狂気の代弁者
呆然と悲惨な姿になった同僚を見上げているイースにルルイエは笑顔を浮かべたままリディアの首を持ち上げて楽し気に頬を寄せた。
『うふふ、恐怖に歪んだ顔だけが可愛い・・・取るに足らない人間の顔はこの顔と、狂気に歪んだ顔が可愛いのよ』
ひゅっ、ひゅっとひきつった顔で呼吸を続けるリディアの顔を七色に色を変える瞳で見ながらルルイエは歯を見せて笑う。
『不思議よね、喋って動くと不愉快なのに・・・こうして黙って震えている姿は愛らしいんだもの』
まるで呪文のように助けを乞うリディアは途中から声も出なくなったのか口をパクパクさせて目線だけでイースに助けを求め続けている。
「あ、あ、あぁ」
イースはリディアの姿を見てどんどんと視野が狭くなっていくのを感じていた。二人は孤児であり、捨てられていたところ諜報員として拾われて訓練を受けて育った。同じような境遇の子供が次々と生命を落としていく中で互いに支え合いながら生きてきてた二人はいつしか実の家族同然の間柄になっていたのだ。
(イース、二人で頑張ったらきっと、きっと生きて幸せになれるよ)
(そうだね!俺たちで生きて幸せになろう!)
子供の頃、なんの希望もない訓練生活で二人はそう誓い合った。それから、泥と血に塗れても・・・
「おねがいです!リディアをころさないで!おねがいします!」
イースは壇にすがりついてルルイエに懇願した。それを見下ろしながらルルイエはリディアの首を抱えたまま屈んでイースの顔をじぃっと見つめる。
「おねがいです・・・」
『ふふ、やだって言ったら?』
「おねがいします、おれ、おれができることならなんでもしますから・・・」
『ふふ、そうだねぇ・・・独りぼっちは辛いもんねぇ』
イースが涙ながらに懇願する様をまるで地面を歩く虫のように観察しながらルルイエは口角を吊り上げる。
『じゃあこうしよう!』
「な、なにをすれば・・・」
『二人で死ねばいい!』
腕が不可思議な長さに伸びてイースの首を掴んだ。まるで棒切れでも掴むように、軽々とイースを吊り上げたルルイエは人外の特徴を存分に発揮しながら、イースの目を覗き込んだ。
『シメて鍋で煮て、二人の骨をまぜこぜにして一つに纏めれば二人は一緒!』
永遠に!と叫ぶと周囲の影がまるで一級品の笑い話でも聞いた様に、狂ったように笑い始める。そしてイースを見つめるルルイエもまた・・・
ゲラゲラゲラゲラ!
開いた口が、深淵を思わせる暗闇を湛えてぽっかりと開いた。
「ひぃ、いやだ!いやだぁぁぁ!」
足をバタつかせて必死に逃れようともがく。しかし逃れられるはずもない。相手は人間ではない。
如何様に抵抗したところで・・・。
「がっ」
首を掴んでいた手に力が籠ったところでイースは意識を失った。
「う・・・こ、ここは・・・」
気が付くとそこはオークション会場に使われていた部屋の壇上だった。咳き込みながら周囲を見渡すと少し離れたところにリディアが倒れているのを見つけて慌てて這いずるようにしながら駆け寄った。
「リディア!リディア!!」
抱き上げて揺さぶってみるとリディアは微かに呻いた。生きていることに安堵してイースは思わずリディアを抱きしめた。
「よかった、生きて・・・」
『本当に良かったわねぇ』
ぞくりとするような声。心臓を鷲掴みにされたような恐怖にイースの口から空気の漏れるような音が響いた。
「ひ、ひっ・・・」
『からかうのはここまで、私の言う事を聞くならお友達も含めて見逃してあげる』
もしも逆らうなら。とルルイエが言いかけたところでイースは必死にそれを否定した。
「逆らいません!逆らいませんから・・・、い、命だけは・・・」
『ふふふ、そうよねぇ、怖いよねぇ!だからさ、言う事聞いてくれるわね?』
首が千切れそうなほど縦に振って、一生懸命に頷いた。もはや抵抗するだとか、逆らうだとかそんなことは微塵もする気が起きないほどの恐怖がイースに襲い掛かっていた。
『取引の場所に必ずお前らの上司を連れてこい、そうすればもうお前らには用はない』
「じゃ、じゃあ見逃してもらえるんですね・・・?」
『もちろん、約束してあげるとも。足を洗ってどこへなりと行くがいい』
ルルイエはニッコリと笑うとイースの手に小さなロザリオを握らせた。
『余計に怖がらせちゃったお詫びよ、これをこの街の南端にある質屋に持っていきなさい。新しい生活が送れるくらいのお金がもらえるわ』
「あ、ありがとうございます・・・」
イースはルルイエが景色に滲むように消えた瞬間に押しつぶされそうな重圧が消えたことを察してリディアを抱きしめて泣いた。
「こわ・・・こわがった・・・いきてて・・・よかったぁ・・・」
後に、二人はカーテル国を捨ててこの国に永住し穏やかな人生を送ることになった。
ただ、その後は教会へ必ず通うようになった。




