布隠れの魔女は
布隠れの魔女が属する銀の黄昏は本来はただ魔法の真理を追究する秘密結社の一つだった。
だがその総帥となった一人の男性が類まれなるカリスマ性と魔法使いとしての能力を示したことがその転機になった。彼を慕う者が増えて組織が大きくなったのである。
そうなってくると今度は組織を管理する者が必要になった。しかしそう言った役職をやるには能力だけでなく人望も必要になるが銀の黄昏は総帥の威光が輝かしいだけに非常にやりにくいのである。
『とにかく今は教会との敵対関係を終わらせるために彼女の協力が不可欠だ。どうにかやり遂げてくれ』
「はいはい、わかってるわよ。レイン」
布隠れの魔女は踊り子風の女性ことレインが組織の中では比較的真面目な存在であることを知っている。
しかしながらほかの連中は必ずしも組織の健全化を目指しているわけではない。
総帥が大抵なんでもOKを出すため組織はその規模に対して統制が取れているとはいいがたい。
それ故に教会は自分達を毛嫌いしているし、エトナ―も基本的には敵対的だ。
「でもさ、それに対しては私・・・色々と不満があるのよね」
『・・・』
「教会に関しては好き勝手してたやつが謝れば最低限の権利は担保されるでしょ?どうしてそれができないの?」
布隠れの魔女は今回の任務に対して色々と不満がある事を打ち明けた。少なくとも彼女は銀の黄昏の中で健全で社会に対してなにも後ろ暗い事をしていない。法に触れることもだ。
『総帥が良いと仰ったことだ。仕方ないだろう』
「総帥が良いと言うのは研究であって、その為に法や道徳を踏み外していいとは言ってないはずよ」
『それはそうだが・・・』
「だからさ、私はかの大悪魔と個人的に親交を結んで・・・その過程で得られるものを共有するのは構わないけどそのツテを彼らに勝手に使われるのは嫌なのよね」
どうせろくでもないことに使うでしょ?と言うとレインは流石に言葉に詰まった。おそらくはそうだろう。
レインとしてはかの大悪魔に教会との仲立ちを頼んで組織の社会的地位を上げたいという目的がある。
しかし組織の中で問題を起こしてきたやつらほど組織の共有財産を食いつぶしていくのだ。
「組織の運営にかかる資金も稼いで、ツテやコネを作って、それで得られるのが馬鹿どもの尻ぬぐいってのがそろそろ限界なのよ」
『総帥の為だろう』
「それが限界だっていうのよ。あのバカに制裁を加えて、その過程で聖人に頭をカチ割られて、その後に待っていたのが追加の仕事。そこで大悪魔にキレられかけて、その後にもこうして自分のことそっちのけでコネを繋ぐのに必死になってる!」
布隠れの魔女はあーっ!と頭をばりばりと掻き毟って叫んだ。
「総帥はいいわよ!あの御方は!あの御方だけはね・・・でも、組織はもうダメ、クソよ」
『そろそろ堪えろ、流石に・・・』
「・・・ええ、でもね。私ももう限界よ。あの子にもう一度だけ会って、それでだめならもう私はどこへなりと行くわ」
『落ち着け、疲れてるのか?』
「疲れてるか?もちろん疲れてるわよ。転移術が使えるからって方々に飛ばされて頭下げる仕事と尻ぬぐいばっかりしてるんだから」
表情が疲れ切ったままコロコロと変わり、それとは裏腹に手元が忙しなく動いてまるでプリンターのように布地を作り続けている。そんな彼女の作った布や編み生地が組織の中で数少ない健全な収入の一つだ。
「綱紀粛正をする部署が必要だわ、それが組織されないならもうあそこは結社でもなんでもない。ただのならず者の集まりよ」
『・・・わかった、キミを引き留める事と問題を減らすには避けて通れぬことだ。私が提案し、部署を編成する』
約束する。と念を押されてようやく布隠れの魔女は安堵の息を吐いた。
「あー・・・うー・・・」
昼下がりの公園。毛糸玉の入った籠を隣に置いて、ベンチの上でそれを片端から編み生地にしていく。
機織りで作る布ほど繊維の目が細かく、染め物や見た目がいいわけでもないが空気を含んで伸縮性があるため着易く温かいため冬に備えて生地を作って置けば仕立て屋がそれをいい値段で買ってくれるのである。
「いー・・・えー・・・」
虚ろな目をしながら布隠れの魔女は温かい日差しに照らされて手元だけは器用に動き続けていた。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
そんな時、ふと彼女に声を掛ける誰かの声が。意識が戻るのが遅れて返事が出来ずにいると自分の顔を覗き込んでいる顔が存外近くにあって魔女は驚いた。
「おおっ・・・ごめんなさい。ぼーっとしていたものだから・・・」
「いえ・・・、それより大丈夫ですか?」
眼を擦って、生地を編んでいた手を留めると目のまえに件の少女が立っている事に気付いて再び彼女は驚いた。
「る、ルナさん?」
「はい、覚えててくれましたね。ええと、布隠れの・・・」
「シュトリク、そう呼んでください」
「シュトリクさん?ええとでも前は・・・」
「今は仕事ではないから、個人的にお会いできてよかった。ご心配の通りだけど疲れてて・・・」
そう言って立ち上がって、ルナをベンチに座るように促そうとしたところでふらついて立てず、中腰になったところでまた座ってしまった。
「う・・・やば、ちょっと・・・めまいが」
ベンチの上なのにまるで時化の海の船のように視界が揺れ始め、彼女はそのまま目の前が真っ暗になった。




