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朱の足跡 fast contact  作者: 有知春秋
ミルク編
3/19

第一章 下 入学式は御披露目

 

 光財学園入学式。


 コの字になる校舎、中央玄関の前に台が用意され、新入生1000人は台に向き合うように校庭に整列している。上級生はいない。


 その倍はいる父兄は東側•西側の玄関前で、息子や娘の晴れ姿を見ている。


 校庭に咲く満開の桜は新入生を祝うように花弁(はなびら)を落とし、春風はその花弁を新入生へと運ぶ、体育館や講堂で(おこな)う入学式とは違い風情がある。


 しかし、桜の木や春風が新入生を祝うが、校庭の空気はピリッと張り詰めている。


 毎年入学する1000人の新入生、その内、この校庭で卒業式を迎えれるのは300人前後しかいない。


 理解しているのだ。


 入学を共に喜ぶ事は出来ない、学食で同じ釜の飯を食べる隣の人間が明日には居なくなり、明日には(ライバル)になる事を。


 祝う、という祝福は光財学園入学式には無い、そもそも、祝福など実力主義の世界では卒業式にも無い、もちろん社会に出ても無い。


 勝ち組は勝ち続けなければ有るのは負け犬人生なのだから。


 今、この場にいる1000人には、15歳という若さで既に『背負うモノ』があり、未来永劫祝福される日は無い。


 勝ち組が勝ち続ける為に課せられる祝福の無い人生という事だ。


 だが、その程度の事で気負う新入生はこの場にはいない、幼少期から受ける英才教育で勝ち組である為にはどうあるべきかを学び、同年代の中で勝ち抜いてきた1000人なのだから、もちろん1000人の中には英才教育を受けず俗にいう雑草魂で学園入学を手にした一般人(イレギュラー)もいる。


 何故、校庭内はピリッと張り詰めているのか?


 19年間ピリッと張り詰めていながらも、父兄からは祝福の匂いを出していた光財学園入学式、しかし、20年置きに新入生だけでは無く父兄までも祝福の匂いを一切消す。


 20年前、1人の少女が現れた。


 40年前、1人の少年が現れた。


 20年置きに光財学園入学式は19年間見せる顔とは違う裏の顔を見せる。


 それは、今年も例外では無い。


【入学式改め、とある一族の御披露目】


 ズガガァァァァァァァン!!!! ガヂャァァァァァン!!!!


 南側大門が突如倒壊、轟音と砂煙を上げる。


 咲き誇る満開の桜は彼を祝福するように大量の花弁を落とし、春風は彼を祝福するように花弁を躍らせる。


『ガハハハハハハハハハハ!!!!』


 大門を倒壊させた歓喜の大笑いが校庭内に響き渡る、とある一族の御披露目改め————



【慈桜家御披露目】



『今日からここは俺の縄張りだ!!』


 自己主張の強い大声が校庭内に届く。


 しかし、今年は20年前や40年前とは違う。



【もう1人の慈桜家御披露目】



『デッカい家じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ヌシの家じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


『ミルク? ヌシは半年前に食っただろ!?』


『むむ!? ワタキとした事が!!』


『新しいヌシがいるかもしれないぞ!!』


『今度もワタキが倒すんじゃ!!!!』


 花弁と砂煙の中、大笑いする少年と元気発剌な幼女。


 カランコロンと下駄の音が耳に届く、春風が砂煙をさらって行き2人の影を出す、残る花弁が少年と幼女の鼻先を掠め、ヒラヒラと石畳みの道に落ちる。


 新入生と父母の視線は石畳みの上をカランコロンと下駄を鳴らして闊歩する親子に集まっている。


 勇也(ゆうや)、15歳、身長174センチ、春風に微塵もなびかない天パ頭、白色を基調にした浴衣にはオレンジ色の帯を締める、チラッと覗かせる赤い(ふんどし)には『ヌシ』と刺繍される。左手には黒塗りの鞘に刀身が納まる日本刀。


 ミルク、3歳(自称5歳)、身長80センチ、春風で乱れるサラサラのオカッパ頭、ピョンと伸びるウネウネのアホ毛は微動だにしない、モンペ•長袖シャツ•腹巻の最強装備、首から下げるのは御利益抜群の『大盤振舞』と刺繍される大きな御守り。


 二人には『苗字』が無い、次の瞬間、自分達に苗字があった事を知る。


『慈桜家ぇえぇぇえぇぇぇぇ!!!! 覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 1000人の新入生の中から1人の少年が飛び出る、見た目の特徴は無い、ごく普通の15歳の少年が拳を握りながら勇也に向かって走る。更にその少年に続くように刀を握った5人の少年が我先にと走り出す。


 勇也は、殺意をむき出しに走る6人の少年に視界を向ける。


「おっ? なんだ?」


「慈桜家!! 覚悟!!」


 先頭を走る素手の少年、勇也まで10メートルの距離、拳を握り締め振りかぶる。


「ミルク? 背中に乗れ」


「むむ!」


 ピョンと飛ぶと勇也の肩にガシッと捕まる。


 眼前3メートルには素手の少年、その2メートル後ろには刀を握る5人の少年。


 勇也は左手に握る日本刀の柄に右手を添える。


「必要無いな」


 と言った刹那、ため息混じりに素手の少年の前から、シュッ! と音を立てて消える。


「消えた!?」


 突如、目の前から消えた勇也とミルク、辺りを見回す素手の少年、だが、「おい?」と背後から肩に手を回される。


 振り向く間も無く、他の少年は勇也目掛けて斬りかかる、正確には背中に乗るミルクごと刀を突き刺さす。


 ズブ!? ズバッ!? ズババ!?


 肉を斬った手応え、だが、勇也とミルクは目の前にはいない、5人の少年の手応えは素手の少年の背中を突き刺し斬った手応えだった。


 素手の少年は体内と皮膚に未知の感触を感じた、ソレが何なのかを脳が理解した時には灼熱の痛みが全身に走った、同時にバタンと地面に倒れ、声にならない絶叫を上げる。


 血糊(ちのり)(したた)る刀、5人の少年は斬った相手には目もくれず、辺りを見回す。


「お前等何してんだ?」


 5人の少年の間を割って入る勇也、地面で俯せに丸まり悶える少年を視界に入れ、横で膝を曲げる。


「大丈夫かぁ?」


「ぐぅあ! うあ! ぐぐ……」


「傷は浅い、大丈夫だ」


 背中から突き刺され、背中を斬られ、肩を斬られた傷はけして浅くはない、少年が瀕死レベルの重症なのは見るに明らか、勇也の感覚を疑うところだ。


 勇也はおもむろに傷口に手を添えるがそれを邪魔するように背後で刃が光り、不意を突くように背後から刀が襲う。


 ブス! ブスブス! と感じる手応えは地面、その場には勇也はおろか悶える少年もいない。


「お前の友達はお前ごと俺を倒そうとしてるのか?」


 離れた位置から勇也の声が届く。


 刀を持つ少年5人はビクッと反応して振り向く、ミルクを背負う勇也と自分達が斬った少年を視界に入れ、生唾を飲み込む。


「と、友達じゃ……無い」


 既に絶叫を上げる力も無い、ぐったりと身体を勇也に預ける。


「それなら納得だ、とりあえず俺がいたらお前が斬られるから……」


 視線を1000人の新入生と父兄に向ける、助けを求める表情では無い、1人1人を選別するように見ている、そして、その目は————


「あ、(あか)い眼……」


 ザワつく校庭内、勇也の目に視線が集まり、「(あか)()だ」「(あか)血筋(ちすじ)だ」「(あか)常識(じょうしき)選別(せんべつ)が始まるぞ」と新入生と父兄の中から(ささや)かれる。


 勇也の両目、本来は黒目になる角膜部分が朱色(しゅいろ)に変色、5人の少年はその朱い眼を見て足を震わせ後ずさる。


 『朱の血筋』と呼ばれる一族がいる、その一族の第一子に受け継がれる朱い眼は『万物そのモノを見透す』と言われ、人の形をした神の申し子、神そのものと呼ばれる。


 世界の法律が地図にも載せず『名の無い島』にするのは、朱の血筋が住む土地であり、朱の血筋から人類を護る為と言われている。


 護るというのは譬喩(ひゆ)でしかなく、神が具現化されていたら欲の塊でしかない人類の行動は身勝手な愚行、便利なモノにはリスクがある、というのを考えない3秒後には恩を忘れる御都合主義が表に出る、それが人類であるから朱の血筋を知られない事が護る事になる。


 生物を絶滅出来る力を持つ者がいるなら、生物の中で真っ先に絶滅されるのは人類で間違い無い、人類がいなければ地球は自然のまま在り続けれるのだから。


 その人類滅亡を出来る力を持つ者が朱の血筋であり、人類問わず生物の救いの手になるのが朱の血筋である。


【島の民は、絶滅候補である世界の人類とは根本から違う。】


 島は代々四臣家が、『法律』•『秩序•教育』•『科学』を元に民の抑止力になり、実力主義の元に政治を(おこな)っている。


 所謂、名の無い島の中では世界の人類のような雑魚の悪知恵や御都合主義が通用しないのだ。


 島のピラミッドの頂点に君臨しているのは四臣家で間違いない、だが四臣家が(おこな)っている政治は朱の血筋に絶滅させられない前提の政治だ。


 朱の血筋に人類の法律は関係無く。


 朱の血筋に人類の秩序は関係無く。


 朱の血筋に人類の科学は関係無く。


 朱の血筋には——


 朱の血筋の法律が有り。


 朱の血筋の秩序が有り。


 科学では届かない朱い眼が有る。


 朱の血筋はピラミッドという枠には入らない、ピラミッドの上で輝く太陽になり、人類は朱の血筋に合わせた共存しか無い、太陽が無いと絶滅しか道が無いように。


 その朱の血筋が朱い眼で島の民を()る。


 勇也は父兄を視る、傷を負う少年を視ても初めの一歩を踏み出す者はいない、「ダメだな」と呟き、新入生に的を絞る、誰も動き出そうとしない、視線が合う少年少女の中には後ずさる者もいる、「仕方ねえなぁ」と呆れる。


 朱い眼から黒目に戻し、少年に視線を戻す。


「誰もお前を助けてくれそうにないぞ? 友達いないのか?」


「あ、当たり……前だ」


「当たり前って……」


『勇也!!』


 新入生1000人の中から勇也を呼ぶ声。


 声のした方に視線を向ける、すると人混みを掻き分けるように1人の少年が現れた。


「おぉ!? 蒼!! 久しぶりだな!」


「アオじゃ! アオじゃ!」


 両手には丁字型のガントンファー、V字になる前髪を揺らし勇也の元に走る。


「勇也が朱の血筋だったのか!?」


「朱の血筋? なんだそれ?」


 校庭内は更にザワめく、「蒼?……東桜臣家か!!」「四臣家だ!」、と勇也に対しては畏怖するように後ずさっていた新入生が蒼に対しては好戦的な殺意を向ける。いや、蒼だけでは無い、まだ現れない四臣家に対して殺意を向けていると言っていい。


 勇也は殺意の混ざる校庭内を気にする事無く蒼と会話を始める。


「なんか良く解らんけど、とりあえずこいつを見ててくれないか? 俺の近くにいたら斬られちまう」


「いや、こいつは勇也を殺そうとしたんだぞ?」


「?……素手で俺を殺そうとしたのか? だとしたら、まだまだ修行が足りないぞ? ミルクより弱い、」


 蒼の背後に指を差し、更に続ける。


「そいつ等も俺『等』を殺そうとしてるって事か?」


 不意を突くように蒼の背後から二本の刃が襲う、ガヂンッ! ガギン! と勇也に笑み顔を向けながら、ガントンファーで刃を受け止める。


「そうだな」


「俺等なんかしたか?……まさか! ヌシを食っちまったから怒ってるのか!?」


「(何も知らされてないのか? まぁいい……)、詳しい事情は後だな、と!」


 バヂィン!! と青白い紫電が刀を伝い手から腕へと流れる、少年2人は一瞬の雷撃に両手が麻痺、刀を落とす。


 振り向いた蒼を確認した時には、ガントンファーは風を切り、痺れて自由の無い腕に強打、ボギン! ボキィ! と骨折した音が届いたと同時に喉を割る絶叫が出る。更に、ガントンファーは風を切り、2人の少年の胸へガントンファーの先端部を付ける。


「運が良かったな」


 ……と一言、パチィと弱く小さい青白い光が出る。


 ガントンファーの先端部から少年2人の胸を伝い、横隔膜を硬直させる。息を止められ、肺が呼吸する機能を失う。


 2人の少年へ襲い来る恐怖、酸素を失った肺は二本足で立つ自由を奪い、地面に両膝を着ける、身体は酸素を求めるように身悶えるが満足する酸素量は喉を通らない。微量に入る酸素だけで命を繋いでいる、死も気絶も無い苦しみのみの拷問。


 蒼はチラッと残り3人の少年へ視線を向ける、同時に地面を蹴り芝を抉りながら走る。


 残り3人の少年は、蒼の踏み込む早さに着いていけず半歩下がる、しかし、半歩下がった時にはガントンファーは1人の少年の胸に先端部を付け、パチィと青白い光を出す。死も気絶も無い苦しみが少年を襲う。


 残り2人の少年は、刀を握り込み迎撃体勢を取るが、ガントンファーは風を切り刀二本を粉砕、トンットンッと少年2人の胸にガントンファーの先っぽが付く。


東桜臣家(おれ)が相手で良かったな」


 返答する間も与えず引き金を引く。


 パチィと音が聞こえ身体が硬直した瞬間、視界は歪みながら白い世界へと入って行く、死も気絶も無く、身悶えるしか無い、苦しみだけの拷問が始まった。


 刀を持った少年5人を圧倒的な武力差で一掃、そのまま歩を進め勇也の元に行く。


 ミルクは目を輝かせながら蒼を見る。


「アオのまほうじゃ!」


「魔法と人体の構造を利用した『おしおき』だ」


 ザッとこんなもんだと口元を笑わす。


「便利な武器だな」


 勇也はガントンファーをマジマジと見る。


「朱の血筋なら、こんなのを使わなくても同じ事が出来るだろ?」


「同じ事?」


「『蘇体(そたい)』を同じ状態にすればいいだけだ」


「おぉ! 出来る出来る!」


「自分の能力に自覚無しだな、ヌシも……まぁいいか、とりあえず……」


 視線を移し、勇也の腕の中で悶える少年に向ける。


「朱の血筋に手を出したんだ、自業自得と思ってこのまま死ぬか学園を去るかを選べ」


 容赦の無い言葉、振り返り5人の悶える少年に視界を向け、更に続ける。


「お前等もだ、自分達がした事を理解しているなら、今死ぬか学園を去るかを選べ」


 ???……勇也は頭に? を浮かべる、背中におぶさるミルクは「選ぶんじゃ!」と、さも自分が倒したようにカッコつける。


「蒼? 学園ってなんだ?」


「勇也はなんでココに来たんだ?」


 質問に対しての質問返し、これは話すと長くなるという蒼の意思表示。


 勇也は蒼とは一緒にいた時間は短いが意思表示に気づかない程蒼との付き合いは薄くは無い、巨漢熊(ヌシ)との一戦を共闘した2人の付き合いは濃密と言ってもいい。


「ガキの頃から世話になってる山の神に、ココを縄張りにすれ、って言われて連れて来られた」


「山の神?、(大ジジだな……)、四臣家って名前を聞いてないか?」


「住む場所は、四臣家の連中が知ってる、とかなんか言ってたな、この家はダメなのか?」


「ココは学園だ、住む場所じゃない。

 それと、俺は四臣家の一角東桜臣家だ、他にも北•西•南の桜臣の名前を継ぐ連中がいる」


「蒼が四臣家なのか!? 良かったぁ、知らない街で知らない連中と友達になれって言われて諦めてたんだ」


 蒼が四臣家と知り安堵しているのは仕方がない、勇也は人里離れた山奥の更に奥の森の中から出て来たばかり、朱の血筋とはいえ人間関係に関したら超草食(こじらせ)系、自分で自覚するぐらい人付き合いが苦手だ。


 勇也の事情や四臣家の事を何も知らされてないと蒼は確信する、そして「四臣家として教えられた朱の血筋とは違う」と思い、勇也の言う山の神にイラだちを覚える。


「考えても仕方がないか」と呟き、新入生に視界を向けて、簡潔に現状を伝える。


「この校庭内には1000人の新入生がいる、こいつ等は『慈桜家』という理由だけで、あらゆる手段を使い勇也を殺しに来る」


「慈桜?」


「勇也の苗字だ、四臣家は慈桜家に刃を向ける連中から、勇也とミルクを護る、他にも色々と事情はあるが細かい説明は後だ」


「慈桜か……変な苗字だな、とりあえず全員倒して縄張りにすればいいんだな?」


「いや、中には慈桜家や四臣家に対して好意的な連中もいる、その辺は俺等の代の四臣家がどんな政治をして行くかで変わるが……、……何してるんだ?」


 勇也は悶える少年を仰向けにしながら地面に寝かせ、胸に右手を置いた。


 右腕にクッと力を入れると、少年は「カハッ!」と吐血、息が荒くなる少年を俯せに寝かせ、傷口に右手を添える。


「蒼? 殺す必要もココから追い出す必要も無い」


 朱い眼になりながら少年の傷口に左手を添える、額から一滴の汗を流す蒼、勇也は両手に力を入れ傷口を圧迫しながら更に続ける。


「弱かったら修行して強くなればいいし、何度でも挑んで強くなればいい、俺だってヌシに勝つまでに10年もかかった、それも蒼と一緒に闘ってやっとだ」


 チラッと蒼に視線を向け口元を笑わす。


「あ、あぁ、(蘇体治療? 朱い眼になるだけじゃなく蘇体治療まで? ますます聞いてる朱の血筋と違う)」


 朱い眼になるだけでは無く、蘇体治療という科学を越えた能力で『老死以外の病気と怪我を治す』、朱の血筋が神と呼ばれる由縁の能力になる。


 勇也は朱い眼と蘇体治療を既にその手に握る、だが、蒼が東桜臣家として知る朱の血筋では有り得ない。


 まだ、朱い眼にはなれない筈。


 まだ、蘇体治療が出来ない筈。


 蒼の頭の中では自分が知る朱の血筋と今の勇也で錯綜していた。


 勇也は傷口を圧迫するように両手を添え蘇体治療を繰り返す、ただ手を添えているようにしか見えないが出血が止まり傷口が閉じ瘡蓋(かさぶた)になる。


 蘇体治療をしながら、過去を振り返るように話す。


「ヌシは自分の縄張りに入って来た弱い者を追い出したりしなかった、『命があるなら何度でも挑んで来い、俺もお前が挑んでくる限り容赦しない』、と言っていた、実は命を助けられた事もある、

 ヌシにしてみれば俺をいつでも食えた、それでも俺を生かしてたのは『挑んで来る連中がいない』からだ、俺は強い者の孤独と強い者が弱い者を強くする責任がある事をヌシに教わった、

 最初から強い人間なんていない、強さが何かを教え、お互いに手加減出来ないレベルまで強くなったら……死ぬのは結果、死んじまったら感謝して弔う、

 それまでは『弱い者は強くなる資格がある』、死ぬ必要も去る必要も無い」


 パンッ! と少年の背中を叩く、「イダッ!?」と声を上げる少年を仰向けにする。


「傷口は塞いだ、痺れは数日で消える、無理して動いたら傷口が開くから気を付けろ」


「薬草じゃ! 痛くなったら飲むんじゃ!」


 ミルクが出したのは陶器の小瓶、勇也は小瓶を取り少年の手に握らせる。


「痛くなって熱が出たら飲むんだ、1日2錠までだぞ」


 勇也とミルクはまた挑んで来いと言うような笑顔、少年は2人の表情を2秒程見ると視線を逸らす。


「一発でも入れば……」


「見くびられたもんだな、あんな隙だらけじゃ一発も当たらん」


「修行不足じゃ!」


「学園を去らなくても?」


「俺はココを縄張りにする、居心地が悪かったら去ればいいし居心地が良いならいればいい、自分の事なんだ自分で決めろ」


 勇也は少年を支えながら立ち上がる。


 ミルクは少年の肩にある瘡蓋(かさぶた)を見る、腹巻からコンパクトケースを出すと足の力だけで器用におぶさり両手を自由にする、パカッとコンパクトケースを開くと中には塗り薬、力加減が出来ない強い肉体から少年を傷付けないように、プルプルと指先を震わせながら傷口に薬を塗って行く。


 勇也とミルクらしい少年への対応だと蒼は思う、しかし、自分が知る朱の血筋とは違う、そもそも、何故山奥の森の中にいた? それに何故ミルクが生まれている? 朱の血筋は20年起きに生まれその年に合わせて四臣家の第一子目は生まれる、そして『朱の血筋の朱い眼開眼』に備えて四臣家が朱の血筋を護れるように育てられる。


 自分が知る全ての常識が勇也とミルクには当てはまらない、更に————


「(いや! 待て! 『ミルクが産まれてる!!?』、朱の血筋が子供を作った!……は、母親は!?)」


 自分の知識の中から確信しか無い、半年前に感じた絡まる糸が解けていく、半年前に感じた悲しみを背負うミルクの小さな背中が脳裏から蘇る、四臣家として理由を聞かない訳にはいかなくなった。


【ミルクと母親を離れ離れにした理由】


 その理由により、自分は四臣家として勇也の敵に回る可能性がある、額に汗を溜めながら視線を向ける。


「勇也?」


 しかし——


「ぐわっ!!」「ま! 待て!」と新入生の中から悲鳴が届く、勇也に向けた視線を新入生の中へ向ける。


 新入生の頭上から振り下ろされる黒い刃、血飛沫(ちしぶき)が空中に咲いた瞬間、更に黒い刃が振り上げられ、大量の血飛沫が黒い刃を追うように空中に咲く、四方八方に振られる黒い刃は悲鳴という雨音と血の雨を降らす。


 黒い刃から逃げるように新入生は道を作る、十戒の海を思わせるその先には男子生徒のみを斬る茶髪の少女。


 西桜臣(さいおうじ)分家(ぶんけ)松庭(まつば)美礼(みれい)


 切れ長の目からは殺気が溢れ出し見た者を金縛りにさせる、黒刃•村雨はその殺気に呼応するように血を求め肉を斬り血の雨を降らす。


 十戒の海のように割れた道は更に広がり、松庭美礼から半径5メートルの距離を空ける。


「なんやねん、斬り足りんなぁ」


 舌打ち混じりに周囲を見回す、新入生は更に1メートル後ずさる、血に染まる制服、血に染まる黒刃•村雨、頬を流れる返り血が口に入り、不快な表情を浮かべ、ペッと吐き出す、その姿は新入生に恐怖という抑止力を与える。


 美礼の後方、十戒の海のように割れた道にスッと静かに現れたのは白刃•村雨を左手に握る桜庭(さくらば)礼実(あやみ)、血生臭い道に足を踏み入れても微笑み顔は変わらない。その隣にはアンゴラウサギのリュックサックを背負う渓谷(けいこく)(あかね)、携帯情報端末で倒れた生徒を撮影する。2人は歩を進める美礼の後に続く。


 黒刃•村雨と白刃•村雨に西桜臣家だというのは島の民なら解る、抜き身の村雨を持っていても、『秩序と教育』を乱さなければ民としてはただの抑止力であり、不穏分子から民を護る抑止力。


 しかし、今現在『秩序と教育』を乱したのは勇也に強襲をかけた6人、黒刃•村雨は護るべき民を斬った事になる。


 美礼は黒刃•村雨の長柄で肩をトンットンッと叩く、切れ長の目は殺気を膨らませ、ドスを利かした口調で勇也に言い放つ。


「なぁ〜〜〜〜に甘え腐った青春を送ろうとしとんねん? あぁ?!」


 効果音は無い、しかし、美礼が勇也を睨み付ける殺気は見ている新入生にドンッ! と衝撃を与える。


 蒼は美礼の人を選ばない行為、所謂、『秩序と教育』を乱していない新入生に対しての斬撃に怒りを覚える。


「おい!! 何してんだ!? この6人以外は『まだ』秩序を乱してないだろ!?」


「あぁ?」


 殺気で突き刺すような切れ長の目を蒼に向ける。


「東のアホ? 忘れたんか? 私の前に(アホ)が立つ事があかんやろ、秩序を言うんやったら見当違いや、秩序なんぞ『二年半前』に乱れとんねん、そこの天パと友達ゴッコをするんやったら、お前『も』殺すで?」


「『も』? だと?」


 蒼は二年半前というワードから勇也を見る。


 額から大量の汗を流し「まずい、コレは予定外」と呟く勇也、その背中に乗るミルクはウネウネのアホ毛をピンッと伸ばし表情に動揺を浮かべる、塗り薬を塗っていたプルプルと震える小さな指先はピタッと止まり、少年の肩の傷口にズブッ! と刺さる。


「イダァッ!?」


 少年は不意を突く激痛に叫び上げる、その瞬間、全身に力が入り瘡蓋になっていた傷口が開く、灼熱の痛みが込み上げ悶絶する直前でバッ! と蒼に向けて投げられた。


「蒼! 逃げるぞ!? そいつを担いでくれ!?」


「お、おう!」


「待てや! ドアホコンビ!!」


 殺気を更に上げ黒刃を2人に向ける、勇也と蒼は向けられる殺気から背中を見せられないと感じ取り足を止める。


 美礼は勇也に視線を向けながら2歩前に出ると更に続ける。


「天パ? ミルクちゃんを母親のアヤちゃんに『返して』死ぬか、斬られて死ぬか選べや」


 はい!?……衝撃を受ける茜は「えっ!? 子供!? えっ!?」と困惑しながら礼実と勇也を交互に見る。


「死ぬしかないのか!?」


 選択肢が死ぬしかない勇也は驚愕する。


 美礼の殺気から勇也を殺すというのは本気、だが、一方的過ぎると蒼は思う、何故、母親である桜庭礼実とミルクを離した、という理由がはっきりしていないのだ。


「ゆ、勇也?」


「なんだ!? 死ぬしかないのか?!」


「いや、三択目はある、その前に知ってて欲しいのは、あの変な訛りがある女は西桜臣分家、四臣家だ」


「……、……アレが四臣家?」


 蒼から美礼に視線を移しゆっくりと蒼に戻す、顔を引き攣らせ本気でイヤですと言いたげに続ける。


「どうやってあんな殺人鬼と友達になるんだ? 自信ねぇよ、都会怖えよ」


「誰がイカした訛りの絶世の美女やねん?」


「イカしてねぇよ!」


 間髪入れず蒼がツッコミを入れると、続けて勇也が言い放つ。


「イカが好きなのか!? ミルク!? イカが好きなようだ!! 海に行くぞ!!」


「イカってなんじゃ!? ウミってなんじゃ!?」


 訛りを聞き慣れない勇也には『イカ』と『絶世の美女』しか聞き取れていない、イカを食べて絶世の美女になる、と勘違いしている。ミルクに関したら問題外、イカはおろか海も知らない。


 話しの流れから有り得ない聞き間違いだが、訛りを聞き慣れない人間には仕方の無い勘違いだ。


 天然か? と思う蒼と美礼、素で勘違いしている為、ツッコミが入れにくい、蒼は横道に逸れる話しを戻す。


「勇也? 西の本家が嫁なのは『決まっている事』だから良いが、四臣家としてミルクと母親を離れ離れにした理由を聞きたいんだが?」


 【『とある事情』を抱えた西桜臣家の人間は、同じ西桜臣家の人間から護られる対象になる】


 その『とある事情』とは、万物を視る朱い眼を持つが故の事情が関係する、簡潔に説明をすると朱の血筋は人類の中で『唯一、異性に見える西桜臣家の人間』を結婚相手にする。


 勇也の代では、桜庭礼実と松庭美礼が勇也の結婚相手の候補になり、優先権は本家にある為、桜庭礼実が勇也の結婚相手として選ばれている。


 四臣家や島の民ならソノ事情を知っている為、勇也と礼実の事情は気になる部分は多々あるが目をつぶれる、問題は『オカッパ頭の幼女』。


 父兄も新入生も暖かく見守りたい元気いっぱいのオカッパ頭の幼女だが——


『何故、産まれてる? 20年置きに産まれる筈ではないのか?』


『何故、一緒に暮らしてない? 朱の血筋の教育は箱入り教育の筈ではないのか?』


 ……と歴史を否定した現状に島の一大事を予感させる。


 蒼はただの夫婦問題や家族問題なら立ち入った事は聞かない、だが、朱の血筋の問題となれば四臣家として傍観する訳にはいかない。


 朱の血筋の異変は、夫婦問題や家族問題だけでもそのまま島の一大事になるのが歴史にも刻まれているのだ。


 夫婦問題は、夫婦の営みが無ければ朱の血筋の絶滅を意味している、現状ではミルクが産まれている為、大きな問題は無い。


 家族問題は、西桜臣家が朱の血筋を見捨てるような事があれば、『民は』、朱の血筋派と西桜臣家派に分かれ、更に朱の血筋の絶滅を望む革命派が生まれる。


 朱の血筋の夫婦問題と家族問題は島に戦争の火種を作る、四臣家は歴史から学び、この構図を生まない為に役割として政治を行っている。


 その四臣家の中でも、東桜臣家は役割から朱の血筋派•西桜臣家派•革命派にも属さなく、『正しい派』の解明と立証をする立場になり、板挟みになる。


 矢面に立たされた勇也は表情を引き攣らせる、額からは大量の汗、ミルクも同じく大量の汗を流している。


「いや、話すと長くなる、的な」


 事情を隠すように目を泳がせる、蒼の期待する答えは出ない。


「パパ、早く逃げるんじゃ」


 内緒話しをするように小声で言う。


 そのミルクの言葉にピクッと反応したのは蒼と礼実。


 蒼はこのままでは勇也に味方出来る大義が無い、東桜臣家として西桜臣家の肩を持つしか無くなる、ミルクに聞くしかなくなった。


「ミルク? なんで母親から逃げるんだ?」


「ママは鬼なんじゃ、ワタキとパパは逃げるしか無いんじゃ」


「(鬼? 虐待か? いや、そのまま受け取る訳にはいかないな、そもそも虐待は西桜臣家の人間性から有り得ない、勇也の人間性から考えて……)、そうか、わかった」


 チラッと茜に視線を向ける、2人はアイコンタクトをする。


「(茜? 俺は勇也に付く)」


「(!、勇也さんに大義は無いよ!?)」


「(俺の知る勇也とミルクからでは『有り得ない』、茜は茜で西の本家を『診察』してろ)」


「(……わかった)」


 アイコンタクトを終わらす、蒼は勇也に視線を向ける、すると——


「ミルク、何故、母が鬼なのですか?」


 ……と礼実の声が届く、その瞬間。


「蒼!? 逃げるぞ!?」


 勇也は美礼の隙を突くように南側の大門に向けて走る。


「お! おう!」


 蒼は少年を背負い後を追う。


「待てや腐れコンビがぁ!?」


 一歩出遅れた美礼は走る2人の後を追う。


 勇也はミルクを背負い、蒼は少年を背負っている、その為、南側の大門を潜る前には美礼に追い付かれる、チッと舌打ちをする蒼、自分が時間稼ぎをしようと振り返った瞬間。


「東桜臣家、朱の血筋を頼んだ」


 !……美礼の前に2人の少年が立ちはだかる。


 声変わりの終わる声で蒼に向けて言った少年は、中指でメガネをクイッと上げながら立ち止まる美礼を見る。


 身長183センチの長身、髪型はオールバック、メガネをかけた秀才感しかない無表情、威圧している訳では無いが長身とオールバックと無表情が重なり、何もしていなくても威圧感がある。ブレザー制服を着ている。


「なんやデカメガネ? 邪魔するんか?」


「東桜臣家行くんだ」


 美礼から視線を逸らさず蒼へと促す。


「お、おう! 後は頼んだ!」


 メガネをかけた長身の少年に言われるまま向き直り、勇也の後を追う。


 チッと舌打ちをする美礼、メガネをかけた長身の少年から隣にいる少年に視線を移す。


 その少年は、身長165センチで線の細い体格、中性的な顔立ちはパッと見ると女性、髪型がショートレイヤーでスラックスのブレザー制服を着ていなかったら女性と見間違える綺麗さがある。美礼の視線を気にする事なく完全無視、その視線は逃げる勇也とミルクに向けられる、2人の背中に会釈をすると向き直って美礼を見る。


「邪魔するみたいやな」


「邪魔ではなく役割です、」


 女性を匂わす澄んだ声、美礼よりも女性を感じる中性的な少年は切れ長の目から向けられる美礼の殺気に物怖じせず更に続ける。


南桜臣(なんおうじ)分家(ぶんけ)長男(ちょうなん)堀井(ほりい)竪郎(たろう)です、西桜臣分家の朱の血筋に対しての無礼、見過ごす訳にはいきません」


南分(みなぶん)かい、ほんなら、そっちのデカメガネは北か?」


 南分とは南桜臣分家の略称、北とは北桜臣家の略称になり四臣家を略称で呼ぶ事が少なからずある。


北桜臣(ほくおうじ)()長男(ちょうなん)里見(さとみ)真一(しんいち)、短い挨拶で申し訳ないが西桜臣分家に聞きたい事がある」


 メガネをクイッと上げ美礼からの返答を待つ。


「北と南分が『私に何を聞きたいんや?』」


 西桜臣分家に聞きたい、に対して、私に何を聞きたい、と返す。


 真一だけではなく蒼も勘違いしている、美礼は一度も自分が西桜臣分家だとは言っていない、そして礼実も自分が西桜臣本家だと言っていない、四臣家として自己紹介をした蒼に対して、よろしくお願いします、とまで言っている、2人は西桜臣家としてこの場にいる訳ではない。


 だが、2人の意図に気づかない真一は2人が西桜臣家という前提で話す。


「西桜臣家が朱の血筋に弓を引く理由を聞きたい、先程の西桜臣分家の言い分だけでは『北桜臣家が知る事実』と食い違いがある、『返して』とはどういう意味だ? 『納得の上の了承』と聞いているが?」


「なんやソレ、アホくさ、要するに邪魔するんやな?」


 くだらない、聞く耳持たない、と言いたげに黒刃を2人に向ける。


 真一はメガネをクイッと上げ視線を礼実に向ける。


「西桜臣本家、北桜臣家は『納得の上の了承』と聞いている、間違いは無いか?」


「……。」


 返答をしない、表情も微笑み顔のまま。


 真一は返答を待つが礼実は口を微塵も動かさない。


「答える気は無いようだな……」


 礼実に向ける真一の視線をスッと斬るように黒刃が横切る。


「何を勘違いしとんねん?」


 ……と美礼が言った瞬間、新入生の中から女袴の制服を着た少女等が次々と現れる、その手には薙刀、真一と竪郎を囲うように円を作り、総勢100人の古白街出身の少女達が2人に切っ先を向ける。


 真一と竪郎は100の刃を向けられても表情を一つも変えない、少女等には目もくれず、メガネをクイッと上げ会話を続ける。


「勘違い、とはどういう意味かを聞こう、更に『四臣家の乱』を思わす今の(おこな)い、朱の血筋に挑むなら大人達のいない明日にすればいい、何故、大人達に四臣家の乱れを思わす今日を選んだ?」


「四臣家の乱? どれだけ勘違いしとんねん? その女等はお前等がアヤちゃんに弓を引かんか見とるだけや、もちろん、弓を引くんやったら容赦無く殺らせてもらうで?」


「回りの女等の事を聞いてる訳では無い、こちらに弓を引くなら『四臣家として容赦しない』だけだ、

 北桜臣家として聞きたいのは『納得しての了承』にも関わらず、何故、西桜臣分家が朱の血筋に弓を引く? という事だ」


「『納得するしかない状況』とは聞いてへんのか?」


 真一の問いに対して違和感、会話が噛み合っていないと言った方が正しい、『何を聞いて朱の血筋に味方する』と言いたいが、美礼の知る北桜臣家と南桜臣分家の役割からソレを言っても意味が無いと理解している、真一の次の言葉を待つ。


「納得するしかない状況だとしても……朱の血筋の一つ種が現れた時に行動を起こし、『大義は西桜臣家にあり、秩序の元に朱の血筋を裁く』、と大人達に言っている、ように見えるが?」


「ほんまの話しを聞いとってソレなら『男と女の考えの違い』やな、私としてはお前等『も』殺す価値十分や、

 どの道アレやな、北と南分やとどんな理由でも朱のアホを肯定するやろ?」


「……。」


「なに黙っとんねん?『母親が子供と離される理由が、納得するしかない状況やった』、それだけや、それを男として四臣家として、『母親が納得していた』、と受け取るアホなら、聞きたい事がある言われても私としては話しても意味ない、お前等も聞く必要は無い、ちゃうか?」


「『母親が納得するしかない状況』だとしても、南桜臣分家は朱の血筋を肯定する」


「朱の血筋が黒でも白だと肯定し護るのが南分の役割や、私がアヤちゃんを護るのとなんも変わらん、とりあえずどっちから殺されたいんや?」


「だが、……」


 黒刃•村雨を両手で握るのを制止する、「なんやねん?」と気怠く言う美礼に対し更に続ける。


「北桜臣家の役割は慈桜家代行、『理由により』朱の血筋と母親に対しては両立だ、しかし、俺が知る事実からでは、西桜臣分家が朱の血筋に弓を引くには理由が浅い、聞いてから判断する」


「お前の答えがどうやろうと『私の前に立つ』んやったら殺すで?」


「勘違いされたまま殺して満足するなら殺すがいい、東桜臣家の大義が朱の血筋に傾くだけだ」


「……。」


 美礼は表情を変えない真一に対し鼻から息を出す、馬鹿にしている訳でも東桜臣家の大義が傾く事に動じている訳でも無い、『北桜臣家は朱の血筋と西桜臣家の夫婦に対しては両立』、真一は親から聞いた真実では無く、自分の目で見て聞いた真実で判断する、と言っているのだ、美礼は鼻から息を出して大笑いしたい気持ちを抑えているように見える。


 2人に向けていた黒刃を引く、柄頭を石畳みにカツン! と当てる、すると、100人の少女は真一と竪郎に向けていた刃を振り上げ、カツン! と一斉に柄頭を地面に付け起立した。


 そんな中、微笑み顔で立つ礼実の横で兄の逃亡劇を見ていた茜は、古白街出身の100人の少女を鼻血を出しながら携帯情報端末で動画撮影していた。

 この時点で茜を東桜臣家と知る者は美礼と礼実しかいなく、新入生や父兄は東桜臣家の14歳の長女が学園にいるとは誰も思わず西桜臣家の『お小姓』だと思っている。


 真一はメガネをクイッと上げザワつく新入生と父母の方へ視線を促す。


 その促しに美礼は舌打ちをする、真一の視線は『四臣家の乱で無いなら、初めに言う事があるだろ?』と促しているのだ。


 呟くように「めんどくさ」と言い捨て、ザワつく新入生と父兄の方へ振り向く。


「なんや? 学園では『私個人の実力で返してもらったらあかんのか?』、文句があるんやったら学園に足を踏み入れん方がええで?」


 ザワつく新入生、中には美礼が斬った事に対する罵声もある、しかし、その罵声に対し「私の前におるのが悪い」と一掃、100人の薙刀を持つ少女等は罵声を放つ新入生に対し切っ先を向ける。グッと奥歯を噛み締め新入生は口を塞ぐ事を余儀なくされる。


 美礼はチラッと父兄を見る、罵声は一切無く自分を肯定するように口元を笑わせている、真一の方へ向き直り。


「これでええんか?」


「うむ、……」


「なんや? 納得してないようやな?」


「うむ」


「うむ、ちゃうやろ、なんや? 時間稼ぎしとるんか?」


「違う、先程から西桜臣本家を護る西桜臣分家としてでは無く、松庭美礼個人として話しているように感じる」


「なんか不都合でもあるんか?」


「あくまでも西桜臣分家や西桜臣家としてでは無く、『学園内での実力行使で松庭美礼個人が慈桜勇也個人に挑み、一つ種を返してもらう』、という事だな?」


「誰がいつ西桜臣家やと名乗ったんや?」


「うむ、それならば『南桜臣分家としては朱の血筋から指示を待たねばならない』、北桜臣家としても朱の血筋と母親の両立も出来る」


「ほんならソコをどいて……」


「だが、父兄への詰めが甘い、」


 真一はメガネをクイッと上げ父兄に視界を向ける、「何が甘いっちゅうねん」と吐き捨てるように言う美礼を無視し父兄に向けて言い放つ。


「集まる大人達の耳を借りる!」


 真一らしくない大きな声、父兄は視線を向ける、ザワつく新入生を無視し父兄にのみ伝えるように更に続ける。


「西桜臣分家は松庭美礼個人として慈桜勇也に挑む! けして西桜臣家の朱の血筋に対しての下克上(げこくじょう)では無い! もしも西桜臣家が朱の血筋に対して不穏あると口に出す者がいれば! 法律を元に南桜臣本家が裁きに行く! ここにいる大人達は今この時より! 南桜臣本家が監視をしていると思え!!」


 どんだけの大事やねん、と吐き捨てる美礼、自分が勇也に挑んで何が悪いと言いたげに舌打ちをする。


 ザワめく父兄、しかし、そのザワめきはヤンチャな同級生に振り回される委員長を見ているように感じる。


「北の坊ちゃん! わかってるぞぉ!?」


「慈桜家の代行は代々大変だなぁ! 頑張れよぉ!」


「西の分家ぇ! 頑張れよぉ!!」


「あまり北桜臣家を振り回すんじゃないよぉ!!」


「お前等も朱の血筋や四臣家に負けるなぁ!」


 四臣家や新入生に向けて声援が放たれる、真一はメガネをクイッと上げ、美礼は舌打ちをする、新入生は真一や美礼を肯定する父兄に動揺、学園とはそういう所だと改めて教わる。


 もしも、美礼が個人的にでは無く、西桜臣家として動いていると誤解されれば学慈街の外では西桜臣家派が出来上がる、真一は北桜臣家として小さな火種さえも消す必要があった。


 美礼の立ち位置は、四臣家として本人が思っているよりもデリケートな立ち位置なのだ、しかし、そのデリケートな立ち位置でも『西桜臣家』として許される誰しもが肯定する暴挙がある。


 その暴挙とは——


 黒刃•村雨の前に『男』が立つ事はどんな理由があろうが通り過ぎるだけでも罪、美礼の後ろにいる白刃•村雨を持つ礼実は朱の血筋の結婚相手であり、朱の血筋の子に唯一人間的な愛情を与えれる存在なのだから。


「しらけるわぁ」


「四臣家の問題や朱の血筋の問題は学慈街だけでは無くなる問題なんだ、これで片付いたと思うな」


「そんなもん知るかい、ブチブチ言うアホがおるなら斬ったらええんや」


「……、まぁいい、東桜臣家がどう動くかは解らないが北桜臣家は両立、南桜臣分家は朱の血筋の指示待ちだ、

 北桜臣家として西桜臣本家からは『母親としての真実』を聞かせてもらう、構わないな?」


「……。」


「自分からは話す気は無いか、西桜臣分家?」


「あのアホ天パは殺す、東のアホV字も私の前に立つなら殺す、私の答えは変わらん、それでも聞きたいんやったら着いて来たらええわ」


「どこに行く?」


慈桜家(てんぱ)()屋敷(はか)


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