聖人という立場
そこに例外があるとすれば師弟の関係、もしくは孤児院出身で彼女の愛情を受けた事がある者。
彼女の膨大な知識と経験は既に他者の追随を許さない。どんな才能も霞むだけの経験がある。それを凌駕するにはもはや巷にあふれる秀才天才では到底足りないのである。
「聖人様だ」
「聖人様!」
大聖堂の奥へ進むと大聖堂の礼拝堂を護る聖騎士がエトナ―を見て背筋を伸ばした。敬虔な信者であり、日光教の持つ武力の中で最精鋭に属する卓越した武技を持つ彼らであるがそんな彼らをしてエトナ―の技量は遥か上を行くのである。
「ご苦労さん、ちょいと稽古つけてやろうか?」
「よろしいのですか?」
エトナ―はそんな彼らの前に立つとにっかりと笑う。そして手招きするように手を動かすと杖を肩に担いだまま聖騎士達の前に立つ。
先手を譲るというエトナ―の意思表示だ。
聖騎士達はそれを知っていてなお、自身は構えた槍の行先を迷った。目はどこか遠くを見ているようで、佇まいも何もかもが緊張や力みとは無縁の状態である。普段はこれに酒瓶が追加されているのだが、今日はそれもなく、本当にただ茫然と立っているようにすら見える。
「・・・ふっ!」
埒が明かないとばかりに聖騎士は持っていた槍を突き出した。鋭い、それでいて訓練された体重の乗った重い一撃。
穂先は空気を切り裂くような勢いでエトナ―に迫ったが・・・
「なっ!」
「迷いがまだちょっとあるな、不死身相手に怪我の心配なんかすんなよ」
杖の先端が穂先にぶつかり、ぴたりと止まった。腰を落としてぐいと体重を乗せてもビクともしない。
「そ、そんな・・・」
「槍を出すときには迷いを捨てろ、半端な気持ちで誰かを突き刺すと一生後悔するぞ」
すいっと杖を握る力を緩めると杖はエトナーの手の中で押される力のままにスライドし、騎士はまるで吸い寄せられるようにたたらを踏んだ。
「う、お・・・おおっ!?」
体勢を崩した聖騎士の足を引っかけて転ばせると杖の石突に当たる部分で彼の首筋を突いた。
「これで終わりだな」
「ま、参りました・・・」
「精進あるのみだ、頑張りな」
鎧を着こんだ聖騎士を片手で助け起こすと目を白黒させている聖騎士達を他所にからからと笑いながらエトナ―は礼拝堂の奥へと進んでいく。
「まるで力が抜けたみたいにピタリとも動かなかった・・・」
「完全に遊ばれてたな」
聖騎士達は僅かなやり取りでもわかるほどの実力差に唖然とするしかなかった。
「おうい、マウンティニア!いるかー?」
荘厳な礼拝堂の中でエトナ―が叫ぶと祈りを捧げていた老人が立ち上がって振り返った。
老人は厳めしい雰囲気の老人で、老体ながら大柄な体をしておりまるで礼拝堂の番人のような威圧感と共に日光教のシンボルを背に佇んでいる。
「聖人様、いかなご用向きですかな」
「ああ、お前さんの力を借りたいと思ってな」
「聖人様がそうおっしゃるとはなかなかの問題とお見受けしますが」
エトナ―はマウンティニアの言葉にそうだなぁ、と考えるそぶりを見せた。
マウンティニアはエトナ―と長い付き合いなのでそれがすこぶる面倒な事を持ってきた事を示すのだと察するのに
時間はかからなかった。あとは何が飛び出すかである。
「若い娘っ子が悪魔になった、それもかなり上位の」
「・・・私も耳が遠くなりましたかな」
「私に面倒みてやってくれって頼んできた奴がいたんだが、その子が悪魔なんだよ。まだ子供なのに」
「そうですか・・・」
彼女の面倒事の遭遇率は何なのだろうか。彼女にしかどうにかできない内容だろうとは思ってはいたがまさかと言いたい内容だ。
「まだ子供、と言っておられますが何歳で?」
「16」
「なんともまぁ・・・半端な年齢ですな。学校や教会で引き取るには大きすぎるのでは?」
聖職者になるために子供のころから預けられる事はよくある。そのための学校もあるくらいだ。しかしながら16歳となると学校に通うには遅すぎる。特別な措置が必要な案件だが・・・。
「まあな、実際本人は魔法学校に通ってる魔法使いの卵だ」
「・・・そうなると我らが関わると余計にややこしいのでは」
「それもそうなんだがそうなると教会側と魔法局側のバランスがな」
頭をがりがりと掻いて言うエトナ―にマウンティニアは溜息をついた。
「聞きたくないのですが、その子は悪魔としてどれだけの位階を?」
「聞いて驚くなよ、大悪魔だ」
「驚くというより頭痛がしますな。そうなると後見人の悪魔がいるはずですが」
大悪魔というだけで人でいうところの貴族や王族などの特権階級に等しい。面倒を見たがる悪魔がたくさんいるはずだとマウンティニアは考える。これらの知識は教会が悪魔と対峙するために共有される悪魔の文化をまとめた文献によるものである。
「直接的な後見人は魔神ルルイエだな」
「あの魔神が・・・」
「あと、魔界の王が気に掛けてるくらい」
「それだけで十分すぎませんか」
マウンティニアは眉間を抑えて唸った。




