宝石!
アンジラビアの涙
この世界に存在する宝石の中で実在と現存が確実な物の中でも最上位に位置する。それがこんなオークションで取引されるとなると本来であれば裏の職人による贋作、もしくは後年になって現地の王朝によって復元された模造品と思われるだろう。
前者はお金儲けのため、後者は国の威信や政治の道具として行われることは珍しくない。
だがここに例外がある。
『綺麗な宝石ですね』
『ええ、とても歴史のあるものよ。千年くらいかしら?あの時、女王が大事そうに抱えていたのは丁度あれにそっくりだったわ』
長大な寿命を持つ悪魔が、当時を知る者がいるのだ。オークションの参加者達も内心では周囲の反応を探りつつ悪魔達の囁き声に耳を傍建てている。
『墓守が取り戻しにくるんじゃありませんか?』
『悪魔に取り戻して!って依頼も無かったし皆殺しにされちゃったのかしら・・・』
『でもそれだと本物かどうか分からなくなっちゃいませんか?』
『古い文献に残されたのと、以前に公開された宝物庫を学者が調べたのが最後だったわ。そこで新しく世界にある名品のリストに載ったのだけど』
それも五十年も昔よ。とルルイエが言うと周囲は即座に頭の中で算盤を弾き始める。
(宝石が本物かどうかは当時を知る人物か墓守、もしくは五十年も昔に実物をみた学者のみか・・・)
(悪魔を召喚して調べさせるか?しかしそれでは金がかかり過ぎる・・・)
(調べようがないならどれだけ値を上げても回収できるのでは?)
ルルイエは彼等の後頭部を眺めながら、それでも彼女の嗅覚に届く彼等の欲望の匂いに口角を釣り上げた。
『少し、調べてみるわ』
ルルイエはそう言うと煙のように姿を変えると即座に壇上に現れた。
「え、ちょっ、困りますよ!」
『ちょっと待って、すぐ終わるわ』
ルルイエはじいっと宝石を見つめるとニヤッと笑う。そしてオークショニアに言う。
『金貨50から始めてちょうだい』
「えっ、いや、最初は10からって」
『どうせすぐ上がるからここから始めた方が時間がかからないわ』
そう言うとルルイエは再び席に戻った。
「そ、それでは金貨50から!」
オークショニアが戸惑いながら言うと即座に手が挙がる。
「55!55です!ほか・・・60!65!」
金貨という最上の貨幣とは思えない枚数が重なっていく。
「90!90ないか?ありませんね?落札です!」
初回にも関わらずのハイペース。しかし落札者は宝石を高価な箱に詰めてうっとりとしている。
『おめでとう、大切にしてね』
ルルイエは80で一度手を挙げたがその後の競り合いで上手くすり抜けて何食わぬ顔で相手に落札させた。
『取られちゃいましたね』
むー、と不満そうなアービルにルルイエは内心でほくそ笑んでいた。
先ほどのひそひそ話には続きがあったからだ。実を言うと大枚をはたいて買い取ったあの宝石は偽物なのである。
墓守も馬鹿ではない。宝石としてはそれなりの価値があるが、実際のアンジラビアの涙の涙は遺跡のさらに奥に女王と共に眠っている。盗掘者は目的の品と周囲の装飾品に騙されて目的を果たしたと思い込んで撤退したが、実際は契約を結んだ悪魔によって創造されたドラゴンが女王と共にアンジラビアの涙を今も守り続けている。
ルルイエとエトナ―は当時の彼女と知り合いであり、その誼で本当に彼女の遺品に危機が迫った場合それを察知することができる。
(あれが本物だったら・・・ここの奴らは皆八つ裂きにしてたわ)
アンジラビアの涙を本当の逸品に仕上げたのは女王アンジラビアの意思、あの宝石がいつまでも美しい姿を保ち続けるのは彼女が悠久の時を越えられる宝石に魔力と愛情を魔術によって残したからである。いつしかその宝石は砕けてしまうだろうが、その瞬間まで墳墓に眠る女王は祖国を見守り続けるのだ。
(盗掘から守るために作られたレプリカとはいえ・・・本当によくできてるわ)
美しい宝石はその謂れを余人に知られることなく・・・。
「それでは次に行きます、アラクネ糸100%のマントです!」
『あれ?順番が・・・』
『おそらく熱狂しすぎたから、クールダウンね。みんながお金を使い過ぎて後半のオークションが流れないようにするためよ』
アラクネ糸100%のマントは確かに高額商品ではある。珍しさも同様である。しかしながらその価値というより希少性は他の商品よりも一段劣る。奇貨珍品というよりは高級品というべきものだ。
『ちょっとほしい・・・』
『非合法な手段で作られたものだろうし、なにより自分で糸を出して作った方が何倍も高性能よ?』
ルナの中で自分専用のアイテムが欲しいという熱がちょっとだけ再燃したが『自分で作った方が』というルルイエの言葉にその熱もあっという間に鎮火した。実際アラクネという魔物のさらに上位の存在である悪魔の作るものとなればその価値も性能も段違いである。
『糸から作るか・・・』
アービルの言葉を受けた周囲の面々はもはやマントどころの話ではなかった。




