暗躍!ガスタンの策謀!その4
「ひぃっ・・・」
ひきつった声が出た。それが記憶の中のルナのそれだったのか、それともそれを垣間見た自身の声だったのか。それすらもわからなかった。
目の前の少女が蠢く黒い波に飲まれて悲鳴を上げながら手足を失い、傷だらけになり、最後には異形の姿へと変貌していく。
それはかつて自身が体験した。悍ましい体験が齎すはずだった終着点ともいうべき惨い有様だった。
かつて見習いの修道女であった彼女が教会に戻ろうとしていたときだった。無力で清らかな修道女を汚し、手に入れようとした悪魔の毒牙にかかったのである。
『やめて!はなしてっ!』
『お前を眷属として迎え入れよう』
『いぎっ!・・が。あ、うああああああっ!あ、が、ぐごえ・・・!』
あの時、悪魔がそう言いながら自身を押さえつけ、その背に自身の爪を突き立てた。焼けるような痛み、そして体がその悍ましい力によって変質していく恐怖にマルティナはその時神の祈りすらも忘れて恐怖に泣き叫んでいた。
その時はギリギリのタイミングで聖職者が助けに入ったため彼女は命と人としての姿を失わずに済んだのである。
しかしそれでも彼女の目には自身の手がボコボコと歪み変形して人でないものに変わる瞬間が焼き付いていた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
自身の傷口が、忘れかけていた悪夢が蘇った。彼女はまるで自身を守るかのようにルナに厳重に封印をかけてしまった。
「!?、だいじょーーーー」
驚いた表情のまま、ルナは聖職者が使う封印の術に閉ざされてまるで時が止まったように凍り付いてしまった。
張り詰めた魔力が一気に霧散する。膝が砕け、祭壇の床に手をつく。
吐き気と眩暈が波のように押し寄せ、視界の端が黒く滲んだ。
「…はぁ…っ…」
息を吸うことすら痛い。力を使いすぎたのだろう、立ち上がるのにすら時間が必要だった。
「う、うぅ・・・」
あまりの恐怖にマルティナは涙をうかべながらエトナーの言葉を思い出していた。使命感に駆られて彼女を調べたまでは良かったが蓋を開けてみればわけも分からない内に目の前の少女に封印の術を掛けてしまっていた。
聖職者として、術者としてもあまりにもお粗末な有様だった。
——その瞬間、扉の蝶番が軋み、足音が響いた。
「・・・これはこれは、随分と都合がいい」
息も絶え絶えのマルティナの前を通り過ぎて封印の術によって石像のように固まったルナをみてガスタンはほくそ笑んだ。
「・・・な、にを・・・?」
「ご苦労だった、シスター・マルティナ。ここからは我らに任せていただこう」
困惑するマルティナを他所にガスタンは部下に指示を出すとまるでモノを扱うかのようにルナに布をかぶせて運び出していく。当然マルティナはそれを阻もうとしたが・・・
「ま、まって・・・とまり、なさい・・・!」
立つこともままならない彼女では抵抗すらできずその場に膝をついたまま手を伸ばすのが精一杯だった。
「ああ・・・そんな・・・」
「聖職者という奴がこうまで御しやすいとはな。聖人というのが例外なだけか?」
自身を見下すような、冷たい笑みを浮かべるガスタンの顔を見て彼の目的を察した時にはもうすでに遅かった。
あの男は最初から彼女をどうにかするために自分を利用したのだと。
それでも彼を阻もうと身を捩った彼女を押しのけ、ガスタンは高笑いと共に聖堂を後にした。
「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
突き飛ばされてあおむけに倒れ、無力さに打ちひしがれながらマルティナは好奇心と義務感に目を曇らせていた自分自身を恥じ入ることしかできず、ついに体力の限界を迎えた彼女は意識を手放した。
「・・・遅いな」
時間は少し遡って魔法学校にて。アダムは一人、教室で補習授業の準備を整えてある生徒を待っていた。
「補習授業と銘打って誘ってみれば二つ返事の随分と真面目な子が遅刻か?」
アダムは前回の不審者騒動からルナに何かしらの危険が迫っていることを察しており、彼女をできるだけ目の届く場所に置いておこうと行動パターンを把握できるようにしていた。
「ああ、ディーン先生。探しましたよ」
そんな中、不意に学校に勤めている用務員がアダムを見つけて声を掛けてきた。
「おや、何か御用でしたか?」
「伝言を頼まれましてね、ええと、フラウステッドさんから」
「何かあったんですか?」
少しばかり嫌な予感がする。アダムは立ち上がって用務員に問いかけた。
「ええ、なんでも聖人様に急な用事ができたとかで呼ばれたと言ってましたよ」
「あの怠け・・・聖人様が?」
「ええ、聖堂に行くとか言ってたような・・・」
アダムの頭の中で警鐘が鳴った。フラウステッドが危ない、と告げている。
「そうでしたか、それじゃあ私も失礼しますかな」
用務員には笑顔で応対しつつもアダムはすぐに出かけ支度をして急ぎ聖堂に向かうことにした。




