闇に転じて、光を掴む!
ルナは家に帰る最中、何度も合格証明を取り出しては確認しながら歩いていた。
「魔法、使えるんだ・・・」
風、火、水、土、出力できるだけでもこれだけある。悪魔といえば人間からすれば無限に近い魔力を有する存在だ。どれだけの魔法がつかえるようになるのだろう。
希望が蘇って、全てが上手く行くような気持ちになる。
父親の名誉もきっと守られるだろう。魔力を偽装したなんて馬鹿げた事はこの魔力を見れば皆が間違いだと笑うだろうし。
「ただいまぁ」
笑顔で帰宅したルナを両親は驚きとともに出迎えた。つい先日まで塞ぎ込んでいたのだから仕方ないのだが、それ以上に娘が試験の合格証明を持ってきたのだからさらにである。
「合格した!」
「お、おーー!良かったじゃないか!」
暗い雰囲気から一転して、二人は手を取り合って飛び跳ねている。
「よかったわねえ」
「うん!」
「ホントに!」
母も二人が跳ねているのを見て思わず笑みが零れる。
エルドに掛けられた疑惑もこれで晴れるだろう。ルナが倒れた事と魔力を詐称したことが結びつかなくなったのだから。
ましてや言い出しっぺは何かと疑惑の多いガスタンである。それに対して疑惑を向けられたのは真面目一徹のエルドなのだ。
信用の観点から見てもお話にならないだろう。
「いやぁ、良かった良かった・・・ん?」
エルドは安堵して胸を撫で下ろした。その時にふと、ルナの胸元にあるペンダントが見えた。
「これはどうした?」
「これ、あ、うん。ルルイエ先生がくれたの!」
「ルルイエ先生が?」
エルドは娘の言葉に不思議そうな顔をした。
ルナが付けているのは日光教のシンボルだ。エルドは魔法を規制する組織に身を置いていただけに魔法や魔力のコントロールに使われるタリスマンやアミュレットの類にはそれなりに知識がある。
(魔法使いが教会からタリスマンを・・・?)
この世界の巨大宗教である日光教は遍く人に信仰されているが、かなり身近に例外がある。それが魔法使いである。
正確には「熟練した」魔法使いであるが、彼らの中には教義における禁術を学ぶ為に破門されているものもいる。魔法局が設立されたのも元々は日光教の管理から外れた魔法使いの管理と監視が目的であるが、彼等の探究心は困り物である。
そんな中で自分達が見知っただけでも卓越した魔法技術を見せた彼女が日光教と関係があるとは思えなかった。
(彼女が・・・どういうことだろうか)
エルドは少し訝しんだがそれを振り払うような出来事が。
ビュオッ!
風が吹き込んでくる。何事かと身構えた三人の視線の先には一枚の封筒が。ひらひらと舞うそれはルナの手に収まる。
「ルルイエ先生からだ・・・ええと」
封筒を開いて中身を見ると今回の試験の合格を祝う文言が書かれている。そして後半にはこう書かれていた。
「――という訳で、しばらくは自分の魔力を注意深く見てください。貴女の体調によくない変化があるとことだからね。それと、日光教の聖人、エトナーに面通ししてもらってくださいな。あの人、めんどくさがりだけど、見る目は確か。困ったときは大いに助けになってくれるはずよ」
夕食後、ルナがルルイエから託された封筒を開いたとき、そこには綺麗な手書きの文字でそう書かれていた。
「・・・エトナー?」
娘が首を傾げながら読み上げた名に、エルドの手がぴたりと止まる。
「その名前・・・どこで聞いた?」
「先生からの手紙に。『面通ししてきて』って」
エルドは眉をひそめ、深く息をついた。
「聖人エトナー・・・日光教の高位聖職者のひとりだ。かの教団創設期から今なお現役と言われている……真偽不明の、伝説的な存在だ。不死身だの、神の寵児だの、ぐうたらだの、酒浸りだの――真逆の噂ばかりが飛び交っている。だが、共通して言えるのは――」
「・・・言えるのは?」
「『会うと厄介』ということだ」
「うわぁ・・・」
思わず顔をしかめるルナ。しかし、エルドの心には少し安堵が広がっていた。
これほどの大物が関与しているというのなら、あのペンダントの不自然な反応も、娘の異常な回復力も、ある程度は筋が通る。
(ルルイエ先生が、エトナーを頼るほどなら……この件は、本当に教会の大局に関わる何かかもしれないな)
娘の力は偶然ではなく、意図的に導かれたもの――そう考えることで、彼の疑念は一時的に霧散していく。
ルナは手紙の続きを読む。
「『場所は修道会の裏手にある古い礼拝堂よ。
たぶん彼女、掃除もせずにごろ寝してると思うけど……中身は保証するわ。
あと、間違ってもお酒を差し入れに持っていかないように。話が進まなくなるから』・・・か。すごい人、なのかなあ?」
「さあな。私は会ったことがない。が――彼女に会った者は、決まってこう言うらしい」
「なんて?」
エルドは肩をすくめ、ため息まじりに答えた。
「“もう二度と関わりたくない”」
「うわぁあ・・・」
本格的にルナの表情が青ざめるのだった。




