暗躍!ガスタンの策謀!
それから数時間と経たずに集まったアダムに関する資料。ガスタンは机上の書類に目を通し、思わず小さく呟いた。
「・・・やけにあっさりとした経歴」
その言葉の裏で、過去の経験が脳裏に蘇る。こういう履歴には必ず共通項がある。経歴を隠す必要のある者──犯罪者、亡命者、あるいはそれ以上に厄介な立場の人間。
もっとも、アダムは治安部隊の指導や作戦に顔を出すことがある。
それならば前科者や国外逃亡者の線は薄い。
では何者か。
「・・・まさか、裏の人間か」
犯罪者やごろつきとは違う、国家の闇に属する人種。
表に出ることのない“プロ”の影──その可能性がルナ・フラウステッドの周囲にちらつき始めたとなれば、話は別だ。
正直なところ、あの娘を嵌める算段が一度は潰れたことで、別の策を探し始めていた。
だが、この気配は──難癖で評判を落とす程度のリスクを補って余りある見返りになるかもしれない。
奴の背後を掘れば、思わぬ財宝が出てくる……そんな予感すらある。
「・・・守ろうとするものが多いということは──埋まっている情報が、重要だという事だ。掘り返せば何が得られるやら」
ガスタンはすぐに部下を呼びつけ、必要な魔道具と協力者を揃える指示を飛ばした。魂を観測する道具、種族を見破る装置、そして確かな目を持つ聖職者──アダムの目をかいくぐり、ルナの本質を暴くために。
机の上には既に数枚の羊皮紙と、古びた真鍮製の魔道具が並んでいる。
「・・・魂観測器は手に入りそうです。ただし、学院の検問を通すには外装を偽装しないと――」
部下が慎重に言葉を選ぶ。
「偽装は我が家の錬金工房に任せろ。『測量器』の外装を被せれば検問など形だけだ」
ガスタンは冷たく言い捨てる。
次に部下は細長い木箱を置いた。中には青白く輝く水晶筒――魔力の属性と質を読み取る観測装置だ。
「これも入手済みですが・・・使用には熟練の術者が必要です」
「術者ならば、目星はついている。例の占い師と、日光教の聖職者だ。あの二人ならばルナ・フラウステッドの“種”を暴ける」
その口調には獲物を狩る前の獣じみた確信があった。
昼下がり、ガスタンは目立たぬ裏路地を抜け、煉瓦の壁に囲まれた古い屋敷の扉を叩いた。
開けたのは小柄な老人――セリオ。白い髪は肩まで伸び、色の抜けた瞳が何も見ていないようで、全てを見通しているようにも思えた。
「・・・ああ、ガスタン殿か。珍しいな、あんたが私に足を運ぶなんて」
「他言無用の件だ。座って話せるか」
セリオは「こちらへ」と顎で示し、奥の部屋へ案内する。
そこは棚という棚に封蝋を施された古びた水晶球や、乾いた動物の骨、紋章入りの書物が詰め込まれていた。
机の中央には、漆黒の金属に包まれた半球状の装置――魂を観測する魔道具が鎮座している。
「魂の色を視るだけなら一瞬だが……あんたの頼みは、それだけじゃあるまい」
「察しがいい。とある生徒の“本当の器”を確かめたい。表向きの魔力量はごく僅かだが、どうにも腑に落ちん」
セリオは鼻を鳴らした。
「ふむ。魔力量は隠せるが、魂の密度までは誤魔化せん。だが……その娘、周囲に“用心棒”みたいな奴はいないか?」
「いる。だからこそお前に頼んでいる。顔を見られるな、痕跡も残すな」
老人は唇を歪めて笑った。
「やれやれ、足のつかない仕事ってのは、準備が倍かかるんだ。報酬も倍だぞ」
「・・・倍で構わん」
短いやり取りの末、ガスタンは封筒を机に置いた。
銀貨の重みが机を軋ませる。セリオはそれを指先で確かめると、ゆっくりと引き寄せた。
「わかった。三日以内に“結果”を持ってくる。ただし、あんたが望む結果になるとは限らんぞ」
「それでいい。俺は“何が出ても”構わん」
ガスタンはそう言い残し、椅子から立ち上がった。
背を向けると、セリオの笑い声が背後で小さく響いた――獲物の匂いを嗅ぎつけた狩人のそれのように。