悪魔の契約書!
アダムは恐らく発生しているであろうカティナとルナの温度差にどうしたものかと考えつつも咳払いをして話を戻した。
「契約書があれば証拠としては申し分ないがそれがエルフたちの安全とどう関係するんだ?」
「ここ見てみ、『生きたエルフ』と書かれているだろ?んでもって契約書はまだ生きてるんだ」
「結んだ相手が倒れているのにか?」
「納品ってのがミソだな。契約の文言を上手く組んでるから受取人が居なくても契約が成り立つようになってる」
「特定の場所に特定の何かを運ぶのが契約の内容ってわけか」
悪魔との契約は人が願い、悪魔が対価を得てそれを叶えるというのが基本的な流れだ。それに際して前払いが多かったが悪魔が商売に手を出している場合、様々な形態の契約がなされる。
言うなれば人間が商売をする際に交わす契約と同じ物であるが悪魔のそれは代償が大きいが人の魂や命と言う無形の物で契約を結べるので愚か者や野心家が手を出しやすい 。
「この砦の責任者がどうも契約相手らしい」
エトナーが契約書をアダムに見せるとアダムはその内容に肩をすくめた。
「随分と・・・、思い切った契約だな」
「破滅するのは勝手だが他人を巻き込む行為は頂けないよな」
規定の人数が集まらなかった場合魂を奪われると書いてある。対価にどれだけの物を得たのか分からないがこの相手に如何様にも取れる契約を交わすことがどういう意味を持つかこの砦の主は知らないらしい。
「魂を奪われたら何が起こるかわからんのはこの男が魔法や宗教の教えに疎いからだろう」
「魂と命って奪われるのに違いがあるんですか?」
「雲泥の差って奴だ」
エトナ―の考察にルナが質問を投げた。ルナは聖職者の娘であるが、どうもそう言ったことを聞いていなかったらしい。しっかりしろ。
「命は生命の、いわば肉体に宿るエネルギーだ。これは純粋で貴重なエネルギーだが悪魔に取っちゃ煙管に詰めて吸う程度の娯楽にしかならん」
「人の命って・・・」
えーっ、といった表情のルナ。本来なら人から人に移すことで人を活かすことも殺すこともできるエネルギーであるが悪魔との取引においては「命がけで契約守ります!」という意志表示にしかならない。
悪魔によっては命がけの人間が産み出すドラマや発想を見ることに生きがいを感じているものもいるので結構好まれる対価でもある。しかしながらこれはエトナ―の言う通りエネルギーの塊である悪魔にとっては嗜好品の枠を出ない。
「それに対して魂というのは命を肉体に留める奇跡の一部であり、魂を奪われるという事は命をそっくりそのまま奪われることに等しい」
「命とどう違うんですか?奪われるとどちらも死んじゃいますよね?」
「人を財布に例えると命が中に入ってる金で、魂は財布そのものだ。財布を奪われたら中の金も貴重品も全部奪ったヤツの意のままになるよな?まあ、なんだ・・・ざっくり言うとだな」
「言うと・・・?」
エトナ―は人差し指をこめかみに当てて舌を出した。
「悪魔に体を乗っ取られる。中身を全て引っ張り出された後、人界に居残るための依り代にされちまうのさ」
「えーっ、人間の体に悪魔って入れるんですか?」
「フラウステッド、お前さんの物差しはすごーく狂ってる。後で説明してやるから黙ってなさい」
「はーい」
ルナを黙らせつつアダムは前回対峙した悪魔について考えを巡らせる。
(そういやあの支配人の男も姿を変えるまでは見た目は人だったな・・・すでに犠牲者が居たか?まったく恐ろしい話だ)
実際のところアダムの予測は当たりで、支配人に化けていた悪魔は今回のような契約を人間と交わしては人界での身分や顔を作っていたのだ。いかに悪魔といえど裏社会で成り上がるには長時間人界に留まる必要があったのである。
「それで、踏み込む理由は?エルフが殺されないなら運び出されてから街で助け出すこともできるだろ?」
「期限とそこに書いてある補足見てみ」
「期限・・・?」
アダムがよく見ると契約には「互いに定めた期限を一カ月以上過ぎても商品の納入が確認できない場合、対価を強制徴収する」と書いてある。アダムはふと、嫌な予感がしてエトナ―に尋ねる。
「もしかしてこの納入が確認できない場合というのは・・・」
「まあ、あの悪魔が確認しなかったらだろう」
「その悪魔はもう人界にはいないよな?」
「いないね」
「なら商品の納入は・・・」
「確認できないだろうな」
アダムは嘘だろ、と頭を抱えた。
「まさかこの契約の不履行を理由にまた魔界から舞い戻るつもりなのか?」
「そのつもりだろうさ、実際問題奴は聖職者によって浄化されてないからな」
「保険を既にかけてあったとはな・・・」
アダムは悪魔がやけにあっさりと殺されたことに合点が行き、悪態をつきたい気持ちになった。




