アダムのところに舞い込んだ話
とあるうららかな昼下がり。アダムは学校を出て食事をとっていた。少し時間をずらしたお陰で客は疎ら、お陰で急かされるような雰囲気もなく黙々と食事ができる。
賑やかな生徒達と取る食事とは異なる落ち着いた、静かな時間。
「・・・」
教師としてそれなりの時間を過ごしてきたからかどうにも子供たちの喧噪が遠のくと寂しく感じるようになってしまった。しかしながらFクラスの賑やかさは時折度を超えてくるのでこうした時間も貴重である。
「ふーむ、昼から飲むのも悪くないな」
ワインを傾けて深く息を吐く。すると、怪しげな男がアダムの向かいに座った。
「懐かしいな、アダム」
男はそう言うとアダムの注文したワインに手を伸ばした。
「誰だったかな」
アダムはその手が届く前にボトルを取り上げてグラスに注ぐ。
「ご挨拶だな、昔はよく一緒に仕事をしたじゃないか」
「そう言う風に声を掛けてくる奴にロクな奴が居なかったからな」
ボトルを自分の手元に置いて男の手の届かない場所に移すとアダムは食事を再開する。
「・・・散々儲けさせてやっただろ」
「それ以上にお前も稼いだ。情に訴えるならもう少しマシな言葉を選ぶんだな」
「・・・」
男は流石にムッとしたが直ぐに表情を戻してアダムに向かい合った。
「お前が俺の事を好いてないのはいいさ、だが仕事の話は受けてもらう」
「断る」
「指名されてるんだ『破獄のディーン』とな」
その言葉を聞いてアダムは食事の手を止めた。
「依頼主はエルフか?」
「あぁ、金じゃなく義理の仕事だと言われてな」
「お前が金以外で動くとはな」
「仕方ないだろ、これを見てくれ」
そう言うと男は腕に浮かび上がった模様を見せる。
「呪われちまったんだよ、なぁ!助けてくれ!」
「・・・ふっ、随分とマヌケだな」
「な、なんだと!」
「裏で働いた事もあるのにエルフが呪術の使い手かどうかも見抜けなかったのがマヌケ以外のなんだと言うんだ?」
アダムの記憶が確かならば目の前の男は金にがめつく、態度も悪かった。弱味を見せれば付け上がるし、足元を見て値段も釣り上げる。
(恐らくエルフのシャーマンを怒らせたな・・・しかし)
そんな無礼な態度を咎められたのだろう。しかしながら必死な男とは裏腹にアダムは内心で吹き出しそうになっていた。
(は、『腹痛の呪』とはな・・・)
アダムはエルフ達と深い親交があるので彼等が呪詛に使う文字が理解できる。エルフ達は呪術の文言に古代の言葉を使うのだが、そこにハッキリと『腹痛が起こる』と書かれている。
言霊などを利用した簡便だが深層心理にすら働きかける呪術は力こそ術者によってピンキリだが成功率そのものはかなり高い。
特に目の前の男のような信心もないような奴には。
「その呪術の刻印には見覚えがあるぞ」
「ほ、ホントか?!」
「あぁ、一応聞くが腹部が痛むことはないか?」
極めて真面目を装ってアダムは尋ねる。男はアダムが自分を悩ませる呪いを知っている事に驚いた様子だ。
「い、痛む!特に夜に痛むんだよ!」
「やはりな・・・」
エルフの呪いは月の光を受けて活性化、もしくは呪術を継続するためのエネルギーを得る。それ故だがそんなことを知らない男はアダムが笑いを堪える為に口元を隠して眉間に皺を寄せているのを見て戦々恐々としている。
「そ、そんなにヤバい呪いなのか?!」
「そうだな、悪辣な呪いだ」
「うそだろ・・・」
「おそらくはお前に仕事を完遂させるためだろうな」
アダムはそう言うと仕事の内容について尋ねることに。
「それで?ワシの力が必要な仕事とは?」
「攫われたエルフの救出だ」
「・・・なるほど」
男の言葉にアダムは得心がいった。自分に同胞の救出を頼む為にこの男を利用したのだろう。
最初は穏便に頼むつもりだったのだろうがこの男が存外無礼だったので呪いで仕事を確約させたのだと思われた。
実際にアダムはエルフの中で名前が通るくらいには彼らの救出任務に従事している。
クライアントは同胞であったり、日光教の関係者だったりと様々だったが彼のスキルはそれを何度も成功させてきた実績があった。
「しかし何故ワシなんだ?そりゃあ確実といえばそうだろうが・・・」
「捕まった先が悪いからだろうぜ」
「妙なところに連れ去られたらしいな。どこだ?」
「裏のオークションだよ」
アダムはそれを聞いて渋い顔をした。ウッドリーフの件でようやくこの街を騒がせていた業者の根を潰したとおもったら別件の登場である。
「またか、なぜこうも人の売り買いが頻発するんだ・・・」
「それが今回は例外だって話だ、普段は盗品も出回るってだけで・・・」
盗品が出回るだけで十分に論外なのだが男にとっては些細な事らしい。まあ所詮は物ではあるのだが・・・。
無論治安維持に奔走する役人たちはそれらを取り締まる立場にいるが人身売買などでなければ日光教は動かないので役人頼みになってしまう。そうなると脅迫や賄賂、それらを駆使する悪人や汚職役人に妨害されて上手く行かないことも多い。彼らとてやくざ者に恫喝されれば限界もあるし、命が惜しいだろう。逆に賄賂や恫喝が全く効かない審問官たちが異常なだけである。




