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ムーンライトセレナーデ

作者: チャーリー

 僕は彼女と踊った。夢の中で。


 その日、僕は仕事を早々に切り上げ、自宅へと帰った。

遅い時間ではなかったが既に陽は落ち、景色の稜線は高い湿度で藍色とグレーの中で意味のない存在になっていた。大きくなり始めた月はやはりその輪郭が曖昧なまま、少しだけ西によっている。

まだ、夕食まで時間がある。上着を脱ぎ、ネクタイを解き、椅子に座りで天井を見上げる。

急に眠気に襲われた。そのままベッドの上へ倒れこんだ。夢を見た。


 夢の中でも僕は彼女を求めていた。


 僕は彼女と話をしない。夢の中まで一緒だ。それは彼女が求めている愛の形と僕のそれが全く違うもので、僕がそれに気付いた時から彼女に迷惑のかからぬよう自分を押し殺している。

結果的にそれは重要な事ではないかもしれないが、自分達を騙し続けるには最良の方法だと想っている。


 夢の中でも僕は相変わらず仕事の最中だ。辞めた上司から小言を言われながら、陽気に仕事をしている。その向こうに笑顔の彼女のいる。彼女はちょっとしたことですぐに困った顔になる。その困った顔が素適な時もある。

僕たちは会話を交わさず、ただ、仕事をしている。時折、彼女と目が合う。感情を出さず、何気なく目をそらすのは自分で自分の心を傷つけている。夢の中で気付いた事。


 目が覚めた。午後十一時を少し回っていた。

「おいしいものが食べたい」他の誰かからメールが入っていたが返事をかえさず、遅くなった夕飯はビールを二本飲むことで済ませてしまった。

缶のビールが飲みながら、彼女の事を考えた。缶のビールが空になると部屋中彼女が愛しい気持ちでいっぱいになった。


 僕は彼女と夢の中で踊った。涼しい風が吹き抜ける、そこは、浜辺であったか、それとも高架下の駐車場であったか、背景のかすむ夢の記憶は定かではない。

記憶の断片を辿ればそれは、夏のスコールでもなく、冬の深雪でもなく、昨日の作り話や明日のドラマでもなく、それは“夜”だった。

もしも、僕の夢の中に太陽が昇っていたなら水族館へ行きたかった。他意はない。彼女は水族館が好きなだけ。でもこんな月夜ではイルカたちもすでに夢を見ている頃だろう。


 その夜の、夢の中の月明かりは、眩しいほど蒼かった。


 僕はグレン・ミラー・オーケストラのムーンライトセレナーデをリクエストした。


 僕の前に彼女がいる。月明かりの半逆光は彼女を妙に大人びさせ、風にゆれる髪が少し悲しげな表情を映し出す月明かりを遮る。僕はその月明かりに映る彼女の瞳を直視できなかった。なぜだろう?少しだけ恥ずかしい。

 昇ったばかりの月の、僕たちをはさんで反対側に影は長く伸びた。

 その長い影の先端から視線を戻す時、一瞬彼女の顔を見た。月を背にする彼女の表情はよく見えない。

 ただ、僕に見えたのは、ちょっと小さめの八重歯と、あのころより少し伸びた髪だけ。


 彼女の左後方の月に目をやった。

 彼女の大きな瞳を右の頬に感じながら、彼女の手をとった

 いつもの彼女の香りがした。

 悲しくないのに、自然に涙が落ちてきた。

 彼女が愛しいと想う心が溢れ出た。


 現実へ連れ戻される時間がやってきた。その使者はいつも同じ時間に僕を連れ戻しに来る。

また、いつもと同じ白い朝が訪れた。

目が覚める。憂鬱が広がる。溜息が落ちる。ようやく僕は現実理解し始める。


 夕べここにあった感情は、すでに朝の訪れとともに消え去ってゆく。

何も変わらない毎日だ。


ネクタイの縛りもほどほどに、仕事へ出かける。


切なさとか、虚しさを表現したいと思い書きました。

感動も何もありません。

やりきれない思いを感じてください。

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