エトナ―の塒にて
進む道すがらサピスキアは荷台の上で伸び縮みしたり、体を揺すったりしている。
「むん、むん、むーん」
「おいバカ揺らすな鳥公」
「ふーん」
「コイツの頭殴ったんだから危ねーだろ、揺らすな」
「ごめん」
アダムはそれからエトナーが寝泊まりしている教会に着くまで失神したままだった。
「アダム、大丈夫?」
「目がチカチカする、相変わらずのバカ力め」
「か弱い尼僧になんてこと言いやがる」
「か弱い要素どこ?ここ?」
アダムは頭を、サピスキアは財布を見た。
「もう1回おねんねしたいらしいな」
「やめろ!」
「やめて!」
二人はきゃー!と抱き合って悲鳴を上げる。なんだかんだ言って悪魔と殴り合える女、エトナ―。
「とりあえず目的は達したみたいだが、肝心のルルイエはどうしたんだよ?」
「ほかに欲しいものがあるって、たしか天魔戦争時代に使われてた古い杯と、天使の経典と・・・『小さな鍵』の写本とか」
天使の経典、そう言われてエトナ―はぴくりと反応した。
「天使の経典か、また懐かしいもんが出たな」
「知ってるんですか?」
「まあな、まだ神代の天使や神様が近しい時代。その時に書かれたもんでな、天使と神の教えをじかに聞いた人間が書いたんだ。」
神と悪魔が闊歩してた時代の話だな。とエトナ―は言う。文字通り神話の世界の話だが・・・。エトナ―の反応を見る限り実在したらしい。
「私と、その経典のセットで神様が概念じゃねえって証明になるってんで教会の人間がこぞって集めてたんだが・・・」
「どうなったんです?」
「散逸した、戦火やら盗難やらでな。ワシも何度かそれを取り返すために教会から依頼を受けたことがある」
「そんなもんなくてもいいだろって話なんだがなぁ」
渋い顔をしたエトナ―に尋ねたところアダムが情報を補足してくれた。一冊の本だった『天使の経典』は時代を経て散逸し、ページごとに今は分かれているのだそうだ。だとするとオークションにあった一ページという文言にも納得がいく。
「教えは残った、それでいいはずなんだがなんつーかさ・・・やっぱ神様が実在したかとかが知りたいらしくてなぁ」
「お前さん以外は日光教の主神をじかに見てないんだからしょうがないだろ。今はもう土着の神様・・・精霊が年月を経て神格化されたものたちばかりだし」
この世界では精霊は地脈や魔力の澱、信仰が具現化したことで生まれる。日光教はこういった存在の管理や保護もしており、彼らは土着の神様として祀られている。彼らは力こそピンキリだが一般人にとっては超常の存在のため地域では古くから崇められていたり親しまれていたりする。
その反面、日光教の主神である太陽神はもうすでに地上に降りてこなくなって数千年の時が流れているとされているのだが・・・。
「見た事あるんですね・・・」
「まあな、気のいいオッサンみたいな見た目だぞ」
「世界で多分お前だけだろうな・・・そんなこと言うの」
「見た事ある、人にしか、わからないことだ」
自身の信仰する宗派にも関わらず随分とフランクな扱いである。三人は改めて目の前の女性に何と言っていいのかわからない感情を抱いていた。
「しかしなんだ、それがオークションに出てたって?」
「そうです」
エトナ―の問いかけにルナはこっくりと頷いた。内容を知らないルナに真偽を確かめる術はないがルルイエはそれを手に入れるつもりらしい。
「教会の連中は喜ぶだろうが、まあ・・・勝手にやってりゃいいさ」
ルルイエの思惑とは裏腹にエトナ―は対して気にも留めていない様子で言った。
彼女にとっては日光教の教えとはほとんど関係ないその経典にはまるで興味がないようだ。
「そんなことよりそこの鳥公の方が問題だろ」
エトナ―が指さすと全員が指さした方向を見た。もちろんサピスキアもである。
「壁、だね」
「お前のこと言ってんだよ!このやろう!」
「暴力、はんたい!」
指先でぐりぐりされながら首をゆらゆらしている。
「学校で匿うにしてもずっとってわけにはいかないだろ。どうするんだ?」
「そこらへんはおいおい考えようと思ったが・・・実際のところどうなんだ?」
アダムは助け出してくれと頼まれただけなので詳しい事情はしらない。サピスキアがどこ出身で、エルフの中のどこの氏族に属しているのかも知らないのだ。
「帰っても、また、攫われるだけ、戻れない」
「そうなのか?」
「住んでる、場所、産まれた、こと、バレたら、もう安全ではない」
私の、存在が知れるとは、そういうこと。とサピスキアは答える。膨大な情報を持つが故に彼は個人として生きることが難しい立場にいるのだ。




