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魔王伝(休載中)  作者:
第一部 アーレンブルグ編
2/4

其の二

 騎馬隊の調練が行われていた。こちら側から二十五騎。そして相手側からも二十五騎。この選ばれた二十五騎でぶつかり合う。武器は調練用として木剣や先端に布を巻き付けた棒を使う。馬から突き落とされれば、死亡扱いとなり、調練場の外周を走り続けることになる。敵を全滅させるか、または敵の指揮官を突き落とせば、それで決着だった。

 ネロは馬上で指を使って合図を送ると、固まっていた騎馬隊をばらばらに散らせた。しかし、無作為に散ったのではない。五騎ずつの小隊を組み、それぞれがその中の小隊長の指示で動くのだ。そして全小隊五つを束ねるのがネロだった。

 めまぐるしく動きながら、敵の騎馬隊を振り回す。敵の騎馬隊はこちらの動きについて来れず、隊列に乱れが生じ始める。

 ネロはその乱れへと全小隊を突っ込ませた。木剣を振るい、敵を三名突き落とす。敵が持ち直す前に、離脱。再び二十五騎で固まった。敵の損害は七騎ほど。こちらに被害はない。敵の指揮官が歯噛みしているのが見て取れた。


「ははっ、楽しいな」


 ネロは知らず口元に笑みを浮かべていた。

 戦うことが好きだった。自分の手足のように動く軍を作り、敵を粉砕する。そこに無上の悦びを感じるのだ。副官のノンはネロのことを戦闘狂と称するが、あながち間違ってはいないかもしれない。


「ん?」


 敵に動きがあった。敵は縦一列になると、そのままこちらへ向かって疾駆してくる。


「なるほど」


 ネロは敵の意図を読み、笑みを深くした。


「面白いっ」


 敵はこちらへぶつかる直前、左右に分かれた。こちらの騎馬の勢いを殺し、そのまま挟撃するつもりなのだろう。

 それを読んでいたネロは迷うことなく正面を突破する。素早く隊をまとめ、右側の騎馬隊へと攻めかけた。

 敵を次々と突き落とす。左側の騎馬隊が合流しようと駈けてくるが遅い。すべての騎馬を突き落とし、ネロは部隊を二つに分け、敵の突撃をやり過ごす。


「さて、次はどうしてやろうか」


 次の指示を出そうとして、砦の方角からこちらへと駈けてくる一騎に気付き、ネロは戦闘中断の合図を出した。

 駈けてきたのは副官のノンだった。よほどの急いできたのか、馬が潰れかけていた。

 具足を纏い、獲物である二振りの剣を腰に下げたノンは、その表情に焦りの色を滲ませながら、ネロの前で馬を止めた。


「おいおい、そんなに血相を変えてどうした」


「大変なのよっ」


 返ってきた声は年相応の少女のものだ。こちらを見やるその勝気そうな釣り目は、深い翡翠の輝きを放っていた。


「ササリの村に、帝都の軍が向かってるらしいの」


「帝都の?」


「数は五十。全部騎馬隊らしいわ」


「あの辺りには何もないだろう。戦場からも離れている。カイン様はどう言っていたんだ?」


「あたしたちに、様子を見てきてほしいって。ただ、交戦は避けてほしいと」


 つまり斥候だ。ササリの村まで、馬を飛ばして四刻(二時間)といったところか。

 敵が今どの辺りにいるのか分からないが、今から向かえばなんとか間に合うだろう。

 ネロのいる魔人国家ネビュラは、ルクセリア大陸の最西に広がるダリル大森林と呼ばれる深い森を抜けた先に領土を持っていた。領民は三万ほど。彼らを取りまとめるのが、カインと呼ばれる男だった。

 カインは和平派と呼ばれる派閥の筆頭であり、帝都アーレンブルグとの和平交渉を試みようと模索している。そしてカインと対立するのが、カリムを筆頭とする交戦派だ。彼らは帝都アーレンブルグに奪われた領土の奪還を掲げ、日々戦いに明け暮れている。

 交戦派はダリル大森林を出ていき、森の外に砦や村を築いて生活している。ササリ村もそんな過激派の魔人たちの村の一つだ。と言っても、そこに住む全ての魔人たちが過激派なのではない。家族が、恋人が、大切な誰かが過激派の兵となり、それに付いていった者たちも数多くいる。ほとんどの兵は砦に詰め、村には非戦闘民ばかりが静かに暮らしていた。そんな村の一つに、帝都の軍は何をしに行くのか。

 大体の予想は付く。胸糞の悪くなる話だった。


「交戦を避けろ、か。相手にその意思がなければの話だがな」


「だけど、それがあたしたちの任務よ」


「分かっているさ。進発する。俺の隊は全員騎乗だ」


「わ、私の隊は?」


 調練に参加していた相手側の二十五騎の隊長が問いかけてくる。

 ネロはチラリとその男を一瞥する。

 疲れ切っていた。無理もない。彼の率いる二十五騎は新兵を集めた部隊だった。ネロは新兵の調練に参加していたのだ。彼の率いる隊の兵士は皆、疲れきった顔をしている。

 本来ならば、疲れなどを気にするのは論外だった。常に最高の状態で戦えるとは限らないからだ。彼らにも戦いの空気というものを吸わせたい。そう思うが、今回の任務はスピードが命だ。彼らを連れていけば、その分だけ到着が遅れる。今は敵よりも早くササリの村にたどり着かなければならないのだ。


「お前の隊は半刻遅れて、俺の後をついて来い。もしかしたら伝令を頼むことになるかもしれん」


「はっ」


 男が敬礼し、部下たちに指示を出しに駈けて行った。

 ネロは自身が率いる二十五騎をまとめ、ササリの村へと進路を向ける。

 兵たちは調練の疲れなど感じさせることなく、機敏に動く。精鋭だった。誰にも負ける気などしない。ネロの自慢の兵たちだ。


「行くぞっ」


 大声を出し、ネロは馬腹を蹴った。





 馬を飛ばして三刻ほどでササリの村に着いた。まだ敵は来ていないようだ。

 ネロはすぐに斥候を放った。


「敵は本当にここを狙うの?」


 ノンは平和な村の営みに目を細めながら、呟いた。


「来るだろうな。最近の奴らは戦士としての誇りを失っている」


 昔のように兵同士が戦う時代ではなくなったのだ。帝都アーレンブルグの兵は非戦闘民だろうと、殺戮の対象としていた。彼らに襲撃され、全滅した村は数えきれないほど存在する。

 斥候が戻ってきた。敵は報告通り騎馬隊が五十。その隊からは攻撃の意思がありありと伝わって来たという。しかし気になる報告もあった。 五十騎の内、二十騎ほどが只ならぬ気を発しているらしい。


「楽しそうね」


 こちらを一瞥し、ノンが呆れた口調で肩をすくめた。


「そうか?」


「ええ、悪戯を仕掛ける子供のような瞳をしてる」


 ノンの言葉にネロは苦笑だけを返した。その二十騎を自分の目で確かめてみたくなっていた。

 どれほどの相手なのか。自分を満足させられるほどの力量なのか。


「場所を変えるぞ。この先に丘が一つあっただろう。その上に俺は十騎ほどで拠る。そこから逆落としをかけて、奴らを乱す。ノンはそこを叩け」


「交戦するの?」


「相手にその意思があるんだ。このまま無視するわけにはいかぬだろうよ」


「……了解。死ぬんじゃないわよ」


「誰に言ってやがる」


 ノンと分かれ、ネロは十騎を伴い、丘の上へと登った。ノンも埋伏を終えたようだ。

 あとは敵が来るのを待つのみ。地平線の向こうから砂煙が上がっている。敵だ。それほど早くはない。感じられる気も弱く、これならばネロの十騎だけで全滅させられそうだ。


「……ほぅ」


 ネロは思わず声を漏らしていた。

 五十騎の内、先頭の五騎、そして最後尾に付いている十五騎が強い気を発していた。

 報告通りだった。奴らは強い。手で騎乗の合図を送る。

 五十騎はこちらに気付いていない。近づいてくる。相手の顔が肉眼で見える位置まで来た。


「行くぞっ!」


 馬腹を蹴る。一本の矢のような隊形になり、敵の五十騎の中へと真横から突っ込んだ。

 敵に動揺が走るのが見て分かった。呆然と立ちすくむ者の首を飛ばし、逃げようとする者を背中から具足ごと両断する。倒したのは六人ほどだ。敵の中を突っ切ると、すぐに反転した。

 敵の混乱はまだ収まっていない。ネロは再び敵の中へと突っ込んだ。敵の指揮官はどこだ。目で探す。いた。やたらと派手な具足を纏った男。だが遠い。男の周りを十騎ほどが取り囲んでいる。

 敵の中にさらなる動揺が走った。ノンが浮き足立っていた敵の正面から突っ込んだのだ。布を引き裂いていくかのように、敵が割れる。陣形が崩れていく。

 ネロはその隙間へと馬を滑り込ませた。指揮官の男。見えている。遮る者は何もない。男がこちらに気付く。だが、もう遅い。男の唖然とした瞳。その顔を首ごと斬り飛ばした。

 指揮官が倒れたことで、相手の兵は潰走を始めた。散り散りに逃げていく敵を、ノンの隊が次々と突き落としていく。

 ネロは遥か後方に固まった二十騎へと視線を向けた。

 迅速な判断だった。ネロが敵に突っ込むと同時に、すかさず隊をまとめ、後ろへと下がったのだ。先頭にいた五騎も既にそこへ合流している。あの強い気を放っていた二十騎だった。

 指揮官の男。まだ若い。自分と同じぐらいだろうか。男もまたこちらを見つめてくる。視線と視線が交錯する。

 ネロは笑った。お前も戦うか?

 男は首を振った。止めておこう。

 男は馬首を返すと、そのまま撤退していった。

 追撃は止めた。あの隊を相手にするには、相当の犠牲が必要となると判断したのだ。

 ノンが報告にやってくる。敵の三十騎はすべて討ち取ったらしい。


「よし、戻るぞ」


「……久しぶりの戦闘がそんなに楽しかったの?」


 横に着いたノンが三白眼で睨んでくる。


「そんなに楽しそうか?」


 ノンに言われ、ネロは自分が浮かれていることに気付いた。


「ええ、そんなだから戦闘狂って言われるのよ」


「はは、違いない」


 ネロの脳裏に焼き付いた一人の男。あれは誰だろう。鮮やかな引き際だった。あんな男がまだ帝都にいたのか。


「戦ってみたいな、あいつとも」


 これだから戦いは止められない。

 ついには堪えきれず、声に出して笑う。

 それを聞いて、ノンは大きくため息を吐いた。

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