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第二話 オスカルが来た!

挿絵(By みてみん)

 今日は朝から人が多い。天気や気温にもよるがそれとは関係なく定期的に人が多くなる日がある。トラちゃんによると週末というものらしく、人間が仕事を休む日なのだそうだ。休む日なのになんでわざわざ汗水たらしてここまで登ってくるのかよくわからないが、それが登山客というものらしい。

 理屈はともかく皆楽しそうな顔をしている。僕ら猫は仕事をしていないので、休みのありがたみというものはわからないが、最近は登山客が多く、食料が潤沢にあって狩りをしなくてもよい日が続いているので、気も体も楽である。休みというのはこういった感覚に近いのかもしれない。

 かといって、ここからさらに上の方に登ろうとは決して思わない。僕は登山客には向いていないらしい。


「ハッハッハッ‼」

 聞き覚えのある息遣いが近づいてきた。ああ、おそらく奴だ。

「クロちゃん! 来たよ~」

 そいつは小柄で僕ら猫ともそれほど対格差はないが、異常に運動能力とテンションが高く正直持て余している友達だ。そいつはジャック・ラッセル・テリアの“オスカル”というわんぱく坊主、いやわんぱく犬だ。  

 ここ一年くらい前から中年男性の飼い主が連れてくるようになった犬で、いつも落ち着きなくうるさいのが通常運転らしい。犬を連れていると他の登山客も興味を示し、色々おやつをあげてりしているので、年寄りの猫は商売敵と表現していた。ちなみにこの年寄りの猫には名前がない。というか多分あるのに教えてくれないのだ。なので、みんな年寄りの猫と呼んでいる。以前僕が、

「他の猫もそのうち年寄りの猫になるのに、区別がつかなくなるんじゃないの?」

 と聞いたが、

「そのころにはわしは死んでいるから大丈夫」

 と言っていた。なにが大丈夫? と思ったがそれ以上突っ込むのはやめた。

 話はそれたがそのオスカルはオスで、飼い主の男性が他の登山客に話していた処では、元々男性の妻が“ラスカル”という名前で考えていて、その名前で畜犬登録を行うよう夫である男性に頼んでいた。ちなみに畜犬登録というのは犬を飼うとき、犬の情報を役所に届け出て登録することである。登録する情報は名前、生年月日、犬種、毛色、性別等になる。

 しかしこの男性、メモを取るということが苦手な人で頭の中で情報を覚えて役所にいくのだが、名前と性別を忘れまいと、

「オスのラスカル、オスのラスカル」

 と口ずさんでいるうちに、

「オスのオスカル」

 に変わってしまったらしい。家に帰ってから登録情報の写しを見た妻に

「どうしてこうなるの? 意味わかんない。あんたいつから宝塚ファンになったの?」

 と妻に怒られたそうだが、一度登録した名前はそう簡単には変えられない。人間と同じだ、人間も子供にキラキラネームをつけるときはその子が八十歳になった時のことまで考えて名付けるべきであろう。

 そして、オスカルはすくすくと育ち、この山にまで散歩に来るようになった。そもそもジャック・ラッセル・テリアという犬は運動能力の塊のような犬でその運動量はサッカー日本代表の長友選手の全盛期にも匹敵すると思われる。

 そんなオスカルの運動欲求に応えるため、飼い主の男性は週末にはこの岩山まで散歩に来るようになった。

 男性は以前は少し太っており、多分健康診断でも何らかの数値に引っ掛かっていそうな体格だった。年寄りの猫に聞いた情報によると人間が健康診断で高血圧、内蔵脂肪型肥満、高脂血症、糖尿病全てを併発するとそれを“死の四重奏”と呼ぶらしい。なんとも恐ろしい響きである。かなり良くない健康状態だとは思うが、そこまで脅かさなくてもよさそうなものだ。

 どうして年寄りの猫がそんなことを知っているのかはさておいて、この男性はオスカルとのハードな散歩を朝晩続けた結果、見違えるようにスマートになり、今では健康そのものに見える。人間どこに転機があるかわからない。

 そんな犬が週末だけとはいえ、遊びにくるわけなので、こっちの体力ゲージはいつも限界まで削られてしまう。

 そもそも飼い主も飼い主で、あまり犬を猫とかには近づけないようにするのが飼い主のマナーだと思うのだが、オスカルは長くて伸びるリールタイプのリードによる行動範囲の広さを生かしてこっちに駆け寄ってくる。そのリールのブレーキ機能は何のためについていると思っているんだろう。

 ぶつかってきそうな勢いなのでちょっと距離をとろうと岩山の一段目に飛び乗ったが、オスカルもそれに続いて飛び乗ってきた。


「クロ~、久しぶり元気だった?」

 オスカルは僕の前で落ち着きなくステップを踏みながら話しかけてきた。

「オスカルほどじゃないけどね」

 皮肉交じりの僕の返答も聞き終わらないまま、オスカルは食い気味に喋りだす。

「昨日さ、家のテレビでボクシングっていうのを観たんだ。それを見てかっこいい~と思って、その夜から僕もかっこいいパンチを打とうと、お父さん相手に練習してるんだけど、なんかうまくパンチにならないというか、どうしてもお手になっちゃうんだ。その度ご褒美くれるのはいいんだけど、僕はボクシングごっこがしたいんだよね。あ、もちろんごっこだから本当には当てないけど。そこで思いだしたんだ。クロちゃんは前足でパンチ打つの上手だったからやり方教えてよ」

 なんという不毛な提案をしてくるのだろうか、先週は柔道を見たとか言って、なんか取っ組み合いをさせられたし、飼い主や他の登山客は、

「わーめっちゃ仲いいね」

「かわいい~」 

「SNSにアップしよ」

 などといい、我々の試合を観戦していたが、いくらオスカルが小さい犬だといっても犬なんだから対格差に無理がある、こっちは何とか体の柔らかさを生かして粘っていたが、ついには疲れて仰向けに倒れてしまい、オスカルの全体重がのっかってきた。まだ、背中が痛い。猫背がまっすぐになったらどうしてくれる。

 それが、今度はボクシング? 勘弁してほしい。ただ、前足の動きとなると僕に分がある話かもしれない。猫パンチという言葉があるくらいで猫の前足は犬のそれよりも器用に動く。それは関節の構造上の問題なので犬が解決するには難しい問題だ。

「しょうがないな。オスカル。ちょっと見てて」

 試しに見本を見せてみる。まず目標物(この場合はシャドーボクシングなので、目の前に敵がいるという仮定で)に照準を合わせて、右前足を外から回し、相手の左脇腹をえぐりこむように打つべし。

 シャッツ‼

 見事な右フックが決まった(あくまでシャドーなので当たってないけど)。

「わー‼ すごーい。やっぱりクロちゃんのパンチはかっこいいね。この間はそれで蜂も追っ払ってたしね。どうやったらそんなパンチ打てるのかなあ」

 オスカルは僕の真似をして必死に手を挙げるが、何回やってもお手になるし、勢いをつけてパンチを打とうとすると、両の前足がいっぺんに上がって今度はちんちんになっていた。今どき、ちんちんを教える飼い主がいるかどうかはわからないが、ちんちんとしてはおそらく上出来だ。

 そんなやり取りを見ていた飼い主の男性がなにか勘違いしたのか、広場に生えていた猫じゃらしを摘んで僕の前にちらつかせてきた。いや、外から見ると犬と猫がお互い手をちょこちょこ出し合いながらじゃれているように見えるかもしれないけど、これはれっきとしたボクシングのトレーニングなのだ。世界チャンピオンを目指す我々に、そんなもので興味を引こうたって無駄だ! と思ったらオスカルの方が猫じゃらしに飛びかかっていた。猫じゃらしなのに。

「おい、ちょっとまだトレーニング中だぞ、チャンピオンになりたくないのか!」

「なにそれ、新しいポケモン?」

 だめだこりゃ。僕は岩山のねぐらにのそのそと戻り、ぐったりと横たわり思った。

 早くオリンピック終わってくれないかな。         

                                        続く


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