第三章 下 それぞれの意思は
学慈街西の街慈桜家仮屋敷。
太陽は沈み、空は暗く、雲が星を隠す。
神社の本堂を思わせる玄関前には畳が10枚敷かれ四角に松明がある、そこには茶道具と行燈、桜庭礼実はお茶を立て、その正面にいる渓谷茜がそのお茶を飲む。
松庭美礼は畳10枚を敷くスペースから数メートル離れた位置にいる。
床机椅子に腰を下ろし、右手には黒刃•村雨、左右にある松明が美礼を灯す、パチィ! と弾けるが見向きもしない、耳に入っていないというように殺気を籠らせた切れ長の目で開放された南門だけを見る。その視線の左右に2列になる100人の少女が並ぶ。
南側の庭を見ると、南門に向けて規則正しく松明が灯され、殺風景な敷地内に松明の灯りと影を映す。
チッと耳に届くのは松明が弾ける音では無い、美礼の舌打ち。
「なんやねん?」
不機嫌な表情になる、視線は南門に向いたまま、だが松明の灯りで出来る影は美礼に近ずくように大きくなる。
「私情だ、気にする事は無い」
メガネをクイッと上げる里見真一が松明の裏から現れる。
「クレームなら受け付けんで?」
視線は南門から逸らさず返答する。
「四臣家では無い個人的なクレームなら受け付けるのか?」
「……、アホか、私情も受け付けん」
一瞬だがため息混じりに呆れた表情に変える、ゆっくりと立ち上がり、黒刃•村雨の長柄をギリッギリッと音が鳴る程に握り締め、睨み付けるのは南門。
「二年半、待ちに待った『ケジメ』や」
口元をニヤつかせ眼光鋭く睨み付ける南門の外には『4人(注•透明になる苗木は含まない)』の人影、渓谷蒼と未智明流、慈桜勇也と手を繋ぐミルク、その隣から「いっぱいいるんだよ!」と消えた状態になる南原苗木。
2列に並ぶ100人の少女は、美礼の殺気に呼応し南門にいる蒼に殺気を向ける、一斉に歩を進め美礼までの道を塞ぐように25人編成の4列の壁を作る。
「戦だな」
軽い口調で蒼が言うとその前方10メートル先から——
「私の出番なんだよ!!」
——と苗木の声が届く。
「「(何故、前にいる)」」……勇也•蒼•明流は額から汗が流れる。
苗木は気配も無く消えている為、どこにいるかも何をしでかすかも解らない、勇也と明流は苗木の行動範囲の限定を求めるように蒼に視線を向ける。
ため息を漏らしたい気持ちを抑える蒼、苗木の声がした方に独り言のように言う。
「苗木? 今のところは四臣家内の問題だ」
「私も東桜臣家なんだよ!」
10メートル前の更に前から声が届く。このままでは50メートル先にいる100人の少女の位置まで行ってしまう。
「……、それなら100人を相手にする事より勇也とミルクを護る方を考えてくれ」
「護る方!? シスコンがやられたら私の出番なんだよ!!」
「そうしてくれ」
既にシスコンと呼ばれても否定をしない、苗木に対して否定しても焼け石に水なのだ。
ミルクの隣から「私はヌシとミルクちゃんを護るんだよ」と声がする、苗木の行動範囲の限定に成功した蒼は息を吐きながら両手をポケットの中に入れ、ガントンファーを出す。
歩を進める4人(注•消えている苗木は無言になると何をしているのか全く解らない為含まない)、蒼の隣では、明流が足元を震わせながら100人の少女を見ている。
「ひゃ、100人か……よし、100人上等だ」
薙刀を持つ少女等の人数と殺気に動揺して声が震える。
「明流? そんなんじゃ足手纏いだ、苗木と一緒に勇也とミルクを護ってれ」
最初から重症の明流には闘わせるつもりは無い、もちろん苗木にも闘わせるつもりは無い。
100人の少女と4人との距離は20メートル、「みんなはここで見ててくれ」と言うと、ヒュン! とガントンファーを回転させながら歩を進め更に続ける。
「明流? 恐怖は恥じゃない、人を見るチャンスだと思え」
「お、おう」
「まずは気持ちを落ち着かせ、実戦の空気、殺気を吸って相手を1人1人見れるようになる、」
4列に編成する100人の少女は構える、蒼に切っ先を向け一列目の25人が前に出る、蒼までの距離約10メートル。
「相手を倒す大義は自分にある、相手にも自分を倒す大義がある、明流? 倒す大義があっても東桜臣家は西や南の『裁き』と違って『おしおき』だ、忘れるな」
「お、おしおき?」
「まずは……」
笑み顔を25人の少女に向ける、ジリジリと間合いを計るように自分に向かってくる、こんな状況じゃなきゃモテ期到来なんだが、と思いながら更に続ける。
「相手の『戦意』を喪失させる」
効果音は無い、だが、前列の25人の少女はドンッ! という衝撃波が蒼から出たのを感じ取った、薙刀を強く握り締め蒼の顔を視線に入れる、その瞬間、笑み顔では無い蒼の殺気からの幻影が少女等の視界に写り、向けていた切っ先は自分を守るように跳ね上げる。そんな少女等の耳に軽い口調の蒼の声が届く。
「問題その1、西の最狂と南の最凶と言われる中、東が最狂や最凶に『ならない』理由は?」
答える間も無い、少女等が見えたのは蒼の一足目のみ、バギィン! と薙刀の刃が弾けた音が耳に届き、視線を向けた時には左右背後の刃が弾け飛び前方25人の少女が持つ薙刀の刃は弾けて空中を舞っていた。
「答えは、」
少女等の中で軽いステップを刻み更に続ける。
「どんな武力差があっても裁くのは秩序と法律に任せる、俺的には『めんどくせぇ』からだと思ってる」
軽いステップを踏む足を地面に着け、25人の少女の中でめんどくさそうに立つ。
始めの一足目は見えた、その後の数秒間に薙刀の刃を失った、刃の失った薙刀を蒼に向けようとするが——
「問題その2」
少女等は構える事さえ止められ、足元の刃の破片を視界に入れ蒼の殺気に『おしおき』を覚悟する。蒼の言葉は更に続く。
「前衛の武器や戦意を無くしても、その後の対処は?」
1列目の少女等に割り込むように蒼に向けられる2列目25本の刃、しかし、既に蒼の姿は眼前には無い、バッと自分の背後3列目に視線を向ける少女が数人、その刹那、バチィン! と声を上げる間も無い間髪入れ無い雷撃、青白い紫電が全身を伝い、手に握る薙刀を落とす。
「1列目に力の差を見せる時に1列目の追撃や2列目に対しての罠を仕掛けておく、」
ガントンファーの先端部は無くなり、代わりに極細の見え難い糸が出ている、その糸は1列目の少女等に軽く絡まり足元にも垂れ下がる、地面に落ちる刃の破片にも糸は絡まり青白い紫電がガントンファーから流れ1列目の少女や破片を伝い2列目の少女等に感電。
1列目と2列目の少女等は地面に膝を着ける。
蒼はカチカチッと2回トリガーを引く、ガントンファーの先から出ていた糸が切れる。
「次の3列目と4列目だが、ここまで来て攻撃してくるの……は!!」
ブンッ!!!!! と風を巻き起こしながら首先に向かってくる黒刃、身体ごと仰け反り鼻先で大振りな黒刃を交わす、そのままバク転、爪先蹴りを相手の鼻先に向けて放ち追撃を阻止する。
「よっ!と……、実力差が解らない死にたいヤツか……」
着地と同時にバックステップで下がり黒刃•村雨を振り抜き構えを戻す美礼から離れる、続けてガントンファーの引き金を3回引く、先端部を失ったガントンファーの先から4段目がカシュンと音を立てながら出る、肘までの長さだったガントンファーが60センチの長さになる。
「ガチに強いヤツだ、こういう相手は『普通のおしおき』が通用しない、秩序と法律に任せるに限る、明流?覚えておけ」
「わ、わかった」
蒼はV字前髪に息を吹きかける、続けて首を左右に曲げコキッコキッと鳴らし、気怠そうに肩を回す。
「ここからは問題では無い、参考にならないから、見えたら見るんだ」
数歩前に歩を進める、美礼までの距離約5メートル、チラッと少女等を視線に入れ、美礼に視線を向ける。
美礼は長柄で肩を叩きチラッと少女等を見る。
「私に用があるみたいや、みんなは『たまたま』下がっとった方がええな」
「……はい」
ロングヘアの少女が答えると100人の少女は2人を挟むように左右に分かれる。
少女等が周りにいなくなった事で美礼と蒼は数歩前に出る、2人の距離3メートル。
「東桜臣家として来とるんか? それともただのアホとして来とるんか?」
切れ長の目は蒼を見下す。
「東桜臣家としてだな」
軽い口調で答える。
「殺す前に聞いといたるわ、四臣家が私に何の用や?」
「二年半前に渓谷蒼として出来なかった事を四臣家として『ケジメ』を付けに来た」
「ほんなら、私は二年半前に四臣家として出来なかった事を松庭美礼として『ケジメ』を取りにここにおる、と言うとく」
2人は数秒視線を合わせると口元を笑わせる、最初に口を開いたのは蒼。
「おしおきが必要なようだな?」
「殺した方が良さそうやな?」
お互いに一歩前に出て構えを取る、美礼は右手右足を前に出しての右上段構え、蒼は左ガントンファーを黒刃に向けるように前に出し右ガントンファーを腰の高さに置くファイティングポーズ、2人の距離2メートル、薙刀の間合いであり一歩踏み込めばトンファーの間合いでもある。
睨み合う硬直は一瞬、蒼の姿勢が下がったと同時に黒刃は振り下がり蒼の首を斬りに行く、その黒刃の刃を左ガントンファーで受け止めながらギギギィと刃を引きずる、同時に空を切る右ガントンファーを美礼の左腕へと放つ、が美礼の下から突き上げる左側頭蹴りが蒼の右腕にかすりガントンファーを防ぐ。
しかし、左足を上げるという大きなアクションが長柄武器の不利を呼び起こす。
「おしおきの時間だ!」
2人の距離1.5メートル、トンファーの間合いになり、長柄武器が不利になる距離。
斬撃音は無い、長柄で受ける打撃音のみが耳に届く、蒼の見え隠れする姿からの乱撃、美礼は長柄で受け止める事しか出来ない。
あらゆる武器の中で最強の名を欲しいままにしていた薙刀、戦場では『卑怯者が使う武器』とまで揶揄される武器、だが、超至近距離の手の届く範囲である近接戦闘では、長柄という長所が完全不利な状況を作る。
蒼は身長差を利用する、下から突き上げる乱撃にしているのだ、その為、トンファーの回転は失うが左右の乱撃が長柄を抜けて美礼の腕や肩に直撃する、ダメージは少ないが美礼は防戦一方、黒刃を振れる間合いまで後退しようとするが、蒼はそれ以上の突進力で間合いを詰める。
有利なのは蒼、だが、黒刃•村雨を一瞬でも振れる間合いになれば一撃の斬撃で形勢は逆転する、乱撃が終わった時に美礼に黒刃を振る力が残っていれば蒼の負けを意味している。客観的に見たら蒼が有利だが死合は均衡していると言ってもいい。
両者無言、表情には会話をする余裕は無い、少しでも気を抜けば黒刃が襲ってくる、少しでも気を抜けばガントンファーが急所に襲ってくる、見ている一同の息を詰まらせる攻防、永遠に続きそうな打撃音。
しかし——
打撃音の中、秒針を刻むようなカチッという音が混ざる、その刹那。
ビュヒュン! と風が斬られ、カッ! と打撃音では無い音が耳に届く。
蒼はバク転を繰り返し美礼から逃げるように間合いを広げる、地面にスタッと着地、低い体勢になり右ガントンファーを美礼に向けて警戒心を上げる。
その視線の先では——
両腕を交差させた美礼、左手に握る長柄の先にはアイスピックを太くした黒針•針槍、右手に握るのは黒刃•大刀、黒刃•村雨第二形態。
第一刃である虎の爪をかわしても、第二針である虎の牙は近接戦闘になればなる程にかわせない。
「黒刃•村雨を使いこなしていないとタカを括ったが……」
蒼の左腕はダラリと下がり『針に刺された上腕』からは、白色を基調にしたブレザーを染めるように血が滲み出る、更に袖からも流れ出し、手の甲からガントンファーを伝い、地面にポタッポタッと血を落とす、出血量は多い。
美礼は切れ長の目に殺気を籠らせ蒼を睨み付ける、左手に握る黒針•針槍を蒼に向け吐き出すように言う。
「なめくさりおって……、女は斬れんヘタレかぁ? あぁ?!」
「なぁに勘違いしてんだ? お前を女と認識する男がいるかゴリラ女」
「誰が美人の器量良しやねん? 褒めても手加減せんぞドチビ」
「美人の器量良し? 誰が言ったそんな高尚な言葉? それとも幻聴か? 現実に帰って来い」
両者ピタッと無言になる、お互いに殺気を向け合いながら隙を伺う、突如ニヤッと口元をユルませ「はっ!」と吐き出すように息を吐く。
「「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」」
一同が困惑するトチ狂ったような大笑い、腹を抱えるように2人は笑い飛ばす、時間にして5〜6秒大笑いするとお互いに手に持つ武器を向けあった、その刹那。
「誰がゴリラや!!!」
容赦の無い黒針•針槍からの突き。
「お前だボケ!!」
黒針•針槍をかわしながら身体を左回転、横殴りの黒刃•大刀の刃を右ガントンファーで防ぐ、裏拳を入れたいが左腕が上がらず、頭と身体をお辞儀するように下げ、左足を背後に向け足裏を美礼の顎先に放つ。
「誰がドチビだ! まだ成長期だ!」
左足がピンッと伸びるが手応えが無い、「やべ!」と思った時には黒針•針槍を握る拳が左上腕に直撃、血が吹き出す、ゴリラばりの力押しの追撃が来る為痛みの余韻に浸る暇もない、伸ばした左足を曲げ美礼の胸に蹴りを入れる、その反動を利用し地面に転がり体勢を整える。
「傷口をモロに抉りやがって……」
「女の胸を足蹴にしおって……」
「「死ねや!!!」」
間髪入れず突進、感情的になりお互いの目的を既に忘れる、目の前のゴリラとドチビの息の根を止める事しか頭に無い。
だが、感情的になっていたのは美礼のみ、眼前1.5メートルの距離で蒼の口元が笑ったのを見て気付く、「ヤバ!」と口に出した時には大振りに振り上げた右手の黒刃•大刀と突こうとする左手の黒針•針槍は止まらない。
「甘い!」
蒼が言った刹那、黒針•針槍をかわし、振り下がってくる黒刃•大刀を握る右手を左爪先で強打、右手が跳ね上がり黒刃•大刀は手から離れ空中を回転、蒼の攻撃は止まらない、伸びきった黒針•針槍を握る左腕に絡めるように右腕を入れ、腰帯にガントンファーを挟める、左足が地面に着いたと同時に雷撃をバチィン! と与え美礼の身体が一瞬硬直、両足を絡め取るように右足で足払い、美礼の身体が中に浮いた瞬間、右張り手が来るのを更なる雷撃で阻止、左腕に絡める右腕を勢い良く下げ、バダン! と受け身を取らせず地面に叩きつける。同時に空中を回転していた黒刃•大刀が地面に刺さる。
肺の中にある酸素が美礼の口から出る一瞬の窒息、スッと息を吸った時にはガントンファーの先っぽが首元にあり、自分を見下ろす蒼の笑み顔を見上げる。
「手加減では無く戦略だ、簡単に人の挑発にのるな」
「チッ……」
舌打ちすると敗北を認めたように左手で握る黒針•針槍を離す。
「大門の時に殺しとったらよかったわ」
「悪いが東桜臣家としての大義が無い限り、間髪入れず逃げるのが俺の主義だ」
「何が大義や、四臣家のどこに大義があんねん」
不貞腐れるように吐き捨てる。
蒼はため息を吐き、美礼の首元に添えていたガントンファーの先端部を下げる。
「西の本家がミルクを抱く方法がある」
「なんやと!?」
身体を起こして蒼を見上げる。
「二年半前も家族3人で居させる方法は俺の中にはあったんだ、これは現実だったと知らなかったとはいえ俺のミスだな、だが、
唯一、現実だと知っていた西の分家が、当主会で俺等に現実だと言わず勝手に決めた親達の決定を無視して、俺等勇也の代の四臣家に現実だと言いに来たら、今の現状を生まなかった、
四家二分家が揃って四臣家なんだ、今後は西だけで決めるな」
「ほんまなんか!? どうやったら抱けんねん!?」
美礼の中では乱れる四臣家の現状よりも、礼実がミルクを抱ける方が重要。
反省の色無し、と見た目から解りため息を吐く、視線を玄関前に向ける、自分と美礼の方を向く礼実と茶碗を持つ茜を視界に入れる。
「茜!?『診断』は!?」
ズズッとお茶を飲む茜、茶碗を置くとアンゴラウサギのリュックサックからA4サイズの携帯情報端末を出す、指先を何度か画面に付けスライドさせると蒼と美礼を視界に入れる。
「お兄ちゃんの肉体レベルと礼実さんの肉体レベルを比べてミルクちゃんの肉体レベルを予測演算した結果、『お兄ちゃんが二年半に作ったパワースーツ』で限界時間5分なら抱けるかな、ミルクちゃんの肉体レベルをちゃんと調べたら前後すると思う」
「5分か……」
「5分でも十分やろ!?」
「そうなのか?」
「アホかお前!? まともに抱いた事無いんやで!!」
「そうだな、そうだよな、」
視線を茜に戻し更に続ける。
「茜? 視力は?」
「蘇体治療で治せないなら科学的に治療するのは不可能、でも、可能性は無い事は無いかな、『お兄ちゃんと私なら』」
「茜だけじゃ無理か、『マクベス』の答えは?」
「ベースは補聴器の茜イヤーと嗅覚補助機の茜ノーズ、
礼実さんは嗅覚と聴覚が鋭く視覚を必要としないぐらい脳の中では見えてるから、嗅覚と聴覚を上げる補助性能を視覚に回して今現在脳の中で見えてる感覚に色を付ける補助機能だね、……視神経細胞と脳神経が関わるから作品が完成する確率は20%」
「20%か……」
「何が20%なんや?」
「視覚を医学的に治すんじゃなく、鋭い嗅覚と聴覚から脳内で見せてる画像に色を入れる『視覚を作る可能性』だ」
「なんやそれ? 作れるんか?」
「20%なら厳しいな」
あっさりと軽い口調で言う蒼にイラっとする美礼、それでも東桜臣家か!? 歯を食いしばれい! と左拳を振りかぶり言おうとした時、茜の声が届く。
「必要な素材を入手するのも困難かな」
ピタッと美礼の拳が止まる。
「なんの素材だ?」
「裏樹海生息のSSS哺乳獣類ルゴーリ」
ザワつく100人の少女、美礼は握った拳の向けどころが無くなり額から一滴の汗を流す。
「なんだその握った拳は?」
「マ、ママならイケるで?」
誤魔化すように握った拳を広げ頭を掻く。
「親父でもイケる、このガントンファーもルゴーリの素材を親父のラボからパクったのを使ってるからな、茜? パクったらイケるか?」
「無理、ガントンファーは常に一定量放電する細胞の電気を引き金を引いて強弱の調整して出してるだけ、必要なのは生きたルゴーリに『あるって予測してる電気の変換細胞』、
今のところ死んだルゴーリからしか細胞の採取がされてないし、ルゴーリの希少性から実験は頓挫してる、でも、『お兄ちゃんのマクベス』とお父さんの予測だと変換細胞が無いとルゴーリの身体は常に放電してる事になるって出してる、死んだルゴーリが放電しっ放しで自分の死んだ細胞を自分で焼くのがそれだね、
でも、ルゴーリの生きてる間は放電と帯電と無電の状態がある、生きたルゴーリに変換細胞が無いとこの説明は出来ない、お父さんの研究はここで止まってるね、でも『マクベス』は……、
その変換細胞を生きたまま茜ノーズと茜イヤーに移植して、『人体や視神経や脳細胞の電気信号にルゴーリ細胞が変換を及ぼすかを20%の可能性でお兄ちゃんで実験する価値有り』みたい、
それを総合すると、お兄ちゃんが死ぬ確率が80%、お兄ちゃん『だけ』が使える完成品が出来る確率が20%、その20%から更に礼実さんに合わせてお兄ちゃんが実験、お兄ちゃんが死ぬ確率99%、1%の確率で礼実さん用の視覚復元機が出来る、実験対象にお兄ちゃんのクローンが2000体あれば可能性は5%まで上がるだって」
茜は携帯情報端末を見ながら、可能性はあるが現実的な不可能を数字で伝える。
「作れるんかい?」
美礼は数字で言われても理解が出来ない、作れるか作れないかの二択を蒼に問う。
「俺が2000倍強くなれば西の本家用の視覚復元機を5%の確率で作れる、それと裏樹海のSSSの獣を生きたまま捕獲出来る武力、そしてSSSを生きたまま実験出来る研究施設が必要だ」
現状では不可能と含ませて言う。
「作れるんかい?」
二択を迫る、作れるなら作れ、お前は学園に行ってる暇は無い、と言ってるのだ。
美礼の威圧感は『今すぐに作れ』と言っている、呆れる気持ちになりため息を吐きたいが美礼を巻き込む形で説明する。
「俺が2000倍強くなり、西の分家が母親に余裕で勝てるなら、ルゴーリを生きたままの捕獲が出来る、母親に勝てるか?」
「か、紙一重やな」
「それは紙一重という0.1%の薄い可能性で勝てる気がするって事だな?」
美礼の言う『紙一重』とは紙一重で勝つや負けるという意味では無く、紙一重という0.1%の可能性しか勝てる気がしないという意味だ。
「熟睡しとってな」
美礼は断言する、母親が熟睡してても0.1%の勝機しか無い、と。
「だろうな」
軽く返答、なんやとコラ!? と左拳を振り上げ言い放つ美礼に、俺も親父にはそんなもんだ、と軽く自分も同じだと言い、更に続ける。
「問題は捕獲だけじゃない、研究施設にかかる金や維持費も俺等学生には厳しい現実がある、
それに、捕獲したルゴーリを街に入れる問題もある、今の法律ではエリア内の獣を扱える人間と施設があれば南桜臣本家の監視の元に許されている、だが、秩序ではエリア内の獣は一切禁止、西の分家? 母親を説得出来るか?」
「紙一重やな」
「だろうな、俺も親父のラボを使わせてくれと言ったとしても紙一重だ、運良く使わせてくれても将来は島一番の借金王になる」
「作れるんか?」
「揃うモノが揃えば5%の可能性で作れる、東は実験設備、西は秩序の改正、その辺の準備を俺等の代でプロジェクト化する必要がある、プランは茜に任せてれば悪いようにはならない、後は北? お前も一口乗るか?」
美礼が座っていた床机椅子に座りメガネをクイッと上げる真一に話しを振る。
「親達だけじゃない、先代や先先代の四臣家を敵に回すのか?」
「俺等が学慈街に入れるのは3年だ、外の政治は関係無い、問題があるとしたら西の教育だけだ、なんとか出来ないか?」
「出来ないな、あの西桜臣分家の主人が学慈街の教育にSSSを入れる訳が無い、問題は東桜臣家の当主も首を突っ込む問題だ、そもそも保護区は学慈街の外、南桜臣本家も……」
「問題無いみたいだ」
真一の講釈を無視する蒼は更に続ける。
「プランは茜と北に任せて大丈夫だ」
出来ないと言っただろ? と言いたげにメガネをクイッと上げる真一を無視する。
「お前よりは茜ちゃんに任せてれば安心やな」
「お前さ?……まぁいい、」
俺は99%死ぬ実験台になるんだぞ? パワースーツを作ったのは俺だぞ? と言っても、ソレが四臣家やろ? と返されるのが解る為、美礼への返答をため息だけにする、真一も諦めるようにメガネをクイッと上げる、蒼は視線を礼実に向ける。
「西の本家? とりあえずパワースーツが出来たら5分前後だけだがミルクを抱ける、失った視覚は先になるが見えるようになる可能性もある、二年半も遅れたが家族3人でいれる……、……?」
蒼が視界に入れる礼実は微笑み顔を一切変えずに一点を向いている、言葉を止めその向いている先を見ると勇也と手を繋ぐミルクがいる。
松明の灯りは礼実には見えない、お茶を飲む茜や100人の少女や蒼や美礼、ミルクと手を繋ぐ勇也も見えない。
だが、ミルクの姿だけは見えている、愛おしいミルクの息遣い、愛くるしいミルクの匂い、礼実の脳裏には二年半前にとんでもない寝返りをしながら自分から逃げるミルクから今現在二年半で両足で立って喋れるまでに成長したミルクの姿を映し出している。
視覚を失って二年半、再びミルクを見る為に鍛えた嗅覚と聴覚、ミルクの好きな食べ物を作る為に鍛えた味覚、再びミルクを触れる為に鍛えた触覚、弱く細い肉体のままだが失った視覚を補う以上に他の感覚を鍛えた、礼実の全感覚はミルクの為だけにある。そんな礼実の聴覚に……
「ミルク?」
……と勇也の声という雑音が入る、礼実の脳裏にはミルクと手を繋ぐモジャモジャしかいない、「ミルクを見る邪魔をするな」と言うようにモジャモジャに微笑み顔を向け不快感を出す。
その不快感に気付いたのは蒼、美礼を見上げる。
「夫婦間『も』上手くいってないパターンか?」
「朱の血筋は基本アホやろ? アヤちゃんはあの天パを旦那としても父親としても認めとらんのや」
「いや、ミルクがいるんだし……」
勇也に対してあからさまに不快感を出す礼実、二年半前にミルクと離れ離れにした事だけでは無い、夫婦間の溝がある、と一同は確信する。
礼実の脳裏では勇也だけがモジャモジャ処理がされない、美礼や蒼を始め茜や真一や竪郎そして100人の少女や明流はどんな姿形かが解る、だが、勇也だけは天パが全身に行き渡るモジャモジャとしてしか認識されない。
モジャモジャがミルクを見ている、モジャモジャがミルクを呼んでいる、モジャモジャがミルクと手を繋いでいる、不快感を出す微笑み顔からいつもの微笑み顔に戻す、いや、冷め切った微笑みの無表情で得体の知れないモジャモジャの方を真っ直ぐに向く。
「不愉快です」
冷め切った微笑み顔から発する一言、一同は額に汗を溜める事しか出来ない、ここからは四臣家でも入り難い夫婦の愛情度問題、黙って見守るしか無い。
「ミルクに伸ばす手を離しなさい、ミルクに発する口を紡ぎなさい、あなたがミルクを見る許可を私は出していません、目を瞑りこの場から去りなさい」
入る余地無し!! と一同は心の中で叫び上げた、一切ぶれない微笑み顔、勇也に対して一切歩み寄らない微笑み顔、更に袖からハンカチを出し——
「ミルク?その餓鬼から離れ、母の元に来なさい」
絶句する一同、美礼もここまで嫌っているとは思わなかったのか「言い過ぎちゃう?」と勇也に気を使う。
その勇也の額には血管がピクピクと浮き上がり、その表情は地底から煮え滾るマグマが噴き出しそうな程の怒りの形相、ググッと奥歯を噛み締め無理矢理怒りを沈める、深く息を吸い、吸った分を吐いた瞬間、シュ! と風を切る音と同時に「うおっ!?」と声を上げながら顔を背ける、反応が一歩遅れ頬をかする小柄。
「なにしや!」
がると続ける言葉が出ず、追撃の笄がミルクと繋ぐ左腕にかする、意地でもミルクと繋ぐ手は離さない。
「なにしやがる!?」
「息を止めなさい、ミルクの酸素が減ります」
ピクッピクッと顔を引き攣らせ額の血管が千切れる程に動く、ゆっくりと表情が険しく彫りが深くなり時代劇の悪代官の顔になる。
「ぶ、ぶ、ぶ……無礼者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 亭主に対してなんだその言い草は!? そこに直ぅれぇぇぇぇぇぇぇえい!!!!」
「その捻くれた頭髪と場を考えない顔が悪影響です」
「「…………。」」
間髪入れない礼実の返答に一同は思う、視覚で認識しなくても勇也の場合は声だけでどんな顔をしているか解るんだな、と。しかし、その勇也は笑いを取る為にふざけているとしか思えない顔芸、実際にミルクに悪代官顔を向けて爆笑させている、夫婦の溝を見せない為にミルクに気を使う父親らしい部分だが悪ふざけにしか見えない、夫婦の溝の原因は勇也の真剣か不真面目か解らない妻への対応にある気がした。
「悪影響です」
「うるせぇ! 2回も言うな!!」
「あなたは何しにここに来たのですか?」
「ここは俺ん家だ!!」
「私に対して何か言う事は?」
「飯の支度をすれい!!」
「餓鬼の言葉は耳障り、この場で腹を切りなさい」
「誰が土の上で腹を切るかぁ!! 畳の上と決めてんだ!!」
そういう問題か、と思う一同、勇也にしか原因は無いと確信した。
「二年半もの間、夫婦としての連絡はおろか何の音沙汰も無く、ミルクと私を離しておきながら成長するミルクを手紙に書く事もしない、急に現れては顔を見て逃げる、先程のように逃げないのならば亭主として言う事は無いのですか?」
「「(……何してんだ朱の血筋)」」
勇也に亭主としての人権は無い、亭主と口にするのも烏滸がましく「飯の支度をすれい!?」など本来なら口が裂けても言えない、だが、一同は目の当たりにする、自分の事を棚に上げる亭主関白はこの程度では無いと。
「なんだなんだ!? こっちが歩み寄ろうとしたら人を散々に言いやがって!!」
「「(二年半音沙汰無しで顔見たら逃げる亭主がいつ歩み寄ろうとした?)」」
「……。」……無視する礼実。
「少しは堅くなった脳みそを柔らかくする努力をしないのか!?」
「「(お前の柔らか過ぎる脳みそを堅くすれ)」」
「……。」……無視する礼実。
「こっちは二年半ミルクを抱かせる為に鍛えて方法を練ってたんだぞ!!」
「「(一応亭主らしい事はしていたか)」」
「ミルク、母の元に来なさい」
勇也の亭主関白には使う気は無い、そもそも無礼千万と認識している間は亭主だと微塵も認めない。
「昔からなんっっも変わらんな!?」
「「(昔から勇也なのか)」」
勇也はブツブツと文句を呟きながら朱い眼になる、既に自分には見向きもしない礼実をチラッと視るとミルクに視線を向ける。
「パパとママはケンカばかりじゃな」
ミルクは嬉しそうに言うが、この夫婦の間で勇也に育てられるミルクの将来が不安になる一同だった。
「ケンカじゃない、ただの会話だ、パパとママはケンカをした事が無い」
「「(本気で言ってるのか?)」」……一同は思う。
「ミルク? ケンカではありません、教養の無いモジャモジャに教育をしているのです」
「「(やっぱりモジャモジャにしか見えてない)」」……一同は思う。
「誰がモジャモジャだ!?」
「「(お前だ!!!!)」」
「あなたです」
「ミルクも一部モジャモジャだぞ!?」
「死んで詫びなさい」
「そんな事で死んでたまるか!」
礼実はサラサラのストレートヘア、ミルクのウネウネのアホ毛は勇也の遺伝なのは言うまでも無い。
勇也は朱い眼から黒目に戻しながら舌打ち混じりに視線を下げミルクを見る。
「ミルク? 万歳カチンコチンなら抱かれても大丈夫だ」
「!?」
母親礼実を見ていた視線をバッ! と父親勇也に向ける、時間にして3秒程勇也を見ると大きな瞳がウルウルと涙を溜める。
「だい、大丈夫? なのか?」
「練習通りにやれば大丈夫だ」
勇也の言葉が終わる前に間髪入れず走り出したミルク、100人の少女の視界を横切り、蒼と美礼の前を横切り、メガネをクイッと上げる真一の横を横切ると下駄を脱ぎ捨て礼実と茜のいる畳に上がる。
ウルウルと涙を浮かべる大きな瞳で真っ直ぐに見るのは大好きな母親、バッと両手両足を伸ばし涙を一粒二粒と流しながら震える声で言う。
「ママ!? ワタギジ!! れん!! れんじゅう!! しだんじゃ!!」
流れる涙を右腕でゴシゴシと拭い、バッと右腕を戻す、涙が止まらなくなった大きな瞳を大好きな母親に向ける。
「ワダギジば! ぼう! ママをきじゅっけない!!」
ガシッ! と弱く細い腕がミルクを掴む、弱く細い身体がミルクを包む、母親として勤めれなかった二年半分を埋めるように強く気持ちを込め、途方も無い長い時間で大きく成長したミルクを母親として初めて抱き締める。
ミルクの小さな背中に背負う悲しみを優しく祓い落とす掌、悩み続けていた小さなオカッパ頭を優しく撫でる掌、母親として償いたい気持ちと全身で感じるミルクの小さな身体に言葉が漏れる。
「ミルク、大きくなりましたね、母として大きくなるミルクの側に入れず申し訳ありません」
「ヴ……ン……、おお……きく……なた、んじゃ……」
ぎこちない口調で答える、その表情はやっと母親に抱き締めてもらえた嬉しさでは無い、力む赤面。
【万歳カチンコチンとは】
生物は行動を起こす時や軽く手を伸ばす時、指先を動かす時でさえあらゆる箇所に力を入れる。
その力を入れる強弱の加減を赤ちゃんは出来なく常に全力、その全力も大人と赤ちゃんなら力の差があり何事も問題無いが、朱の血筋の赤ちゃんや強い肉体を持って産まれた赤ちゃんは個人差はあるが一般とは違う。
ミルクを例に上げたら、その手が突進してくるイノシシに触れれば進行方向が変わり、その足が突進してくるイノシシに触れればイノシシは急停止して気絶する、その強い肉体に対応出来る親でなければ重症は確実。
そんな強い肉体も成長と共に力が上がり加減も出来るようになるのだが、ソレは強い肉体同士の中だけになり、明流や礼実のような肉体レベルが一般人レベルに対応出来るのは10歳前後になる。
その強い肉体で産まれたミルクと肉体レベルが一般人の礼実を抱かせる為に勇也が考えたのが【万歳カチンコチン】、全身隙間無くフルパワーに力を入れ、関節一つ動かせない状態を作る。
結果、指先から全身隙間無くフルパワーでいる為、全身はプルプルと震え、顔の筋肉も力んだまま固まり真っ赤になる。ウネウネのアホ毛もピンッ! と伸びている、どういう仕組みかは解らないが感情の起伏で動くのかもしれない。
もちろん万歳カチンコチンは首筋も例外では無く、声を出すのもぎこちなくなる。
「マ、マ……もう、はなし、て……」
ミルクが万歳カチンコチン状態でいれる時間、約1分、気を抜けば一挙手一投足が礼実を襲う、限界時間の1分は越えている、真っ赤になる顔は可哀想になるぐらい引き攣り、嬉しさでは無い涙が浮かぶ。
顔を引き攣らせ真っ赤にさせるミルクの姿に、先程の母親と子供の感動を誘う抱擁は無い。
礼実に気を使いながら額に汗を溜める一同、しかし、一同が思うほど今のミルクと礼実の現状は甘くは無い、打ち上げ花火の筒に繋がる導火線がプスッと消えた時に、頭に?を浮かべながら筒の中を見ている状態だ。
ガシッとミルクの長袖シャツとモンペを鷲掴みするのは勇也、母親と子供の抱擁から子供を奪い取るように突き離す。
「約1分30秒、ミルク? よくできた」
「う、うむ、記録更新じゃ」
母親礼実から解放されゼェゼェと息を切らせる、自由を得た解放感は表情には無く、42.195キロを走り終えた後のマラソン選手のように消耗している。
ミルクを見る一同は、母親と子供の抱擁にどれだけの負担があるかを改めて理解した。
だが、理解をしていない者が1人。
パンッ!? と鳴り響く破裂音、では無く、礼実の細くしなやかな腕と手が風を切り、勇也の頬に放たれる鞭のような平手打ち、更にパンッ!? と往復した刹那、パパパパパパパパパパパパパパパパ……と勇也の顔が左右にブレる、止まる気配は微塵も無い。
一同絶句、明らかに今の抱擁を邪魔した分の平手打ちだけでは無い、二年半積もりに積もった怒りの平手打ちだ。
勇也は平手打ちを心身に受けながら、ミルクを背後に回すさり気ない気遣い、亭主関白ではあるが妻の不満を受け入れる勇也に感服する思いになる。
「た、大変だな、古白街の女はみんなこんな感じなのか?」
額に汗を溜めながら率直な質問をするのは蒼、自分が相手にした100人の少女の報復を恐れる。
「アヤちゃんは特別や」
古白街でも一部の中の極一部、礼実だけだと言う。
「信じられないな、独断専行するゴリラ女に理由を聞かず刃を向けてくる100人、古白街の教育は乱れてんじゃないのか?」
「誰がおしとやかで華のある女や?」
「どんな聞き方をしたらそんな解釈が出来るんだ? ワザとだろ」
呆れるようにため息を吐き更に続ける。
「美岩街の理屈で解釈する理系女も遠慮したいが古白街は更に遠慮したいな、俺は前向きに農化街の女を希望する」
「ドチビを相手にする女はおらんやろ」
「学園でモテ期が始まる予定だ」
「ほんまもんのアホやな」
「ゴリラに言われちゃおしまいだ」
第二戦を予期させる殺気を放ち睨み合う2人、そんな中、勇也の頬を往復する平手打ちで敷地内の空気は和らいでいた。
礼実に対しては、やり過ぎでは? と思うところはあるが、コレがこの夫婦のあり方であり愛情表現なのだと受け入れた。
そんな敷地内に————
白を基調にした光財学園の制服を着た者達が南門からぞろぞろと入ってくる。