誰が買う?
支配人はタバコに火を付けると煙を大きく吸い込んだ。吸い慣れた匂いが自分の思考を冷静にしてくれる。
「買いたがってる奴が知りたいんだよな?」
『ええ』
タバコが燃え尽きないウチに取引を終えなければならない。そう支配人は思った。護衛はビビり散らかしているし、中には座り込んでぼんやりと宙を見つめているものもいる。
「ええとな、確信はない。理由はわかるよな?」
『ええ、深入りしないから安全。そう言うことでしょう?』
何も知らなければ聞かれることも無い、何も覚えていなければ忘れさせる必要もない。支配人がこの社会で学んだことだ。
刹那の選択肢を繋いで長生きしてきた彼の処世術である。
『でも、今回ははっきり思い出してもらう』
「わかってるよ」
支配人はそう言うと懐からメモを取り出して視線を動かした。貿易商を名乗る隣国の男・・・。
それがおそらくダミーであることはわかっている。理由は簡単だ。
「血の臭いがこびりついた貿易商なんて、奴隷商人でもいねえ・・・」
小さく呟いて支配人はメモをそのままルルイエに差し出した。
『これは?』
「取引に応じるならこの紙に書いてある場所まで来いって言ってたんだよ」
受け取った紙に書かれていたのは住所だった。そこにエルフを買い求めようとした輩がいるようだ。
『なるほど、ここにね』
「知ってる事はこれっきりだ、用事が済んだなら帰ってくれよ」
ルルイエは支配人の言葉に首をかしげた。
『言われずとも帰るけど・・・とりあえずあなた達も消しとくわ』
「け、消す!?なんでだ!情報は渡した・・・!」
『この街でデカい顔されると不愉快なのよね。まるで泥の水たまりみたいに、自分が踏んでも、他人が踏んでも汚い水しぶきを上げて・・・臭いすら最悪』
両手を合わせて、そのまま90度回転させる。すると護衛たちの首がそのまま同じ方向に90度倒れた。
「ひっ!」
『そのタバコも嫌いなのよね、安物でしょ?』
今度は両手を開いてパン、と叩いた。その刹那に支配人の体は粉みじんになって周囲に血煙が舞った。
『臭いわ、価値のない人間って血も汚いのね。嫌になっちゃう』
ルルイエはメモを見ながら景色に溶け込むように消えた。そしてその残骸たちはフラウロスによって処理され、そこには無人の建物だけが残った。
「ここが、魔法学校・・・」
サピスキアを連れてアダムとルナは魔法学校に。旧館で寝泊まりできなかったら野宿する気満々だったサピスキアをどうにか宥めてここまで引っ張ってきたのだ。
「石畳で、私は、寝れる」
「寝るな寝るな。マジで頼むから屋根の下にいてくれ」
何かとそこらへんでごろ寝しようとするサピスキア。
「どうしてそんなに外で寝たいんです?」
「外の方が、開放感、ある」
「ベッドの上もいいと思いますけど・・・」
「私は、ベッドに、向いてない」
鳥のような体をしているサピスキアの足は鋭い爪が生えている。その足がベッドやシーツを傷つけてしまうのだろう。
「それに、シーツをかぶると・・・暑い」
「となると何処で寝るのが良いんですか?」
「外かな、藁の上なら、尚好」
まんま鳥だな、と隣で聞いていたアダムは言う。そんなこんなで歩き続けると旧館にたどり着いた。
「とりあえず寮の空いてる部屋をつかってもらうか」
「外でも、いいのに」
「野次馬が多いから困るんだ」
始祖のエルフともなれば魔法学校の生徒はきっと物珍しさに見物にやってくるだろう。そうなれば今度はそれが噂となり、サピスキアの安全を脅かしかねないのだ。
「アッテンボロー!ギガース!いるか!」
「はぁい、どうしました先生」
寮にやってくるとダズとテイロスのいる部屋のドアを叩いた。すると珍しくダズが起きているらしくドアを開けて応対する。
「すまんがルームメイトが増えるぞ」
「え、そうなんですか」
ダズが驚いた様子で言うとアダムの後ろからひょこっとサピスキアが顔を出した。
「こんにちわ」
「ハーピィですか?」
「ちがう、エルフだ」
「へえ!そうなんですか!」
ダズは廊下に出てくると興味深そうにサピスキアを観察し始めた。時折ルーペなどを取り出している。
「なるほど、ハーピィにありがちな羽根の特徴がありません。たしかにハーピィではありませんね」
「そうなの?」
「ハーピィは羽根に特殊な油膜があって、空気を受け止めたり、湿気や外気を遮断するようになっています。この人の羽根にはその特徴は見受けられませんので・・・」
「油膜って見えるものなの?」
「細かく観察すれば羽根の毛並みでわかりますよ、それにハーピィの羽根は光を反射しません」
求愛の季節は一部例外もありますが、とダズは続けた。
「驚いたな、アッテンボローは魔物の生態に詳しいのか?」
「山岳地帯に限定しますが・・・それなりに」
山岳地帯と聞いてアダムは納得した。ダズは穴掘りを生業とするノームの一族である。その中でドワーフに混ざって鉱石や鉱山の調査をしているらしい彼の一族は当然というべきか山そのものに対する調査も行っている。
安全の為であったり、鉱石の分布に関係するかどうかなどを調べている内にそう言った事情に詳しくなるのだろう。




