ながれる!
アラクネ糸のマントは10枚で落札された。出品者らしき人物ががっかりとした様子で代金を受け取っているのが見えた。
『いい気味だわ、あの糸・・・随分と無理をさせて作らせたみたい』
『そうなんですか?』
『染め物の下から彼女達の恨みの声が聞こえてくるわ、今にきっと彼女達にあの男は殺されてしまうでしょうね』
アラクネ糸は本来彼女達の子供を守る為に紡がれる糸、それを無理に作らせた場合どうなるかと言うと子供に使う質の良い糸は奪われてしまう。子を思う母の気持ちを踏みにじった者がどうなるかは言うまでもあるまい。
「盛り上がってるようだな」
所変わって会場の倉庫ではアダムが熱気を感じ取っていた。
見張りは全員倒れており、オークションが後半になってエルフの入れられている檻を運び出す時まで誰も気づかないだろう。
「さて、囚われのお姫様を助け出すとするか」
アダムがそう言って大きな檻の前に立った。
「やぁ、よく、来たね」
「よく来たも何もあるか。頼まれたんだぞ」
「知っている、アダム、会えて光栄だ」
暗闇の中からゆっくりと起き上がったその姿は鮮やかな羽を纏い、円をいくつも重ねたような模様のターコイズブルーの瞳を持つ孔雀のように美しい鳥の姿を持ちながらもその首はエルフのそれである。
「とうとう始祖のエルフとも知り合いになってしまった。他の誰と知り合って居ないかもうわからんぞ」
とりあえず鍵を開けるから出てくれ、というアダムの言葉に
「始祖という、呼び方は、すきじゃない」
そういってぷいっとそっぽを向いてしまった。
アダムは若干頭痛がしてきたが溜息をつきながら尋ねる。
「どう呼んだらいい?」
「サピスキア・メモリア・サピエンティアエ」
「長いぞ、略していいか?」
「どうせなら、愛称が、ほしい」
わたしには、個の概念が、うすい。と途切れ途切れにエルフことサピスキアが言う。
「そういうのは後の楽しみにしとこう、とりあえずサピスキアで」
「あとの、たのしみか」
首をくるくると円を描くように上下に揺らしながらサピスキアは言う。心なしか嬉しそう。
「よし、粗悪な鍵だな・・・よし開いたぞ」
手早く開錠すると檻の扉を開いた。しかしサピスキアは鳥の足のような手を前に突き出すと手にも枷がつけられていることを示した。
「まだある」
「よしきた」
ピッキングツールで瞬く間に開けてしまうが・・・
「こっちも」
「まだあるのか」
足にもついていると立ち上がって見せる。アダムは足元にしゃがみこんで枷の鍵を壊し始めたが・・・
「ぶっ」
「すまない、あしが、しびれた」
座りっぱなしだったからかサピスキアは突然座り込んだ。まるで卵を温めるような恰好で踏みつぶされたアダムはすっぽりと中にはいってしまった。
「さっさと立ってくれ」
「足が、しびれた、うごけない」
「・・・」
アダムの溜息と舌打ちが交互に響く。サピスキアは首を伸ばしたり縮めたりしていたがやがて鍵の開く音がして足の枷も無事に取り外された。
「見えなくても、できるのか」
「慣れてるからな」
アダムがそう言うとサピスキアは檻から少しおぼつかない足取りで出ると大きくのびをして息を吐いた。
鳥のようにばさばさと両腕を動かして羽根を広げ、首をぶるぶると振っている。
「やはり、じゆうは、いいもの」
「気が早いな、逃げなきゃまた檻に逆戻りだぞ。さあ行こう」
アダムは侵入してきた小窓から抜け出そうとよじ登った。振り返ってみるとサピスキアが自分の胴体と小窓の大きさを見比べている。
「通れないのか?」
「たぶん」
アダムは侵入した経路から脱出しようとしたが問題が発生した。サピスキアがデカいのである。
アダムもそれなりに身長は高いが、サピスキアは背を伸ばすと二メートル近くになる。しかも鳥の特徴を持っている為下半身が大きい。アダムと違って狭い通路を通り抜けたりといったことができないので逃げるルートがかなり限定されてしまうのだ。
「どうしたもんかな」
倉庫には窓があり、アダム一人なら侵入も脱出も容易い。しかしサピスキアにとってはその限りではなく、大柄な体と体の仕組み上狭いところには入れない。そうなると通路から逃げることになるが・・・。
「目立つよな・・・ん?」
アダムは台車を発見した。それを持ってくるとサピスキアの前に停めて言った。
「これに乗ってシーツを被れ、彫像を運んでる事にして何食わぬ顔で出ていこう」
「わかった」
作戦というにはかなり杜撰なものだったが逃がす対象が大きい上に鈍くさいとあってはどうしようもない。
体格に見合った重量のサピスキアの乗った台車を押してアダムは倉庫を後にした。




