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第一話 真夜中の訪問者

挿絵(By みてみん) 

 ガサガサ……ガサガサ……

 なにやら物音がする。日が暮れてからだいぶ時間がたち、あたりは真っ暗だ。猫は昼間でもよく寝るが夜は特にリラックスして寝ているので多少の音では起きないが、結構大きな音を出しているようだ。他の兄弟たちは寝るとき岩山の裏手で寝ているのでまだ気が付いていない。

 顔を上げて薄目で岩山前の広場を見てみると何やら黒い影が月明かりの下で動いている。僕のひげが反応してピクピク動く。イノシシやタヌキにしては匂いが違う、これは人間の匂いだ。夜中でもまれに登山客が通ることは確かにあるが明かりも持っていないし様子が変だ、少しだけ血の匂いもする。おかしい、なにやら剣呑な雰囲気である。しかし僕は好奇心からその正体をつかみたいと思い、ゆっくりと体を起こし用心深くその陰に近づいた時、ふいにその影が動く。 

「うわっ!」

 声が響いた。人間の子供の声だ、忍び寄る僕に気が付いてびっくりしたらしい。僕もびっくりして片足を上げたままフリーズしてしまった。

「なんだ、猫ちゃんか。びっくりした~。」

 びっくりさせられたのはこっちである。その子供は膝から少しだけ血を流して体育座りをしていた。

「ああ、この山に登った時によく会う猫ちゃんだね。お邪魔しているのはこっちのほうか。脅かしてごめんね」

 そういって、その子は手をゆっくりと差し出す。今度は謝られてちょっとこっちが恐縮する。びっくりさせたお詫びというわけではないが、近寄ってその子の差し出した手をちょっとぺろぺろする。ああ、この手の匂いは覚えがある、たまに大人に連れられてこの場所にきていた子供だ。

 確か家族で父親ともう一人、小さな女の子と三人で来ていた男の子だ。最近もここにきて、例のドロッとした美味しいのをもう一人の女の子と一緒に僕にくれた。そんな子がこんな夜更けにここに何をしに来たのだろう。そうした僕の疑問を知ってか知らずか子供が勝手に話し出す。

「僕は家出してきたんだ。お父さんがいっつも妹ばっかりひいきしてね、健司はお兄ちゃんなんだから我慢しなさいって!こないだだって妹は誕生日に“魔法少女なるるん”の変身セットを欲しいって言ったら、一万二千円もするのを買ってもらったんだ。でも先月の僕の誕生日の時は『未来検事タケルのバトル法廷スーツは一万円以上するからだめ!』って言われて、六千円の“法廷意義ありベルト”に代えられちゃったんだ。僕が大好きなアニメなのに。『女の子の服は高いものなの』とかよくわからないこと言われちゃってさ!」

 子供は息継ぎもせず一気に喋ってから、いよいよ息が苦しくなったのかハアハア言っている。“マホウなんちゃら”とか、“ミライなんとか”やらよくわからないけど、僕が兄弟たちに人間からもらったおやつを横取りされるようなものなのだろうか。とにかくかなり拗ねているようだ。

「それ以外にもね、あれやこれや……」

 どんどんヒートアップして子供の声が大きくなっていく。すると、別のよく知っているに匂いが背後から近づいてきて、背筋に冷たいものが走った。


「おい! こんな時間になにをごちゃごちゃ騒いでんねん。うるそうて眠れへんやないか!」

 岩山の裏で寝ていた兄弟の一人が起きてきた。ちなみに兄弟達とは言っているが、生まれた時からここに一緒に住んでいるので兄弟分みたいな感じであり、血縁はなく赤の他猫である。外国人が友達を「ヘイ、ブラザー!」と呼ぶのに近い。しかしよりによってトラちゃんが起きてくるとは。

「あ~あ~……トラちゃん、実はこの子供がね……」

 落ち着かせようと、そう言いかけると、子供は起きてきたトラ柄の猫(=トラちゃん)を見て言った

「あ、君にも兄弟がいるんだね」

 いや違う。いや違わないけど君の言っているところの兄弟ではない。血はつながっていないし、もし猫に戸籍があったら完全に別の戸籍だ。

「君の方が小さいから君が妹なのかな。家と一緒だね」

 それも違う。確かに股がスースーするようになってから、自分の性別がちょっと分からなくなっていた時期はあったが、僕は身も心もオスである。のはずである。僕は目の上にちょっと長い毛があって、それがまつ毛に見えるので、メスに間違えられることがあるが、そもそも猫にまつ毛はない。ただの体毛の一部なのだ。

「おい、クロ、さっきから、うるさいのはこのガキか?」

 寝ているところを起こされるとトラちゃんは特に機嫌が悪くなる。この間も兄弟の一人で僕よりも一つ年上のうっかり者のはっちゃんがトラちゃんの尻尾をうっかり踏んづけて起こしてしまい、追いかけまわされていた。“トラの尾を踏む”という言葉をリアルで見ることが出来た貴重な事例である。

 トラちゃんの目は半眼になっていて子供にそろりと近づこうとする。尻尾も膨らんでいる。臨戦態勢だ、やばい。

「いやトラちゃん、ちょっと待って、この子ちょっと今、訳ありで・・」

 といいながら、トラちゃんと子供の間に入ると、ギラリと眼が光り僕を見ると、低い声で言った。

「どかんかい」

「まあまあ、いったん落ち着い・・・」

 言い終わる前にトラちゃんは僕に飛びかかり、覆いかぶさるように頭部を締めてくる。プロレスでいう所のヘッドロックだ。

 僕が何でヘッドロックなんて技を知っているかはまた別の機会に話すとしてとにかく痛い。見た目は地味だが、実はプロレスの技の中でも対格差がある場合は、特に痛い技である。痛いわりに観客の反応が薄い、やられる方はそんな技だ。

「ギャー‼ 猫殺し~」

 僕は叫んだが、顔が圧迫されてほとんど声にならない。

 すると子供は。

「あ、違うんだ、トラ柄のお兄ちゃん。僕はこの子をいじめてるんじゃないんだ。そんなにその子を抱きかかえて守らなくても何もしないから。ごめんな。妹が危ないと思って助けに来たんだね」

 だから違うって、僕はオスだし、トラちゃんはお兄ちゃんではない。僕は黒くてでトラ柄でもないのになんでそう思うのだ。そして僕が危ないのはまさに今なので、早く助けてほしい。

「誰が誰ののお兄ちゃんじゃ~!」

 お兄ちゃんと呼ばれ、さらに激高して力が入るトラちゃんのヘッドロックから逃れようとじたばたしていると、顔のひげがトラちゃんの前足に巻き込まれてめちゃめちゃ痛い! 僕はひげを伸ばしてギネスブックに載ることが夢なのに、世界記録まで伸びる前にひげが切れてしまうじゃないか、そういえば猫ひげの長さの世界記録が19センチだって誰から聞いたんだっけ?……と薄れゆく意識の中で今じゃなくてもいいことを考えていると、どこからともなく最近も嗅いだ覚えがあるいい匂いがしてきた。

「猫のお兄ちゃんは偉いね。そんな身を挺して妹を守るなんて。これ、よかったら食べてよ」

 と言って、子供が例のドロッとした美味しいのを差し出してくる。トラちゃんは一瞬でヘッドロックを解き、細い袋から出るドロッとした美味しいやつに夢中だ。トラちゃんの食い意地が張っていて助かった。薄れていた意識がゆっくり戻っていく。

「おいしい? よかったね。さて、僕は帰るよ。やっぱりお兄ちゃんは妹にやさしくしないといけないよね」

 子供はなにやら目を輝かせながら盛大に勘違いをしているが、とにかく家に帰る気になったようだ。これ以上居座られたら僕の身が持たなかったので歓迎すべき決断ではあるが子供がこんな暗い中、一人で下山するなんて危なくてしょうがない。ひざの怪我だってこの岩山まで登る途中に転んだかなにかしたのだろう。何度も来ている場所とはいえ、よく暗い中ここまで来たものだ。ただでさえ暗いのに登山というのは登りより下山の方が危ないと登山客もよく言っていた。

 すると子供はカバンから何やら取り出し、指を何度か動かすとその何かで話し始めた。これはよく見る人間が他の誰かと喋ってるやつだ。初めて見たときは人間が大声で独り言を喋ってて、こわっ! って思ったものだが、よく観察しているとどうやらほかの場所にいる人間と喋るための道具らしいことがわかった。


 トラちゃんが食欲を満たされ、寝床に戻っていくのを見届け、子供と一緒に迎えが来るのを待っていると、ほどなくして、父親がやってきた。この場所は山の中腹にあるが、例のゴトゴト揺れる乗り物で近くまで来られるらしい。この子供もおそらく全部山道ではなく乗り物が通れる道で近くまで来たのだろう。

「真司! こんな夜遅くに山に登ったら危ないだろ! 山を嘗めるなってさんざん言ってるだろうが!」

 真司と呼ばれたその子供はやってきた父親に激ギレされ、半泣きになって帰っていった。その父親がさらに大声で叱っていると、またトラちゃんが殺し屋のような目をして起きてきて、父親に飛びかかろうとしていたので、僕はまた身を挺して防いでいた。

「猫ちゃん、迷惑かけてごめんね。真司のそばにいてくれてありがとう」

 父親は僕に丁寧に挨拶をして子供を連れて帰って行った。僕としてはお礼よりもあのドロッとした美味しいやつを頂きたかった。やはり感謝と言うものは言葉だけでなく形にしなければ。

 ともあれ、猫騒がせな親子が去り、やっと岩山に静けさが戻った。辺りに聞こえるのは虫の声と木々の葉が擦れる音だけである。騒がしいときはその音に気付かないが、静かだと思っていた夜も割といろんな音がしているものだと思った。

 今だ怒りながらも、なんとか再び寝床へ帰ってもらったトラちゃんを見送り、僕もまた寝ることにした。

 ああ、それにしても首と顔が痛い。僕は顔を洗って髭のチェックをする。よかった髭は無事だ。トラちゃんは乱暴者だが一応最後の一線は守る漢……じゃなくメスなのだ。そう、あの子供に百歩譲って僕らが兄弟だとしてもトラちゃんはお兄ちゃんじゃなくて()()()()()だと言うことは伝えたかったが、それは叶わないだろう。                                    

                                            続く

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