表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

11曲ある!!

作者: 神山先

サークルで「ドジっこ」というテーマが与えられて書きました。

タイトルはもろパロディですが、内容は当然オリジナルです。

前回同様日常ミステリを書こうとしています。


 平々凡々な行いに対してでも奇想天外な反応が返ってくることがままあります。それほど大仰なことではなく、変哲もない、日常の中の普通ではありますが、それでも幾らかハッとする思いに包まれます。

 贔屓にしているアーティストのベスト版を買うか否か決すべく、通信販売のサイトをうかがったとき、星三つのレビューが目に留まりました。結論から言えば、そのレビューがCDを購入する後押しとなったのですが、買う買わない以上に私の興味を惹くものでした。

「まず、楽曲についてですが、文句なしの大満足です。シングルに収録されていた曲には全てアレンジが加えられており、限定版のDVDには八つもPVが収められていました」

 ファンとして若輩者で恥ずかしい限りでありますが、楽曲にアレンジが加えられていること、PVの収録曲数が多いことをこの文面で知りました。既存のシングルを大抵持っている私にも魅力的なCDだとわかり、早くも購入ボタンを押すことを決めます。

「さらに驚くべきことがありました。なんとCDには一曲多く収録されていたのです! 目を疑いました。パッケージや歌詞カードを見直しても全一〇曲と書かれています。それでも、一一曲目のメロディが耳に流れ込んでくるではありませんか! 予想外のことではありましたが、幸運だと喜びました」

 また新たな発見を得ます。ベスト版とは名ばかり。新規のファンを取り込む以上に既存のファンを喜ばせる仕様になっているのだと、十二分に理解しました。

 歌詞カードにも記されず公式でもクレジットされないような楽曲をボーナストラックと呼ぶことを知っています。一一曲目がそれにあたることも即座に推定できました。

 ファンにとっては朗報です。レビューにもある通り、レビューを書く彼、もしくは彼女にも同様に喜ばしいことであります。

 となると、ここに来て一つ疑問が生まれます。

 私がこのレビューに目を付けた理由は、五件のレビューの内、四件が最高ランクの星五つを、一方このレビューには星三つの評価が与えられていたからです。

 では、楽曲について褒め、DVDを高く評価し、ボーナストラックに浮かれたにも関わらず、星を二つも欠かす評価を下す理由はどこにあるのでしょうか。

 私は気になり、やはりマウスを動かしスクロールを続け、視線で追いました。

「ただ一つ残念なこともあります……一一曲目が二四曲目に収録されていたのです。即ち、一一曲目から二三曲目までは無音が続くということです。収録の際のミスでしょうか? インディーズの頃ならまだしも、メジャーでの活動でこのようなミスがあるのはいただけません。きちんとチェックを行うべきだと思いました」

 なるほど。

 そんなことでしたか。

 名も顔も性別すらも知らないファンの方は、ボーナストラックを存分に理解していません。あれが、意図的に収録されたものではなく、編集の不手際が招いた偶然による産物だと考えているのです。

きっと純粋に、ファンとして、応援すべきアーティストへと投書する想いでこのレビューを書き連ねたに違いありません。いつまでもインディーズ気分でいるんじゃないぞと、訴えているのです。

 ファンの方は中学生かそれ以下程度、少なくとも音楽業界には知識の浅い人であるには違いありません。私も大口を叩けるほどの知識は持っていませんが、常識の範疇での教養は持ち合わせているつもりです。

 ボーナストラックは隠しトラック、シークレットトラックとも呼ばれる、アーティストがファンを喜ばせるために仕組むサプライズです。偶然、普段より長くCDを回していたときにしか見つからない、何度もCDを聴いていればこそ見つけることのできる楽曲です。本来は、一部のコア層方しか聴くことのできないものです。情報が奔流している現代では嫌でも見つけてしまうかも知れませんが。

 CDプレイヤーで音楽を聴くことが少なくなった今の時代では、隠しトラックを見つけたときの喜びは薄まってしまっているのでしょう。実際、彼か彼女は、ボーナストラックを隠すための空白のトラックを、プレイヤーにインポートするときに手間を増やす面倒な編集側のミスだと思っているのでしょう。それどころか、ボーナストラックが収録されていたことすらも何かの手違いだと認識しているのです。

 恐らく一〇〇人が九八人はボーナストラックをアーティストの計らいだと、単なるアルバムの一一曲目として受け取るでしょう。そして、一人は、レビューの彼や彼女のように不本意な失態だと捉えるのかもしれません。

 私は一〇〇人の中でもたった一人だけで良いので、単純なアルバムの一一曲目としてではなく、わざわざ隠してまで誰かに送りたいと思った特別なメッセージだと受け止めて欲しいのです。

 誰かのために特別なメッセージを考え、悩むということはそれだけで素敵なことなのです。できるだけ多くの人に伝わることが望まれます。彼か彼女にも、何年経っても良いので後に自ら気付くことができればと、願います。


 このレビューを見た翌日の夕方にはCDが届きました。隅々まで目を通します。CDをプレイヤーに挿して程なく、なるほど素晴らしい出来だと確信しました。

 一ヶ月経った今でもこのCDを良く聴きます。俗に、ヘビロテと言うことを知っています。中々にコアな響きです。

 このCDのテーマは、きっと「愛」でしょう。正しくは「ラブ」かもしれないし、「恋人」かもしれませんが、その類のことを叫んでいることは、歌詞を見れば誰でもわかります。

 私の脳内は紅色に染まっているのでしょう。このCDを聴けば必ず浮かぶ顔があります。

 私の想いは彼に届くのでしょうか。翌日のことを想えば笑みをこぼし、枕に顔を埋めたくなります。

 


 想いを寄せる異性に言われて一番傷ついた言葉は、何これ、です。今の今、ベンチで肩を並べる彼の口からこぼれました。

 何も返せません。非があるのはこちらです。

 いわゆる典型的な「ドジっこ」。それが私を指す言葉らしいです。下駄を履けば転び、皿を持たせれば割り、鍵は無くす。難儀な性質を持ってしまったものだと自覚しています。

 意識してもなかなか直らないもので、半ば諦めたいと思ってしまいますが、他人様に迷惑を掛けてしまう恐れもありるので、問題が発覚する度に原因を突き止め「ドジっこ」治そうという努力はしています。

 自分の体であるのに、きちんとコントロールできない「ドジっこ」という質は、なかなかに厄介です。その疎ましさは、私の髪型に似ています。

 私の髪型は茶色でミドル、毛先があらぬ方向へ跳ねています。片思いの彼が一言、茶髪のストレートが好きだとこぼしたので、ドラッグストアで品定めして染めました。初めてにしては手際よく、ムラなくできたと自負しますが、生まれもっての癖っ毛だけは言うことを利かず、理想の姿にはなりません。こっちを押さえればあちらが逆立ち、そちらを伸ばしてもどちらも縮れ……ゴキゲンな様子です。

 あいにくの湿気の籠もった天気。早起きして真っ直ぐに櫛を掛けた髪は、より一層元気なことで、学校に着く頃にはあちらこちらに爆発してしまいました。

 待ち合わせは昼休み。髪を直す時間も器具もなく、不満ながら屋上のベンチに到着した頃、既に彼は腰を落ち着かせていました。

 昼食の弁当を彼に振る舞う約束を取り付けたのが一週間前。あらゆる準備を施し、今日が約束の日。私は花柄の布巾に包まれた弁当を渡します。

 料理の失敗談に、砂糖と塩を間違えるという話をよく聞きます。

 普通、塩は塩壷に入っているものだし、砂糖はプラスチックの缶に分けられています。少なくとも私の家ではそうです。それに、私の家では白砂糖よりも三温糖を使うことが主流であり、家に白い砂糖は一粒も置かれていません。私は茶と白の区別はできます。

 つまり、砂糖と塩を間違えることは、あり得ないのです。私の眼から光が奪われない限り起こりえません。そうに決まってます。当然です。はずです。

 ですが、それすらも覆しかねない、他人に言わせれば「ドジっこ」の素養を存分に持つ私ですから、備えあれば憂いなしと、思考を巡らせます。

 熟考に熟考を重ね、一つの秘策にたどり着きました。

 卵焼きを作れば良いのです。卵焼きならば、砂糖で作る甘いものもあれば、塩で味付ける塩辛いものもあるからです。これならば間違えたとしてもどちらかに転び、それなりのものができるに違いありません。

 母が炊いたご飯の残りを大きい部屋に敷き、野菜を切ってドレッシングをかけ、卵焼きを小さい部屋に詰めれば弁当は完成します。小学生でもしくじらない究極のレシピです。

 その完璧な弁当をつい今し方彼に渡すことに成功しました。蓋を開け、一口目の咀嚼も終えています。第一関門は突破していると言えるでしょう。

 都内に建てられた私立星ヶ萌高校は全一〇階建ての縦長の校舎です。遠くから見れば綺麗な長方形に見えるその建物の屋上には小さな人工芝のグラウンドが備えられています。昼時も始まったばかりなので、グラウンドに人は斑ですが、あと十分もすれば学生で賑わうでしょう。それでも今日は天気が悪いので気持ち少ないようです。

 そのグラウンドを一望できる木製のベンチ。こうやって並んで座ることは今日を含め後何回あるでしょうか。できることならば高校卒業しても同様の状況を楽しみたいものです。

 二人だと少し持て余すほどの広さのベンチ。私と彼の間は小さな子供一人分ほど空いています。この距離であれば、破裂しそうな心臓の音は聞こえないでしょう。しかし、顔の火照りは引かず、なんだか面はゆいので、前髪をいじり誤魔化します。

 彼が弁当箱を開けて間もなく発した一言は私が想定していたものとは全く違っていました。お世辞でも美味しいといってくれるのが彼の性格です。第二関門は越えられませんでした。

「何これ」

 耳を疑いました。正直な感想を述べる素直さも彼の魅力の一つだと自分に言い聞かせ、慰めます……いえ、それではいけません。自己弁護は甘えです。涙も堪えます。

 状況から察するに私は、料理について何か大きな失敗をしてしまったようです。彼の表情と言葉が示しています。

 次の成功のためには現状の把握をすべきだと、彼の方を見遣ります。反省をしなければ、次の機会に活かせません。

 今は口の中に放り込まれて姿形が消えてしまっていますが、彼の箸に挟まれていたのは卵焼き。ならば、問題があったのは卵焼きで違いありません。

 渋い顔を見せる彼に、私は尋ねます。問題はどこにあるのでしょうか。

「卵ですか?」

 卵焼きを美しく巻くためにはある程度の慣れが必要です。ですから、幾度も練習を積みました。調味料の位置まで把握できるほどにです。その結果上出来だと自負できるほどの見栄えになっているはずです。

「そう。これ、いろはちゃんが作ったの? 綺麗だね」

 綺麗という言葉に幾らか胸を弾ませます。私に向けた言葉でないことはわかっています。わかっていますとも。

見栄えに問題はないようです。となると。

「美味しくないですか?」

「んー」

 一拍おいて、口を開きます。

「ええと、美味しくはない」

「そうですか」

 きっと最大限に気を使ったことばです。不味いとは言わない彼の優しさに目頭を湿らせてしまいます。

 やはり味が問題でした。前日の練習では味も文句なしの出来になっていたはずですが、土壇場で何かしらの失敗があってもおかしくはありません。それ以外に考えられません。甘い方でも、塩辛い方にでも転べるように企てた作戦は上手くいかなかったのでしょうか。

「甘いですか? それとも、辛いでしょうか?」

「え」

 四分休符を置いた後に彼は答えます。

「なんだろこれ、苦い?」

「苦いですか?」

 想定外の回答です。てっきり、調味料の量に問題があると思っていました。砂糖は甘く、塩はしょっぱいので、苦みが生まれるわけはありません。苦い卵というのも聞いたことはありません。まさか卵が腐っていた? いえ、それも違うはずです。何故なら、丁度前日に卵が切れたのでお使いを頼まれていたのです。お店に、腐った卵を置いていたら大問題です。まず、ないでしょう。

 一つ考えられるのは、砂糖でも塩でもない別の調味料を入れた可能性です。しかし、砂糖や塩と取り違えそうで、苦い調味料となると……想像できません。

 こうなれば、実際に食べてみる他ありません。私がこしらえた卵焼きは四切れ、弁当箱に幾つか残っているはずです。

 彼の持つ弁当を見ます。大きい部屋には半分ほどに減った白米が、和風ドレッシングをかけたサラダが残りの二分の一を占め、あとは四から一が引かれた卵焼きが埋めてい……ません?

「え?」

 弁当箱の中の卵焼きは既に姿形が見えず、どこにいったかと彼の箸先を見れば最後の一つであろうそれが口の中へと消えていきました。

「なんで、もう……」

 味付けの失敗した卵焼きなんて残されて然るべきです。にも関わらず、彼は全て食べてきっています。それもこんなに早く。

「いろはちゃんのことだから、また失敗したんでしょう」

 彼ははにかみながら続けます。

「折角作ってくれたんだから全部食べるよ。当然じゃん」

「え、あ、うん。ありがとうございます」

 先のショックを上書きできる程に嬉しい言葉を貰ったのですが、素直に喜べません。これほどに健気に弁当に向き合ってくれる彼に惚れ直す一方で、私は何を失敗してしまったのか、気になって仕方がありません。

 こんなことになるならば、きちんと味見してくれば良かった、と反省しますが後悔先に立たず、詰めが甘いところも、私がドジっこと揶揄される所以でしょう。

 それにしても、弁当箱には白米がふんだんに残っています。サラダと白米だけでどうやって食べるつもりなのか尋ねたいところです。ですが、それよりも、直ちにやらねばならないことがあります。

 二度と同じ失敗を犯さないように、今回のミスの原因を究明し、反省し、次に備えることです。

 彼の優しさのために実食して原因を見極めることは不可能になりました。となると、記憶に頼る他ありません。今朝の記憶が残っている今しかできないことです。

「ねぇ、いろはちゃん。凄い渋い顔してるけど」

「ええと、ちょっと考えたいことがあります」

「え、急にどうしたの?」

 私は集中します。今朝の記憶を呼び起こします。

 グラウンドではしゃぐ学生の声が少しずつフェードアウトしていき……



 どこから思い返せばいいでしょう。

 朝起きて直ぐにシャワーを浴びて髪を乾かして服を着替えて……関係なさそうです。もう少し時間を進めます。

 今日の朝食は珍しく兄が作ってくれました。母と父の休みが偶然重なり、弁当も朝食も作る必要がなくなった母は私たちに、勝手に適当にするよう告げていたのです。昼食代も渡されました。

 弁当を作る時間を捻出するために普段よりも早く起きたのですが、兄はそれよりも早く出る用事が合ったようで、起きる頃には姿は見えませんでした。完熟の目玉焼きをフライパンの上に、コーヒー牛乳を電子レンジに入れ、パンを焼いて温めてから食べるようにと、丁寧に書き置きを残していました。ありがたいことです。

 指示通りにコーヒー牛乳を電子レンジで温め、目玉焼きには食卓用の醤油を掛けました。醤油は補充されたばかりのようで満タンになっていました。ビンが少しベタついていたのを覚えています。きっと注ぐときに零し、十分に拭うこともしなかったのでしょう。ずぼらなことです。

横着だと嘲笑されるかもしれませんが、目玉焼きを温めることはしませんでした。代わりと言うと変でしょうか、食パンはしっかりと焼きましたし、これでもか、という具合にマーガリンも塗りました。目玉焼きは少し味が濃く、咽せてしまった記憶があります。恐らく、フライパンで焼く際に既に醤油で味付けが施されていたのだと予想します。パンは完璧な出来でした。

 お腹を十分に満たし、時間は六時半。後一時間で家を出なければなりません。それでも弁当を作るには充分すぎる時間が余っています。失敗する時間を込みでも満足な時間という意味です。

 食器を片づけ、マーガリンは冷蔵庫の所定の位置に仕舞い、醤油も食卓用の調味料が集められた籠へ戻しました。学校へ行く準備はできているので、残すは弁当を作るのみとなります。

 棚からボウルを取り出し、冷蔵庫からは卵を二個、シンクから菜箸を持ち、ひとまずの準備を終えたはずです。

 誤って混ぜてしまった卵の殻を摘出する作業に少し手こずりましたが、基本、つつがなく作業は進んでいました。

 砂糖と塩を間違えないように卵焼きを選びましたが、当然理想はあります。塩辛い方の卵焼きを目指していました。狙い通りにはいきませんでしたが……悔やんでも悔やみ切れません。

 味が変わるとしたらここからの記憶が重大なはずです。

私は確かに、塩壷から適量の塩を投入したのでしょうか。そうでないとしたら別の何を入れてしまったのか。

 ……間違いないはずです。あの重量感のある陶器でできた茶色い塩壷を棚から持ち運ぼうとして、落としては危険だと思い悩み、結局背伸びしてスプーンだけを差し込み、二匙の塩を、撹拌した卵に振りかけた記憶がはっきりと焼き付いています。今思えば、あの動作こそ危険な行いだったような気がしますが、塩壷は存命してますし、結果オーライでしょう。勝てば官軍です。

 塩を入れた後はどのように進めたのでしたか。記憶違いがなければ確か……


「あ!」

「え、何?」

 横を見ればビー玉のように目を見開いた彼が居ます。彼が隣にいるにも関わらず没頭してしまったようです。

「どうしたの? 大丈夫? 考え込んでいるようだけど」

「いえ」

 彼が不思議がるのも頷けます。突然叫んだり、俯いて考え込んだら誰だって驚くでしょう。

「ねぇ」

 こうなれば、彼にも協力してもらうことにします。自分の舌で確かめられないなら彼の記憶に協力要請すべきです。

「卵焼きのことなんだけど、塩の味はしなかったでしょうか?」

「え、塩?」

 彼は宙を見上げ、口の中を確かめるように唇を締めました。

「そんなのわかんないけど。あったと言われれば確かに……あったかな。うん。あったよ。自信は無いけど」

「そうですか。じゃあ砂糖は?」

「砂糖? なかったような……」

「なら醤油」

「うん。なかったかな」

「やっぱりですね」

「やっぱり?」

「ううん、気にしないでください」

 私はとんでもない思い違いをしていました。

 世の中のドジっこと呼ばれる人たちのほぼ全員が、思い込みの強い方だと予想します。何も無いところで転ぶ人は、そこに段差があると、物を落としてしまう人はサイズの目測を、物を無くす人は出しっぱなしの物を仕舞ったはずと思い込んでいるのです。

 私は、砂糖と塩を間違わなければそこそこの卵焼きが作れると思い込んでいたのです。

 甘い卵焼きと塩辛い卵焼きを作る際の手順の違いは一ヶ所しかありません。当然味付け、調味料が変わります。しかし、それは砂糖と塩の違いだけではありません。

 一般的な家庭では、砂糖、塩と一緒に、甘い方にはみりんを、塩辛い方では醤油を入れます。

 何も砂糖と塩だけではなく、みりんと醤油も同じレベルで取り違う可能性があったのです。色が全く違うこれらを取り違う可能性を排除していました。

 冷蔵庫には一リットルのビンに入ったみりんと、食卓用とは違うペットボトルに入った醤油が備わっています。

 もう一つ気になるのは、塩壷に塩以外の何かが詰められていた可能性ですが、昨夜から今朝までの間に中身がまるきり変わってしまうことは起こり得るのでしょうか。塩に何か液体を振りかけると化学反応を起こして苦い粒子に変わるならば起こりえますが、だとしたら化学の苦手な私には原因の究明はできません。

 やはり、醤油を入れる課程で何かしらの失敗をしてしまったに違いありません。

 一つ目の反省点が見えてきました。料理の選択の吟味の不足です。砂糖と塩を間違えても誤魔化せるように選んだ卵焼きで、別のミスをしているのですから当然でしょう。それに、塩とみりん、砂糖と醤油の組み合わせで卵焼きを作る失敗もありえました。失敗してもそこそこの料理を作れるようにという心懸けも良くなかったのでしょう。

「はい?」

 ぽんぽんと肩を叩かれたかと思うと否や、ニュッと顔が飛び出てました。彼の顔が私を回り込むように覗き込んできます。

「もしかして、料理を失敗したことを悔やんでるの?」

「え、うん。そうです」

 私はどんな酷い顔をしていたのでしょうか、彼は訝しげな顔をします。ですが、原因は私の顔に合ったわけではないようです。

「でも、そろそろ……さ」

 気付けば彼の弁当箱は空になっています。サラダだけをおかずにあれだけのご飯を平らげるとは、流石年頃の男の子です。これでは物足りなかったでしょう。今度は肉料理を振る舞えるように勉強する必要がありそうです。

 腕時計は一二時五八分。即ち、残り二分で授業が始まります。

 成る程。彼の言いたいことを把握します。

「わかりました。戻りましょう」

 まだ考えたいこともありますが、学生の本分は勉強です。やはり授業に遅刻するわけにはいけません。それに考えるだけなら、授業中にだってできます。

「あのさ、いろはちゃん」

 ベンチを立ち、制服のスカートを直す私に彼が話し掛けます。

「今日弁当くれるって言うからさ……これ」

 そう言って、ベンチの下から一つの袋を取り出し、少し乱暴に私の手に握らせました。流石男の子なので力が強いです。

 何もプリントされてないビニール袋の中にはリボンと包装紙に装飾された一五センチ四方程度の何かが入っています。

「もしかして、お礼、ですか?」

「そうそれ」

 不躾に見える態度は彼の照れだったのでしょう。視線をわざと外されている気がします。

「ええとさ」

 何か言い難いことを伝えようとしているのでしょう。少しモジモジしています。私は、彼が口を開くのをただ待ちます。

「隅々まで見て……ね」

「すみずみ?」

 変な言い方をします。何か伝えたいことがあるならば、はっきり言わないとわかりかねます。

「さぁ、行こうか」

 彼が歩みを進めるので私も着いていきます。

 次の授業では考えることが沢山ありそうです。



 信頼性の高い推理をするには、まず現状の把握が大事です。そこで、何を明らかにしたいのか箇条書きにしてみました。すると幾つかの問題が解ければ、今回の失敗は何を反省すべきか浮き彫りになってくるはずだと確信します。まとめると、今回着目すべき点はたったの一つしかないことを理解しました。

 誤って入れてしまった調味料は何か。

 これを推測することで、問題は解決します。

 最初からそれに重点を置いて考えていましたが、あれでは足りなかったのです。そもそも家に置いてある食材なんてそう多くの種類があるわけではないし、醤油と間違えそうなものに絞ればもっと狭まります。

 授業が始まり一〇分ほどで今回の問題の全容が見えたので、いつの間にか失念していた最重要案件について思考しました。

 私が弁当を渡した理由を彼は理解しているのか、です。

 授業が終わるまでどうどう巡りの自己問答を続けました。時間の無駄と言われるかもしれません。しかし、こればかりは幾ら考えを巡らせても結論は出ませんし、無駄だとわかっていてもソレで脳内が埋め尽くされてしまうことが恋です。致し方なしと諦めましょう。一種の病気です。

 今回、手作りの弁当を作らせて欲しいと頼みました。そこには、あなたに好意を持っているよ、という意味を込めています。

 例えばバレンタインデーに手作りのチョコレートを渡せば、きっとそれが恋の告白だと受け取ってくれるかもしれません。手作り弁当を屋上のベンチで渡せば恋が実るなんてオカルトがあれば、私の気持ちに気付いて貰えるかもしれません。

 じゃあ、特別でも何でもない日に弁当を作らせて欲しいと言ったら届かないものなのでしょうか。

 弁当なんて誰にでも作るわけがありません。大人数でピクニックに行く企画が持ち上がれば、包丁を握るでしょうが、きっと特定の一人にではなく皆に振る舞うという形になるはずです。

 何でもない日だろうが、特別な日だろうが、誰かが誰かに作ることを頼むのではなく、個人的に食べて貰うことを依頼するならば、そこに異性としての好意は含まれます。相手のために自分の時間を使いたい。その結果、満足を感じて欲しいと思う異性は、恋をしている相手に決まってるじゃないですか。

 遠回しすぎでしょうか。

 自信のある人ならもっと直接に告白できるかもしれません。でも私は自他ともに認める「ドジっこ」なのです。上手に告白できるとは到底思えません。

 だから、私は変化球で好意を伝え続けて、相手からの告白を待つしかないのです。そうしていれば、とりあえず今の状況より悪化することはないでしょう。告白して拒絶されれば目も当てられません。私がちんたらしているために、彼に別の相手が見つかってしまったら……諦めましょう。失恋です。

 彼への思いを脳内で爆発させていると、なんだか疲れてしまって、はぁ、と溜め息を吐いていました。それと授業終了のチャイムが重なり、帰路に着きます。


 家に帰るや否や、私は冷蔵庫の中を確認しました。

 私の推理が正しいことを決定づける証拠を発見し、ひとまず安堵します。手を綺麗に洗ってから椅子を持ってきて安全に塩壷に指を挿しましたが、やはり紛うことなき塩です。

 なるほど、やはり原因は、ドジっこにはもれなく備わっているだろう性質である「思い込み」にありました。

 以前母は醤油の保管方法を改めました。常温よりも冷蔵庫で冷やした方が良いと知ったからです。そこで、一リットルのペットボトルに入った醤油を冷蔵庫に保管し、食卓用の小さいビンには無くなる都度補充するようにしたのです。

 キッチンで使うのは一リットルのペットボトルに入った醤油です。ですから、卵焼きを作るときに使うはずだった醤油は当然こちらです。

 では、このペットボトルと何を間違えてしまったのか。解答は彼が殆ど答えていました。

 みりんではありません。それならば多少塩味の利いている甘い卵焼きとして彼は違和感を抱かなかったに違いないです。

 それに彼ははっきりと「苦い」と言ったのです。

 苦い液体の代表と言えば「コーヒー」です。

 コーヒーも醤油同様一リットルのペットボトルにて冷蔵庫に備えられています。しかし、ペットボトルの形状は四角と丸と違うので、普段なら間違うはずがありません。生まれてこの方、コーヒー牛乳を誤って醤油牛乳を作ったことなどありませんし、豆腐にコーヒーを挿したこともないのです。

 では何故あの日に限って、醤油とコーヒーを取り違えたのか。その理由は準備をし過ぎたからでしょう。

 前日調味料の位置を覚えるほどに卵焼きを作っていなければ、こんなミスは起こりえませんでした。

 もう一つ言えば、兄がコーヒーと醤油の位置を入れ替えていなければこのような失態は起きなかったのです。

 兄が冷蔵庫から醤油を取り出した理由は幾つか思い付きます。

 恐らくフライパンで卵焼きを作っているとき、味付けをするために使ったのでしょう。もしくは、食卓用の醤油に継ぎ足すために使ったのでしょう。どちらの可能性も否めません。

 きっとキッチンに兄ではなく母が立っていたなら、普段の使い勝手もあるはずですから、私の知る冷蔵庫のレイアウトが維持されていたはずです。きっと完璧な弁当を渡すこともできました。

 ですが、甲斐甲斐しくもコーヒー牛乳を作り目玉焼きを用意してくれた兄がコーヒーと醤油の位置を交換したので、冷蔵庫の様子が前日とは変わってしまいました。

 兄を責めることはできないでしょう。やはり、恨むべきは、自分です。いわゆる「ドジっこ」などと呼ばれるような性質を持っていなければ、思い込みが激しくなければ、こんなミスは起こらなかったはずです。

 この性質を根本的に解決する術は無いものでしょうか。幾ら反省しても治しようがないように思われます。

「そうだ」

 悲しい気分を払いたい気持ちから、弁当を振る舞うお返しにと彼から貰った袋を片手に自室へと歩いていきました。



 一五センチ四方の四角には、包装の上からセロハンテープで一枚の紙が留められていました。

 そこには鍵と錠のイラストがネームペンほどの太さのペンで描かれています。鍵の根本の部分には皮製のようなキーホルダーが付いていて「いろは」と名前が書かれ、錠の方は典型的な南京錠の形をしています。その中心には鍵穴が黒く塗りつぶされています。

 彼の手先が器用であることは知っていましたが、絵を見たのは初めてです。なかなかに達者です。

 そのイラストが何を意味するか理解できませんでしたが、取りあえず、装飾を解き、中から現れた箱を取り出します。サイズ感、重さから中身を予想することは難しくはありませんでした。想定通り、CDでした。

「ふふ」

 彼も大概なドジっこであるなと、つい笑みをこぼしてしまいます。

 確かに私は彼との会話の中で贔屓にしているアーティストの話はしています。どのCDを持っているという話、気になっているCDの話も同じようにしました。だから、ベスト版を購入したという話もしたはずです。しかし、残念なことに彼の頭の中にそれは記憶されていませんでした。

 きっと同じCDを二枚手に入れることは後にも先にも今回限りでしょう。

 彼からの贈り物は以前ネットで購入したベスト版と全く同じ物です。丁寧なことに初回限定版で、DVDも付いているし、ボーナストラックも聴くことができるはずです。

 バイトのしていない高校生にとっては程々に高価なものです。申し訳ないという気持ちが生まれてきました。

 しかし、それ以上に嬉しいという気持ちで高揚感が湧いてきます。なんだか楽しくなってきました。鼻歌交じりにスキップでもしたい気分です。

 ふと、彼が私にこれを渡したときのことを思い出します。確か、隅々まで見るようにと言われていました。私は以前に歌詞カードからDVDの付録、さらには、ケースを解体したときにしか見れない、裏表紙に隠されたボーナストラックの歌詞カードまで、存分に楽しんでいます。

 充分に隅々まで見ているのですが……でも、彼からの贈り物ですから言われた通り楽しむことにしましょう。

「うん?」

 ふとこのCDに違和感を覚えました。何か足りないような気がします。

 一五センチ四方のプラスチックのケース。表紙にはアーティストを象徴するマークが箔押しで描かれています。

「あぁ、そうです」

 ネットで取り寄せたものと違う点を見つけました。あるべきものがありません。

 CDであるならば、購入するとき間違いなくと言って良い程に付属されている、傷防止の薄い透明のビニールが見当たりません。

 それによく見れば、CDを包んでいた花柄の包装紙の折り目もなんだか変です。包むときには使われていなかっただろう折り目が幾らか見受けられます。

 これらから一つの事実が導き出されます。つまり、彼はこれをどこかで購入し、包装を頼んだ後に、一度開封して薄いビニールだけを外しもう一度包み直したということです。

 そんなことをする理由は何でしょう。咄嗟に一つ思い付きましたが、直ぐに却下します。

 まさか、CDを聴きたかったわけではないでしょう。彼は私の音楽話に多少の興味を持つことはありましたが、他の話題と同程度の興味しか持っていませんでした。他人へのプレゼントを開封してまで聴くなんてことをするとは思えません。

 となると、先の鍵と錠のイラストを思い起こします。彼の違和感のある言葉と合わせて一つの可能性に思い当たります。

 CDのケースを解体を始めました。壊さないように慎重に作業を進めます。自分で買った方の時は欠けてしまって、いまいち締まりが悪くなってしまっています。二の轍は踏んではいけません……うん。まぁ、上出来でしょう。

 やはり、そうです。推測は合っていました。サプライズです。

 彼はこのCDに仕掛けを施していました。

 ケースの裏には一枚の便箋が挿してあります。代わりにボーナストラックの歌詞カードは見当たりません。きっと別の資料のどこかに挟んであるのでしょう。ふと歌詞カードを抜き出してみれば、めくるまでもなく少しはみ出している紙を見つけます。

 便箋には文章が載っています。一目見ただけでおかしいと判断できる手書きの文章です。柔らかな丸文字でありますが、読みやすい丁寧な字。彼の直筆に間違いありません。


 ほくはいろはちやんの

 れゐゑすみゐかむねわめわよひ

 ほあほあをせをみもあへらおほけんゑ

 よむ

 はきよやれはやせみ

 ひもせはうゑなあにぬむるろ

 なゆわやゑうみ

 のくぬひ

 んとるすらほいねすみへわ

 ぬなん

 うよをう


 なるほど。

 全く何が書かれているかわかりません。

 つまり、これは彼からの挑戦状です。この暗号を解けるものなら解いてみろ。そういうことでしょう。

「いろは」と名称を振られた鍵、南京錠のイラストが意味するのは、私がこの暗号を解くことを期待している絵に違いありません。

 なかなかに粋な計らいをするものです。こんな遊び心があるとは、彼の意外な一面に出会えました。惚れ直します。

「わかりました。やってやろうじゃないですか」

 それでは、私、名探偵いろはの暗号解読を御覧に入れましょう。それが彼への礼儀というものです。



 この文章から特筆すべき要素を機械的に洗い出すと、四つの特徴をピックアップできるでしょう。

 一つは、平仮名のみの文章であること。

 一つは、旧仮名遣いの文字が使われていること。

 一つは、拗音、促音、濁点、句読点が使われていないこと。

 一つは、一一行のセンテンスで構成されていること。

 推測を交えず事実だけを抜き出せば、こんなものでしょうか。

 便箋は無個性な白に罫線を引いただけのものです。ここからは訳のわからない文字の羅列の他に何の手掛かりも得られません。火で炙るとか特殊な光を当てることで暗号の手掛かりが導かれるのなら話は別ですが、そんなトリックまで仕組まれていたらお手上げです。

 念のために、他に手掛かりになりそうなものを探しましたが、めぼしいものはありません。CDや歌詞カードを手掛かりにしている可能性もありますが、何もわかっていない状態でそれを推測するのはできません。やはり、暗号文に注目すべきです。

 私はあまりミステリに詳しいわけではありませんので、暗号の解読方法は数えるほどしか知りません。

 いわゆる「たぬき暗号」と「シーザー暗号」です。「シーザー暗号」の名前はどこかで耳にしました。本の虫な彼からきいたのかも知れません。自信はありませんが、作家だか探偵だかの名前だったと思います。

「たぬき暗号」とは、文章からある種類の文字を消すことで、意味の繋がる文章を導くものです。小学生の時に流行っていたことを覚えています。

「シーザー暗号」は文章をあるルールに従ってズラすことで意味の通る文章を導くもので、初出は確か古代ローマにまで遡るそうです。受け売りです。

 どちらも暗号の中では単純な部類に入るのだと思います。あと一つ、「置き換える暗号」を知っていますが、今回の場合には相応しくない気がします。意味のわからない記号を五十音やアルファベットに置換するものです。最初から日本語で書かれた暗号を解読するときには関係ないでしょう。おそらく。

 この暗号がどの暗号の形式に沿って作られたかはわかりませんが、いずれにしても難解なものでは無い気がします。彼の目的が驚かせることだとすれば、私がこの暗号を解けないことを望んではいないはずだからです。

 もう一度文章を読んでみます。


 ほくはいろはちやんの


 好意的に読めば、「僕はいろはちゃんの」です。この一行目と四行目の「よむ」だけはなんとか意味の通る文章になっています。常識で考えれば「読む」ですが、たった二文字なので、偶然意味のある文字列が作られた可能性も考えられます。

「たぬき暗号」であるならば、抜かなければいけない文字を暗示する何かがどこかに記されているはずです。その手掛かりは見つかりそうにありません。とりあえず「シーザー暗号」だと決めつけて解読に努めます。

 一行目が「僕はいろはちゃんの」であるならば、この行は完成された文章になっています。四行目の「読む」は偶然できた意味のない文章だと仮定しましょう。

 一行目は、ズラす文字の数がゼロ。二行目はズラす文字の数が一ではないかと帰納的に推理します。サンプルが少なくかなりの当て推量だとわかってはいますが、情報の少ない現状ではそれが有効な手だと信じて試す他ありません。

 五十音順にズラすことにします。

 私は床から立ち上がり、イスに腰掛け、ペンと紙を用意し、机の電気を灯します。準備完了です。五十音表を暗記している小学生以降の年齢ならば大変な作業にはなりません。ペンを走らせます。

 走らせます。

 走らせます。

 なお、走らせますが……まぁ、こんなものでしょう。

 間違っている予感はしていました。

 順序の不明な「ゐ」や「ゑ」を「い」「え」に変換して、前にも後ろにもズラしてみましたが、意味の通る文章にはなりません。

 上手くいかないことは途中で気付きました。「ゐ」を「い」に変換すると、「い」が二種類現れてしまいます。一行目と九行目では「い」が使われているし、他の行の「い」は「ゐ」が用いられています。

「い」と「ゐ」が使い分けられている意味を理解していないのに、闇雲にズラして暗号解読ができるはずありません。

 私の推測は間違っていたのです。

 それでもやはり、暗号はズラすことで解決できると思うのです。何故なら、全ての文章が平仮名で書かれていること、「ゐ」や「ゑ」はありますが、拗音、促音など順番が不明確な文字を使わないようにしていることからも推測できます。

「ズラす」ためのルールを見つけましょう。鍵は「い」と「ゐ」の使い分けにある気がします。しかし、それにしても……

「うーん」

 よくもまぁ、このような難題を考えついたものです。相当な苦労があったのではないでしょうか?

 きっと私を楽しませようと、彼が悩みに悩み抜いてやっとのことで作り上げた暗号なのです。その課程を妄想するだけで私は充分に満足できてしまいます。顔が不気味にニヤケます。きっと、彼の考えた暗号を解いているこの状況に幸福を感じて表情に出てしまっているのです。

 しかし、彼の期待に応えられないのは辛いことです。彼は私に暗号を解く鍵になることを願いました。あの絵に描いてる通り、この暗号を解くのは私、「いろは」でなければいけません。

 先ほど机に貼った彼の直筆のメモに目を遣ります。「いろは」の鍵が錠を解こうとしている絵が描かれています。彼の字で私の名が書かれているだけでも何故か嬉しい気持ちになります。

 それも束の間、暗号解読を諦めようとしている私に情けない想いを抱きます。それと同時に申し訳なさも浮かんできました。

「鍵にはなれそうに……ないです」

 呟きだけでなく、はぁ、と溜め息もこぼれてしまいます。

「あ、そうだ!」

 その時一つの可能性が脳裏に浮かびます。

 部屋を飛び出し、リビングへと駆け、パソコンの電源を入れました。解くために必要な鍵を印刷するためです。

 何故もっと早く気付けなかったのでしょうか。手掛かりは全て彼から与えられていました。

 パソコンでの作業はつつがなく進み、A4の紙として印刷された鍵を手に持ち、自室の机へと駆け上がります。ペンを握り、鍵と照らし合わせ暗号を解いていきます。

 ……はい。

 手掛かりは一枚の紙です。暗号の書かれた紙ではありません。プレゼントに貼られたイラスト付きの用紙です。

 あの紙に書かれた「いろは」の鍵のイラスト。これは、「暗号を解く私」を暗喩ものではありません。もっと素直に捉えるべきでした。

 暗号を解く鍵は「いろは歌」です。「いろは」の鍵がCDに貼られていたことが「いろは歌」を導いています。

「いろは歌」の順番に沿って暗号をズラすことで、隠されたメッセージが現れるような仕掛けが施されていたのです。

 そう考えると、旧仮名遣いの文字が使われていること、拗音などの小さい文字が省かれていること、「i」の音の字が「い」と「ゐ」で二種類あることの説明がつきます。

「いろは歌」には「いろはにほ」と冒頭に「い」が「うゐのおくやま」と中盤に「ゐ」が使われているのです。

「いろは歌」に沿って「シーザー暗号」の手法を使えば上手くいくと推測した私は、いろは歌の歌詞をエクセルを使って、順番を一文字、二文字……一〇文字、とズラし、逆のパターンも考えて二一パターンの鍵となるいろは歌を印刷しました。元の歌とズラしたものを照らし合わせることで、暗号を解読できると確信したからです。

 五分もせずに二行目を解読することが出来ました。私の推測は間違っていなかったのです。

 解読した文章の二行目を眺めます。


 そのてんしのようなかみかたも


 この文章を送られてきて赤面しない女子はきっとこの世に存在しません。彼は何を考えているのでしょうか。

 言うことの利かない癖っ毛を天使の様だと形容したのは彼が初めてです。彼の中の天使のイメージとは、小さい羽を生やし、白いヒラヒラした服をまとい、ラッパを吹きながら宙を飛んでいる赤ちゃんなのでしょうか。ステレオタイプな考え方だと言えます。今の時代、創作の中でもそのような象徴的な天使は登場しません。

 好意的な捉え方をすれば、褒められているのでしょう。そうだと思うことにします。

 恥ずかしがっていても仕方ないので、できるだけ感情を押さえつけ、暗号解読に励みます。

 ……一〇分ほど経ったでしょうか。相当に集中していたので、三〇分くらい経っていても不思議はありません。

 暗号は殆ど解くことができました。

 彼の真意もほぼ汲むことが出来ます。ここまで解読して彼の気持ちに気付けないほど私は鈍感ではありません。多少は心得ているつもりです。

 解読した文章を読むと、無意識に顔はニヤけ、スキップしながら部屋中を駆け回りたくなる衝動に襲われます。今私を押さえつけるには睡眠薬か、ハムスターが駆けるために入る車輪を用意しなければならないでしょう。そんな冗談が頭に浮かび上がる程のテンションです。

 しかし、一つだけ気掛かりは残っています。そのことを考えると手放しに喜ぶことができません。歯に何か挟まってしまったときのようにもやもやしたものが頭を離れません。

 最後の一行だけ解くことができないのです。一行目から一〇行目までは同じように解けたにも関わらず、最後の行だけ明らかになりません。

 彼のミスでしょうか。いえ、それは希望的観測です。ここまで完成度の高い暗号の最後の文だけ失敗するというのはどうにも考えにくいです。

文脈からして、そこに彼の想いが書かれているのですが、一一行目だけ「いろは歌」の順にズラすルールが適応されません。そこにも何か仕掛けが施されているはずです。

 それに、そこの一行がなければこの文章は完成していません。文章全体から醸し出される雰囲気、ニュアンスは掴めても、結論は出ていないのです。

「いや、しかし……」

 耐えきれずため息が零れます。

どんなに歯切れ悪く終わってしまうとしても、これ以上の仕掛けを明らかにできる自信も根気も残っていません。今日は少し考えすぎました。

 ここから更に、最後の一行目だけルールが適用されない理由を考え、暗号を解く新たな仕掛けを導くとなると、あと一歩ではありますが、その一歩が途方も無いものに感じられてしまいます。

 少し眠りましょう。三〇分も寝れば体力は充分回復するでしょう。

 私は彼からもらったCDを部屋に備え付けているコンポに挿し、再生ボタンを押します。

 ベッドまで体を運ぶことすら億劫ですが、堅い机を枕にするのはあまりにも可愛げがないので、ノートを頭に敷くことにします。インクで化粧されても情けないので、ノートはきちんと閉じました。

 目を瞑ると意識が遠のいていきます。耳も遠くなりBGMもだんだんとフェードアウトします。



 とても怖い夢を見ました。その証拠に、私の体からは血の気が引き、顔から冷や汗が垂れています。目を瞑り写真を撮れば、死人だと言われ棺桶に入れられてしまいます。血が通っている気がしません。

 詳細は覚えていません。何せ夢ですから曖昧です。

 登場人物は私と彼の二人のみです。場所は学校屋上のベンチ。時間はわかりません。朝だったと言えばそうだし、夜だったかと訊かれても否定はできません。

 私たちは他愛もない話題に花を咲かせていました。至福の時間です。その中で、何のことについてだったか、私は自分の意見を言おうとしました。しかし、口を開いても閉じても言葉は出てきません。呼吸はできるのに音が突然消えてしまったのです。それでも、何か伝えなければいけないことがあるので、なんとかして声を出そうとしました。やはり、空気の音すらも響きません。ついには口を開くことすらままならなくなりました。気付けば、金縛りにあったように手足の自由が利かなくなってしまいました。

 とても悲しく、また、情けなさで涙を流そうとしたとき、目が覚めました。気だるさや、嫌な汗が全身に纏っています。シャワーでも浴びて身も心も洗い流してしまいたいです。

 想いを伝えることが出来ない状況に追い込まれることとは、どんなに辛いでしょうか。きっと計り知れない寂しさにひしがれるに違いありません。

 一時のモチベーションの低下のためにメッセージを読みとる努力を怠ることは、彼にとってとても悲しいことではないでしょうか。

 私が作った弁当と同じです。反応が悪いとすれば問題は作り手側にあるのは間違いありませんが、やはり良い反応を貰いたいというのが本音です。

彼は、私を驚かしたり喜ばせようと、時間と手間を掛けて暗号を作りメッセージを隠してくれたのです。私はそれに応える努力と誠意を見せる必要があります。

 少しやる気を取り戻し、枕にしていたノートを開き、暗号解読に取り掛かろうと思います。

 ふと、BGMが聞こえなくなっていることに気付きます。あのCDが最後の曲を流すほどということは一時間以上寝ていたということになります。そんなに疲れているとは、驚きです。

 贔屓のアーティストも楽曲にあらゆる想いを込めて歌詞を書いています。一〇〇人が一〇〇人に同じ想いを届けられているなんて厚かましいことは考えていないでしょうが、きっとこの世の誰か、それは特定の誰かかもしれませんが、たった一人にでも想いが伝わることを願っているはずです。クリエイターと呼ばれる人たちは皆そうに違いないです。

「え?」

 突然、停止していたはずのCDが動き始めました。私は手元や足下に目を遣り、誤ってリモコンを操作していないことを確認します。

「あぁ、そうです」

 直ぐに理解しました。コンポの液晶にはトラック番号二四が表示されています。つまり、隠しトラックが流れ始めたのです。

 ということは、私は一時間寝ていたわけではなく、一〇曲目から一一曲目が流れるまでのブランクが流れる時間に起きたということになります。

 これが隠しトラックの本来あるべき姿、正規の手段でこれを聴いているのだと、少し誇らしい気持ちになります。ここにアーティストがこのCDに込めた想いの一つが含まれているはずです。

 では、このCDを聴きながら暗号解読に励みましょう。かれから送られてきたこのCDに隠されたメッセージを読みとろうではありませんか。

 ここで私は一つの可能性に思い当たります。

 ……まさか。だとすれば色々なことに辻褄が合います。

 彼が持っているはずのこのCDをプレゼントした理由も説明できます。暗号を一字ずつズラして解く手段にも意味がありました。

 最後の行を思い当たったルールを使って解きます。いろは歌の紙と見比べます。そしてペンを走らせます。一文字目、二文字目、と明らかになる度に高揚感に満ち溢れます。涙すら流れていたかもしれません。

 彼が伝えたかったメッセージは……


 すきです


 生まれて初めて貰った恋文が、暗号で書かれたものである人はこの世にどれだけの数いるでしょうか。

 


 学校へと向かう途中、顔がニヤけてしまうのは致し方ありません。あの手紙の返事を今日するつもりです。彼は学校に来るでしょうか? あんな手紙を書いた手前、恥ずかしくて学校をサボってしまう、なんてことがあるかもしれません。

つまり、鍵は「隠しトラック」でした。

「行」が「トラック」に見立てられていることに気付くことができればもっと早く暗号を解くことができたでしょう。

「ズラす」は「早送り」です。次の行に進むためにはいろは歌に沿って、文字を一文字ずつ進めていきます。そうすることで、一〇行目までは暗号を解くことが出来ます。

 最後の一一行目はこのCDで言うと「隠しトラック」の位置に当たります。ですから、トラック番号を一〇から二四まで進めるように、進める文字の数も、一〇から二三へと進めなければなりませんでした。

 気付けば単純な暗号です。

「いろは歌」になぞり「CD」に沿って文字を進める。それだけで解けます。

 完成した文章は中学生でも書かないような稚拙な恥ずかしい恋文です。


 ほくはいろはちやんの

 そのてんしのようなかみかたも

 ときときかんかえすきちやうところも

 その

 としつこなところも

 いろはちやんのみりよくたと

 おもつています

 これては

 ちよつとまわりくといかな

 つまり

 すきです


 駅を降り、坂を上る、いつも通りの通学路ですが、今日に限っては普段よりも大きな幸福感に包まれています。

 彼からの恋文に胸を弾ませていることもありまが、それ以上に、彼が私のために手間暇を惜しまず暗号を作成してくれたことに強い感謝と有り難みを感じるのです。

 私は昨晩この手紙に対する返事を書きました。

 しかし、ただの手紙ではありません。

 彼のことを想いながら手間暇を惜しまずに作成した暗号に沿って書かれた手紙です。

 彼のために時間を使えることに幸せを感じます。きっとこれからも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ