクッと身を立たせるが今の今まで消えていた南原苗木には関係無い。
「もう一回やって!?」
「なっ! いつの間におったんや!?」
「ずっといたんだよ!?」
背中に手を入れ秘薬と書かれた壺を出すと美礼の右手にベタベタと塗り始める。
「私特製の秘薬だよ!!」
「なんか湯気出とるで!?」
「これぐらいなら直ぐに治るんだよ!」
黒刃•村雨を拾い美礼に向ける。
「もう一回見せて!?」
美礼は湯気が出る右手を見る、軽く握り込み頭に?を浮かべ更に強く握る、一旦開き更に強く握り込む。
「治ったで!?」
「「もう一回! もう一回!」」
何故か苗木の横ではミルクも目を輝かせながら「もう一回!」と言っている。
一文字の突風が発生した時にミルクの興奮は大絶頂、呆気にとられる勇也の隙を突いて脱出した。
美礼は不思議少女や従姉妹の可愛い娘に音頭を取られては期待に応えるしかないと拳を握る。
「よっしゃ!! 見せたる!!」
ガシッと右手で黒刃•村雨を受け取る、「おい! 待て!」という蒼の制止を完全無視、バッ! と黒刃•村雨を地面と平行にし右構えで先程と同じように構える。
「行くで!!!!」
苗木とミルクは美礼の真似をするように構える。
美礼、苗木、ミルクの怒号が響き渡る。
「「なんっっっ!! でやっ!! ねぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」」
先程よりも大きな一文字の突風が松明の火を消しながら新入生に向かう、後ずさる新入生を押し込む一文字の突風、そのまま南門に当たり飛散する。
「どや!?」
「スゴいんだよ!! スゴいんだよ!!」
「まほうじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! まほうじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大興奮する苗木とミルク、美礼はドヤ顔になってはいるが両腕は脱力したようにダラリと下がり「いだっ! めっちゃいだっ!」と言う始末。
「(こいつはノリだけで生きてるのか)」
蒼は美礼に対して心の底から諦める気持ちが湧き出てくる、ため息しか出ない、200人をどうするか? 後ろの女等に協力してもらうか? と考えていたら、美礼と並ぶ問題児の声が届く。
「次は私なんだよ!?」
背中に両手を入れる、「じゃじゃじゃぁぁぁぁん」と出したのは、長さ60センチの木製のククリ刀が二本、刃の部分は1センチと厚く、ごっこ遊びをする子供の武器、カンカンと叩くと南側の新入生の方へ振り向く。蒼は苗木という頭痛の種が増えた事に額を抑える。
「あかんで!」
美礼は苗木を制止しようとするが腕が上がらない、ルンルンとスキップをして行く後ろを追いかけるが振動が両腕に響き痛みでまとも走れない、その横では「ワタキもじゃ!?」とミルクが走り出す。蒼は頭痛に襲われながらため息を吐く。
「なっ!? あかんって!!」
美礼は2人の背中を追う、そこにガシッとミルクを捕まえる蒼、「ワタキもじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」と叫んで大暴れするミルクを右腕一本で制止する。
「苗木!? 待て!!」
「次は私の番なんだよ!!」
「苗木って言うんか!? あかんで! 戻ってきぃ!!」
「私もやるんだよ!」
二人の制止に苗木は止まらない、ルンルンとスキップをしながら約200人の新入生の元に向かう。
蒼と美礼は苗木の制止は諦めて新入生200人を相手にする準備をする、準備をすると言っても美礼は両腕に痛みが走りながらの足技か頭突き、蒼はミルクを右腕一本で制止しながらの足技、考えるまでもなく、ミルクと苗木を助けながらの戦闘はキツい、と思いながら戦闘体勢に入る、すると、「んっ?」と蒼と美礼は苗木の後ろ姿を見て違和感を感じる。
「足音が無い?」
「あの子、気配無いで?」
蒼と美礼はゾワッと全身に鳥肌が立つ。
蒼は苗木といた時間はあったが、勇也や明流やミルクの足音や気配が混ざり苗木の足音や気配を気にする事は無かった。そもそも苗木は姿を見せてる時は大声でうるさい、気配と言うなら声が気配になり足音さえ消す、しかし、改めて戦闘体勢になり苗木を見ると全ての常識が一掃される、それは美礼も同じ。
目の前に苗木がいる、確かに目の前にいる、だが、苗木が喋っていないとソコに苗木がいるのか目の前にいても解らなくなる。
自然風景と混ざり合う、違う、混ざり合うという色を変えるモノじゃない、自然と同化? 自然そのもの? 解りやすく言い表せれる言葉は『見えている幽霊』、蒼と美礼はお互いに顔を合わせハッと我に返り苗木に視線を戻す。
すると——
「いよぉ〜〜〜〜〜〜……〜〜〜〜」
……と歌舞伎を思わす声が敷地内に響き渡る、「いよっ! いよぉ〜〜〜〜」と更に続き、歌舞伎さながらにククリ刀をカン! カン! カンカンカンカンカンカンと鳴らしながら踊り出す。
眼前20メートルには苗木を見て殺気立つ新入生、意味不明に踊り出す苗木の後ろからミルクにてんてこ舞いの蒼と両腕をダラリと下げる美礼を見る、「チャンスだ!!」と蒼と美礼を倒すチャンスだと一目瞭然に解り、地面を蹴り上げ走り出す。
苗木は自己アピールをするように、カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン! と火事を知らせる『消防信号板』のようにククリ刀を叩き始める。
新入生はその異様な光景に足が止まる、蒼と美礼が苗木の真後ろに到着、ククリ刀を叩く苗木の顔を視線に収めたその時。
パッ!……
「「消えた!!!!」」
……と消えてもカンカンカン! カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン! と消防信号板のようなククリ刀を叩く音は鳴り止まない、正確にはククリ刀で叩く音が辺り一面至る所に散らばり、見えないステレオからランダムに鳴っているように聞こえる、そして、バタッバタバタ! と新入生が次々と倒れていく。
地面に倒れる新入生は無言で倒れる、糸が切れた人形のように倒れる、何か攻撃を受けている様子は微塵も無い、何の苦しみも無く、何の痛みも無く、何の音沙汰も無く、ただその場で生命の糸がプツンと切れたように倒れる。
「どうやってやるんじゃ!? どうやってやるんじゃ!?」
ミルクは興奮しながら蒼と美礼に聞くが2人の顔は引き攣り言葉に詰まる。
「な、なんやろ、技? ちゃうかな?」
「技? 違うだろ、解明不可だ、ガチの魔法だ」
「がちのまほうじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「魔法?、そうやな、魔法やないと説明出来んな」
「説明出来ないから魔法なんだけどな」
蒼と美礼は畏怖を感じていた、もしも苗木が敵なら? と考えただけでカンカンカンという音が恐怖になる、目の前で倒れていく新入生等のように。
新入生は次々と仲間が倒れていく光景に混乱する、恐怖で逃げ出し、その場で縮こまる者もいる、だが、混乱し逃げ出し縮こまった者から何の音沙汰も無くバタバタと倒れていく。
畳スペースでは勇也が朱い眼になり南側全体を視ている。
「やっぱり素早い動きでも無いな、空気と一体化してるのか」
朱い眼から黒目に戻す、サングラスをかける茜を見る。
「茜? 美岩街の科学は人間を本当の意味で透明にする迷彩技術があるのか?」
「いえ、このサングラスはどんな迷彩も見抜けます、もちろん熱感知もします、ですが先程の方はどこにもいません、朱い眼でも視えないならbe unknownです」
「カンカンと音が鳴り続けて倒れてる、打撃を受けてる衝撃からの動作が無いから催眠か?」
苗木が消える現象は朱い眼でも科学でも解明が出来ない、新入生等が次々と倒れていくのを茜に問う。
アンゴラウサギのリュックサックの顔部分を取るようにファスナーを開いて取り外す、そのままアンゴラウサギの顔を形取る帽子を頭に被り、ツインテールにカチッカチッと装着。アンゴラツインテールサングラスの属性盛り沢山の茜が完成。
「催眠だとしたらこの茜アンゴラが脳波の情報を茜サングラスに教えてくれます、カンカンカンは催眠では無く騒音です」
「そうか、苗木は未知なんだな」
「お兄ちゃんが全く解らないあの状態なら現在の科学では解明不可ですね、朱い眼でも視えないなら科学が進んでも期待は出来ません、
苗木さんという方は『未知な生物』の部類になります、科学的には朱の血筋は人類の亜種ですが苗木さんは人類では無いという事です、
正直に言いますと科学者としては恐ろしい存在です、イコール、朱の血筋や四臣家の脅威です」
「苗木は脅威にならない、」
間髪入れず茜の脅威という発言を否定し更に続ける。
「蒼や明流と同じく俺は苗木を信用している」
「……、勇也さんが信用するなら安心です、ですが、」
チラッと神社の本堂のような玄関の中を見る、そこには慈桜家仮屋敷の青樽美酒に看護を受ける未智明流がいる。蒼と美礼のバトルが終わった辺りから力尽きて玄関に避難、待機していた青樽美酒に介抱される。
「あの人は勇也さんを狙った人ですよ?」
「明流は将来漁師になるんだ、船が欲しくて俺に一発入れたかったみたいだ」
「船が欲しくてですか?」
「教師や大人連中に言われてたみたいだな」
「そうですか……」
茜が明流を怪しむのは蒼が明流の事情を知るまで警戒していた事からも自分で解明と立証をするまでは疑う。
勇也的には明流は挑みたいなら何度でも相手にするし今後の成長を楽しみにしてる、強くなりたいなら鍛えて上げたいとも思っている。
「明流は大丈夫だ、それよりも、」
茜に向けていた視線を礼実に向ける。
「礼実の耳と鼻では苗木が見えているか?」
苗木の話しに戻す。
「匂いや音は最初からありません、私には彼女の声だけが認識する手段です」
「カンカンカンから位置が解るか?」
「木製の棒で叩く音が何処にいるかを教えてくれますが素早いです、捉えるのがやっとです」
「俺もカンカンカンが無かったら苗木を捉えれない、スゲェな、苗木は自然に愛されてる人間だぞ?」
「愛されてる人間? ですか?」
「自然と一体化出来るなんて自然に愛されてるとしか思えないだろ?」
「人間は人間に愛を頂き、自然にはありがたみを頂き感謝するのです、『人間では彼女の声だけしか認識出来ません』、将来彼女を愛する殿方は人間です、彼女の愛情表現やふとした仕草は『自然に愛されているという不便』で声に出し行動に示さなければなりません、人間的な愛を殿方に気付いてもらえないという事です」
「……。」
「今は人間的な愛の感情が芽生えていないから良いですが、今後芽生えた時に彼女は『愛した者や愛された者に自分の事を気付かれない辛さ』を感じて生きていかなければならないという事です、
愛を知らないモジャモジャが彼女の前で軽はずみに愛を語らぬ方がよろしいかと思います」
「そうだな。(言う事は一理ある……だが、二年半手紙を書かなかったのをかなり根に持ってるな、書いた手紙を届けるにはミルクを連れて礼実のいる街に行かなきゃならないだろ、飛脚は山の中にいないんだし、その辺を解ってくれよな)」
礼実が攻める感じの夫婦の会話を茜はメモ帳に書いて愛についてを勉強していた、すると、カンカンカンと鳴り続けていた音がピタッと止まる、それは同時に『敷地内にいる新入生全員の気絶』を意味していた。
東側で棒立ちしていた数人や悶えていた者、西側で斬り刻まれて悶えていた者、南側にいた者、約500人の新入生がその場で気絶し夜風だけがサァ〜〜……と音を立てミルクの興奮する声だけが響いていた。