砦の隊長さんは? その2
キリルはささやかな抵抗を試みたがそれらは全て無駄に終わった。
理屈の上でも、現在の物理的な力関係からしても全く無力だったからである。
「サイン!」
「やりますです、はい・・・」
弱味を握られ、そしてさらにたった今自分は悪魔の奴隷になってしまった。
そんな絶望に震えているキリルに悪魔は笑顔で肩を組む。
「そう悲観することはないぜ、兄弟。お前は代わりに無敵の力を得たんだからな」
「無敵・・・?」
「この契約は一方的なもんじゃない、お前にはこれから俺が力を貸してやるんだからな」
男が指を弾くと淡い光と共にキリルの体に力が漲るのがわかる。それは本来彼に適性のないはずの魔力だ。
「こ、これは・・・!」
「お前はただの兵士じゃない、これからは魔法も使えるんだ。どうだ?未来が明るくなってきただろ?」
キリルは新しい飴を与えられ、不安もどこへやら。実際問題彼はこの後に救援を要請する必要はなくなった。
悪魔由来の魔法の力を使えば山賊や盗賊など物の数にならず、キリルはそれらを自作自演を交えて報告する
ことで本国に都合のいい状況を伝え続けた。
さらにはその力に常人が太刀打ちできないのをいいことに砦を力と金銭で支配し、砦のほぼ全員で
人身売買に加担した。
悪事が露見しそうになれば本国の悪魔に報告すればもみ消してくれるし、自身に逆らうものは
魔法で消すかこれも悪魔に引き渡せば何事もなかったように処理してくれる。
キリルは以前の不安など忘れてしまったかのように悪事を重ね、人生の春を謳歌し続けていた。
そんな彼に悪事のツケが回ってきたのは今月の頭に入ってからだった。
「おかしい、人間商品の納入は終わってるはずだぞ・・・」
契約書を見ながらキリルは冷や汗をかいていた。普段なら毎月の納入が終わる度に
更新されていた期限が刻一刻と減り続けているのだ。
「どうなってるんだ?確かに・・・おい、なんとか言ってくれ!」
契約書に向かって声を掛ける。普段ならとっくに返事が来ているが・・・。
今回に限ってうんともすんとも言わない。キリルは不測の事態をどうしたものかと
考えたが残念ながら彼にはどうすることもできなかった。
まず悪魔に抵抗する術というものが彼には浮かばなかった。悪魔は人間の常識から外れた存在だ。
魔法使いや聖職者、果ては隔絶した武技の持ち主だけが対抗しうる存在。
その力は借り受けた力だけで他人を蹂躙してきたキリルには嫌というほど知っている。
そんな悪魔がまさか既に倒されているとは夢にも思うまい。
「ダメだ・・・このままじゃ俺は魂を奪われちまう!」
そんな彼にさらに追い打ちを掛けたのが件の悪魔が倒されたことに起因する悪事の露呈だ。
過去の水増し請求、人身売買の関与の疑い、新人隊長が行方知れずになったことの調査
上げればきりのない身に覚えのある原因が元の本国からの疑惑の眼差しにキリルは
進退が極まってしまった。
「いっそ、教会に出頭して・・・いやダメだ!人身売買がバレたら俺は破滅だ・・・」
悪魔に唆されてとはいえ人身売買にまで手を染めてしまったのは悪手だったと
今更ながらに後悔した。人身売買は教会が唾棄するべきとする悪事の一つ。
それに手を染めたことでキリルは教会を頼るという選択肢を失っていた。
金でどうにかできるかもしれない、しかし相手は悪魔である。高位の聖職者を抱き込むにしても
魔法使いを雇うにしてもその金額は膨大だ。
そしてさらに恐れるべきはそれで悪魔と縁を切れなかった時だ。
契約の一方的な破棄は悪魔にとって屈辱でしかない。名誉を傷つけられた悪魔が如何様な手段に
出るかは考えるだけで恐ろしい。
「ああ・・・お、おれはどうしたらいいんだ・・・」
ずるずると刻限が過ぎていく中、キリルの頭を悩ませる事態がさらに起こった。
「大変です!捕まえておいたエルフが一人いなくなっています!」
「なんだと!警備は何をやっていた!」
「それが物見にいた兵士も全てやられていて・・・」
「・・・何があったんだ・・・?」
砦の兵士は確かに飛びぬけて強いわけではない。だからといってそこらへんの暴漢に負けるわけも
ないし、もし魔法などを使ったのなら自分が探知できるはずなのだ。
そんな自分の魔力探知を掻い潜って、さらに一人とはいえ人をつれて逃げおおせているとなると
只者ではない。
「もしかして本国が雇った密偵か・・・?」
キリルは自分で言った言葉に戦慄した。調査するぞと銘打ってまだ時間があると思わせてからのこれ
である。本国は本気だ。証拠でもあるエルフを連れ去られた以上もう言い訳もできないだろう。
それが無関係だったとしても侵入者を排除できなかったことは大きな失態である。
「ど、どうしたら・・・」
『どうもこうもねえよなぁ・・・?』
聞きなれた声にキリルは心臓が縮む感覚がした。




