遠く離れた地で
読んでいただいてありがとうございます。
「苦い恋」シリーズを読まれていない方には、ちょっと分かりづらい内容となっておりますので、ご注意ください。
東吾は「その約束が守られないことを知っている」、春継は「家族というもの」に出ています。
バルバ帝国の帝都で生活しているトーゴは、自身が経営する店の中で、つい先日婚約をしたばかりの友人からの手紙を読んでにやにやしていた。
色々とあったが、このまま幸せになればいい。
そう思ってイスに座っていたトーゴは、入って来た客に驚いて立ち上がった。
「春継?久しぶりだなー」
「久しぶり、東吾」
懐かしい瀬織津国の言葉と変わらぬ友人の姿に、東吾は店に閉店の看板を立ててから、奥にある部屋へと移動した。
「お茶でいいか?それにしても、マジで久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
春継はフレストール王国に行って、何を思ったのか執事をしていると手紙に書いてあった。
こうして直接会うのはどれくらいぶりだろう。
「そっちこそ。全然連絡を取れていなかったから、心配していたんだ。いつの間に、六音の家に養子に入ったんだ?」
「んー?お前がフレストール王国に行った後くらい。仮の名字で使わせてもらってたんだけど、そのまま養子に入った。ほら、元々、俺が一番やる気がなかったから。っつーか、お前の方こそ、戻らなくていいのか?」
「正直に言うと、こちらで愛する女性に出会ってね」
「おおう。武流は喜ぶだろうけど、ジジイ共はうるさそうだなー」
瀬織津国で現在、東宮の地位にいる友人を思い出して、東吾はふっと笑った。
春継と東吾、そして武流。
三人は友人であり、同時に異母兄弟でもある。
瀬織津国の国王、帝と呼ばれる存在を父に持ち、それぞれの母親が有力な貴族という三人は、生まれた時から比較される立場にあった。
春継は、東宮、春宮とも書くその地位を継ぐという意味を込められて名付けられ、東吾は吾こそ東の宮という意味を持たされ、そして、武流は初代帝の幼名、つまり初代の地位を継ぐ者として名付けられた。
それぞれが大人によって好き勝手な意味を込められて名付けられたのだが、三人は初めて会った時から意気投合した友人になった。
別々に育てられていたし、母親からはあちらには負けるな、という言葉しか聞いてこなかった異母兄弟なので、兄弟というよりは友人という関係に落ち着いた。
瀬織津国の者は、一度は国外に出なければならない、という習慣を利用して春継が外に出たまま帰って来ず、東吾もバルバ帝国に外交官として派遣されていた気の合う叔父に養子に迎えてもらって帝国に居着いたため、必然的に東宮の地位は残った武流が継いだ。
まぁ、そうなるように三人で計画を練ったのだが。
「武流から手紙は来たか?」
「おう。さすが俺たちの中で一番腹黒なだけあって、順調に掌握したらしいな」
武流が東宮を継いでからすでに五年。
この五年の間に武流がその地位を盤石なものにした、という手紙が少し前に届いた。
だから安心して帰って来い。
余計なことを言う者たちに、もはやその力はない。
暗にそう書いてきた異母弟に、ちょっと背筋が寒くなったのは異母兄には秘密だ。
「そろそろ一度、帰ろうかと思っているんだ。東吾は帰らないのか?」
「んー、そうだなー、ま、今さら俺たちに帝になれとか言う連中はいないだろうから、春継が帰る時に一緒に帰ろうかなー。んで、必要なことだけやったら、バルバ帝国に帰って来る」
「……織姫はいいのか?」
「……彼女は帝の妃候補だよ」
織姫は、次期帝の妃候補の有力な姫だった。
三人、誰の妃になってもいいように、彼女とは平等に接する機会を与えられていた。
その中で織姫と東吾は、互いに惹かれ合ってしまった。
惹かれ合っていることを自覚してなお、二人は自制していた。
けれど、春継も武流も、東吾が彼女のことを大切に想っていたのを知っている。
東吾は、帝という地位に興味はなかった。
継ぐ気もなかったので、勉強もそこそこ手を抜いていた。
国外に出る時は迷うことなく遠いバルバ帝国を選び、生涯ここで暮らす覚悟でやって来た。
織姫は、次期帝の妃。
どれだけ想っても、もう手の届かない女性。
武流なら、彼女のことを大切にしてくれる。
あの凛とした女性と共に至高の地位に就く弟のことも愛しているので、間違いなどあってはならない。
だから、もう二度と会うつもりもない。
「織姫は、帝の妃として生きることを誇りに思っている女性だ。いい加減な俺には縁がなかった、ただそれだけだよ」
「……難儀な性格だなぁ。異母弟よ」
「こういう時だけ異母弟呼ばわりするな」
「お前が一番、帝に近かったのに」
「母親の出自がちょっと良かっただけだよ。六音はちょっと前の帝の弟の家系だからな。ちゃらんぽらんな性格も引き継いだけど」
三人、甲乙付けがたく、瀬織津国内でも意見は色々とあった。
春継は一番最初に生まれた男子、東吾は母親が帝の血筋、武流は初代が末の皇子から帝になったからその再来を望まれて、という本人たちには関係のない部分での評価もあった。
東吾はその中でも一番帝に近いと言われていたのだが、本国と距離を置いていた六音家の叔父のところにさくっと養子に入った。
叔父が面白がって許可を出してくれたのが一番大きい。
こっちで六音東吾として実績を作り、バルバ帝国との外交を一手に引き受けて本国が文句を言えないようにした。
武流が父に働きかけてくれたことも大きかったが、すでに六音東吾は諸外国との交渉人という立場を手に入れているのだ。
「一から他の人間を教育するより、武流を帝にしてこのまま俺を外交官にしておいた方が効率がいい。異母兄弟仲はいいからな!」
「確かに」
「春継こそ、戻っても大丈夫なのか?」
「言っただろう?愛する女性がいるって。戻る前に、フレストール王国の女王陛下の認可の下で結婚をしようと思っている。彼女はフレストール王国の貴族だからな。フレストール王国の貴族の夫を瀬織津国の帝には出来ない」
「なるほど、ま、お前の母親が爆発しないようにな」
「ははは、そこら辺は大丈夫。そろそろ髪を下ろすんじゃないかな」
「あー、そっか」
息子を帝に出来なかったから失意の内に髪を下ろすのか。そうか。それで終わらせたのか。
髪を下ろすということは、世俗を捨てるということ。
こっちで言う修道院的な場所に入ることを意味する。
「お前が帝でも良かったじゃん」
「そうしたらジゼル様に会えなかった。それに、昔から武流が一番帝に相応しいと思っていたんだ。武流も納得していたし」
「馬鹿な兄二人を持った弟の身にもなれって説教食らったけどな。でもアイツは、自分は生涯を外で暮らす勇気はないって言ってたからな」
「国内で暮らすなら、一番国のことを考えていた武流が帝に相応しい」
武流も慣習に従って一度国外に出たが、一年ほど過ごした後に国に戻った。
国の外を見て、改めて国内の統治をしっかりしなければ、と感じたそうだ。
どうやって国に戻らないでいられるかということばかり考えていた兄二人よりも、そう思った人間が継ぐのが一番いい。
「ジゼル様、というのか。お前が愛する方は」
「あぁ、元々伯爵家出身の方で、同格の伯爵家に嫁がれていたのだが、今はもう離婚して女王陛下の下に身を寄せておられてね。植物関連の研究者としても優秀な方だよ」
「ふーん。女王陛下は、お前のことを知っているのか?瀬織津国の帝の一族が入っても大丈夫なのか?」
「陛下には、初めてお目にかかった時に全て伝えたよ。あの方は優秀な人間なら取込むことに否やはない方だから、問題ないってさ。むしろこのまま瀬織津国との架け橋になれって言われた」
「せっかく手に入った駒を使わないのは損だからなぁ」
「バルバ帝国には六音家の者が常駐しているけど、フレストール王国にはいないからな。これから瀬織津国とも交流を持っていくつもりならば、俺は……俺たちはちょうどいい駒だろうな」
「うちの陛下も、俺のことを知っていて放置してるっぽいからなー。瀬織津国は遠すぎてその皇家に介入してもあまり意味はないが、貿易相手としてはそれなりに旨味もあるしな」
「そう。だから、ジゼル様と結婚してフレストール王国の外交官として瀬織津国とのあれやこれやを担当しろって言われた」
「大変だなー」
「その分、面白そうではある。だから、一度戻って、その辺も武流と話し合いたいと思って」
「そっか。じゃあ、やっぱりその時に俺も一緒に戻るか。戻って三人で話し合おう。これからどうするのかを」
「あぁ、重要な貿易相手国に信頼出来る兄二人がいるのはいいことだ」
「自分で言ったな」
「これくらいはな」
東吾と春継は、同時ににやりと笑った。
異母弟は理解してくれるだろうから、後は何とかするしかない。
「そういえば、今更だが、どうしてここにいるんだ?」
普段フレストール王国で暮らしているはずの春継が、どうしてバルバ帝国にいるのだろう。
「ジゼル様がこちらの植物に興味を持たれたから来たんだ。今日は宰相閣下から頼まれた紅茶を届けるために一緒に来た伯爵と共に侯爵家の方に行っていてね。その間、休みをもらったんだ」
「へぇー。忙しいのに来てくれてありがとな」
「東吾にも会いたかったし、ちょうどよかったんだ」
「船酔いは大丈夫だったか?」
「さすがに慣れたよ。もう、昔みたいにぐったりはしない」
「さすがだなー。俺は最近、船に乗っていないから、瀬織津国に行く時はちょっとしんどいかもしれん」
「行ったら帰って来ないといけないから、往復分は耐えてくれ」
「……そうだな。こっちに帰って来ないとな」
以前は、行きのことだけを考えればよかったが、今度は戻りもあるのだ。
「俺が行きの船でぐったりしていても、ちゃんと帰りも乗せてくれよな」
「容赦なく積み込んであげよう」
「荷物かよ」
そうだ、帰って来るんだ。生きると決めた、この国に。
友人たちと笑って暮らせる、この国に。
東吾と春継は、目を見合わせて笑ったのだった。




