禊を!
ポエトは再び強い後悔の念を感じていた。
目の前で醜い笑顔を浮かべながらこちらに諂う男の顔を見て。
(私はこんな男の嘘すら・・・)
そして横目で二人の姿を見やる。表情には怒りが浮かんでおり、感情が波のようにこちらに伝わってくる。
自分が不甲斐ないばかりに。
そんな言葉が頭に浮かんでは消えていく。目を開いて見つめてみればこの有様だ。
「そ、総帥・・・」
笑みの奥に見え隠れするどす黒い欲望。諂いの裏に隠れる自身を軽んじる傲慢さ。その全てを見透かすと吐き気すらした。
「君は、未だに自分が私を騙しおおせることができるとおもっているのだね」
「そ、そんなことはありません!私は・・・」
ダッカーノは図星を突かれたと言わんばかりの反応を見せたがそれでも事実を認めようとはしなかった。
しかし総帥が自分を疑っている。それだけがわかったようだった。
「私は組織の為に働きました!その証拠に銀の黄昏の名はとどろいているではありませんか」
「名か・・・」
悪名も名なりってか?とエトナ―は後ろでぼそりと呟いた。アダムは白けた顔でダッカーノを見ている。
悪名を全てこの組織に押し付けるため、ダッカーノは全ての契約に丁寧に銀の黄昏の名前を書いていた。その為に銀の黄昏は異例のスピードで教会の警戒対象となり、エトナ―が出張ることになったのだ。
「確かに有名になった・・・とても、とてもね」
「・・・」
含みのある言葉にダッカーノは流石に黙り込んだがポエトはそんなダッカーノを冷たく見下ろした。
「聖人と事を構えるに至るまでキミはよくよく、銀の黄昏を有名にしてくれたね」
「それに、金銭の収入に人員の拡充も・・・!」
「古い書物で何も知らぬ者を誑かして金銭を得て、自分に都合よく動く人員の拡充を頑張ったね」
そこまで言われてダッカーノはとうとう告げる言葉が無くなってしまった。目の前の若造と侮っていた男性は全てを知っている。知っていて放置されていただけだったのだ。そして、今、自分はどうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだった。
(どこだ、私は、どこで間違った・・・?)
今更になって自身の行動を顧みたところでもう手遅れだった。ポエトはまるで山から吹き下ろす冬の風のように冷たい眼差しで自身を見下ろしている。周囲を見渡してみても誰も彼もが自身を厳しい眼差しで見ている。自分の飛躍のきっかけとなるはずだった魔法使いですらもだ。
「あ、アルドラ殿!お助けくだされ!これは何かの・・・」
「いや、間違いではないよ」
アダムはそう言うと変装を解いた。するすると顔が変わり、元の顔が露わになるとダッカーノは絶句した。
「お前さんは最初からワシらの掌の上さ。少しばかり順序は前後したが概ね予想通りといったところかな」
「だ、だましたのか!」
「そうさな、残念ながらワシに関してはそうなるな」
アダムは特に悪びれる風もなく答えた。
「お前さんがやってきたことに比べたら些細な事だろうしな」
「・・・」
ダッカーノは歯を軋らせた。アダムを睨んでいたがポエトが一歩踏み出したのに気付いて再び視線を戻した。
「ダッカーノ、悪魔が契約や裏切りに厳しいということは知っていると思う」
「・・・そ、それがなにか?」
「実はそれに関しては精霊もなんだ」
ポエトが杖を振るとダッカーノの体に紋様が浮かび始める。
「これは一体・・・!?」
「先ほどの約束を守ってもらう・・・『君の探求する魔法に誓って君は何もしていない』という誓約を、そして私の信頼を踏みにじった罰、付け加えるならこの綱領から逸脱した罰を受けることでね」
杖の先に光が灯ると同時にダッカーノの体に浮かんだ紋様が同様に光り、煙を上げた。
「ぎゃあっ!熱い!体が焼ける!」
「君の魔力を動かす回路を焼き、魔法を差し出してもらう」
もがき苦しむダッカーノにポエトは冷たく言い放った。そして、綱領を開いてさらに続けた。
「君は綱領に記載された規則に違反し、尚且つそれを認めることなく虚偽を申し立てて処罰を免れようとした。その処罰に関しては『追放・除名処分』が適当だ。そののちに教会に君を連行する」
「そんな、ことが・・・!」
エトナ―はその言葉を受けて立ち上がると笛を吹いた。それは審問官を招集するためのもので、付近で待機していた審問官たちがぞろぞろとやってきた。
「罪状を改める必要はねえよな。申し開きはウチの牢屋でするといいぜ」
看守が聞いてくれるかもしれねえ。とエトナ―が言うが早いか審問官たちは彼らを檻付きの荷車に押し込んでいく。
何人かは抵抗するそぶりも見せたがそのような事が彼らに通じるはずもなかった。
「そんじゃあ、私はそろそろお暇するよ」
エトナ―は審問官が頭を下げて去っていくのを見送ると自身も杖を肩に担いで顔を上げた。時刻はもう夕暮れに近づいていた。エトナ―は何処からか革袋を取り出すとぐびぐびと飲み始める。
「日が暮れるな、お前らもさっさと帰れよ」
そしてポエト達を見ると笑みを見せ、酒臭い息を吐いてそのまま歩き去っていった。




