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ドアが閉まるとすぐに、苦々しい顔をした役人が端末機器に戻ってきた。再び、カテ・コーへのフォンを開く。
「し、失礼しました」
妙なことを、とまたルーディが口の端をゆがめた。別に、失礼なことなど何も無い。どちらかと云えば、先ほどの女性に謝るべきだったのに、それをしなかったことが無礼だ。
しかし、そんなことを指摘して話が長引くと、家主の自分が店子に迷惑であるからやめておく。
「済みませんが、中でお話をさせてくれませんか」
「嫌です」
周りをきょろきょろしてから、強ばった声で役人が云った。よっぽど、この街の空気が性に合わず、この街の人間と接触することも恐ろしいのだろう。
あっさりとルーディが断ると、役人は、ぐ、と喉を鳴らした。
「私はまだ、あなたがたを招き入れる必要性も感じません。さ、続きをどうぞ」
飄々とルーディが云うと、ナーバス氏は、いよいよ眉間の皺を増やして、ふあっ、とひとつ大きく息を吐いた。
それから、――ひきつった、笑顔のような表情を作って絞り出すような声で云う。
「シェレとおぼしき青年は、ノア・カテにたまに来店するということですな」
「……」
そこでルーディが、ぴくりと目を細めた。
「……それで?」
冷たい声でルーディが云う。
「まさか、上司のあんたも彼と同じように、お客様のリストを見せろとか云い出すんじゃないでしょうね? 越権も甚だしい、あんたはお上の偉い人かもしれないが、民衆のプライバシーや信用を侵害していい特権を持っている訳じゃないですよ。一応、テラ連邦は基本的人権が守られることが最重要である民主主義国家であり法治国家ではありませんでしたかね、え? あんたの任務より、よっぽど重要なはずですが?」
淡々とルーディが云う。
――役人は、やはりひきつった薄笑いを浮かべていた。ルーディが眉を寄せる。この顔を見るくらいなら、何がそんなに気にくわないと云いたくなるしかめっ面を見ていた方が、だから、ましだというのだ。
全く、この役人、鏡を見たことがないのか。
「それは当然です。ノア・カテの顧客名簿を差し出せなどとは、私どもに申し上げる権利はございません」
「分かっているんなら――」
「いやいや、セイレイシィさん、ちょっとの間、黙って私の言葉を聞いて頂けませんか」
「――」
ルーディが呆れた溜息をつく。
「さっきは、無駄だの失礼だの何だの云いつつ私の言葉を遮りもせずに黙ってて余計な質問までしてきたくせに、今度はそれですか。ええ、分かりました、とっとと云いたいことを仰い」
今度はルーディの方が、わざと皮肉な笑い声を交えて云った。
ナーバス氏が、少々の間を置いて続ける。
「……。セイレイシィさん、報告を受けて速やかに調査を致しましたところ」
「――」
「シェレとおぼしき青年は、この街――いえ、このビルに住んでいる可能性が高いようですな」
シールが「こくり」と喉を鳴らした。ルーディは目を細める。
「――どんな調査をしたら、そんな可能性が?」
「あなたにそれを申し上げる必要がありますか?」
「ありますね。だって、ノア・カテの顧客リストを見せろとは云わないが、店子のリストは見せろと云いだしそうだもの」
ルーディが飄々とした声で云い、役人はうんともすんとも云わなかった。
それは恐らく、――ルーディの指摘が図星だったからだろう。ミスター・ナーバスは、ほんの一瞬だけ慌てた顔をしていて、後ろに控えた役人は顔を見合わせていた。
「……主に聞き込み調査です。シェレの『写真』を見てもらい、この界隈の人々に聞いて回りました」
「へえ!」
大げさにルーディが驚いた声をあげる。
「この街に来ただけで『ビビって』いるチキンが、よくもまあそんなこと出来ましたね」
「――」
「……それとも、民間の興信所や探偵でも雇いましたか? 先日の若者がノア・カテに迷惑をかけつつ、お客様を追いかけた日から、まだ48時間経っていないと思いますが、それでそんな可能性を見いだせるほどの調査が、あんたたちみたいなチキンに出来たとも思いませんね」
「……セイレイシィさん」
「人が払った税金を何に使ってるんだ、あんたたち」
苦々しい声で云った役人に、ルーディは凍るほど冷たい声を返した。
ぐっと息を飲んだナーバス氏へ、ルーディが淡々と続ける。
「で、このビルにシェレ・サン・ターシュさんらしき方が住んでいるかもしれないから、情報を提供しろと、あなたは仰っている訳で?」
「――。そうです」
ナーバス氏が苦々しい声のままで肯んじる。ルーディが、聞こえるように「ふん」と鼻を鳴らした。
「……以前、同じようなことがありましてね。司法当局からあなたがたの方へ連絡は行ってないんでしょうか。このビルが『警察官立ち寄り所』になっているのは、大層不本意ながらあなたがたと無縁では無いからだと思うんですけど」
「――は……?」
「このビルに何とかという人物が住んでいるか、住んでいるはずだから出てくるように云え、出さなければ放火するという脅迫をね、してきたんです。――そのとき、私はどういう対応をしたか知っていますか?」
「……」
「『お答えいたしかねます』」
それだけ云って、ルーディは一度口を噤んだ。
するとミスター・ナーバスが相変わらず苦々しく云う。
「シェレらしき人物は住んでいないということですか?」
「お答え致しかねます」
「……セイレイシィさん」
ミスター・ナーバスが、眉間の皺を消して、沈んだ声で云う。
無表情になって声を沈ませるというのが、ナーバス氏の「威厳」の表現であり、「威圧」であるらしいことをそろそろルーディは察してきた。――察しただけで、通用はしないが。
「セイレイシィさん、我々といたしましても、出来るだけ穏便にお話し合いをさせて頂きたいのですが」
「あなた、穏便という言葉の意味知ってます? あんたの今までの言動は、相手が私でなけりゃ、穏便とはほど遠いものですよ。名刺程度ならともかく、普通の人なら政府のエンブレム見た段階で萎縮してますよ。こっちに顔は見えてるのも分かってて、表情も緩みやしないしさ」
平然とルーディが云うと、ナーバス氏の表情が変わった。
――さっきから、ルーディが、この顔を見るくらいならしかめっ面を見ていた方がましだと思っていた、薄笑いだ。
「セイレイシィさん、今まで優先順位は低いものでしたが、シェレが発見された以上、この捜索は現在、トリコ支部の中では上位に置かれているのです」
「……」
「文化庁本部への報告はまだですが、我々にはすぐにでもそれを行う準備があります。――本部の判断と指令によっては、連邦全体でも捜索対象として上位になる可能性があります。……それまでに我々はこのビルにシェレが住んでいる『可能性』から『断定』とするための調査を行う時間も出来ます」
ナーバス氏と入れ替わりになったふうに、ルーディが眉間に深い皺を寄せる。
「我々は行政の人間でありますから、司法当局ほど強制捜査にあたるための手続きが簡単ではありませんが、――余程の重要事項となれば、強権を発動させる手続きも踏めるのです。今の段階でも」
「……」
「文化庁長官から、大統領権限での調査権が下されれば、我々は、店子全ての家宅捜索を行うこともできます」
「それは脅迫と云います」
ルーディは、最早呆れてしまったので、さらっとした声でそう云った。
すると、ナーバス氏がまた、入れ替わりに眉間に皺を寄せた。……とてもじゃないが人を愉快にする表情じゃないのに、ルーディはナーバス氏の眉間の皺を見る方が余程に安心出来るようになってしまっていた。
「人聞きの悪い」
「あんた、馬鹿じゃないの。それが脅迫じゃなくて何なの? そんなことされてみなさい、店子はきっと不愉快に思って出て行ってしまうし、私は家主として信用を失う。それが嫌なら、シェレ・サン・ターシュさんとおぼしき人物を素直に出せ、と云ってるんでしょう? 火をつけるなどと云った、以前の脅迫犯の方が余程にマシですね、警察呼べばそれで終わりだもの」
溜息をついてルーディはそう云った後、ちらっとシールを見た。シールは、唇をぎゅっと噛みしめて俯いていた。握った手が震えている。
モニタを見ると、ナーバス氏は相変わらずの苦々しい顔つきで、ルーディの返事を待っているのか黙っている。
もう一つ、ルーディが聞こえるように呆れた溜息をついた後で、とても不愉快そうな声でナーバス氏に云う。
「――私は、シェレ・サン・ターシュ氏の顔を覚えていませんし、店子全員の顔も覚えていないんですが、『写真』は今お持ちですか」
ナーバス氏が慌てて、懐からモバイルを取り出し、それを開いてカメラに見せた。ルーディは、その顔に全く覚えがなかった。ニュースメールの記事で見たことがある筈だが、「ああ、そういえばこんな顔だった」などとは、微かにも思わなかった。
――シールは童顔だと思っていたが、写真はもっと若い。同一人物だろうと判断出来るほどに面影はあるが。
多分、この当時にシェレ・サン・ターシュと会っていたら、「ぼく」とでも声を掛けてしまっていたかもしれないな、などと思いつき、ルーディは微かに口角を上げた。
「どうも。その人物と似ている人を見たことが無いかと、お尋ねですね?」
「いいえ、このビルに住んでいるでしょう?と尋ねています」
「……一体、あなたがたが結論として出している可能性とは、何パーセントくらいのものですか?」
呆れた声でルーディが云うと、ナーバス氏が「77.24パーセントです」とくそまじめな声で云った。
「どこからそんな数字が出てくるんだか」
くく、とルーディが喉を鳴らした後、冷静な声で続けた。
「――ここで私が穏便にことを済ませるようにあなたの要望を受け入れなければ、それが90パーセント以上になるよう調査を進め、大統領権限の捜索許可を求める、っていうことですね?」
「……そういうことですね」
「ふん……。一体、何を捜してるからそんなところに税金突っ込む気だろうね。世の中には、まだ捕まらない犯罪者だって大勢居るし、開拓惑星で命賭けてる労働者も居るっていうのにさ」
つくづく呆れた、という声をわざわざ作ってルーディが云う。
ナーバス氏が苦々しく、
「セイレイシィさん、何だってあなたはそういう口ばっかりきくんですか」
などと云った。
ルーディが平然と、「こんな口、きいちゃいけませんか?」と云う。
「こちとら、このビルの管理者・家主として、一番したくないことを、あんたみたいな人間の脅迫に屈してやらなきゃいけないんですよ。この程度の皮肉、役人なら黙って聞ける修行しなさい。そうじゃなけりゃそっちが口のきき方を勉強しなさい。さっきから云ってるでしょ――最もお勧めなのは税務署で。つくづく、あんた、人の機嫌はとらないが、自分の機嫌には敏感だな」
「……」
「先に云っておきますけど、あんたのせいで私は、とことん役人嫌いになりましたからね。これが店子や他の人に関わらない、私一人に関わることでしかなかったら、大統領官邸まで赴いて閣下ご本人にこんな口きいてやるところでしたよ。今後も、こんなことがあればいつだってそうしてやりますから、そのおつもりで」
軽い口調でルーディが云うと、ナーバス氏がいよいよ苦々しく唇を震わせ、後ろの役人は顔をつっつきあわせて何かひそひそと云い合った。――その会話は、集音レベルを上げてまで聞こうとは思わなかった。




