望まなかったがゆえに・・・
それからどれくらい時間が経っただろう。彼女は自分が横になっているのに気付いた。
そして体がなんとなく暖かい。さらに言えば頭になにやら柔らかい感触も。
「ん・・・」
「気が付きましたか?」
シュトリクは首を動かして状況を確認しようとした。
「・・・」
ああ空半分を覆う山脈よ。約束の地はここか。
暖かいし柔らかいし、はんぱなく癒されるような感じ。
「もうここに住みます」
「それはさすがに・・・」
お家賃払います、のたまうシュトリクにルナはさすがに困った。というかちょっと引いた。
「お疲れでしたね、一応治癒術とか色々しましたけど・・・なにか辛いところがあったら言ってくださいね」
「ありがとうございますぅ・・・」
悪魔なのに天使だ。ああ、女神でいいかも。とシュトリクは横になったまま感涙した。
大人のビジネスの中でもそうだし、組織の中でもそうだ。命令されたり、要求されたりすることは多くなったがそれと反比例するように褒められたり、労わられたりすることは減っていく。
ましてや今の銀の黄昏は自己中心的な研究バカか、倫理が二の次の魔導士くずればかり。そいつらはなにかと面倒を起こしてはシュトリクに負担を強いてきた。
幹部だから、側近だから、総帥の許可を得たから、理由は様々だが決まって後に続く言葉は
『だから後始末はよろしく』
だった。任せて当然、やってもらって当然と言わんばかりの態度にシュトリクは苛立っていた。
彼らの中には若くして組織の重鎮であるシュトリクを快く思っていない者も多かった。
「私ができる事が・・・そう多くはないかもしれないけれど」
もしも、困っているのなら相談してください。とルナは優しく語り掛けながら頭を撫でてあげる。
そしてその行動で・・・
「・・・ふぐぅ・・・」
シュトリクは決壊した。
『悪い虫がルナちゃんの元に行ったわね・・・』
亜空間の中、一人薬剤の調合をしていたルルイエがふと手を留めて呟いた。
普段こそ彼女に過分な干渉をしないように心掛けているルルイエではあったが彼女の元に要注意人物としてマークしている銀の黄昏の構成員が接触していることに気付いて不機嫌な顔になった。
『クソ虫が、エトナ―の慈悲で破滅を免れているだけの分際でどうしてあそこまで図々しいのかしら』
座標を魔法で探るとどうやら公園のようだ。そこでルナとその魔女が会っている。
それだけで彼女にとっては許し難いことだ。事情によってはその場で何処かへ連れ去って処分してやろうとルルイエは席を立った。
『・・・』
空間に裂け目を作って、ルナ達の前に降り立つ。すると・・・
「うぅぅぅぅぅ・・・!あいつらホント、ホントやなやつらでぇぇぇ!」
「大変でしたね、ホントによく頑張ったと思います」
「ううーーー!」
ルナの膝に縋りついて泣いている女性を発見した。どうにも彼女らしい。
何度も自分達の妨害にあってルナに会えず、仕事ができないと愚痴をこぼしていた女性のはずだが・・・。
現在の彼女はどう見てもルナに慰められて大泣きしている。
『・・・どういう状況?』
いくら狂気の代弁者たる彼女も大の大人が顔を赤くして号泣している状況には戸惑うのである。
「よしよし・・・」
「びぇぇええええ!」
『マジでどういう状況?』
ルナの身辺をガードし始めてからというものの何度か顔を合わせ、時には戦闘にもなったというのに目の前の女性はまるで疲れ切ったOLか何かのように泣きわめいている。
「ルルイエ先生、人にはどうしても・・・泣きたいほど辛い時があるのです」
『う、うん・・・それは見てたらなんとなくわかるんだけど・・・」
エトナ―に連れられて教会でボランティアをしているルナはそこで身に着けたのか、それとも母親の慈愛を受け継いだのか時折慈母のような微笑みを見せることがある。癒し効果のついでになんとなく有無を言わせぬ迫力もあるのだ。
「・・・ありがとうございますぅ・・・」
「いいんですよ、それより。もう大丈夫ですか?」
ようやく泣き止んだシュトリクはルナにお礼を言いながら鼻をすすった。目元は真っ赤だがどうにもすっきりした顔をしているのでたまっていたものを吐き出せたのだろうか。
『貴女、布隠れの魔女・・・よね』
「そうですぅ・・・」
鼻声で応える彼女にルルイエは困惑が深まるばかりだった。エトナ―やルルイエなどの頂点から見れば及ばないものの彼女とて一流の魔法使いの一人だ。それが目の前で自分の弟子に慰められている姿など想像できただろうか。
『それで、此処で何をしてたの?』
「編み生地を編んでたら彼女と会って、そこで立ち上がろうとしたら立ち眩みがして・・・」
倒れて介抱された後、優しい言葉を掛けられてたまりにたまったストレスが爆発し涙腺が崩壊したとそう告げられた。
『そ、そう・・・大変、だったわね?』
どう返したものかわからず、ルルイエはそう答えるしかなかった。




