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暗躍!ガスタンの策謀!その2

昼下がりの校庭。生徒たちのざわめきの中に、ひとり妙に場違いな男が混じっていた。

 セリオ・ガーネット。占星師であり、魔力観測を専門とする民間の調査員だ。

 薄灰色の外套の下、手の中には小ぶりの水晶球。表面に刻まれた細かいルーンが淡く脈動し、風もないのに裾がわずかに揺れる。


(・・・あれが、ルナ・フラウステッド)


彼の視線の先で、ルナが教材を抱えながら校舎から出てくる。

無邪気とも言える歩調、しかし表情にはどこか疲労の色がある。

セリオは距離を取りつつ、水晶球をゆっくりと掲げた。


「・・・視界、固定。観測開始」

 

低く呟くと、水晶球の奥に淡い光輪が浮かび、その中にルナの輪郭が映し出される。魔力の流れ、循環、器の容量――セリオにとっては呼吸をするように読み取れる情報だ。


・・・が、すぐに眉間に皺が寄った。


(・・・おかしいな。魔力量は、事前情報と一致・・・いや、それどころか、もっと・・・)


淡い光輪が、時折ノイズのように揺らぐ。

通常なら個人差の範囲内で収まるはずの波形が、まるで何かに覆い隠されているように歪んでいる。

測定値は極端に低く、しかし――その奥に、かすかに違う「層」がある。


「・・・これは?」

 

セリオは思わず呟き、水晶を握る手に力がこもる。

まるで巨大な水瓶の表面に薄い氷膜を張り、内部を見せないようにしているかのような――そんな印象だった。

額に冷たい汗が滲む。

この歪みは、天然のものではない。誰かが意図的に作り出した「覆い」だ。


(・・・まるで、魔力の仮面だな)


 観測者としての好奇心が疼く。

 あと一歩踏み込めば、その覆いの下に何があるのか覗ける――そんな確信が、彼の指先を動かそうとした、その時――


 背後から、足音。

 セリオの耳が、微かな靴底の摩擦音を捉える。


 その瞬間、水晶球の光がふっと揺らぎ――


(・・・ん?)


 視界の中のルナが、かすかに顔を上げた。


見られたか?不意に動いた対象にセリオは目を微かに逸らした。もちろん視線が合わないようにするためだったが。

同時に逸らした顔の、その頬に冷たいものが当たった。


「・・・生徒をのぞき見か、誰から頼まれた」


喧噪がまるで嘘のように静かになった。あるのは頬に当たる刃の感触と、冷たい視線だけだ。

答えに窮していると刃が頬の表皮を貫いた。


「ぐっ」

「ここで死んでも誰も気づかんぞ。そういう手筈だ」


自慢の目で周囲をさぐると自分を囲むように呪符が並んでいる。それが二人をこの喧噪から切り離しているようだ。


「きさま・・・いったい何者・・・」

「答える義理はない。答えろ、誰の差し金だ」


すっと道具に伸ばそうとした手に短刀が突き刺さる。痛みに漏れた叫び声を首に回った腕が無理矢理に抑え込んだ。

頬に当てられていた刃はスライドして下瞼に添えられている。


「ぎ・・・うぐぅ?!」

「下手な真似はするなよ」


セリオは内心でつけるだけの悪態をついていた。二倍どころじゃない。それ以上の危ない橋だった。

小娘ごとき、と内心で侮っていたのだ。しかし蓋を開ければ魔術師を手玉にとるだけの実力者が彼女の身辺を護衛していたのである。


「うぐ、ぐ・・・」

「おしゃべりは嫌いか?」

「は、はなす、話すから・・・!」


そう言うとようやく声の主は力を緩めた。セリオはその隙を突いて空いた手を服に入れた。

とっておきの一手、伝令の役割を行える使い魔を取り出したのだ。


「!」

「伝えろ!」


セリオは短刀が刺さったままの手で紙を掴むとそれを使い魔に手渡し、使い魔は鳥に変じて生徒たちの間を縫って飛び去った。それとセリオを声の主が締め落とすのはほぼ同時だった。


「思ったより仕事熱心だったな・・・してやられた」


使い魔を落とすのは無理だと判断して即座にセリオを締め落とした声の主、アダムはルナを狙う存在がなりふり構わないといった様相を呈してきていることに嫌な予感を感じていた。





ガスタンの執務室に、そっと差し入れられた封筒。

封蝋はされておらず、しかし紙の端には小さな血の指跡が滲んでいた。

机上の文書を押しのけ、彼はそれを無造作に開く。中には短い一文――


『結果は黒』


その言葉に、ガスタンの口元がゆっくりと歪む。

疑念は確信へと変わり、長く胸の奥に温めていた悪意が、ひたりと表情に滲み出る。

隠していることは確定した。あとはそれを暴くだけ。その方法はもう準備ができている。


「・・・ふむ、やはりな。ならば、次の札を切るとしよう」


机の端に置かれていた呼び鈴を鳴らす。

数秒後、扉の外から控えめな声が返る。


「お呼びでしょうか、ガスタン殿」

「マルティナを寄越せ。聖職者の腕前とやら、試してやる」


その声音には、もはや探るための興味ではなく――

標的を射抜くための冷徹な決意だけが潜んでいた。

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