小さな鍵の少女
ルルイエは嫌々ながら準備を始めた。約束したからには履行しなくてはならない。ルール破りは大悪魔相手にこそするべきでない事だ。
『はぁーーーーー・・・』
「先生?」
『なんでもないわ、さ、バエルとの約束を果たしましょう』
ルール破りが行われた時、悪魔に免罪符を与えてしまう。
悪魔との契約を破ること、それは悪魔に『なんでもアリ』の権利を与えてしまうこと。そうなればどのような面倒が起こるか分からない。
『汝はソロモンの鍵、いと貴き血を持つ者。汝の体は銀よりも輝き、金よりも重き価値あり。果てに住むもの、隣に立つものの区別なく汝の声を聞き、駆けつけるだろう。その魂はその身果てるとも朽ちず、濁らず、輝き続けるだろう。夜明けに白銀の輝き、黄昏に黄金の輝きありて汝を照らすだろう』
ルルイエは七色に変わる瞳で真っ直ぐにルナを見るとその手に小さな金色の鍵を出現させた。
「それは・・・」
『ソロモンの小さな鍵・・・その概念に近しいものよ。誰もが『小さな鍵』という想像をベースに形にしたの』
「・・・?」
『とりあえずこれを貴女の中に入れると貴女に召喚者としての最高到達点に近しい力が手に入ります!』
「わーい!」
ルルイエの顔がキュッとなった。なんでこんな呑気な子に、こんな無垢な子に、こんな危ない物を与えないといけないのか。あまりにも不似合いである。
『ええい!どうにでもなーれ!』
「お、おおお!」
ルナとルナに与えられる力の温度差にルルイエはヤケクソになった。バエルを納得させるために、彼女はどんどんと平穏から遠ざかっていく。それが良い事に転ぶことだけを願って。
「これが・・・」
鍵がルナの胸元に吸い込まれると同時に右手に鍵、左手に鍵穴を思わせる紋様が描かれた。
『貴女の手にあらゆる悪魔を召喚するための権能が与えられたわ。本という媒介が必要だけれど・・・その本の種類は問わないわ』
「おぉ・・・すごい!」
『貴女に持って欲しい能力ではなかったんだけどねぇ・・・』
きょとんとしたルナを見てルルイエは渋い顔をした。この事実はしかるべき相手と共有し、彼女の数段増した異常性を抑え込む準備が必要だ。エトナ―とアダムの苦い顔がありありと浮かぶ。
「それで、これで何をしたらいいんでしょうか?」
『そうねぇ、差し当たってバエルに手紙書いて送りましょう』
ケッ、と嫌そうな顔をしながらルルイエは便箋と封筒を取り出した。そこに机と椅子を出してルナをセッティング。
ルルイエはむすっとした顔でそれを見つめる。
「えーと、えーと・・・地上は温かい日が増えてきて過ごしやすいです・・・」
『てきとーで良いわよ、てきとーで・・・ぐわーっ!』
時折炎上しながらルルイエはルナが手紙を書き終わるのを待った。
「できました!」
『ほいほい、じゃあ能力の使い方も兼ねてやってみましょうか』
ルルイエが何処からかノートを一冊取り出した。ルナはそれを受け取るとそれを両手で挟むように持つ。
「・・・なんか、わかる感じが・・・」
こうすればいい、そう思えるような感覚。それに従ってルナは目を閉じて言う。
「境界の扉は開かれる、魔界の扉、人界の扉、それらは繋がる。魔王バエルへ、その扉が開かれる!」
ノートがまるで上書きされるように豪華な装丁の本に変化し、ルナの手を離れて浮かび上がる。
胸の高さで浮かんだ本はペラペラとページがめくれると真っ白なページにバエルの紋様が浮かび上がった。
『成功だな、ルルイエ。約束は果たされた。これからも彼女を頼むぞ』
『ええ、手紙くらいはね。でも私が届ける事が多くなるとも思うわ。危なすぎるもの』
『そこらへんは仕方あるまい』
バエルはまるで吸い込むようにルナの書いた手紙を引き寄せると本から腕を出現させてそれを掴み、即座にそれを自分の元に引き寄せた。
『ご苦労だった、これからも定期的に手紙を届けておくれ。年寄りはこれだけが楽しみでな』
退去の詠唱はいらんぞ、という言葉を残して紋様は消え、本は閉じられる。すると浮かんでいた本は力を失ったように元のノートに戻り落ちたのをルナはキャッチした。
『まったく人騒がせなんだから』
ルルイエはぷんぷんと怒りながら言ったが、ルナはそれを苦笑いで見ていた。
『覚えさせといてなんだけど・・・あまり人前で使わないでね』
「やっぱりこれは凄いことなんですね?」
『うん・・・そうなのよ』
未だにイマイチピンと来ていないルナの態度にルルイエは頭が痛くなりそうだった。
「馬鹿じゃねえの」
エトナ―に報告に行った際に掛けられた言葉は案の定だった。
『だって、でないとルナちゃんが魔界に連れ去られそうだったし・・・』
「だからってなぁ・・・」
『悪魔として人間と契約して召喚される悪魔の列に加わるか、魔界に留学するかってのが他の選択肢だったのよ
』
エトナ―はそれを聞いてあきれるしかなかった。ルナが何故にそれほどまで大悪魔の筆頭に好かれているのか。
しかしながらルルイエと違い数多の弟子や孤児を育ててきたエトナ―は何となくその理由を察してもいた。




