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魔王伝(休載中)  作者:
第一部 アーレンブルグ編
4/4

其の四

 カリムの常駐するバーレンス砦までは馬を走らせて二日という距離だ。しかしそのためにはモーリス平原の傍を通らねばならず、敵との遭遇確率も高くなる。そこでダリル大森林を北に抜け、タリム渓谷を抜けることにした。移動距離は長くなるが、このルートならば敵に見つかる可能性は低い。

 ネロは自身の部隊である二百騎を率い、カインと共にバーレンス砦へ向けて進発した。驚くことに、カインは見事に馬を乗りこなしてみせた。そのこともあり、当初タリム渓谷までは五日かかると思われていたが、三日目の正午にはタリム渓谷にたどり着くことが出来た。

 タリム渓谷は狭く険しい道のりが続く。すぐ横には深い谷底が口を開けていた。落ちれば命はないだろう。


「見られてるわね」


 ノンが小声で話しかけてきた。

 ネロは周囲に視線を走らせる。人影はない。しかし見えないところから、こちらを窺っている複数人の気配を感じ取っていた。数は十人ほどか。


「恐らくカリムのところの斥候だろう。俺たちが出発する前にカリムのところに伝令を走らせている。カイン様がここにいることは向こうも知っているはずだ」


「それならいきなり攻撃される心配はないわね」


 渓谷を進んでいると、道を塞ぐように武装した男たちが立ちはだかった。交戦派、カリムの私兵たちだ。


「そこで止まれ」


 男たちが剣を突き出してくる。ネロは馬から降りると、男たちと向かい合った。


「カイン様をカリムのところまでお連れせねばならん。話は通っているはずだが」


「ああ、聞いている。渓谷から砦までの道には多くの罠が仕掛けられており、危険だ。我らの後についてきてくれ」


 そう言って、男たちが歩いていく後ろをネロたちは進んでいく。

 渓谷を抜けると、平原に出る。少し離れたところに小高い山があり、その頂上にバーレンス砦が建てられていた。自然に守られた要塞といったところか。山を囲うように森が広がり、山は急峻な坂になっている。

 男たちは森に入ると、細い獣道のような場所を曲がりくねるように進んでいく。ネロたちには分からないが、どこかに目印があり、それを頼りに進んでいるのだろう。

 森を抜け、山の麓まで来ると、そこには兵舎や牧場が建てられた広場が存在していた。広場には多くの武装した兵士たちの姿が見える。


「馬は牧場へ預けておいてくれ」


 男の言うままに、馬を牧場に預ける。

 そして次は坂を登っていく。やはりここにも罠が仕掛けられているらしい。男たちは複雑なルートを描きながら、坂を登っていった。

 そうしてたどり着いたバーレンス砦の入り口には、一人の巨漢が佇んでいた。小山のような体躯を真紅の具足に包んでいる。日に焼けた浅黒い肌、そして口元を覆い隠すように生えた鬚。瞳は大きく、覇気に満ちている。


「カリム」


 カインが巨漢の男の前に立ち、手を差し出す。


「久しいな、カインよ」


 巨漢の男、カリムは口元を釣り上げると、カインの手を力強く握り返した。

 砦に入り、ネロたちは広い部屋へと通された。壁には周辺の地図が張られ、いくつもの書き込みがされている。どうやらここが軍議室なのだろう。


「長旅に疲れただろう。今、宴の準備をさせている」


「心遣い感謝する」


 カインが微笑み、カリムもそれに頷きで返す。

 思想の対立から袂を分かった二人だが、仲が悪いというわけではなさそうだ。


「それで、話というのは何なのだ」


「ああ。カリム、私たちのところに戻ってこないか?」


「その気はない」


 即答だった。カリムの顔には何の感情の色もない。最初から決められている事実をただ口にしただけのようにも見える。


「しかし、帝都の攻撃は日々激しさを増しているはずだ。お前たちも限界なのではないのか」


「確かに、ここ最近の帝都の攻撃は激化している。だが、我らに撤退の二字は存在せぬ。勝てぬ戦だとして、退くわけにはいかぬ」


「お前たちがここで戦ってくれているからこそ、ネビュラの民は安寧の日々を手にすることが出来ている。お前たちが民を守るために戦っていることも理解している。だが、私からすればお前たち兵士もまた無辜の民なのだ。その命が日々消えていくことに、私はもう耐えられん」


「では、どうするというのだ。お前のところの軍も我らに加わるか? それとも全員で降伏でもしようというのか。奴らがそれを受け入れるとは、到底思えんな」


「私はお前に死んでほしくないのだ。ダリル大森林以西の領土でいいではないか。我らが一丸となれば、あの領土を守り抜くことは可能なはずだ」


 カインの言葉に、カリムは大きく息を吐き出した。


「カインよ、我らは戦場で死ぬことを恐れてはおらん。むしろ戦場で華々しく散ることに誇りさえ抱いているのだ。俺もまたその一人。俺は死など恐れん。俺が倒れようと、誰かがその後を継いで戦う。それが俺たち男の生き様だ」


 カリムの考えに、ネロは共感を持った。戦士は戦場で散るのが本懐。その考えはネロの中にもある。

 何のために戦うのか。誇りのためだ。戦士としての誇りを守るために男は戦う。


「しかしこのままではお前たちは……」


 言葉は続かず、カインは押し黙ってしまう。


「カイン、お前の気持ちは嬉しいが、それでも我らは戦いを止めるわけには行かんのだ。すまぬ」


 カリムの説得は不可能だと、ネロは悟った。カリムだけではない。ここにいる兵士たちは、皆自らの誇りのために戦っている。彼らを言葉で説得することなど出来るはずがない。

 カインは俯き、その表情を窺い知ることは出来ない。カインとカリムの間にどのような感情があるのか、ネロには知る由もないが、二人の間には強い絆のようなものが結ばれているような気がした。


「そろそろ宴の準備も出来たころだろう。運がいいな。昨日の夜、熊が取れたのだ。我らの野戦料理というものを堪能していくといい」


 豪快な笑い声をあげるカリム。ネロは初めて会うカリムのことを好きになっている自分に気付いた。

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