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「……あんたが、怪我してまで、コイツをやりこめなくったって、『もう良いだろう』って」
「――」
ルーディと役人の二人ともが、ぴくりと目を狭めた。
恐らく、役人はシールの生意気な物言いに少々カチンと来たから、ルーディは、シールが「勘弁してやれ」と云っている訳ではないのを察し、少し冷静になったからだろう。
「ルーディ、……コイツの、『あんたんち』への用は、もう取り敢えず一区切り付いてただろ。今やってたの、『俺んち』の――俺の話だったじゃないか」
「――。君の大家である私にも、彼は喧嘩を売ったようなものだったからですよ」
「うん、まあ、でも……――ルーディ、俺は、どうせ出て行く予定だっただろ?」
「――っ、シール!?」
苦笑を浮かべてシールが云うと、ルーディは「何を云う」と大きく目を見開いた。
シールは役人の方へ向き、
「お役人さん、俺、あんたについてくよ。ついてけば良いんだろ?」
そう云った。ルーディが、「シール!」と窘めるような声を出す。
――すると、ナーバス氏は、何だか「釈然としない」というふうな……不貞腐れたようにも見える渋い顔をし、妙に首を捻った。
「わ…我々は、サン・ターシュ邸の物品を所持している可能性があるとして、シェレ・サン・ターシュを捜索対象にしていたのだ」
シールは思わず、ぷっ、と吹き出してしまった。
ルーディはいよいよ顔を顰め、役人の胸ぐらを掴みたい衝動に駆られたが、何とか、再び床を蹴ることで堪える。役人のほうも再び、ぴくっと肩を強ばらせた。
「俺自身を探してた訳じゃない……オルゴールがこうなった以上、俺に用は無い、ってか」
役人は無言で、肯定もしないが否定もしない――もともと、シールと最低限以上の会話をする気が無かったからかもしれないが。
「あんたマジで、口のきき方、知らないな。嘘がつけないのはしょうがないとしても、もうちょっと相手に気を遣えよ」
役人は「おまえのような無礼な不良少年が云うことか」と云いたそうに、眉を寄せて唇をゆがめた。
「何だ、その顔。記憶力も悪いのか? ――本来の職場じゃそれで大丈夫なのかもしれないけど、此処がとんでもないアウェイだって、まだ分かってねーのか? ルーディから『此処で息吸わすのも腹立つ』まで云われてんのに、よくまあ俺みたいなアウトローに無神経な口きけるよな。『若造』じゃァあるけど、だからこそ、絶対あんたより力強いぜ? それとも、実はそんなヒョロヒョロでも〝武道〟の達人だったりする?」
気さく、と云っても良さそうに飄々とシールが云うと、役人はひくっと喉を鳴らして一歩後退った。
ルーディが苦々しい声を絞り出す。
「シール。……何処に行くって云うんです」
こんなやつに、ついて行く? ひとの命や生き方、生き様に何の興味もシンパシィも持たず、君の家族の苦悩も君の傷も神様の言葉も全く知らないままで、死んだ物を有り難がるような、気味の悪い人間に?
シールは、微苦笑を浮かべて「さあ」と首を傾げた。
「〝何処〟だかは知らないけど、此処に居られるもんでもないだろ」
「居て良い」
「そうも行かねーよ。俺は、〝店子〟として〝契約違反〟やったんだから」
「っ! シール!」
「おい、あんた」
私は、それを赦したのに聞かないのか、それをこんな奴が居る場でこんな形で蒸し返して、出て行く口実にするつもりか――厳しい声でルーディが名を呼んだが、シールは応えず、役人に顔を向ける。
微苦笑が消え、ルーディほど冷たい表情と声は作れないが、それなりに真面目な顔と声を作った。
「今の台詞でつくづく分かったんだけど、あんたってさ、『公務のための公務員』やってるよね」
「――?」
役人の渋面に、訝しげな色が過る――「当たり前じゃないか、何をいちいち」……何ならその奥に、いよいよ「知ってて当然のことを知らない愚か者」と蔑む色も透けていたかもしれない。
「――。俺が思う〝公務〟って、金銭的儲けは兎も角とした『社会』の利益とか秩序のための仕事で、『社会』を作ってんのが大体〝一般人〟って考えたら、『公務員』ってのは、〝市民〟〝国民〟〝人類〟のために働く人だと思ってたんだけど、あんたは違うよな」
「な、何だと?」
「あんたは、『社会の秩序と利益に関わる働きで給料を貰っている人』『給料の出所が税金である仕事をしている人』、もっと云やあ、『〝そこ〟で働いている人間は〝そう〟呼ばれることになる職場で働いている人』っていう、鶏と卵はどっちが先かみたいな、……ID上の職業分類に『公務員』ってのがあるから『ソレ』ってだけだろ。……俺は、『〝市民〟〝国民〟〝人類〟のために働く人』を『公務員』だと思ってたから、『あんたは公務員である』じゃなくて『あんたは公務員をやっている』だな、と思ったんだよ。……民間の営利企業だって、直接の目的は〝儲け〟だとしてもモチベーションは『社会のため』ってトコはあるだろうし、――あんたみたいにエンブレムは持ってなくても〝お金〟を目的とせず、『社会』や『人々』のためになろうとしてるNPOとかNGOとかも在る訳で、そういうとこで働いてる人のほうが、あんたよりは『いい人』なんだろうなって思うよ、俺」
「なっ……何を云いだすんだ、失敬なっ」
質問に答えさせて情報を得るより他、シールと口をきくつもりなど本来無かったのだろう役人が、思わず気色ばんで吠える。
シールは呆れたような顔をして続けた。
「何怒ってんだよ。今まで『そんなふうに』働いてても問題無く、何人も部下持つような出世出来たんだろ。それはそれでも良いじゃないか、あんたがどういうつもりでエンブレム持って使ってようが、別に、文句は付けてねーよ、俺。――今のを『失敬』って怒るってことは、あんた、自分のことを〝いい人〟と評価されて当然って思いながら、仕事してんの?」
「……ッ、そ、そこじゃないっ。『給料の出所が税金の仕事』『職業分類にそれがあるだけ』とは何だ、我々は純粋に〝人民〟とその生活、〝社会秩序〟のために、働いているっ」
「――。あんた、もう、『自分』と『我々』の区別が付かなくなっちまってんの? 俺、『あんたたち公務員』のことは云ってねえだろ、『あんたは』『そういう人』だなって云ったんだよ」
シールが溜息を一つ吐いてから、声色はとても素朴に、云った。
――それならそれで、当然だが、ナーバス氏が歯を食いしばって彼を睨み付ける……今度はルーディが傍から見ていて、シールの率直な言葉に「その通り」と溜飲を下げていた。
そう、「彼」はそういう「人」だ――シールはずっと「あんた」と云っているのに、「私」ではなく〝公〟の方にシールの矛先か的を流している。自分の相手をしている間からずっと、そうやって「話を逸らしていた」のだ。それは、〝公〟に自分を「融かしてしまっている」から――そうでなければ〝公〟を盾にして「隠れている」。その割に、自分の機嫌には敏感過ぎるから、「侮辱された」と自分が思ったら、それを隠すことが出来ず、堪えられない。堪えられないから、〝自分〟でなく〝身分〟に流して薄めてやり過ごす――。
シールの表情と声色は、皮肉めいてなどいない、素朴なものだ。だからこそ、核心を突いていて率直である。役人にも、それが伝わっているのだろう――憤った渋面の中に、焦りの色が垣間見えた。
ルーディもずっとそのつもりではあったが、自分の物腰と物言いでは、ナーバス氏には伝わらなかった――今、「私」が、「俺」が、相手をしているのは「公権力」じゃなくて、それを持っているというだけの「あんた」だ、と。
〝盾〟の後ろに隠れた彼を、シールは素朴に、あるいは無神経に、引きずり出そうとしている。
傍から見ていて、溜飲は下がる、けれど、……シールがどういうつもりなのかが、分からない。いや、どういうつもりなのか……「意志」は既に伝わっているけれど、それが、どういう「結着」を迎えるのかが分からないから「油断出来ない」という気分にもなって、ルーディの表情もナーバス氏に負けず劣らず渋く、鼓動は早まっていく。
「く、屈辱だ、おまえが私の何を知っていて、『そういう人』だなどと」
「だから、別に屈辱とか思わなくて良くない? そりゃ、あんたがどんな仕事して出世して、『此処に来る』っていう任務の最高責任者になったのかとか、俺が知るわけねーだろ、初対面じゃん。別に、今まであんたがやってた『公務員』の実績を、俺が貶めてるとか辱めてるとか思わなくて良いって。俺が見てた、今日此処に来てからのあんたが、『そういう人』だって思うような態度を見せてた、ってだけなんだから」
「……そっ、そ、そんな訳は無」
「いや、あるって」
憤慨しつつ狼狽している――役人の言葉尻に、シールの呆れたような声が被さる。
「まさか、今までの『態度』が全部、計算ずくの芝居だったって訳でもないだろ? もしそうなんだったら、そりゃ、『あんたがそういう人』ってのも『本当はそうじゃない』って思えるけど」
シールが肩を竦めて、さらりと云った。――この生意気な若者に何か云い返さなくてはと、必死に言葉を探している役人の目が、やけにきょろきょろと動く。
「ルーディが最初に云ったみたいに、自分の態度、思い出してみろよ――ああ、ちょっと違うか、悪い、ルーディがツッコんでた行儀だの礼儀だのはどうでも良いよ、俺に礼儀正しくする人間なんか、あんたじゃなくたって滅多に居ないし。そういうのは置いといてさ、……態度ってより『言動』かな」
役人が「何を云いたい」というふうにシールを睨んでくる。
シールは、〝思い出せ、と云われてそれはせずに、そんな顔してるだけなんだもんなぁ〟と内心苦笑しながら、
「なあ、俺にIDが無いのは、何でだ?」
と質問をしてみた。すると役人は、
「……。再発行の手続きをしなかったからだろう」
とふて腐れたような声で云った。それを聞いて、シールは軽く肩を竦め、
「まあ、うん。あんたがそう思うのは、別にいいよ。そんで、IDが無いから、あんたは俺を『死人』と思ってるんだよな?」
その文脈がルーディの暴挙に繋がったことくらいは、まだ彼も思い出せるらしい――役人は答えなかった。
気にせずシールは続ける。
「俺、さっき云ったよな。放火の『犯人』だって、疑われてると思ってたから、逃げてたんだ。そんな奴が、『再発行の手続き』なんか、すると思うか?」
「していれば、『生存』していると、〝こっち〟は判断した」
役人が吐き捨てる――多分、深く考えはせずに。ルーディは再び床を蹴りたくなったが、〝今はシールのターンだと思っていなくては〟と、堪えた。
「まあ、それはそれでもいいや。じゃあ、俺が『死人』になったのは、何でだ?」
「……」




