暗躍!ガスタンの策謀!その5
魔法学校を飛び出したアダムは駆け足で聖堂へと向かう。
(あのぐうたらが聖堂なんかに彼女を呼ぶはずがない!)
エトナ―のぐうたらぶりは普段から枚挙にいとまがなく、彼女自身どこでも聖域を作り、祭具無しでも奇跡を行使できるという実力に裏打ちされているからか奔放な彼女は施設を利用することが少ない。
人と会う約束した際に待ち合わせに使う場所は基本的に自分が塒にしている古い教会か酒場の二択という徹底ぶりである。
「!・・・ああ、くそ!」
目の前に古びた修道服を纏う見知った顔が見えた。今回に限っては完全に嫌な予感を補強する場面なだけにアダムは思わず悪態をついていた。
「なんでぇ、尼さん前にして悪態か?天国いけねえぞ?」
「事情が事情だ、すまんがフラウステッドと会う約束をしたか?」
「・・・してないな」
エトナ―は少し考え込むとそう答えた。アダムはそれを聞いて疑惑を確信に変え、頭を抱えた。
「聖堂に向かったらしい、おそらく何かしらのトラブルに巻き込まれてるはずだ」
「それは穏やかじゃないな・・・」
二人は顔を見合わせたがすぐに聖堂へ向けて走り出した。
「邪魔するぞ!」
エトナ―が勢いよく聖堂のドアを蹴り開けた。
「おま、シスターが聖堂のドア壊すなよ」
「緊急事態だ」
聖職者が聖堂やらを大切にしないことにアダムは内心で頭を抱えていたがエトナ―の言葉にも一理ある。
聖堂はエトナ―が派手に入ってきたにも関わらず不気味に静まり返っていた。
「誰かいないか!」
アダムも次いで中に入り声を上げた。しかし返ってくるのは静寂ばかりである。
そんな中でエトナ―が誰かの存在に気付いて駆け寄るのが見えた。
「マルティナ!」
「知り合いか?」
「同僚だ、しかしなんでこんなところで・・・まさか結局仕事を受けたのか?」
「仕事というと?」
真っ青な顔をして倒れているマルティナを抱え起こすエトナ―。アダムはそれを隣で身ながら尋ねる。
「私らの仕事にはよくよく政やら金やらが絡む仕事が舞い込むんだ。寄付だけでやってける世界なら楽なんだがなぁー・・・」
「それで、このお嬢さんが厄ネタを拾ったと?」
天を仰いで神様に祈りそうなエトナ―にアダムがさらに続ける。教会は慈善事業が多数を占めるだけに金銭的には苦しいのだろう。もちろんそれに使える聖職者たちも。それ故に彼女たちは時折「お金のため」の仕事をせざるを得ないのだろう。
「ああ、たぶんな。そんでもって恐らくだがルナちゃんがらみだろう」
「だんだんと頭が痛くなってきたぞ、それでどうするんだ?彼女はとてもじゃないが意識が戻りそうにないぞ」
アダムの心配を受けてエトナ―はふふん、と豊かな胸を張って答える。
「任せろ、こういう時のための聖職者だ」
「ひどく心配なのは気のせいか?」
「地獄行きにされてぇのか」
「お前になんの権限があるんだ・・・」
早くしろ、というアダムの表情にエトナ―は大層不満顔だったがマルティナの背中に手を当てて目を閉じる。
「ふんっ」
「・・・かはっ!ごほごほ!」
手が微かに光ったかと思うとマルティナの顔に生気が戻り、咳き込みながら意識を取り戻した。
「おぉ、流石だな」
「どうってことない、それよりマルティナ!いいつけを破ったな、何があった?」
「し、シスター・・・」
意識を取り戻した際に咳き込んだことで目を白黒させていたマルティナだったがエトナ―の声を聞いて正気に戻ったのか申し訳なさそうに身を小さくしながら答えた。
「ここで、ルナ・フラウステッドさんの内面を調べる術を行使して・・・」
「それだけでここまで消耗しないだろ、ほったらかしにされてたら最悪死んでたぞ」
「床の一部が小さく削れてるな、これが関係してるのか?」
アダムが魔法陣の中央に微かに削れて無くなっている床板を見つけた。まるでそこを起点に何かが起こったようだ。
「封印の術を使いました・・・」
「一人でか?」
マルティナはエトナ―の問いかけに頷いた。エトナ―は彼女を問い詰めようとしたがマルティナがまるで子供のように泣き出したのを見て思わず驚いた。
「怖かったんです!あの子が、いきなり!恐ろしいものに・・・かわる、しゅんかんをみてっ・・・」
「成った瞬間を見ちまったんだな?怖かっただろうに、だからやめとけって言ったんだぞ?」
エトナ―はマルティナが過去に悪魔の手によって怪物に変えられそうになった事件を知っていた。
そしてそれは大抵の人間にとって一生消えない傷になることも。ルナがまさかその経験者であるとは夢にもおもわなかったんだろう。
(せいぜい低級の悪魔か精霊が悪さしてるとでも思ってたんだろうなぁ・・・あの子の見た目で中身がアレとは見抜けないだろうし・・・)
エトナ―は悪魔になるという事に関して古くからの文献や、『成った』ものの体験談、そして目の前で変態した連中を目の当たりにしているのでどうってことはないがトラウマを抱えているマルティナにとって身構えることすらできない状況下での追体験は想像を絶する苦痛だっただろう。




