第三話 山の神様に会いに行く
今日は一日雨が降っている。そのせいか、登山客の姿もまばらだ。こんな雨の日はあの日のこと思い出す。
あれはトラちゃんに狩りを教えてもらいだして、十日ほど経った頃だったかな。まだお母さんが生きていたころの話だ。
「ねえトラちゃん今日はどこまで行くの、もう結構山を登ってるよ」
僕とトラちゃんはしとしと雨が降る中、滑りやすくなった地面に気を使いながら、山の中を歩いていた。何度か登ったり下ったりしているが、僕らが住んでいる岩山よりはだいぶ高いところにまで来ているように思う。たまに開けたところに出ると住んでいる岩山が眼下に見えるからだ。
山登りというのは登るだけじゃなく、登ったり下ったりを繰り返しながら徐々に頂上に向かっていく、なので下りになったらラッキーではなく、下がった分だけまた登らないといけないので、下りに入るとむしろがっかりする。そんな話を登山客達が話していたが、全くその通りだと思った。
時には沢に出て川を渡ったりもするが、僕たち猫は水が嫌いなので、水に濡れないよう注意が必要だ。それにつけても結構歩いている、いったいどこに向かっているのだろう? そう思い疑問をぶつけた僕にトラちゃんが振り返らずに返事する。
「本来は狩りを教える前に行かなきゃいけないところやったけど、ユキのこともあって急いで狩りに連れて行ってしもたからな。遅まきながら挨拶に行くぞ」
「挨拶って?」
「山の神様や」
不意を突かれたような感じがした。神様ってあの神様? この山にそんな偉い人が住んでるとは想像もしていなかった。以前お母さんが話してくれたことがある。僕にもお父さんがいて、今は離れ離れになっているけどいつかきっと会える時が来るって。「私は毎日神様にそれをお願いしているから、クロも神様にお願いしてね」って。
神様って言うのはとにかく偉い人らしいんだけど、実際に会ったことないし、ピンときていなかった。トラちゃんにも聞いたことがあるけど、トラちゃんは登山客のリュックについていた変な猫が前足をまるで誰かに招いているように座って構えている人形を前足で指して、
「あれや」
って言ってたけど、絶対嘘だと思う。だってすごく変な顔だもの。
そんなトラちゃんが今から神様に会いに行くという。まさかあの変な顔の猫が座って待ってるのかな? そんなことを考えていると、さっき通った時にも見た地面から生えたつららのような変わった岩が何本も立っている場所に出た。あれ? ここさっきも通ったよな。
「トラちゃん、ここさっきも通ったところじゃない? もしかして道に迷ったの?」
するとトラちゃんはじろりとこっちを睨んで、
「あほう。神様に会うには結界を通り抜けるための手順が要るんや、山の中である軌跡の描くように進まないと、神様と所までたどり着かへんのや、そのために同じ道を何度か通ることもある。黙ってついてこい」
神様に会うためにはそんな面倒なこともしないといけないのか、結界と言うのはどうも神様を守るための何からしい。確かに誰にでも会うことが出来たら、皆会いに行って直接願い事を言っちゃうもんね。
神様にあったら何をお願いしよう。まずはお母さんが元気になるようにだな。ここの所また体調が悪いみたいだし、昨日僕がとって来た獲物も少ししか食べなかった。まあ、確かに昨日の獲物はちょっと硬くて食べにくかったけど。
後は、もうちょっとトラちゃんが優しくなるようにお願いしてみよう。昨日狩りに行ったとき、飛び出すタイミングを間違えて獲物が逃げてしまったんだけど、引くほど怒られた。
そりゃ僕が悪いんだけどまだ狩りを始めて数日なんだから、多少の失敗はしょうがないじゃないと思う。トラちゃんだって獲物に逃げられることあるし。まあそれを言うと余計怒られるので言わないけど。他猫に色々いう猫って、自分が同じこと言われるとめちゃくちゃ怒るんだよなあ。とか考えているとトラちゃんが急に振り返ってこっちを向いて言う。
「なんか、心の中で文句ゆうとる?」
僕はどきりとしながらも、素知らぬ顔で返事する。
「いやいや、何にも考えてないよ。ただ神様ってどんな人かなあって」
「まあ行けばわかる。とりあえず人ではないけどな」
「ヘー、そうなんだ」
危ない危ない、なんか考えてることがテレパシーみたいにもれ出ちゃってるのかな。気を付けないと、それにしても神様って人間じゃないんだ。猫でも人間でもないとすると何なんだろう。そう考えながらさらについていくとトラちゃんの足が止まった。
「着いたで」
見上げるとそこに立っていたのは巨大な木だった。雨に濡れて樹皮がつややかに光っているように見える。幹の周囲もかなり太そうだ。
「この木は樹齢素百年と言われる杉の木で、この山の守り神や」
うーん、なんか思ってたのと違う。あんまり僕の話しは聞いてくれそうにない。そう思っているとトラちゃんが僕の顔を覗き込み言う。
「不満そうやな。まあ、わからんでもない。私も最初にこの神様紹介されたときは『なんじゃこりや』と口走ってもうたけど、思えば昔住んでいた山にも似たようなものがあって、それは大きな岩やったけど、それがその山の神様って言うことやったしな」
トラちゃんは杉の木の根元に顔を寄せながら、言葉を続ける。
「まあ、この杉も意思の疎通はできそうにないけど、なんか見てるだけで安心するというか、心が和む気がするわ」
そんなもんかと思い、僕も杉の根元に顔を寄せてみたがあまりわからなかった」
「クロ、この杉の上の方見てなんか気が付かへんか?」
そう言われてちょっと下がって近くの木に登り、てっぺんの方を見る。
「あ」
独特の槍の様にとんがった杉の先の形は、いつもお母さんが朝眺めているの木と同じだ。僕らが住んでいる岩場から見える程この木は大きくて高いという事か。
「ユキはここまで来る体力ないから、この木の事を教えたったら毎日この木の方を見てなにか願掛けをするようになった。まあ何を願っとるかは知らんけどな」
お母さんはお父さんにまた会えるよう毎日この木に願い事をしていたんだ。あんなに遠くからだとこの木まで願いが届かないかもしれないから、その分僕が伝えておこう。僕は杉の根元にぴったりと寄り添い、お父さんと僕達が会えるように念を送った。
「何を願ってもええけど、その木で爪は研ぐなよ」
トラちゃんじゃあるまいし。と思ったけど口には出さなかった。
「さ、帰るか」
僕はまた長い道のりを変えるのかと思ってげんなりしたが、帰りは同じ場所は通らずにすんなり岩場までついた。トラちゃんが言うには結界に入るには手順があるが出る時は関係ないそうだ。
岩場についた僕は広場にいた兄弟達に今日の事を話した後、お母さんに神様に直接願い事をしたことを伝えようと寝床に行ったら、先にトラちゃんが来ていた。トラちゃんは僕が来たことに気付かずお母さんにこう喋っていた。
「いやいや、クロを山の神様の所に連れて行ったんやけど、私も久しぶり過ぎて道に迷うてもうた。クロには結界がどうたらゆうてごまかしたけど、そんなもんあるかいな。あー明日は筋肉痛やな」
今度僕がなにか失敗して怒られたとき、このことを言って反論してやろうかとも思ったけど、余計怒られるだけなのでやっぱりやめておこう。しかし猫も筋肉痛になるんだな。
続く




